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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
十七章 風流三昧の章

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#11 とて悪巧みに耽る

 



 元亀二年(1571)一月二十四日






 引いて勝てるならいくらでも撤退する。苦くとも辛くとも、あるいは辛酸を舐めようとも、いくらでも床に地べたに額をこすり付ける気概ならある。

 だが勝ち目が薄いならけっして引かない。それが菊亭天彦である。とか。


「お殿様、捕まってから強がってもダメだりん」

「ふぁっくなの。ええい放せ、放さんかっ」

「はい、だりん」


 あ、痛い。


「急に放すやつがあるか!」

「いつもながら忙しい御方だりん。はい、どこも傷んでおりませんよ」


 ガキ扱いすなっ! ったく。


 そんなお茶目を交えつつも一方では、この問題は非常にセンシティブ。強ち冗句で済まされない高度な政治的案件も含まれている、おそらくきっと。

 かどうかは定かではないが、少なくとも天彦の中では誤魔化しきれない問題が顕在化しつつあった。

 というのもこの問題、仮に今後天彦が実益を支え中央政権に組み込まれ手腕を振るうのなら。という仮定の内容がそうとうかなり詰まっている練習問題だったのだ。

 練習といってしまうにはかなり際疾い事案だが、いずれにせよこういった案件にこそ菊亭の色を出さなければ意味はないとさえ感じさせる試金石としては打って付けの案件だった。


 それを承知で天彦は敗走した。すべての前書きを伏線として撤退を決め込んで。


「なぜお逃げになられるだりん」

「それは日ノ本にはそういう風潮があるからやろ」

「は?」


 ルカのは?も尤もである。だが天彦の感情も理解できる。

 むろん天彦の中の人が知っている未来の現代感覚的風潮ではなく、キリスト教をどう扱うかは非常にセンシティブな問題だった。


 一つに天彦は国家的宗教法人の実質的トップと極めて親しい密接関係者であり、対して切支丹の庇護者と目されている。当人に自覚と実際はさて措いて世間的認識ではそうなのである。

 また他の宗教からは蛇蝎の如く忌み嫌われ、ともすると仏敵仇敵、あるいは最大の抵抗勢力とさえ言われている。


 そんな風聞をいいことにぬるぬると、軸足をその時々都合のいい方に置き換えてきたツケがここにきて回っていた。世間一般的には玉虫色という。ご存じ為政者の常套句の笑。


 即ちこの問題は天彦の所信表明を問う試金石であり、延いてはそれを了とする西園寺内閣の施政方針とも受け取れた。

 更にいうなら日ノ本の明日をも占う重大にして決定的な分水嶺とも受け取れる。


「排除あるのみにござる」

「伴天連など何するものぞ」

「殲滅あるのみ!」

「ぶっ潰す」

「同じくッ」

「やりようはござろうが、某も概ね同意にございまする」

「天彦さんの決断に従いまする」

「お殿様、慎重なご決断を」

「殿の御下知に従うまで」

「同じく! 我らは殿の意に従うまでにございまする」

「お好きにどうぞ、なさってください」


 誰がどの意見か、顔を見ずとも想像がついた。しかも意見こそ違えど、根底に潜む基本ベースはみーんないっしょ。揃いも揃って叩くよねー、お尻さん。


 だが天彦はここに至って猶、回答を保留とした。少し詩的に言うのなら、まだ生命の音が聞こえないから。裏を返せば天彦の考えにまだ魂が宿っていない。


 それはそう。天彦は人である。しんどいことは更にその先にあって、目下つらいことが目先すぐにあるのなら、その目先に反応するのが人であるなら。の人ではなく未来人なのである。

 言い換えるなら世界を知っている。彼らとは違って。世界の壁を知っていた。圧倒的にして絶対的な国力の違いを知っていた。


 よって眼前(京都)に特大の問題を抱えている目下、誰が好き好んでこれ以上の問題を抱え込むのか。ましてや当該案件は特級地雷。踏んだら最後、確実に炸裂するのだ。

 何にだとか何をだとかを特定しないでよいのなら大爆裂することさえ予想できてしまう。そんな激ヤバ物件に誰が好き好んで介入したいか。


 何しろ背後には百四十隻の大艦隊を率いるメネゼス提督が、手ぐすねを引いて待ち構えている。

 この一戦だけなら凌げるだろう。だが母国へ帰還し準備万端再編成して再戦を果たすであろう提督に次も勝てるといえるのか。


 結論、勝てるともいえ負けるともいえた。つまり50/50。


 ただ撃破するのみなら手段はいくともあるのだろう。

 だがそれでは国家千年の計にはそぐわない。

 何しろ天彦、おタヌキさんが示した風な鎖国は更々する気がない。むしろその逆。積極的に海外に展開する気満々マンなのである。むろん野蛮な領土拡張なのではなく、平和な交易の販路を求めて。


 そのためには勝つなら圧勝が求められ、現状では最大でも50%、あるいは最低なら不可能即ちゼロに等しかった。


 ならばできない。天彦は五分の勝負はけっしてやらない。何なら確立七割超えの有利な勝負にも手を出さない。勝率七割は天彦からすれば十分な危険数値なのである。

 意外にも天彦、ギャンブルはしない主義だった。何しろ極度の負けず嫌いなので。


 現状は一勝一敗の痛み分け。だが三度目があればどうなることやら。

 確実に言えることは、三度目の今回はおそらく手酷いしっぺ返しを食うだろう予感がひしひしとするということ。


 故にイエスバテレン・ノータッチ。

 むろん都のお膝元で堂々と人買いなど始めようものなら黙ってはいない。織田さんちの屈強な武士たちが、厳しく取り締まり事にあたってくれることだろう知らんけど。


「なんやお雪ちゃん」

「なんですのん、若とのさんこそ」

「なんやその目ぇさんは。と、身共は申しているん」

「目は目ですけど。と、某はお答え申しております」

「ちゃうやろ」

「ちゃいませんけど、どうしても違うと申されたいならそれは、ご自分のお心がそう映し出しているだけと違いますか」

「何を、生意気な」

「これだけの家来が若とのさんを信じていると申しているのです。若とのさんの決定に命を放ると申しているのです。いい加減、ご自分の力量をもっと信じてもよいのではございませんか」

「さてはお前さん、偽物やな」

「声も張らず目線も泳がせて、よう申さはりますわ。あとすべってますから」

「すべってるか!」

「叱る声にも覇気はなく、すべてにおいて歯切れ悪い。この時点でお察しですやん若とのさん」

「おのれぇ朱雀め」

「なんや若とのさん、今日はいつもより小さく見えますわ」

「くっ、コロセ」



 物理か、物理なんかぁ。



 テクニカルノックアウト。あるいは白いタオルが投げ込まれてのレフリーストップ。今回の舌戦は雪之丞の圧勝に終わった。


 だが他方で天彦の自嘲もけっして間違いではない。イエズス会が不遇を訴えるべきは市政を牛耳る政権担当であり、ここは堺行政区。ならばその政権に託された奉行所に訴え出るのが筋である。少なくとも天彦の菊亭に申し出るのはぜんぜん違う。


 天彦は未だ進退出処を明確にしておらず浪人状態。それどころか正式には刑に服している罪人身分である。

 大きく譲って仮に公人だとしても、公式には喪に服している真っ最中なのである。公務に追われる謂れはない。……のだが、


「――あ」

「はい、何でしょう天彦さん」

「あっちゃっちゃ」

「何がでございましょう」

「菊亭に訴える。いや付け替える理由、……あったん」

「気づいちゃいましたか。ようやっと」


 ずずずず。


 ラウラが熱々の茶を啜り、何食わぬ涼しい顔でツッコミを入れた。


 おうふ。知ってたのね、意地悪さん。


 だからこそ堺を任される宮内卿法印は、この途轍も七面倒くさい案件を天彦の菊亭へと振ったのである。付け替えたのである。

 通常なら目ん玉が飛び出るほどの実弾を、しこたまお強請りしたばっかりに。


「身共は悪うない。悪いんは貧乏さんなん」

「これが善き教訓となりますことをお祈りしまして、今後は無暗に借財をしないでいただけますと家令と致しましては助かります。ずずずず。はぁ美味しい茶葉ですこと」

「ラウラぁ」

「甘えてもなりませぬ。提督とは縁を切りましてございます」

「お手紙くらいは。ね」

「世界とは不安と苦しみを与えるだけもの。かつて私がそう申しました言葉。いいや違う。即座にご否定なさった甲斐性を今一度お示しくださいますよう切にお願い申し上げます」

「あ、はい」


 うそーん。


 言ったがそれは……。


 と、傍で控えていたルカがパンパンと手を叩き、天彦の無駄な駄々を切り捨てるように言った。


「はいお殿様、お仕事しましょうねー」

「悪鬼! 羅刹! ルカ!」

「人聞きの悪いことを大声で吠えないでほしいだりん。それに御覧ください」

「何をや」


 あ。


 已む無し。

 天彦は重い腰を上げ事に当たる腹を決めた。


「佐吉、この舐めた伴天連ども。いったいどない始末をつけたらええやろ」

「はっ。某が思いまするに、殿の意を汲めぬ愚か者は毛色肌色目の色の違いに関わらず、押し並べて極刑相当かと考えまする」

「あ、うん。……嬉しいねんけどな、それはどうやろ」

「足りませぬか」

「あ、いや、むしろ足りすぎやで。おおきにさん。でも今はいい人キャンペーン中やしな。ほら、もう少し穏やかにな、やれへんもんやろか」

「はっ。極めて遺憾なれど殿の御下知に従いまする」

「うんうんわかってくれるか。身共も業腹やで。ほな佐吉、この始末一緒につけてくれるか」

「はっ! 喜んでお供仕りまするっ」


 いつものようにいい声が響く。ほっ。


 後の意見は絶対に訊かない。他とは目も合わせない。はぁ。菊亭はいったいいつからこんな野蛮な家風になってしもたんやろかぁ……棒。


 戦闘民族とは関わり合いになったらダメ。


 お約束の冗句を内心で思いながら、佐吉の期待に満ちた輝く瞳を失望に曇らせないためにも天彦は頑張りつづけなければならないと帯を固く締め直すのであった。


 と、


「亜相さん、ぜひ麿にもお役目を」

「みっちゃん」

「何卒よろしゅうお頼みさんにあらしゃいますぅ」

「こちらこそや。よろしゅうお頼み申し上げさん」


 珍しく風雅な人物が名乗り上げた。烏丸光宣である。

 むろん天彦は応と応じる。ネコの手も借りたいくらいなのもあるが、光宣はあれで案外頼りになる。とくに人と人の仲を取り持つ能力には昔から長けていた。


 今回の案件の人材には最適ではないだろうか。思ったり思わなかったり。


「ほな場所移そか」

「はっ」

「うん」


 天彦は目安箱に投函された重要案件二件目をすっかり忘却してしまって、悪巧みに耽るのであった。


 願わくはへぼい自分から脱却したい。そして佐吉に限らず、家中に希望を配れる人でありたい。


 そんな天彦にとっては野望にも等しい御大層な夢を思い描きながら。






 ◇◆◇






 元亀二年(1571)一月二十六日






 いいひとキャンペーンに先立って設置された御意見箱という名の目安箱案件に目を通した翌々日、フランシスコ・ガブラル宣教師は召喚に応じてやってきた。


 そしてやはりというべきか史実通りジョアン・デ・トーレスとケンゼン・ジョアンの二名を脇に侍らせ、海洋帝国の専属海賊旅団兵であろう屈強そうな男たちを大勢従えてやってきた。


 その態度は堂々敵陣に乗り込んできてやったという表現がまさしく当てはまるほど権高く不遜極まりない態度であった。天彦への謁見の場に臨んでいる身でありながら。


 まず以って彼は礼儀知らずだった。

 膝の骨格的構造が云々、椅子文化を始めとした文化的相違が云々。ここでは一切関係しない。


 この謁見の場は天彦の菊亭家が支配する菊亭が絶対の領分なのである。



 片膝立てて!



 まあいいだろう。そういう身体的特徴に関係する無理も中にはあるかもしれない。


 あ。噛み煙草噛んどる。……ま?



 ぬぐぐぐぐ、しばく。いやコロス、いや、やりおる。



 DQNも極まると一芸なのか。いかる気にもなれないガブラル宣教師の蛮行に、天彦の感情は呆れを通り越し一周回ってお笑いの領分に達していた。

 むろん笑いごとでは済まされないので笑いはしないが、天彦はむしろありがとうの感謝を贈りたい心境でガブラル宣教師に生温い視線を送り、そして今回の対談の隠れボスキャラをこっそり探した。


「ん?」


 だがどこを見渡してもメネゼス提督の姿はない。

 直感的にラウラを流し見ると、貸しですよの視線が返ったきた。あざっす。お手紙書いてくれたのね。


 持つべきものはやはりラウラ。

 気分をよくした天彦は、上座から大仰に振舞う。そして陳情団に発言の許可を与える。


 通訳に向かい、


「うむ、よう参った。直言を許して遣わすでおじゃる。名乗りおれ」


 と、ガブラル宣教師は通訳が訳し終えるよりも早く言葉を挟んだ。

 これ見よがしに鍛え上げられよく日に焼けた逞しい腕を誇示するかのように腕まくりすると、右隣に並ぶ自らの腹心らしき司祭に何事かを問いかけた。



『Ahaha non ce l'ho fatta, tutti dicevano chi è questo ragazzino, scimmietta impertinente? L'Ammiraglio sta anche facendo qualcosa di sbagliato. O è andato su per essere una prostituta barbarica』


  意訳:

 悪い冗談だぜ。あのチビサルが交渉相手だなんて。提督もすっかり焼きが回ったな。それとも蛮族の娼婦にのぼせ上ったか。



 やはりというべきか、思い切り舐め腐っていた。


 むろん天彦にはすべて筒抜けである。


 彼らはいったい何を教訓にしているのだろう。あるいはわざと狐の尾を踏ませて、この者らの排斥を目論んでいる勢力でもあるのだろうか。

 そう勘繰らざるを得ないほど愚か極まりない態度であり、一々逐一、天彦の闘争心に火をつけるには十分な応接であった。



 ほーん。あ、そう。



「おほほほほ、甚だ愉快におじゃる」

「AHAHAHAHA」

「ほう、お前さんらも愉快にあらしゃいますかぁ。それは重畳、おほほほほ」

「AHAHAHAHA」



 おほほほ、AHAHAHAHAHAHA――!



 天彦の愉快そうな笑い声に反応したガブラル宣教師率いる待遇陳情団の面々の軽薄そうな笑い声が謁見の間に鳴り響く。


 知らぬが仏とはまさにこのこと。あるいはこの場に倣うのなら無知は幸福(Ignorance is bliss)というべきか。


 いずれにせよその笑い声は回を重ねるごとに、あるいは謎の盛り上がりを見せていくほどに、この会談の場に居合わせた者たちをその遠近の距離に関係なく、あるいは所属の先に関係なく例外なくすべて。ほとんどではなくすべて。余すことなくすべて。


 すべて全員を途轍もなく青褪めさせ、果てしなくドン引きさせるのであった。



 あ、じんおわ。



 そんな共通認識を脳裏に思い描かせて。












【文中補足】

 1、フランシスコ・カブラル(1529年 -1609年)

 戦国時代末期の日本を訪れたイエズス会宣教師。カトリック教会の司祭。神聖ローマ帝国ベネツィア貴族。

 日本布教区の責任者であったが、当時のポルトガル人冒険者の典型のような人物で日本人と日本文化に対して一貫して否定的・差別的であったため巡察師アレッサンドロ・ヴァリニャーノに徹底的に批判され、解任された。


 2、生駒家長(いこま・いえなが)

 第四代生駒氏当主、信長側室吉乃の実兄、三介の伯父


 3、メガネ(ベネツィアングラス)

 メガネは13世紀後半にイタリアで発明されたと考えられている。

 当時レンズ素材として不可欠な透明度の高いガラスの品質は、ベネツィアン・グラス(イタリア・ベネチア産のガラス)が群を抜いて優れていた。


 4、徳蔵半造(徳蔵屋)

 菊亭と因縁浅からぬ菊亭御用商人であり、当主の半造は菊亭の社外執行役員的存在となっている(莫大な額を天彦に投資しているため泣く泣くという説が有望である笑)。




















所詮ヒトなどニワトリさんと60%も遺伝子が一致しますのでね……残り40%でヒトを演じているだけですものね。ものね!


因みにウシとは80%、ネコとは90%らしいです。猶、バナナとも60%一致します笑笑


で、どうでした? あかんかったら直しますのでたくさんご意見ご感想お寄せくださいませ。

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人を人たらしめてるのは、人であろうとする理性と知性と品性を有する事して実行しようとする事なのですかね〜{しみじみ
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