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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
十六章 貴種流離の章

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#09 ケミカルチックな交渉の場に響くオーガニックな笑い声

 



 元亀元年(1570)十二月十ニ日






 可及的速やかに部隊を伊予に送りつけたい。ところだが。


 事はそう簡単には運ばない。

 物理的理由(軍勢や兵糧調達)も勿論だが、天彦の菊亭には武家以上に踏襲しなければならない手順があった。

 その一つが大義名分。最高権威は言わずと知れた帝の勅令である。その他にも多々あって、だがそのすべてが太政官発給の認可状であった。


 そして目下、そんな認可状はどう足掻いても発給されない。絶賛喪中なのは勿論なのだが、実際は後宮刷新も含めて内裏機巧が半ば機能していないのである。


 善きにつけ悪しきにつけ、権力の移行、代替わりとはそういったものである。



 だからこそそれを承知している長曾我部・宇喜多連合軍はこんな無謀に踏み込んだのだ。

 ともすると愚かしいほど切実に、この機会でしか織田家への叛旗を翻せないと勝負に打って出たのであろう。


 天彦も納得できる攻勢だった。あまりに想定外すぎたけれど。


「殿、客人が御着きになられましてございまする」

「ん、参ったか。ほな参ろうさん」

「はっ」


 張り詰める家中の気配。


 天彦は自分なりに考える戦装束(神職装束)を身に纏い、これまた直垂(武士の衣装/公家の場合は雅楽衣装)を纏い凛々しく表情を引き締めた是知を引き連れ別室へと向かった。





 ◇






 戦国室町の対足利対立構造はグロテスクであった。



 それは元亀にも形を変えて引き継がれていて、対立構造が朧気ながらも人々の目にもその輪郭が見えてきたのではないだろうか。


 グロいと言ってもグロの中にも種類があって、ギリ耐えられるものと生理的に一ミリも無理なものの二種類。元亀のグロテスクは後者よりの後者。けっこうかなり無理だった。


 その渦中のど真ん中にある天彦の感覚では。天彦ならではの皮肉を込みで。


 公家vs武家。


「対アリっす」


 天彦が公家側に立つのは出自思想的にも必然だが、だからといって公家側に居場所があるとは限らない。

 原則、公家はへぼくて柔和である。芸術、美術、あらゆる文化的享楽に傾倒しその終生を雅に終える。終えたい。終えられたらいいなぁー。


 だが反面、彼らは打たれ強くとても執拗。この知識と教養に裏付けされた言葉の刃は凶暴で、対象者を傷つけ苛立たせ、ときには死に追いやることも稀ではなかった。


 まさしく言葉の暴威である。


 これは性質。いやこれは武力を持たない貴種ならではのある種の民族的ベクトルと言っても過言ではないだろうか。


「おーこわ」

「おまゆう」

「おほ、おほほほほほほ。恐ろしいの代名詞である天彦に言われたら麻呂もお仕舞いさんにおじゃりまするなぁ。ありゃまこれは失敬、今や時の人たる亜相さんに親し気に呼び掛けるのは失礼にあらしゃりましたな。むほ、おほほほほほ」


 笑ろたはるで。失礼なんて、欠片も思ってもないくせに。


 天彦の目の前で快活なお公家笑いを披露するのは、歴名土代りゃくみょうどだい編纂でお馴染みの山科言継の倅、参議山科言経卿であった。

 彼は人脈作りの鬼である父親譲りの人脈を駆使し、またそれに加えて持ち前の人好きのする愛嬌を十二分に発揮し順調な出世街道を歩んでいた。

 その歩みはまさしく王道。目下参議の彼は、すでに中納言の打診を内々に頂戴している。羽林というけっして高貴とはいえない家格を思えば、これは順風満帆と言えるだろう。


 だから本来なら出世を阻む存在とは関わり合いにはなりたくないはず。

 そう。出世とは真逆の対極にある関わり合いになりたくない貴種最右翼の、菊亭天彦くんとは曲がり間違っても無縁で生涯を終えたいはずである。


 にも関わらず言経卿はこうして天彦のSOSに迅速に対応してくれている。

 なるほど天彦の一方通行ではなく、利害関係以上の間柄を想像させる間柄ではないだろうか。


「ほんまおおきにさん。言経、この通りなん」

「おほほほ、勝手にお色さんを押し付けといてよう申さはるわ。むほ」

「あ、はい」


 どの界隈も似たり寄ったり。一度着色してしまうと払拭は容易ではないということなのだろう。色だけに。


 言経を姫路までわざわざ呼びつけた理由は二つ。その一つは都の情勢即ち内裏の内幕を知る目的である。



 ずずず、ずず。


「はぁ美味しい。ご立派な茶ぁにおじゃりますなぁ。さすが亜相さん、儲かってますなぁおほほほほ」

「黙ってお食べ。ぼちぼちにおじゃる」

「おほほほ、ほなお言葉に甘えて頂戴さん」


 言経はよもぎをたっぷり練り込んだ笹饅頭を頬張った。


「なんと美味い! これはお見事なお味におじゃる」

「おおきに。料理人も喜ぶやろ」

「ご馳走さん。さて、今日は」


 無粋なことは言語化しない。

 そのためかなりヤキモキさせられるのだが仕方がない。それが公家の文化である。だが一般人感覚の天彦は巻で。


「どないさん」

「雑感でよろしければ」

「むろんええさんや」

「ふむ、東宮さんも苦労したはらっしゃいます」

「やろうなぁ。身共に下さる文にも苛々が出ておじゃります」

「ん? 文章に、でおじゃりますか」

「はは、まさか。筆圧におじゃります」


 言経はなるほど理解の頷きを返すと、


「苛々の中心には二条さんが御座すようで」

「ほう、左相国が。ぱっとは人物が浮かばんお人さんやが、五摂家の面目躍如といったところか」

「舞台の芯だけはしっかりと取らはる。いやはやお流石さんにあらしゃります」


 自浄作用。


 あるいは堂上家としての矜持であろうか。武家などと言う出自怪しからぬ卑しい身分の穢れた者どもに、その座を譲ってなるものかという意地、気概もあるのだろう。知らんけど。


 いずれにしても言経の雑感通り、目下の内裏は五摂家を中心とした二条派(旧九条派)が政の中心に座ろうとしていた。

 本来なら足利に成り代わった織田にすり寄るので必死なフェーズのはず。

 だが現在、天彦が織田と進めた経済政策が功を奏し、公家は武家を頼らずとも生活基盤が築けている。

 これ一点取ってしても、少なくとも天彦の存在意義は果たされているだろう。しかしながらそのことによって思わぬ副作用が生じてしまっていた。


 それこそが公家の台頭。即ち史実より数百年先んじた近代に通じる官僚主導の官僚政治の幕開けである。


「しんどいさんにおじゃりますなぁ」

「おほほ、二条さんはお若いのに中々に強か。あの魔王さんも四苦八苦させられておじゃります」

「旧九条閥、左相国が引き継いだんやな」

「引き継いだとはちと趣が違うように思わはりますけど」

「ん?」

「近衛、九条、一条、鷹司。みーんな二条さん詣におじゃります。お勘の鋭い亜相さんならすーぐに思いつかはるんと違いますやろか。むふ、おほほほ」

「……まさか」


 天彦は脳裏に過ぎった第一感を躊躇いながら言葉にした。


「中山ぱっぱ孝親さん」

「むほ、さすがやっぱり天彦は天彦やなぁ。おほほほほほ」


 言経は今日一のお公家笑いを高らかに響き渡らせ喜びを表現した。

 どうやら二条昭実は羽林中山家に取り入ったようであった。即ち中山ぱっぱ率いる羽林中山家がいよいよ歴史の表舞台に踊り出したようであった。


 東宮を除く織田派と五摂家派につづく第三あるいは第四の勢力として。

 いやあるいはもはや両閥を凌ぐ主流派として裏で五摂家を操り、織田政権とはロジックのまるで違う独自路線でバチバチに政争を仕掛けているようである。


 そして、


「義弟、お前さんは……」


 そこにはまだ(仮)だが、ほぼ既定路線である夕星姫の伴侶大炊御門経頼も含まれる。

 天彦は今日一表情を曇らせた。ハイライトが消えかかった虚ろ寸前の双眸で。

 なぜならつまり。それは義弟大炊御門経頼が敵性対象と成り得ることを意味するから。あるいは敵性どころか敵対勢力のど真ん中に座り勢力を牽引してくる可能性が大いにあったから。


 血筋とはそうしたものであった。少なくとも天彦の今出川や真田家のような天下分け目の決戦を東西陣営に分かれて戦うなどという話は稀である。


 ならば……、


「ほな身共も中山閥に入れてもーらお」

「むほ!? ごふぉっ――、ごほ、ごほ、げふん。……冗談てんごうにしても趣味悪におじゃりますな」


 お茶請けごと茶を噴き出してしまった言経は、軽いタッチでボールを放った。

 それもそのはず。天彦の軽口は織田家との離別をも思わせる危険極まりない発言だった。口がすべったでは済まされない。


 だが天彦は一切悪びれもせず真っ直ぐな目を向けてそのボールを無言の圧で叩き返した。それがどうしたと言わんばかりに。


 胡乱と胡乱をぶつけあう視線。


 二人は長らく無言で会話を応酬させた。ややあって、


「わかりました。撫子姫のことは請け負いましょ」

「言経さん……!」

「麻呂に任せてもらえますやろか」

「むろん。これ以上頼りになるお人さんはあらしゃりません」

「おほほほ、上手なことで」

「本心ねん」


 天彦の相貌に一瞬にして朱が差し込まれる。


「ほなその上手さんに免じて、もうお一つ」

「もうお一つ?」

「はい。伊予への出征許可も請け負いましょ」

「え」

「何か」

「いや、あまりに好都合やと身共の危機感さんが騒がはるん。ここらへんがざわざわちくちくと」

「むほほ、よう働かはる危機感さんなことで。こんど当家うちにもお越し遊ばせてほしいくらいや。ええ茶葉仕入れてお出迎えしますよって。どないさん?」

「……何やろ、その指さん。指さんなに」

「はて、何でおじゃりますやろかぁ」


 言経の指は見ようによっては1とも6とも受け取れる親指だけが飛び出た形を模っていた。


「くふ、くふふふふふ」

「おほ、おほほほほほ」


 銭。


 渡る内裏は銭である。一二は銭で三も銭。それが一万貫でもあるいは六万貫であろうとも、いずれにしても銭である。つまりは単純にそういうこと。


 天彦は笑わずにはいられず、言経は笑いが止まらなかったのだった。


「むほ、おほほほほほほほほほほ」



 言経まんじやつ。



 天彦は実に忌々しそうに、そしてかなりの語気で思いの丈を叫ぶのだった。












【文中補足】

 1、歴名土代(りゃくみょうどだい/れきめいどだい)

 中世日本の四位・五位位階補任(叙位)の記録簿。元は2巻2冊だが、現存本(東京大学史料編纂所所蔵本)は1冊となっている。


 2、官僚政治

 民意に選ばれていない特権を持つ一部の官僚または機構そのものが、実質上の権力を握り民意を無視して専制的・集権的に行なう政治のこと。


 3、左相国

 左大臣の唐名。和訓は“ひだりのおおいもうちぎみ/ひだりのおとど”。定員1名。


 4、中山羽林家閥

 >中山孝親   父  従一位・准大臣(大臣の下、大納言の上)

 >甘露寺熙長  長兄 正四位上・中務卿 ハンセン病(らい病)を患っていたが天彦の助力もあり回復している。雑貨屋の店主。

 >中山親綱   次兄 正二位・権大納言 羽林中山家十四代当主

 >大炊御門経頼 三男 従二位・権大納言 撫子の婚約者


 5、二条昭実 1556~

 兄が九条家に養子に入ったため二条家の当主となった。


 6、元亀元年(1570)十二月の情勢

 軍事 織田家VS上杉家VS足利家率いるその他勢力VS二条家が画策する反織田勢力

 政争 織田中央政権VS五摂家(中山家)VS西園寺家率いる新興勢力 が、次代の帝である東宮の側近ポストを争っている状態。パワーバランスは織田の屋台骨が揺れているためかなり互角。

 但し東宮とて安泰ではなく、勝者によってはあるいは傀儡とされてしまう危険性も十分にはらむ非常に危うい情勢である。


 菊亭がどこに属するのか、あるいはどこにも属さないのかはこの時点では判然としていない。なぜなら公式では追放され処分中だから(棒)。魔王に消されかかっている徳川家も同じく。








You guys are the best thing that ever happened to me. for my Valentine.


ばいばいまったねー

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