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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
十二章 破顔一笑の章

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#04 黙れローカルカス、知名度全国区の本気見せてやんよ

 



 元亀元年(1570)五月五日






 菊亭の志士を引き連れた菊亭侍所扶・与六は大きな壁に立ちはだかられていた。

 壁となって立ちはだかるのは、侍所扶に負けず劣らず人望の鬼。


 従五位下/左近大夫将監・片岡助佐且元。


 目下菊亭における唯一の国持大名として多くの人望と憧憬を集める古参重鎮である。

 その且元は忠誠の証である隻腕の、失った左腕部分を慰撫するかのように肘先を撫でつけ鋭く睨む。


「扶殿、どこへ参られるお心算か」

「この侍所扶を詮索するなど、如何な片岡殿とて僭越なるぞ」

「ふは、あははははは――!」


 且元は呵呵と笑う。

 だがその快活な笑い声の中には明らかな侮蔑の感情が含まれていた。


「何が可笑しい」

「ふはは、失敬。扶殿のあまりの拙さに思わず笑いが堪えきれなかった。許されよ。他意はござらぬ」

「他意しかなかろうが」

「ならば何とする」

「対話が必要か。己惚れるなよ入り婿大名風情が」

「ほう、当家を愚弄するか。聞き捨てならぬな」

「ならば如何する」

「……小癪な。越後の田舎侍が」


 会話を仕舞い峻烈な視線の火花を散らし合う両者。

 共に背に従える両陣営の熱気が極限へと高まっていく中、だが不穏を叫ぶ者はいない。延いては刃鳴りが響き渡ることはけっしてない。


 両者の腰にはきっちりと大小の刀があるべき姿で佩かれている。

 つまるところ不戦の意思が明白であった。これほどの戦意を前面に押し出しておきながらも。


 菊亭の常識非常識。


 この睨み合いもその最たる内の一つであろうか。


 だがかつての彼らなら非常識と感じていた側。かつての彼らなら問答無用で得物を抜き放ち、結果を問わず剣戟によって正誤の是非を問うただろう。だが今はしない。絶対に。


『ええかお前さんら。身共の願いはただ一つ。あの極星の数が増えへんことなんやで。これだけは絶対に約束して。ゆびきりげんまん――』


 皆で酒盛りをしたある日、北極星を指さした天彦が北極星の神話と共にイツメンたちに語って(実際は縋って強請った)訊かせた言葉である。

 最愛の妹(姉)御前に逢えない辛さを延々と長きに亘って語られる時間はさぞ苦痛だったことだろうけれど、それとは別に、だが彼らの心には深く刺さったようである。


 北極星と姿を変える妹御前夕星姫。その我が半身と同質に並べ考えるほど自分たちの存在を慈しんでくれる主君天彦にいたく胸を打たれたのだ。

 そしてその可惜夜を忘れるイツメンはいないだろうほどに、その後の宴会はいつもと違う静かな中にも途轍もない熱気を帯びた表情で懇々と盃を交わす彼らの姿があったとかなかったとか。


 いずれにせよその日が菊亭における明確な主従の契りの日となったことは明確であり、誰もが共通認識として胸にそっと仕舞い込んでいるはずである。

 そして同時に、菊亭の笠に入った郎党にこの言葉は語り継がれていくはずで、“命大事に”という標語はやがて家是となることだろう。知らんけど。


 なんにせよ、この天彦の切実な願いの言葉を裏切る者は誰ひとりとしていないのである。

 主君天彦のあまりに不遇で憐れな家庭環境あるいはお家事情を知っていれば猶更のこと。この誓いの言葉には切実な重みがあった。


「……だが、通さぬと申すのなら理非もなし。この樋口与六、推して参るまで!」

「よもや不忠をいたすのか」

「義を見て動かぬ下郎が、忠の心を語るなっ!」



 一触即発。



 まさに禁忌が侵されようとしたその瞬間、



「な――」

「……がっ」



 凄まじい雷鳴が轟き、地面が揺れた。



「くはっ、ふふ、あは、ふはははははは――」

「馬鹿馬鹿しくてやってられぬわ」


 即座に事の意味を理解した二人はそれぞれの持ち味で状況に対する態度を示した。

 与六は男も見ほれるいい笑顔で大笑いして笑い飛ばし、且元は眩いものでも見つめるように左目を眇めて率直な感情を吐き捨てた。


 はい、お察しです。そういうこと。


「なっ半菊に雪兎紋……」

「朱雀様か!」

「よりにもよって射干の機関砲を」

「勝手に持ち出して」

「ぶっ放すとか」

「むちゃくちゃなお人さんやで、ほんま」



 ズババババババババ――!


 ドーン、どっかーん――!



 するとまた今度は皆の目の前で雪之丞率いる砲撃隊の六十門が火を噴いた。

 何たる無敵感か。

 天彦曰く、十門で歴史が塗り替えられその倍の二十門で天下が取れる代物とのこと。それほどこのガトリング砲と連撃カノン砲の破壊力は凄まじかった。


 それがざっと六十門。その武威たるや神話の竜が咆哮するが如し。


 すると必然、その苛烈にして激烈な砲火は見る者の心に鮮烈な印象を植え付ける。菊亭への恐怖と畏怖の象徴として。そして御味方には、


 あ、これ。楽勝じゃね。


 ……と楽観視を芽生えさせる実に厄介で、実に危険なハイエンドモデルであった。


 だがむろんそんなことはイツメンなら誰だって知っている。故の禁制品なのだから。

 菊亭には門外不出の開発品が多くある。その絶対に持ち出してはいけない物のひとつが、あのガトリング砲と連撃カノン砲であった。


 そうと気づけばまた別種の恐ろしさが菊亭家中に伝播した。

 そう。菊亭の禁制品は須らくチートであり、チートがお高いのは家中の誰もが知る事実である。


 威力に裏付けされる破壊力の凄まじさはもちろん。けれどこの場合のチートはTNT換算の絶対値に対する火薬使用料にある。

 しかも発射火薬(焔硝)に用いられている火薬が更に輪をかけて高価となれば肝も冷えよう。ではどのくらいお高いのか。猛烈にお高い。

 例えばカノン砲一発射出させるのにかかる費用はお団子換算でおよそ142,000本分。つまり142貫文。

 たったの一発射出されるのにかかる費用は、菊亭の俸禄ならちょうど扶に支払われている額と同額である。むろん年俸としての。

 それを能天気ポンコツ雪兎は瞬時の試し打ちに五門合計ニ十発も射出させた。何たる豪胆、何たる阿呆か。

 誰もが眩暈を覚え、誰もの脳裏に“お仕舞いです”の六文字が浮かんでも不思議はなかった。


「朱雀殿さあ。いい加減にしてくれんかな」

「愉快公とは一度、じっくりと語り合う必要がござるな」

「ふは、愉快公とな! 言い得て妙じゃな。だが行動は愉快では済まされぬぞ。いっそ身体にでもわからせるか」

「それも一興。その程度で効けばだが」

「政所扶殿の鉄拳も無効であったな」

「そういうことじゃ」


 言ったのは果たして。


 だがこの誰かの会話は押し並べてこの場の総意であった。なぜならどこからも異論は聞こえない。


 するとどうだ。一触即発だったその場の熱気が嘘のように冷めていた。

 且元と与六はずっと睨み合っていた視線を外し、どこか興醒めした面持ちで互いの労を労い合うかのように苦笑を浮かべた。


 且元が、


「何やら貴公子殿ご出陣のご様子。ならば我ら下々の侍に出る幕はあるまい。ここらで矛を収めるとするか、如何」

「吝かではない」

「よし」

「うむ」


 手こそ握り合わない二人。だがそこに遺恨は感じられない。

 こうして奇しくも菊亭最大危機は回避された。しかも誰も傷つかないと言う完ぺきな幕引きの形で。

 菊亭の武の柱であるこの二人が禍根を残さず仕舞えた結末は紛れもなく雪之丞の大ファインプレーである。


 他方、その大殊勲者である本人は、


「くしょん――、ずずず。何やろ、むちゃんこ厭な予感がするんやけど」

「何を呑気に! 今更にござろうがっ!」

「ぬぐぅぅぅ、なぜこんなやつが、こんなやつに……」


「ん? どないしたんお二人とも。青に赤にと忙しない顔色さんして」

「誰のせいか! そもそも某はずっと同じにござる」

「おのれ朱雀めぇええええええ」


「なるほど。佐吉はずっと生っ白い青で、怒りっぽい是知はずっと赤か。あははは、おもろ。お前さんらほんまええコンビやな。知ってるか、コンビって」

「失敬な!」

「無礼であろう!」


 天彦のさすマイメン。当たり前に知っていた。


 すると二人の怒りの言葉はその熱気ごと突如としてびゅーっと吹いた五山颪に掻き消される。


「風が吹けば桶屋が儲かる。……なんでやろ。なあ知ってる?」

「何たる呑気さか」

「おのれ朱雀め……!」


 巻き込んだのか巻き込まれたのか、あるいは自ら巻き込まれに行ったのか。

 佐吉と是知は本気でその訳を知りたそうな雪之丞に白いより白の視線を向ける。お前正気かの感情を載せて。


 だがさすがの雪之丞。多くが震えあがるであろう二人の熱い眼差しも物ともせず、然して気にした風でもなく飄々淡々と東の空を見つめるのであった。


「うん、何やら洛中が不穏やね。きっと桶屋さんが震えていはるんやわ」

「儲かるのではないのか」

「あ、そうやった。てへへ」

「……何たる能天気。きっと桶屋の震えの元凶はお主であろう」

「おのれ朱雀め……!」


 要約すると“おまゆう”。


 雪之丞のコクのあるいいボケは拾われず取り上げられない。

 そして佐吉と是知の切れのいいツッコミも拾われずに進行していく。


 何と勿体ないことか。

 天彦ならば抱腹絶倒ちょっと手前のやり取りに仕上げていたはず。おそらくきっと知らんけど。


 だが会話は粛々と流されはいお仕舞い。全部引き出しに仕舞い込まれて進行していく。


 天彦の愛する御家来さんたちはこれ以上ないほど忠実な家来だが、天然素材の部分を差し引けば総じて堅物。天彦の最も望むお笑いセンスにはどうやら難があるようであった。






 ◇◆◇






 元亀元年(1570)五月七日






 菊亭当主が心労で倒れた翌々日。

 周囲の心配をよそに当人はけろっと公務に復帰している、そんな午後。


 武官を中心とした菊亭一門は総勢千五百の雁首を揃え二条衣棚にあった。

 推定四万五千の正規軍にすべて包囲された状態で。


 茶々丸を除く天彦ら菊亭首脳陣は妙覚寺本堂五重塔の天辺五階部分から、広がる圧巻の景観を眺めていた。

 望む景色はまさに絶景。見渡す限り茫洋と水色一色に染まる、まさに圧巻の景観であった。いやこの場合はまさに業腹の権化であったか。


 いずれにしても見渡すかぎり人、人、人で埋めつくされる視界はお世辞にも良好とは言い難かった。


「さす日向守。……やっぱし凄いお人さんや」


 天彦の一見敵を認めた風の強がりが本堂天守の間に広がった。


 そんな主君の態度に家来たちのお反応は様々。

 中でもいいリアクションを見せる逸材をピックアップしてみよう。

 久々登場、未来の英雄候補の悪ショタ二人組である。


「なあ夜叉丸よ。うちの殿様、やっぱし凄いの」

「凄いは凄い。だが儂は呆れて物もよー言えんぞ。なぜ敵陣の真っただ中に身を置くのじゃ。阿呆としか言えん」


 恐る恐る周囲の様子を伺いつつ。

 武官見習いとして怖くて恐ろしいものを知り、文官となり少しは言動の慎重さの重要度を学んだキッズたちは少しだけ大人びた声音で言う。


「ともに来んでええとの仰せであったぞ。それでも猶ここに居るのじゃ。我らとて同じ穴の貉であろう」

「阿呆め。それこそ誰が逃げるんじゃ。進むも退くも地獄しかないのに」

「たしかに。進むのが得策じゃ」

「損得ではないぞ。ここの人らは頭が可怪しい」

「たしかに可怪しい」


 いっそ狂っている。二人にだけわかる同意を確認しあったところで。


「……きっとお考えがあられるのじゃろ」

「ないと思うぞ。あのご様子では」

「おい夜叉丸、儂がせっかく上手く纏めようとしたのに掻きまわすな」

「なんでじゃ」

「お前それは……」

「あ」


 ゴン――! ゴン――!


 二人の頭上に鬼より恐ろしい虎の拳骨が降ってきた。



 ぬおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ



「ははは、おもろ」


 イツメン候補たちのおバカなやり取りにほっこりさせられつつ、けれど置かれた状況は最悪。まるで笑える要素はなかった。


 だからこそ天彦は笑う。だからこそ強がってみせるのである。

 虎之介(加藤清正)と市兵衛(福島正則)のキッズ二人が着々と成長を遂げているように、天彦とて牛の歩みではあるが成長している。


 その様を見せるのだ。ぐぎぎとつま先立ちして必死になって。


 では誰に。


 決まっている。今はこの場にはいない、唯一無二の親友ずっトモに。


 茶々丸は教如光寿として実父顕如光佐と対決しに石山へと向かった。

 惟任と三好とが連盟を結成したとオフィシャルアナウンスがあったまさにその瞬間、彼は大阪へと旅立って行った。


『連盟と名のつく団体が公正であったためしはない。後は任せたぞ菊亭』


 の言葉を残して。


 どんな結末が待ち受けていようとも、どんな結果に落ち着こうとも茶々丸には茨の道しか待ち受けていないそれを承知で。


 ならば凹んでいる場合ではない。倒れている暇などあるはずがない。

 天彦は茶々丸が傍を離れてしまってぽっかりと空いた虚無の心を無理やり闘志で穴埋めして奮い立つ。


 自分も立ち上がり共に立ち向かわなければ。その一心で。


 ふらふらゆらゆらと。五層天守の間に立った。


 気合論は嫌いだ。反吐が出るし虫唾が走る。けれど気合で乗り切らなければならない。今はそんな極限の場面。

 でなければ笑顔で戻ってくるはずの親友ずっトモに合わせる顔がないのである。

 破滅フラグは圧し折った。……はず。その自負を頼りに切実な祈りを心に。


「身共もがんばる。見ててお茶々」


 だが一見すると天彦の行動は口ばかりに思われた。と言うのも天彦は今日まで何もしていない。それを証拠に側近一番手のルカが、実に暇そーに気の抜けた顔ではべっている。


「何ですりん、その薄気味悪い目は」

「おいコラ誰が――」

「おう?」

「あ、うん」


 ルカの機嫌は最大級に悪かった。それはそう。

 親愛なるお姉様方を返す刀で扱き使ってしまったのだ。この態度にも一理あった。だから放置。


 ならば細工は流々なのか。いやそうとも思えない。

 なぜなら一連の挙動はすべて天彦の想定を大きく上回る異常事態ばかりだから。

 しかも目に入れても痛くないはずの半身を、守備の要とはいえ最前線に配置している。

 いくら雪之丞の専横が目に余るとしても、この判断は異例である。あるいは異様。クソワロタ。

 前線配属を自ら願い出た当人の雪之丞ですら、若とのさんお熱大丈夫ですかと真剣に心配するほどの変調であった。


 出す気のなかったハイエンドが世に出たのだ。ならば罪は問わなければ。

 そんなお為ごかしの沙汰を有効利用させてもらったと天彦は嘯くが、聞こえがいいだけの失策、大失策である。

 この後に及んで万一雪之丞まで失ってみろ。天彦はもちろん戦国安土桃山が本格的に到来する前に終わってしまう。


 さすがに公家。直接の武力行使はされないとは思うが、それでも。

 戦力を更に補完し最愛の半身を最前列に配置するのは如何なものか。たとえそれを当人が望んでいたとしても、天彦らしくはないように思われる。いやはっきりとらしくない。


 やはり明らかな変調であったQED。


 そんなメンタルヘルス問題とは別に、今や朱雀家のブランドエクイティは菊亭と同等かそれ以上に高まりつつある。東宮家の永代別当とはそれほどの価値を秘めている。

 その朱雀家は菊亭家の諸太夫である。つまり菊亭の家職も同然の優遇なのである。手放すにはあまりにも惜しい。

 そしてこの朱雀家を名乗れるのは現況で雪之丞ただ一人。必然彼を失えば家は途絶える。その観点からも失うにはあまりに惜しい家名であった。


 と、あまりにわかりやすすぎる変調を、当人の意識とは別次元で周囲に喧伝してしまっている天彦の許へ報せが舞い込んだ。


「申し上げます!」

「ん」

「寺町界隈での衝突、収まってございまする!」

「さよか。ご苦労さん」

「はっ!」


 だが同じ報せであった。ここ連続して急使のもたらす一報はどれもすべて部分的衝突の鎮静化ばかりであった。まあ吉報である。普通なら。


「むぅ」


 だが天彦の表情は晴れるどころかまったく浮かない。

 というのも、惟任軍の上洛は戦火を有効に押しとどめた。それは戦力の大きさもそうだが、やはり何といっても惟任の京での信頼度が物を言った。

 惟任軍は京雀に絶大なる信頼を得ていたのだ。募兵などかけずとも義勇兵志願者は後を絶たず、今や十万では利かない大軍勢へと膨れ上がっていた。


 そのことが天彦の表情を曇らせる。


 人気取りに嫉妬しているのではない。そもそもその線はとっくの昔に諦めている。だが己を信じ従う家来たちに悪役という不人気を背負わせてしまうそんな後ろめたさの感情はいつまで経っても消せないまま。


 やはり引き摺ってしまうのだ。後世にどのように語り継がれるのかをあながち知ってしまっているだけに。

 史実ではきっと大悪党の看板レッテルを張り付けられて語られることだろう。知らんけど。

 いずれにせよこれなら果たしてどちらが明智(大謀反人)かわかったものではない。天彦たち菊亭一門はそんな状況に置かれている。

 これなら浮くはずなどないのも道理。そのことが酷く天彦を憂鬱に駆らせた。


「じんおわ」


 むろん常套句としての響きだけで。終わらせる気など一ミリもない。


 だがそんな超絶優秀な惟任軍ですら事態を劇的に解決するには至っていない。その事実もまた天彦の感情をダークにさせていた。

 なにせ一揆勢の総数はおよそ十五万である。訓練を受けていない雑兵の集まりとはいえども圧倒的な数は暴力。むしろよくぞ押しとどめていると感心してしまうほどの大軍であった。


 故に現在は膠着状態。部分的衝突は見られたが一揆勢との全面衝突は今のところ避けられているようであった。

 これも惟任の手腕のなせる業と思えばそれはそれで業腹なのだが、


 すると。


「申し上げます! 内裏から御使者御来臨の先触れが参られたとの由に御座いまする」


 待ち望んでいた報せがようやく舞い込んだ。

 天彦は食いつき気味に声を発し、体を前のめりに使者に臨む。


「勅の有無は」

「はい。奉書を所持なさっておられまする」

「女房奉書か。……ちと弱いがまあええさんや。して御使者は」

「例の如く後宮からとしか」

「慎重でええさんや。ほな丁重にお礼申し上げて家内にお出迎えの触れをしたって」

「はっ!」


 天彦はてきぱきと指示を下すと、どこか不満げだった言葉とは裏腹にこの日初めて笑みを見せた。

 綻ぶまではいかないとしても天彦の正の感情が天守に活気をもたらすには十分の威力を発揮する。

 にわかに精気を取り戻し活性化する菊亭イツメン衆にあって、時は金なり。

 天彦はこのときを待っていたといわんばかりの気忙しさで行動に移し、すぐさま階下に向かって階段を駆け下りた。


 おっとっと。


「ご無礼仕りまする」


 危うく蹴躓きそうになったところを新たに御傍衆に取り立てられた新参の米良(菊池)の若君、九郎重隆に支えられて持ち直す。


「おおきに九郎、助かったん」

「何のこれしき、滅相もござらぬ」

「どないや少しは作法に馴れたか」

「はい。どうにか慣れつつござりまする」

「さよか。公家と武家とではやはり要所で違うからな。無理せんとぼちぼち慣らしていけばええ」

「はっ、懸命に取り組んでまいりまする」

「周りが見える程度にな」

「はい。心得てございまする」

「ほう、すでに周りがよう見えてる証拠なん。その調子で気張りや」

「はっ」


 ぐぎぎぎぎぎ。


 しかし若君ガンバルは凄まじい歯ぎしり音とセットであった。それが家内におけるここ数日の風物詩となっていたほど。


 是知さあ。


 天彦の苦笑いを尻目に、その耳障りな音の発生源殿は、九郎のちょっとしたお手柄さえ不愉快なのだろう。すべての成果を掻っ攫うかのような勢いで威勢のいい声を発して横槍を入れた。


「分を弁えぬ卑しき田舎侍の分際で、いったいいつまで高貴なる殿のお身体に触れておるのか」

「っ――、ご無礼、仕った」

「ふん、疾く下がりおれい」

「はっ」


 留飲を下げた是知は九郎を鼻息で一蹴すると視線を切り替え、慇懃にお辞儀をして、


「殿、御足もとにご注意を」

「……仲良うせえとは申さんが、上っ面だけでも何とかならんのか」

「なりませぬ。まだ信用できるわけではございませぬ故に」

「一理はあるがホンマかな。……まあええさんや。でも是知、お前さんも今や一門総勢二千の上に立つ身代や。下にはそれ相応の応接を望むで」

「はっ心致しまする。して、早急に場を設えたく存じますが、どちらでお出迎えなさいまするか」

「そやな。……伽藍堂(本堂)で出迎えよか」

「が、伽藍にございまするか……」

「お頭に神さん降ろしている身共と違て、借り物の現物さんに願わなあかんお人さんらには打って付けの場所やろ」

「……!? は、はっ!」


 天彦はにんまり。若干一名を除いて、天彦の悪ふざけに慣れているはずの周囲でさえドン引き。


 伽藍堂とはその寺の本尊を祀る清浄の場。およそこれから行われる血生臭い会談の場所には似つかわしくない。

 しかも天彦は己の頭に神を宿していると豪語した。人が噂することとは訳が違う。明らかな不遜不敬。罰あたりにも程がある。

 そしてその神仏を敬わない輩が伽藍に参り本尊を前に語ると言う。実に洒落の利いた、いや実に悪趣味な言動である。


 これにはさすがのイツメンたちも引いて尤も。


 だが是知だけは違った。ひっそりとたが実に嬉しそうに快哉を叫んだのだ。

 さすコレ。やはり筋金が入っている天彦信者は一味違った。

 善悪適否はさて措いて、100の肯定を示したのだ。


 そして他方、是知もまた成長の跡を伺わせていたのである。指示待ちのきらいが強い彼のちょっとした変化だが、その自主的な問いの声にも張りがあった。


「してない風で、見せないように。けれどお前さんも影で努力してるんやなぁ。感心さんなん」

「……殿っ!」


 歓喜に震える是知をしり目に、


「さてどちらのお姉様が参られるのか。あるいは方々か。それともロリか」


 普段は厄介で銭のかかる貧乏神連中も、こういった場面では無類の頼り甲斐を発揮してくれるから疎遠にはできない。


 天彦は昵懇の間柄の誰かさんならええのにと顔見知り数名の顔を思い浮かべつつも、あらゆる想定を仮定おさらいして伽藍堂へと向かうのであった。












【文中補足】

 1、ブランドエクイティ

 作中では目に見えないブランド価値として引用している











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