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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
十一章 夢幻泡影の章

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207/314

#17 大人がちゃんと面倒くさいジジイで草

 



 永禄十三年(1570)三月十六日






「――と、申したいところではあるが、貴様には藪蛇であろうな」

「……」

「なんじゃその不満ツラは」

「生まれつきなん、ほっといてんかっ!」

「かっ、抜け抜けとほざきおる。それとも誠首に鈴を付けて進ぜようか」

「じょーだん」

「そのような欺瞞、余に通用すると思うてか」

「さあ、どないにおじゃりますやろか」


 瞳に確固たる意志を乗せ見つめ合うことしばらく。

 二人は示し合わせることもなく、ほとんど同時にふっと感情を緩めあう。


「おい狐、喉が渇いた」

「ほな喉の乾くような話題から一旦離れはったらどないさんやろ」

「なにを」

「お客さんがお茶をご所望さんや。一等お高いやつお出ししたげて」

「はっ直ちに」


 天彦と信長。


 二人は二人にしかわからないギリギリのラインを攻めて高度な綱引きをしていた。

 両者の本質は本来水と油。

 安定性と再現性と収益性がすべて見込まれてもまだ慎重を期す絶対慎重派である天彦と、一切の確実性など度外視して、何ならむしろ感覚の邪魔と捨て置いてしまう超絶運否天賦派の信長とでは表と裏、あるいは二次元と三次元ほど見解を含めた志向性が違っていた。


 なのに波長が合う不思議。それは当事者同士が一番感じているのだろう。

 顔を合わせれば常に張り詰め合うくせに、けれど絶対に最後の一線は踏み越えない。

 それはまるで踏み越えてしまえば最後、二度と元の世界線へは舞い戻れないことを察しているかのように。

 二人の空気感は常にギリギリの均衡が保たれるよう趣向が凝らされていたのである。周囲にはそれと気づけないほどの本気の緊迫感を纏い放って……。


 すると周囲の、特に側近たちはたまらない。菊亭・織田両陣営ともに御家来衆は毎度死地に赴く突撃兵の心境で、二人の悪趣味な舌戦に巻き込まれていたのであった。


 ずずず、ずずずず。


 信長が茶を一口二口啜る。そして今となってはお馴染みの眇めた左目に意志を乗せた、天彦を見るときのとびきり胡乱な目を向けた。


「差し出せ」

「……なにを。家に信長さんをお喜び遊ばせるええもんあったやろかぁ」

「惚けるな」

「どうしても」

「で、ある」

「そないに戦をお望みとは。織田さんの認識を改めると同時に菊亭も舐められたもんにおじゃりますなぁ」

「粗略に扱ってはおらぬからこそ、こうして下から打診しておる。狐、そろそろ機嫌を直せ。でなければ曲げた臍を引き抜くぞ。その隠した尾と共にな」


 下からの字義に関しては大いに議論の余地はある。だが配慮に関してなら概ね同意できてしまう。信長公の態度はまさにそんな感じであった。それも会談開始から終始ずっと。

 一言で言うならやりづらい。きっとそれも策略の内なのだろう。

 信長の天彦に対する一連の応接は最上位とまではいかないにせよ、十分義理を欠かない丁寧な作りであった。


 そして同時にどの筋から発出した問題であるのかも予見できていた。

 これは単純な消去法だが、目下菊亭に砂をかけにくる公家はいない。むろん朝廷筋も。ならば一つ。


 それは織田家内に決まっていた。


 藤吉郎さあ……。


 天彦の雑感として、信長然り藤吉郎然り、大人がちゃんと面倒くさい大人でいてくれて嬉しかった。いい意味で。

 むろん悪い意味でなら面倒くさいのだが、大人とは格好よくあって欲しい派の天彦にとってカッコよく面倒くさい大人ならむしろ歓迎のムーブであった。

 くそダサい大人が萎れている世界線を知っているだけにどこかノスタルジックな感傷に浸ってしまっていると。


 そこに、


「側近一人を差し出せば家内の不穏を打ち消してやる。とそう申しておるのじゃ安い買い物であろう。ん?」

「……」


 たしかに安い。一般的な対価としてならむしろ破格の部類であろう。それで不穏分子を一掃できるのなら。

 そしてどうやら織田家中にまたぞろ反菊亭の狼煙が挙げられているようであった。

 まあ旗頭は想像に難くない。嫡男にして次代の当主様であろう。知らんけど。


 だが交渉のテーブルに着くのは天彦である。人質などたとえ自身の命が危うくとも差し出すような真似はしない。自分に課した奇麗ごとキャンペーンの一環として。


「……代わりに此度の大遠征での最大の難所を明かして進ぜます。それでどないさんですやろ」

「ならぬ」


 う。


 天彦からすれば飛び切り取って置きの切り札を初手で切り、決めにかかった心算であった。ところが秒速で却下され。

 想定外のまさかの事態に、珍しく円らな瞳を白黒させて戸惑ってしまう。


 するとまんまとその隙を突かれて畳みかけられてしまった。


「それも差し出せ。此度の一件はその価値があろうぞ」


 この一言で天彦にはすべての図面が鮮明に浮かび上がっていた。

 ある意味では一番の本星でありある意味では最も抜け落ちやすい可能性の一つ。

 そしてやはり策士は影に潜んでいた。


「信忠さん、……刺客を放たれましたんやな」

「で、あるか」


 ビンゴ!


 一番当たって欲しくない予見であった。


「帝の臣たる太政官参議に刺客を放つこの意味、弾正忠さんが預かり存ぜぬとはとてもお思いさんにならっしゃらへんのやけど」

「……で、あるか」


 今度は一転、信長の歯切れが悪くなる番であった。

 だが今度は天彦のターン。とはならない。天彦と信長の術式は互いに互いを打ち消し合って初めて成立した。


 そしてこの事実は幾つかの明確な示唆を含んでいた。

 信長は天彦だけが知りえる未来予知を、今回に限っては甚く警戒していて理が非でも明かさせたいという強い意志で臨んでいること。

 そして嫡男信忠の暴走を内内でどうにか処理できないかと言外に打診していること。

 そして最後に、この策の首謀者が竹中半兵衛であり、延いてはその主君藤吉郎も同意の上でのことなどが挙げられた。


 すべては天彦の仮説。状況証拠の積み上げにすぎないが、少なくともこの両人の見解では確定事実に近い黒であった。


「算砂を」

「本因坊か。……悪くはないな」



 おいて――ッ!



 前振りなく唐突に売られた当人の声が響き渡る中、けれど執務室はいたって平穏無事であった。

 つまるところこの場であっさり身売りされた算砂を除く、座の全員が異論なく全会一致で賛同する実によいトレードであったのだろう。知らんけど。


 何より天彦には必然性があった。むしろその感情が大きく作用してのトレードである。

 本因坊算砂は本能寺で自害して果てた信長公の首を三河まで運んだという史実に言い伝えられる重大かつ厳粛な因果律を背負っている。

 故に信長の傍に置くのが自然の摂理に適っていた。けしてウザキモいから遠ざけたわけではない。けっして。


「算砂。これもお家のためや。飲んでくれ」

「さすがに酷いよ」

「承知の上や」

「今から思うと急にお務めを与えてきたあれも伏線だったんだね」

「それは違うん。思い過ごしは算砂の悪いくせなん」

「キミを知りキミに近づこうとすれば誰だってそうなるさ。ところで、キミはなぜそうもニヤついているのかな」


 ぷぷぷ。厄介払いにオニ成功の巻――!


 思って居ても口には出せないので目性に出てしまっているだけ。

 これで世界の平和は保たれた。少なくとも菊亭の国境線は正常である。ばんざい!


「……どうせキミのことだ。これにも何らかの意味があるんだろ。凡夫たるやつがれには抗う術などありはしないさ。行ってくるよ」

「ん。おおきにさん」

「それだけかい」

「ん、それだけなん」

「そうかい……、ではまたね」


 天彦は表面上は素っ気なく送り出すも内心では……、やはり素っ気なかった(棒)。

 だがこれまでの付き合いに免じて、お前が凡夫なら世界中みーんなカスやで算砂。最大限の賛辞を心にだけ秘めて、けれどやはり態度では務めて素っ気なく算砂を送り出すのであった。


 一件落着。だが残りの二件の方は難題であった。

 それは信長も理解している。


「天彦、貴様の時を余に寄越せ」

「はい。ならばお人払いを」

「うむ。者ども、参議のお達しである。疾く退くがよい」


 はは――。


 都合のいいときだけ使用される太政官の官職に申し訳なくおもいつつ。

 信長と差し向かいで二人きり、じっくり膝を突き合わせた天彦はその日夜が更けっても延々と熟熟つらつらと、熱く語り合ったとか合わなかったとか。






 ◇◆◇






 永禄十三年(1570)三月十八日






 世間では徳川の大活躍が頻りに噂されている今日この頃、ルカはかなりの上機嫌である。

 それはそう。まんまと与六の主役級戦働きが影を潜めてくれているのだ。仕込んだ策が嵌って嬉しくない策士はいない。


「ルカ、ようやったん」

「はい」


 と、


「お殿様、お待ちください」

「ん?」


 ルカに制止を促され天彦が目を凝らしてみると、何やら進行方向に人だかりができていた。集るといっても僅か十人までの小集団だが、いずれの勢力も腰に大小の得物を差していては侮れない。


 天彦は全幅の信頼を寄せる護衛にそっと視線を向けた。


「お任せあれ。殿のお身体は何がござろうとも某が引き受けまする」

「ん。頼んだで」

「はっ! 者ども心致せ」


 応――。


 本日の護衛担当の且元はほとほと頼れる護衛であった。

 これが氏郷ではこうはいかない。むろん高虎ならもっといかない。やはり且元への安心感は別格であった。あるいはこれも所帯を持っている強みであろうか。

 且元には他の侍から感じる刹那的な破滅臭が極端に香ってこない。あくまでそんな嗅覚頼りの感覚だが、天彦にはそれで十分なエビデンスであった。


「申し上げます」

「ん」

「当家預かりの次郎法師殿、何やら地方の国人と揉めておられるご様子にて」



 どうやら行く手を阻む騒動の理由は、次郎法師がちゃんと面倒くさい大人に絡まれている場面であった。

 ここ数日の京都ではこのような騒動が頻発していた。というのも帝の行幸を訊きつけた畿内周囲の国人や豪族が一目見たさに詰め掛けていたからである。

 当たり前だが民度は戦国。ましてや侍ともなれば別格で、肩が触れれば抜き放ち虫の居所ひとつで殺し合う民族性の住民ばかり。そしてなぜか惟任日向守の誇る治安部隊は息を潜めるかのようにおとなしい(棒)。


 当然のように治安はここ最近ないほど悪化の一途をたどっていた。

 逆説的な惟任上げになる状況はよろしくないが、一旦の悪化は策意の内。惟任にとって代わるにはそれくらいの荒療治はどうしたって必要であった。


「これもお前さんらが大好きな必要経費というやつなん」


 衆愚を揶揄したわけではけしてない。そもそも天彦は民とは三人寄れば愚かに成り下がる生き物だと悟っている。呆れはしても愚かしいなどと揶揄はしない。


「愚かなん。ゲロ吐くほど鬱陶しいん」


 した。



 そんな天彦が一人遊びをしていると、――うわぁっ!



「……」

「……」

「……」



 揉め事が秒で解決されてしまった。


 おそらく射干の郎党らしきショタの登場によって。ショタが何を思ったのか思わなかったのか。いずれにせよ躊躇せず秒で次郎法師に絡んでいたその大人に向けて一言二言言葉を発した。すると問題が解決していた。いや霧散か、抹殺か。違う。爆殺である。


 そう。人が爆散したのである。まさしく文字通りに。


 火力強いめ。沸点低いめ。殺傷能力増し増し……、とか。

 大抵の物事を修飾で凸った穏やかな表現で済ませたい天彦も、さすがに閉口してしまって言葉を失う凄惨な結果が見える化されていた。


 面倒くさそうだったジジイの物言わぬ肉片化によって……。


 いずれにしてもアカンかった。戦国室町に爆弾魔ボマーはアカン。

 なぜダメなのかはわからないが天彦の感覚的にアカンかったのだからそういうこと。


「おいルカ」

クルルです」

「訊いてへん。……いや訊いてはいるが、そうやないん」

「はい。承知しております。ですので言い逃れましてございます」

「認めるんか」

「はい認めます」

「ほなら二重の意味であいつ、ヤバいんやな」

「はいヤバいです。色々危ういですが、何より、だってコンスエラお姉さまの一のお気に入りの時点でそれはもうヤバいんです!」

「あ、うん。ほんで」

「あれはお姉様の懐刀と言われている爆殺隊要員ですから」

「ばく……」


 知らんワード! それもむちゃんこ不穏なやつ!


 そしてこの凄惨な爆殺っ娘を生んだのも偏に菊亭の誇るギークが編み出した文明の利器が原因であり、延いては天彦が密接に関与していることは明らかであった。

 言い逃れはできない。因果だ相関だと屁理屈で言い逃れできない事実を突き付けられてしまっては。


「……とはならんやろ。発明は発明。道具は道具や。全部使う者の心ひとつ。身共になんの責任があるん」

「あります! あり寄りのありです! ちゃんと面倒みてくださいだりんっ!」

「語尾跳ねすぎなん」

「跳ねもします!」

「お前さんで手に負えんじゃじゃ馬を身共が面倒見れるはずが――くっ」


 そうこうしている内にクルルが天彦の至近に侍り言葉を待っていた。実にいい顔で。本当に屈託のないいい顔で。皮肉さえ文字に起こすことを憚られるいい顔で。何より天彦の大好きな子供の子供らしい笑顔を差し向けて。


「枢か」

「ハイお殿様、クルルです!」


 クルルも多分に漏れず欧州色の強く出た血統ミックス人種だった。

 イスパニア人の血が混じっているのだろう。コンスエラが可愛がっているのでおそらくきっと。

 それだけで天彦にとって最上級の不遇を感じ同情を禁じ得ない。それはそう。

 何しろコンスエラと時代感という二大巨悪、あるいは二大悪環境に愛されているのだし。

 すると必然、天彦の攻め手もどうしたて五割引きになってしまう。


 そしてもう一方では感心もする。修羅の射干で名を名乗れるというたったそれだけのけれど凄まじいその事実に。

 射干の射干に与えられた名前は名誉の称号と同義である。だから名がある時点で相当の死線を潜り抜けたかなりの戦士(使い手)であることは確実なのだが。

 このクルルも過去の人材パターンと同様例に漏れず、やはりどの角度から見てもそうは見えない、どこか目を引く容姿をしたむちゃんこカワイイキッズだった。


 だから天彦は心を鬼にした。いやこの場合はオニか。モリモリに盛ってかなり凸ったオニである。


 つまり……、


「褒めて遣わすん」

「はい! お殿様に褒められてクルルは嬉しいです!」


 そういうこと。叱ることも怒ることもましてや怒鳴ることなど、天彦にはとてもではないができなかった。


 すると、


「お殿様のあほ」

「くっ」


 こうなることは必定で。


「ご自分で手懐けられたのです。レギュラーメンバー入りは確定だりん」

「あ、うん」


 たしかにむちゃんこ懐かれていた。

 きっとその語感が正しいのだろう。と思わせる目線であった。

 何しろ敬意とか畏怖とかそんな余計な感情を一切読み取らせない真っ直ぐすぎる純真な目線を送られているからきっとそう、なのだろう。知らんけど。


「これイツメンになるん? ま?」

「ま」


 さすがに無理。


 すると誰に押し付け……預けるのか。脳裏で対象人物を思い描く。

 むろん秒で却下される人材からふるいにかけていくのだが、そもそもアレを扱える人材が天彦の周りにはいなかった。雪兎くんとかとくに無理。


「まあええさん。身共は務めを果たすまでや。参るで」

「どちらに」

「醍醐寺や」

「仕上げの確認に参られるのですね。御供いたします」

「来んでええけど」

「は?」

「ん、参ろうか」

「はい」


 こうして天彦は全幅の信頼を寄せる会心の笑みと、翳りしかない完ぺきなジト目を同時に浴びせ向けられ、けれどいずれも地獄だと痛感してその場をそっと離れるのであった。




 ◇




「菊亭様は人材の宝庫ですわね」

「有為の人材さん、お前さんもその菊亭の一員やで」

「あら嬉しい。うふふふ」


 すると次郎法師は立ち止り改まって、“人質ごときに過分なお言葉を頂戴いたしましたこと、この次郎法師慙愧の念に堪えませぬ”

 冗談めかさずどこか苦しそうな眼差しを向けながら天彦に陳謝の言葉を送りつけた。


 すると当然天彦の残機もかなり削られてしまうわけで。なぜなら次郎法師の言わずとしていることが伝わってしまうから。こういうときだけは自分の察しの良さが厭になる天彦だが、これを嫌って遠ざければたちまちお仕舞いですの世界線なれば是非もない。


 この謝罪、言外に今川の御曹司のことを示唆していることは明らかで、するとやはり氏真は菊亭で預かり受けることが確定しているようであった。天彦の一ミリも関知しないどこかの会議の決定を受けて。


「魔王さんさあ」

「……申し訳、ございませぬ」


 天彦に厭なことを押し付ける。あるいは押し付けられるのはこの世でかなり限られていた。その筆頭格の名を出してみただけだがやはりというのか、ずばピタであった。


 さあ内政内政。


 明日は帝の行幸。観覧試合。


 天彦が何かするわけではないがやはり仕上げはきになってしまう。


「身共はこれから醍醐寺に向かうん。付き合うてくれるか」

「徳川馬術大会の下見ですな。むろん喜んでお伴させていただきまする」


 醍醐寺に向かった。















最後までお読みくださいましてありがとうございます。


それではドクシャ―の皆さま、次話でお逢いしましょう。ごきげんようさようなら。



追伸、フィジカルだいぶいいです!メンタルも! だからかきかき頑張りますね!


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― 新着の感想 ―
[一言] 最初から読んでてromってたのですが、さすがにおもしろすぎて、我慢できなくなったので書き込みます。 なろうで一番面白いからこれからもつづけてくれ!! ドクシャーより
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