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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
十一章 夢幻泡影の章

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201/314

#11 紅の狐と金狸、あるいは最大受益者同士の戯言とか

 



 永禄十三年(1570)三月七日






「ようこそ参られました」

「お招きくださいましておおきにさんにおじゃります」


 天彦は言経と儀礼的な挨拶を交わす。

 するとそれを合図に家人用人たちが天彦の私室を退室していった。

 天彦はそれを確認すると態度を一変させた。


「おおきにさん。どないやった」

「たいへん勉強になりましてございます」


 惟任は会談要請に応じた。但し一つだけ条件を挙げて。

 そう。菊亭天彦の臨席の拒否である。

 天彦の奥歯は削られなかった。むしろ歓迎。誰が好き好んで瓢箪頭をみたいものか。

 そして天彦の代わりに立ち会ってくれたのがこの好人物にして不運の人、山科言経であった。


「言経さんはすぐ勿体ぶる!」

「天ちゃんはすぐ急かはる」

「て、てんちゃん!? ぶ、無礼……あ。でもなかったん」

「ふふふ、はい。遅ればせながら同格と相成りましておじゃります。今後ともお引き立てのほどよろしゅうお頼みさんにあらしゃりますぅ」

「おめでとうさん。こちらこそ、それは無論のことにおじゃります。ですが言経さん。そのお年では随分と鈍足な出世さんに思わしゃりますけどぉ」

「そうは仰せですが天ちゃん、羽林家の当家としてはこれでも破格の速さにおじゃりますんやで」

「羽林ダサっ、羽林ショボっ」

「ださいとは。しょぼ……いいえ、なんや胸騒ぎがしよる。訊かん方がよさそうなんで取り消しましょ」

「そうしい」


 ややちくちくした言葉だがそこにはそこはかとない愛が感じられたのでセーフ。


 山科言経は一昨日、天彦とまったく同格の太政官参議への昇格が内示された。成りたてほやほやの参議である。


「天ちゃんはあない魔境に居たはったんやなぁと魂消ておりました」

「魔境。たしかに言い得て妙やな。それで」

「はい。――」


 言経曰く、惟任との会見は義務的に執り行われたとのこと。

 そこはお互いに弁えてくれているようで何よりであった。

 お互いに室町幕府を支えていくことで合意し、誓紙を交わし合ったそうだ。つまり何の拘束力も制約もないただの紙切れを交換しあってお開きとなったそう。


「……弾正忠さんが斬り込むまでは」

「やっぱし」

「はい。弾正忠さんは会談の宴もたけなわなおり唐突に斬り込まれました。“室町公方の下達である。日向守殿も越前出征に馳走なさっては如何か”と。麻呂には切っ先を突き付けたような剣呑な口調に感じましておじゃります」

「くくく、肝、冷えましたやろ」

「笑いごとにおじゃりません! 今でも思い出すと縮み上がりますぅ」


 ナイス! やはり魔王、好きすぎた。嬉しすぎた。


 越前征伐の手当はすでに万全のはず。天彦も部分的に立ち会っているので間違いはない。するとこの時期に惟任の兵力を割くことに意味はなく、あるとすれば天彦の推論の正解以外に意味はないから確実である。


 つまり信長は天彦の密かな企みにリンクしてくれたのだ。


 普通に嬉しすぎた。好きすぎた。


「その魔王さんを嵌めようとしているわけやが」

「訊かさんといてっ! そんなおっとろしい物騒な企みを」


 あ。


 心の声が漏れ出てしまったん。5秒ルールでどうにか。……ならんやろ。さすがに。


 が、


「天ちゃん、もしや」

「うん。お察しのとおり、魔王さんはとうのとっくにご承知なん」

「なん、……と!」


 天彦の悪巧みなどお見通し。だからこそ惟任の兵力を削いだのだ。飴として。

 ならばなぜ飴が必要なのか。要するに悪巧みの輪郭は掴んでいるが確信にまでは至っていないのである。でなければあの魔王が飴など寄越すはずがない。


 天彦は確信的に察していた。


 だが明かす心算はない。自分の価値を高めるのも勿論だがこの機に近い将来確実に祟るであろう厄介者を排除したい一心で、策を変える心算はなかった。チャンスはそう多くはない。その可能性の芽は摘み取れないのである。


 主目的たる用件は済んだ。ならばと天彦はつい先ほど飛び込んできた別件を相談することにした。


「お時間ありますやろか」

「むろんございます」

「それは重畳さん。実は折り入ってご相談したい儀がおじゃります」

「たった今、のうなりましておじゃります」

「笑えと」

「お笑いになられたければ、御勝手にどうぞ」

「酷いっ!」


 いったんお約束を交わして、さて。


「身共、実は弱っておりまして」

「ほう。それは尋常ならざる由におじゃりますな。訊きましょ」

「おおきに」


 天彦は主語をぼかして策の経緯だけを打ち明けた。


 こうである。

 徳川家依頼案件を捌いたのだが何やら寺社界隈が喧しく騒ぎ立てた(棒)。

 するとどういう訳だかそれに便乗してきた内裏(主に宮廷)までもが五月蠅く囃し立ててきた。きっと銭だ。いや確実に銭の匂いを嗅ぎ取ったのだ(偏見込み)。

 だが煩方は主筋。無視もできない。対策を練らなければ。練った☚今ココ。


 それと策意とを搦めてざっくりと説明した。


「……それと宮家の回復に何の関係がおじゃりますんや」

「話すと長いん」

「その文言は話すお心算のないお人さんのお言葉やね。帰らしてもらいましょ」

「待った」

「いくらでもお付き合いいたします」

「あ、はい……」


 天彦は粘らず早々に白旗を挙げて説明する。こうと決めると梃子でも動きそうにない御仁だから。



 朝家には幾つかの宮家が存在しこの宮家の内、天彦は直宮家に着目した。

 直宮家とは天皇と直接の血縁関係にある皇子の皇兄弟が創設した宮家を指す。


 目下直宮家は、岩倉宮、四辻宮、早田宮、五辻宮、常磐井宮ときわいのみや、木寺宮、土御門宮、御聖院宮、玉川宮、小倉宮、八条宮、と、十一家存在し、内六家がすでに断絶している。

 そして八条宮は東宮(誠仁親王殿下)の第六皇子が継承する見込みの宮家であり、その八条宮も現在は断絶している。(1443年、智仁親王の代で)


 天彦はここに目を付けた。その八条宮家を常磐井宮ごと回復させる策略を練ったのである。

 宮家の回復。これは大変なことである。これに飛びつかない皇族はなく、天彦としても一石二鳥の悪巧みであったのだ。

 というのもこの常磐井宮家。始祖を亀山天皇の皇子恒明親王としており、この恒明親王の母御前こそが何を隠そう西園寺家の姫であった。

 つまり実益の大大大大大大大大おばあ様、あるいは曽曽曽曽曽曽曽曽おばあ様にあたるお方。いずれにせよ祖先である。実益にとって先祖なら、むろん天彦にとってもご先祖様同然である。


 この宮家を回復させ東宮の、延いては帝の歓心を買うの巻。


 主たる目的はここにあり、隠された副題はむろん“何卒富くじの調整をお願いしますっ!”である。

 けれどそうするためには越えなければならないいくつかの高い壁があった。

 その一つに目に見える成果。そしてそれは確実に喜ばれなければならない。

 なぜなら周囲の誰にも納得感が必要だから。言い換えるならお強請りには必ず手柄が必要だから。そういうこと。


 宮家の回復など朝廷得しかないのにも関わらず大義名分を必要とした。

 それが流儀と仕来りに雁字搦めに縛られる宮廷貴族の仕様、あるいは生き様である。


 そこで目を付けたのが禁裏御料所(朝廷の所有する荘園)の回復である。

 目々典侍との茶飲み話でふと出た話題であった。

 何やら後宮女房を挙げて丹波国山国荘(京都市右京区・左京区辺り)からの年貢が納められず滞って久しいらしい。

 この山国荘は丹波国国人である宇津頼重が私物化して押領しているらしかった。

 むろん丹波国の大元締めは例の金柑頭さんである。


 天彦にとっては二重三重の意味で奪還する意義がある荘園であった。


 故に天彦は必要である大義名分たる手柄をこの山国荘の奪還としたのである。

 どうやって。交渉で。訊くわけねー。ならば取りにいくまでのこと。必要ならば理が非でも。それこそがまさに天彦の真骨頂である。


「もしや三河守を巻き込まはるお心算では」

「さあ、どないさんやろ」

「……折れて曲がれば済むところを、そうまでして突っ張らなあきませんのか」

「はい」

「天ちゃん」

「はい」

「なんであんたさんはそうなんや。公卿たるもの、そない放るように日々を死に急がはるもんやない」

「……!?」


 捨てるように、とは。死にたがり、とは。


 天彦は言経の言葉の真意が理解できなかった。なぜか感情が理解を拒んだ。

 むしろ拾うように生き足掻いているのだが。むしろ生きたがりなのだが。

 そんな反発心的反感が邪魔をして天彦から正常な判断力を奪っていく。やがてそれは徐々に侵食し、素直に受け止められない天彦をいたく狼狽させてしまう。


 つまり刺さったのだ。効いているのだ。忌々しくも儚くも。


 するとどうだ。

 天彦は自分でも厭になるような顔つき目つきで言経を見てしまっていた。


「さいぜんからのお顔さんにしてもそうや。酷いもんや、そのお顔さんは」

「……」

「ご自覚はありそうやな。そうや。なんやそのけったいな表情は。狐憑きと噂されること、初めてこれがそうかと感じましておじゃります」

「身共、そんな酷いお顔さんしてたん」

「したはるよ、今も」


 天彦は自分の顔の輪郭をなぞった。当たり前だがわからない。


「そんな嘘の笑顔を張り付けんでよろしい。哀しいとき辛いときはそのように振る舞えばええ。あんたさんは本来なら元服などせんでええ童さんなんやから」


 童らしく生きなさい。


 妙に腹落ちする言葉で説得され、天彦も素直に頷いていた。


「それでよろしい。ほな本題やけど、室を娶ってくださいませんか」

「おい」

「何か」

「生き急ぐなとは」


 あの感情を振り乱された熱い言葉が全フリとかどんだけ。

 天彦は反動の裏返しか。おいコラ、感動返せ。しょーもなかったら一生許さんし絶対に逃がさんぞ。の感情で言経を睨む。


「まあお訊き召され。お血筋に不足はおじゃりませぬぞ。何しろ東宮さんの御子さんにあらせられますよって」

「出た!」

「まさか」

「あたぼー」

「……呆れ返るほどのお察しの良さにおじゃりまするな。さすがにあらしゃいますぅ」


 当たり前。付き合うのに血縁や派閥、背景や経済状況を調べない天彦……ではなく射干ではない。天彦はポンコツなのでよく忘れます。

 よって天彦は秒で察する。言経は身内贔屓をした上で身内推してきたのだと。


 だが同時に納得もする。やはり言経も公家であったのかと。

 どちらかというと心根は武家に近しいのかと思っていたがとんでもない。正真正銘、根っからの貴族、生粋の公家であった。


「東宮さんに話は」

「むろん通してあらしゃります」

「段取りのおよろしいことで」

「それこそが公家の本分におじゃりますぅ」


 デスヨネ。


 東宮には子が多い。その一人に心月女王がいる。

 この女王は東宮と東宮の典侍局すけのつぼねである冷泉為益れいぜいためますの娘・為子との間の御子。

 そして言経の室も冷泉家の娘。つまり言経にとって妻繋がりの姪である。姪推し。


 そう考えると悪い感情は薄れていた。それだけ買ってくれているという意味になるから。しかし……、別の観点での危惧が浮かび上がってくる。あるいはお立場が危ういのか。おそらくきっとそうなのだろう。

 何しろ東宮の名目女房(お世話係)である阿茶局(勧修寺晴子)は実質的な妃であり、御所での権勢も想像に難くない。すると疎まれたか。


 ありえそー。


 天彦はダテに阿茶局の為人や人物を知っているだけに、もはやそれしか正解が思い浮かばなかった。

 いずれにせよ無い。無い。どう考えても無い。それはそう。未来の帝の縁戚が好き勝手に暴れるなどあり得ない。あと軸足が決まってしまうと自由度が下がるので。この観点からもあり得なかった。


 だが妙な違和感を覚えてしまう。史実では顕如と証如の和睦仲介のため茶々丸の弟君である顕尊に嫁ぐ心月女王だが、その世界線はすでに失われてしまっている。

 するとその歪みがここにきて自分に降りかかってきたのだろうか。そんな妙な違和感が夏場の汗のように纏わりついて気持ちが悪い。


 なので理論で払拭すべく、天彦はいくつもの仮説を立てては推論を繰り返した。


 少しマシになったところで、


「おいくつにあらせられるん」

「齢五つ」

「ロリ! むちゃんこロリ! どの口が急ぐなと申すん」

「この口が。けっして急いではおじゃりませぬぞ。大英雄家次席菊亭家ともなれば、むしろ遅いくらいにあらしゃりまする」


 数え11歳と数え5歳児の婚姻が遅い。

 そんな世界線は厭だ。その典型が天彦の前に降臨していた。ともすると直視できないほどの眩い煌めきを放って。


 ならば目を瞑ろうそうしよう。


「参議、如何におじゃりまするか。これほどの良縁も滅多とございますまい」


 ねえ。


 奥義、お茶は濁すで逃げ切ろうそうしよう。

 天彦はそっと扇子を脇に置き、脇息を抱え込むようにしてうずくまった。


「是知、是知は」

「はっ、ここに居りまする」

「いた、あいたたたたたたたた」

「殿! 誰かある、誰かっ」


 向けられるのは彼方まで見通せそうな二つの白い目。

 だがバレバレの演技でもそれを嘘と指摘されなければ勝ちであった。




 ◇




 一刻後、


「参議様。お加減よろしくないとお聞きしましたが、よろしいので」

「ええん。三河守さんにおかれましては、気を遣わせて堪忍なん」

「これしきのこと、滅相もございませぬ」

「おおきに」


 狐と狸の化かし合い。バカ試合。


「何や引っ掻き回されて痒い話や」

「……さて、何を仰せか」

「そこのごっついの。ちょっと貸したってんか」

「お言葉が少々乱暴のご様子。やはり本調子ではござらぬな」

「ええ塩梅や。そこの、どないさん」


 天彦は平八郎忠勝を名指しで指名し、周囲の警戒感をマックスに引き上げた。


「次郎法師だけでは飽き足らず、今度は平八郎を惑わすお心算にござるか」

「貸してと申したん」

「何にお使いのお心算で」

「そんなん国盗りに決まってるん」

「な……ッ!」


 大袈裟だがインパクトは絶大であった。それを証拠に徳川家臣団は息を飲んで思考を停滞させてしまっている。この時点で80%勝利である。


 残すは仕上げを御覧じろ。だが敵もさるもの。さすがは東照宮に祀られる予定のお人だけある。転んでもただでは起きない。


「お公家様の国盗りとな。それは実に興味深い。是非某も一枚噛ませていただこう」

「え」

「何か不都合でも」

「……ないん」


 むちゃんこありますけど! ……くそっ、邪魔ものめ。


「ほなら五千ほど借り受けよ」

「ご、五千」

「何か不都合でも」

「くっ、ござらぬ」


 痛いだろう。遠征が決まっている状態で五千もの兵の捻出は。

 貴重な戦力面でも資金面も共に痛すぎるはず。


「某も武門の端くれ。腹は括り申した。訊かせていただきましょう。御公儀の国盗りとやらを」

「そうまで申されたら、身共もおのこや。包み隠さず訊かせたろ」


 包み隠さずとは果たして。どの口でという素朴な疑問はさて措いて。


 こうして会談のテイを装った狐と狸の化かし合いが始まった。

 しかしここで重要なのはこの両家、共に織田陣営に与する味方同士であるということ。そこを抜かると火傷では済まない。


 つまり織田勢力内での密かな序列確定演出的マウント合戦の火蓋が切って落とされたのである。















願い事、にわかに事をなさんとすれば災いあり。だってさー


ということで、200話のお祝いコメントは1件でした。

ドクシャーの倫理観を疑っています。つまりずっラブです。引きつづきご愛顧くださいバイバイさようならー

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