第67話 生徒会紹介
「次は生徒会室に移動するわ」
部活の撮影が終わると、教村が次の撮影現場へと促した。
俺と咲月は、撮影スタッフと共に後ろを付いていく。
本校舎は、撮影用に設計されただけあって、撮影しやすいように廊下が広い。
そんな事を考えながら歩いていると、教村が説明を始めた。
「撫子高校の生徒会は、他校と少し異なる特色があるの」
「どういう特色ですか」
6月下旬に転校して、実質1ヵ月も通学していない俺は、素直に聞き返す。
「うちは、各学年が総合コース4組、芸能コース4組、体育コース2組でしょう」
「そうですね」
「普通に選挙したら、体育コースは人数差で勝てない。ほかのコースの生徒会は、体育コースを優遇する判断を下さないと思わない?」
「そうかもしれませんね」
逆張りしても仕方がないので、そこは素直に肯定した。
生徒の投票で決めると、人数の少ない体育コースから会長が出る可能性は低い。
生徒会は、学校生活への影響が大きい仕事も担っている。
学校行事の企画や運営(文化祭、体育祭、修学旅行など)、生徒の意見収集と学校への橋渡し、各種委員会の統括や調整、学校規則の検討や提案、予算管理と部活動への資金配分など。
それらで体育コースが配慮されないと、影響は甚大になる。
「だから会長1人と副会長2人は、別々のコースから出るの」
「選挙区制みたいですね」
教村が説明した制度は、日本の国政選挙のようだった。
衆議院と参議院の選挙では、選挙区ごとに当選させる定数を決めている。
それと同じで、総合コース、芸能コース、体育コースに定数2が割り当てられており、その中で得票数の多い人間が会長になるというわけだ。
書記などの役職があるとすれば、それが比例代表になるのだろうか。
生徒会に自分達の代表を送り込めるのだから、体育コースも意見は言える。
すると、何も言えないよりはマシになるだろう。
そんなことを思っていると、咲月が補足した。
「今の生徒会長は、ベルフェスで差し入れを下さったベルゼの朱宮絢帆さんですよ」
「朱宮……SNSで絡んでくれた先輩か」
「会計は、白瀬惟花さんです」
「二人とも、芸能コースの3年だったな」
朱宮絢帆と白瀬惟花は、ベルゼ所属のアーティストだ。
元々は、動画投稿していた歌い手とエレクトーン奏者である。
事務所の力を使わず、自力で人気になった結果、アニソン歌手に採用されたり、海外で記事になったりして、音楽事務所に所属することになった天才達だ。
朱宮は、ベルフェスを告知した際にSNSで冗談を言い合った。
それで朱宮のSNSフォロワーが5万人から30万人に伸びたからか、フェスの2日目に差し入れをくれた。
白瀬は、そんな朱宮とユニットを組んでいる。
――どっちも人気者だから、生徒会選挙で勝てても不思議はないな。
ソロでも人気なのだから、二人で組めば最強だろう。
そんな彼女達のことを思い起こしているうちに、生徒会室に到着した。
扉を開けると、そこには映画セットのような立派な生徒会室が広がっていた。
重厚な木製の会議テーブルが部屋の中央に配置され、その周りには背もたれの高い椅子が整然と並んでいる。
壁一面には本棚が設置され、学校関連の資料が整理されて収められていた。
窓際には応接セットがあり、打ち合わせにも対応できる設計になっている。
天井からは重厚なシャンデリアが吊り下げられ、部屋全体に上品な明かりを投げかけている。
まさにドラマに使えそうな、威厳と品格を兼ね備えた空間だった。
「待ってたよ、後輩君」
「はじめまして、その節はどうも」
朱宮に軽く会釈を返すと、白瀬も笑みを浮かべて、ピースサインを投げてきた。
バンドガールらしく、彼女も陽キャらしい。
朱宮はCだが、白瀬はB。
俺は白瀬に親指を立て返した。
「それじゃあパンフレットの写真を撮影するわよ」
教村が促して、俺達は写真を撮るために動き始めた。
「まずは生徒会長になってみようか」
朱宮が、おかしなことを言い始めた。
だが画的には面白いので、会議テーブルの上座に腰を下ろした。
生徒会長の椅子は革張りで、ほかの椅子よりも立派で座り心地も良かった。
左右の副会長席に朱宮と白瀬が座り、書記の席に咲月が座る。
カメラマンが三脚を調整しながら、構図を確認して撮影を始めた。
助手が照明の角度を微調整して、シャンデリアの明かりと合わせて光を作り出していく。
「それでは会議を始めます」
朱宮と白瀬が会議の振りをして、俺の両サイドで話し始めた。
「次回の生徒会長選挙は9月にあります。任期は10月から翌年9月までなので、3年生は引退します」
「引退しちゃうね」
「芸能コース、知り合いに候補者が居ないんだよね。立候補できるのは、1年生と2年生。森木さん、立候補してみない?」
「あたしと絢帆が推薦人になるよ。3年生の票、ゲットだね」
左右の二人を見るに、どうやら本気で勧めているらしい。
そのために、俺を会長の席に座らせたのだろうか。
「部活はできなくなってしまうけれど、森木さんは所属していないし」
「森木くんなら、生徒同士の調整も楽だと思うよ。迫ればイチコロだし」
朱宮が真面目に話す一方で、白瀬は面白おかしく勧めてくる。
「私は、生徒会には立候補しません。先輩方が音楽活動と両立できていたのなら、ハードではないと思いますが、護衛の人達の残業も増えますし」
「あー、そういう事情もあるのかぁ」
飛び級を考えている俺は、適当な理由を付けて断った。
「それなら、咲月さんはどうかな」
「わたしですか?」
朱宮が勧めると、咲月は軽く首を傾げた。
「部活はできなくなるけど、文化祭の軽音学部の出演者には名前が書かれていなかったし、活動できてなくない?」
咲月がポーカーフェイスを浮かべると、白瀬が補足した。
朱宮と白瀬が、揃って共感の声を上げた。
「軽音学部が演奏したら、皆が咲月さんだけを見ちゃうよね。あたし達も、それで生徒会に移ったし」
「そうなんですか?」
咲月が尋ねると、朱宮と白瀬は何度も頷いて肯定した。
「立候補してくれるなら、私が応援演説するよ」
「生徒会の肩書きって、ファン向けのネタにもなって便利だよ。大学の推薦入学も有利かも?」
推薦入学の言葉で、俺と咲月は顔を見合わせた。
俺の進路希望は、ベルゼに伝えており、サブマネージャーの咲月も知っている。
実績を音大の単位にすべく、教科書掲載の案件などを確認していたのだ。
その上で咲月は、一緒に音大に飛び級するとはなっていない。
普通の高校一年は、大学への進学前に、高校二年と三年の授業も受けるべきだ。俺の場合は特殊すぎるのだ。
――音大の推薦入学って、生徒会の実績は役に立つのかな。
咲月の進路がどこなのかは知らない。
だが音大だった場合、生徒会は役に立ちそうにない。もっとも咲月の場合、音楽活動の実績が大きいので、声楽専修であれば入れそうだが。
朱宮と白瀬は、立候補しないかと視線で咲月に尋ねた。
咲月は沈黙を経て、口を開いた。
「少し考えてみますね」
「それなら決まったら連絡してね。SNS相互だし、電話番号も教えておくね」
「ドラマ放送中だし、現会長の絢帆も推薦するから、圧勝だよ」
朱宮と白瀬が勧める間に、パンフレットの写真が撮り終わった。


























