第65話 学校紹介撮影
「パンフレット用に撮りたい写真は、部活動と生徒会だそうです」
理事長の荒井に、学校案内のパンフレットに載ることを同意した翌々日。
俺の気が変わらないうちにと思われたのか、撮影が行われることになった。
「咲月さんまで、撮影に動員されたんですか」
「はい。昨日、連絡が来ました」
「荒井理事長、行動が早過ぎますね」
咲月を動員したのは、俺がドラマの仕事を受けた際、バンドメンバーである咲月の起用が有効に働いたからだろう。
前任の男性俳優が辞退したことが、トラウマになっているのかもしれない。
あるいは、マスメディア業界は素早くて用意周到だ、ということも有り得る。
夏休みの宿題が出たら、フライングして夏休み前に仕上げるような業界だ。
そして同級生に売りつけるのが、仕事になったような人々だ。
「撮影した写真、何十年くらいパンフレットに使う気なんでしょうね」
「カメラ、本格的ですよね」
俺と咲月が囁き合う先では、荒井が手配した撮影スタッフが準備をしている。
荒井が取締役相談役を務める撫子テレビは、メディア関連会社だ。傘下には、新聞社と週刊誌の会社も名を連ねる。
一台で数百万円の撮影用カメラもあるし、プロのカメラマンも動員された。
メディアは、「元々の予定があるので撮影には行けません」とは絶対に言わない。単に、仕事に優先順位を付けるだけである。
当たり前のように動員されており、カメラのチェックをしていた。
教師も、担任の教村が動員された。
担任かつ体育教師なので、部活動の撮影では、都合が良かったのかもしれない。
「教村先生。夏休みに部活なんて、やっているんですか」
そう尋ねたところ、教村は当然だという表情で、口を開いた。
「8月は、部活動の最盛期と言っても過言ではないわ。定期テストの無い生徒が、活動に集中できるでしょう」
「そういえば、そうですね」
前世で人気だった高校野球をイメージし過ぎていたかもしれない。
野球なら、夏の甲子園に進まなければ、夏休み前には地方大会が終了する。
だが世の中には、野球以外の部活が山ほどある。
現行の入学案内には、部活動の名が連なっていた。
部活動は、運動系が10種類。
バレーボール部、テニス部、陸上部、弓道部、山岳部、ソフトボール部、バドミントン部、卓球部、ダンス部、チアリーディング部。
前世と比べて、野球、サッカー、剣道、柔道、バスケットボール、ハンドボールなどが見当たらない。
文化系は、11種類。
吹奏楽部、軽音楽部、茶道部、華道部、書道部、美術部、演劇部、文芸部、家庭科部、国際交流部、写真部。
そちらも前世と比べて、パソコン部、電子工作部、科学部、将棋部、囲碁部などが見当たらなかった。
「どの部活がやっているんですか」
「文化祭があるから、結構やっているわよ。運動系だと、ダンス部とチアリーディング部は来ているわね」
「なるほど、文化祭で披露するんですか」
文化の日は、今世も11月3日と定められている。
元々は明治天皇の誕生日で、制定までの歴史も変わらない。
したがって文化祭の最盛期は、9月から11月だ。
学校の文化祭で披露する予定があれば、夏の全国大会に出られなくても、多少は練習のモチベーションを保てるだろう。
「それと文化系は、文化祭に出ないと、文化系とは言えなくないかしら?」
教村の説明に、目から鱗が落ちた。
文化系なのだから、文化祭に出るのは当然だった。
文化祭に出なければ、どこで活動を発表する気だという話になる。
そして文化祭が行われる秋に発表するなら、夏に準備しているはずだ。
すべての部活が夏休みに登校するわけではないだろうが、皆無でもないだろう。
「今日は入学案内に載せる写真を幅広く撮ってもらうけれど、全ての部活動を回るのは無理よね」
教村が念を押したので、俺は頷き返した。
「はい。夏休みで学校に登校していない部活もあるでしょうし、来ていても一日で21種類の部活を回るなんて不可能です」
1つの部活に10分とすれば、210分で3時間を越えてしまう。
しかも今日は、生徒会と学校の施設まで撮る予定だ。
在校生であるが故に応じたが、数日に亘って撮るとは聞いていない。
「そもそも全ての部活に私が映るのも、おかしいと思います」
制服で後ろ姿だけを撮るなら、同じモデルだという違和感は抱かれない。
だが、流石に男子が多すぎるという違和感は生まれるだろう。
すると入学案内のパンフレットなのに、異世界ファンタジーになってしまう。
俺と方針を確認した教村は、厳選した部活を挙げた。
「予定しているのは、国際交流部、山岳部、弓道部、写真部の4つよ。そこで男子部員の振りをして、パンフレットに出てもらうわ」
「それって、ドラマのレギュラーだった優理達の部活ですよね」
挙げられた部活名と順番には、心当たりがあった。
それらは、優理、千尋、実弓、瞳子が所属している部活だ。
ドラマの第二話で紹介されており、弓道場には行ったこともある。
小春が所属しているチアリーディング部が省かれているのは、今世の日本には、男性のチアリーディング部員が存在した歴史が無いからだろう。
「学校案内のパンフレットは、保護者も見るでしょう。ドラマに関係する部活で撮ると、宣伝効果が高いと思わない?」
「それは、先生の言うとおりだと思います」
ドラマの視聴率は、第一話に25%を越えて以降、上がり続けている。
誰に対しても「娘はドラマ『セカンドフレア』に出た弓道部に通っています」と言えば通じるので、子供を芸能コースに通わせる親は、自尊心を満足させる。
さらに詳しい親が居て、子供に活躍してもらいたいと思っていても、撫子高校の芸能コースは良い選択だ。
男性俳優を出演させた撫子高校には、2匹目のドジョウの可能性がある。
俺との共演で知名度が上がれば、別の仕事にも呼んでもらえて、さらに知名度が上がるというプラスの連鎖が続いていく。
――ドラマ出演で知ったけど、スポンサーが偉いからなぁ。
スポンサー企業に「新番組には、セカンドフレアのレギュラーを起用します」と説明すれば、企業内で稟議が通って、スポンサー料が出る。
子供を芸能コースに通わせる親は、「この学校だ!」と思うだろう。
「だから4つの部活ね。学生服を着て、部活の生徒と一緒に映ってもらうわ」
「分かりました。それくらいなら良いですよ」
国際交流部は、ビデオチャットアプリを使って、海外の人と会話しているのだと優理に聞いたことがある。
外国人と話す部員の隣に座って、参加している振りをするのかもしれない。
山岳部では、登山道具を確認している姿。
弓道部では、弓道場で弓の弦を引く姿。
写真部では、ドローンを操作している姿。
前世では有り得た光景なので、どれも問題ない。
「それじゃあ、付いてきて」
「分かりました」
同意すると、教村は誘導するように歩き出した。
俺は後ろに付いていきながら、咲月に小声で尋ねる。
「咲月の軽音学部が外されているのは、どうしてですか」
「軽音学部で撮りたかったですか?」
咲月は、いつものポーカーフェイスで俺に尋ねた。
俺が撮りたいと言えば、いくらでも調整するのだろう。
だが最近、咲月のポーカーフェイスと声色が、少し分かるようになってきた。
今回の場合、咲月は嫌がっているように感じた。
「いえ、止めておきます」
俺の勝手な想像だが、咲月が入部した4月と現在とでは、環境が変わったのではないだろうか。
4月は新入部員で、咲月は下の立場だった。
8月現在は、『歩んだ道』で初週ミリオンを出して、数十万人が来場した音楽祭のベルフェスでも2日目の主役を務めている。
軽音学部でバンド活動をする人間には、自分の音楽への承認欲求がある。
観客に褒められれば嬉しいのだ。
だが咲月が居ると、観客は全員が咲月だけを見る。
ほかのメンバーは、バックミュージック扱いとなって、誰にも認められない。
高校生が、ほかのメンバーばかり褒められて、自分の音楽を認められなければ、そのメンバーと一緒に活動することは嫌になる。
咲月は、高校からバンドメンバーを選ばないほうが良いと言ったことがある。
もしかすると、俺に紹介するように頼まれたことが、あるのかもしれない。
サブマネージャーとしての判断で、能力的に紹介するわけにもいかず、なおさら嫉妬心を抱かれる。
「大変ですね」
俺の言葉に対して、咲月はポーカーフェイスを浮かべた。
以前は、咲月が何を思っているのか、よく分からなかった。
だが今回は、「分かっちゃいました?」という感情を読み取れた。


























