第59話 優理の誘い
少し遡り、夏休みに入る頃。
俺は、ドラマの相方である緑上優理から誘いを受けた。
『ドラマの宣伝を兼ねて、一緒にバラエティ番組へ出演してほしいんだけど』
優理とは、社交パーティで連絡先を交換している。
ドラマに関しては、ベルゼを経由せずに仕事を受けているので、俺に直接連絡を取ることに問題は無い。
だが通話先の優理の大義名分は、俺にとっては弱かった。
「俺の動画サイトでの宣伝力は、1500万に達したわけだが」
俺の動画サイトとSNSのフォロワーは、未だに伸び続けている。
テレビCM出演とドラマの主演が、絶大な効果を発揮しているのだ。
それらで宣伝すれば充分ではないかと、あまり気乗りしない返事をしたところ、優理は新たな説得材料を持ち出した。
『ドラマ、咲月さんのヒロイン力が高すぎるのよね』
「ぐぬぬっ」
優理が指摘した言葉の効果は、覿面だった。
ドラマ『セカンドフレア』は、男性俳優と優理のダブル主演で作られていた。
だが前任の男性俳優が辞退してしまって、代わりに俺を誘う条件の一つとして、俺のバンドメンバーである咲月も出演させる話になった。
そこで俺は、咲月が演じる咲を優遇しすぎた。
具体的には、咲に向けた歌『道標』を作って監督に聞かせ、最終話の特別エンディング曲として採用させた。
それによって、ドラマの評価が爆上がりすることは、既に確信している。
メインスポンサーの黄川も文句は付けない。
だが、たった一人だけ割を食った人間が居る。
それが主演女優の優理で、このままでは咲月に食われて評価が落ちる。
ちょっとだけ、悪いことをした気がしなくもない。
「……了解した」
『本当? ありがとう!』
「ドラマの咲を優遇した分、別番組で優理との仲の良さをアピールして、ドラマの優奈と仲が良いイメージを高める目的で良いんだよな」
『そうそう。よろしくね』
確認を取ったところ、アッサリと目的を認めた。
「それでバラエティ番組は、どんな内容なんだ。クイズとかは苦手なんだが」
具体的に挙げたのは、優理と咲月が番宣で、クイズ番組に出演したからだ。
「クイズ苦手なんだ?」
「男の俺は、どうも感覚が異なるらしい」
クイズ番組が苦手なのは、前世との食い違いがあるからだ。
80年前までの歴史は変わらないので、それ以前の問題なら多少は答えられる。
だが80年前からは、社会が変容した。
80年前までに生まれた男性達が、社会で活躍した10年前までは、国際関係に変化は乏しい。
なぜなら国を動かすのは、権力を持った老人達だからだ。
法律だって、大半は10年以上前に作られているので、ほとんど変わらない。
未婚の男性をマッチングさせる阿呆な法律が成立したのは、今年の話だ。
だが売れた商品を聞かれると、途端に怪しくなる。
それは購買層が女性に偏るからで、近年になるほど乖離が大きくなる。
人気の芸能人を聞かれても、ほとんど答えられない。
なぜなら戦後の男性芸能人は生まれておらず、男性から人気を得たはずの女性芸能人も人気を得なかったからだ。
美空ひばりまでは合っている。
そういう次元である。
『悠さんとあたしが主役の番組で、ほかの司会者は居ないから、大丈夫かな』
「何をするんだ?」
『企画内容、メールで送るね』
優理が告げると、すぐに企画内容がメールで送られてきた。
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番組名(仮):
『二人無人島サバイバル特別編』
放送枠:
撫子テレビ系列 全国ネット地上波、ゴールデンタイム特番(120分枠)
企画概要:
話題のドラマ『セカンドフレア』のダブル主演、森木悠と緑上優理の二人が、瀬戸内海に浮かぶ無人島に二人きりで、1泊2日のサバイバル生活に挑戦。
ドラマ本編でダブル主演の二人を出すことによる話題性の強化。
テレビ的な演出を排除し、主演ふたりの素の関係性や会話をドキュメンタリー風に切り取ることで、ドラマの二人の仲の良さと信頼関係を演出する。
撮影は、ドローンと定点カメラを中心として、スタッフは極力介入しない。
ロケ地:
瀬戸内海某所の無人島。
全周約3キロメートル。野生のウサギが生息。
※昭和40年代まで人が居住していた島で、井戸と水洗トイレを使用可。
番組のルール:
出演者は道具を2つずつ持ち込み可。
食料は島にあるもので自給(魚介、野草など)
備考:
撮影は恒例であり、漁に関して地元漁協の許可済み。
専門家に食材の安全性確認を依頼済み。
島の旧民家にてスタッフ待機。急病時の救護・搬送体制を確保済み。
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「無人島サバイバルか」
俺は、前世でいくつか見た無人島番組を思い出した。
男性芸能人が海に潜って、銛で魚を突いたシーンが思い浮かぶ。
道具を2つまで持ち込み可なら、魚を突く銛は持ち込める。
だが海で魚を探すなら、水中用ゴーグルも必須となる。
泳ぎ回るには、足ヒレ付きのウエットスーツも必要だろう。
魚を捌いて焼くなら、ファイヤースターター付きのアウトドアナイフも欲しい。
「……確認するが、服装は自由で良いんだよな」
『服装の指定なんて無いわ』
「それなら、番組で肌の露出を防ぐために、海用のウエットスーツを用意しても良いよな。足ヒレは、靴扱いで」
俺の服装を想像したのか、優理は沈黙した。
それから数秒して、再起動する。
『通ると思うわ。面白いから、有りじゃないかしら』
どうやら良いらしい。
すると足ヒレ付きのウエットスーツは、持ち込む道具に含まなくて済む。
もちろんウエットスーツだけで現地に行くわけではなく、上には服を着込んで、どちらも使えるようにするつもりだ。
靴については、ゴム底の靴下でも履いて、その上から足ヒレを履けば1日くらいなんとかなる。
「俺は顔出しを制限するために、ドラマでサングラスを付けているが、そういう物も良いんだよな」
『それは大丈夫』
「だったら海中でサングラスを付けるのは難しいから、サングラスを付けられる水中用ゴーグルも必要だ。海女さん用の大きいゴーグルになるが」
『それは仕方がないんじゃないかな』
水中用ゴーグルの持ち込みも、制限を外せた。
すると魚を突く銛、足ヒレ付きのウエットスーツ、水中用ゴーグル、ファイヤースターター付きのアウトドアナイフが揃う。
前世で見た無人島サバイバルを実現できる。
「それなら俺は、魚を突く銛とファイヤースターター付きのアウトドアナイフを持ち込んで、魚を突いてサバイバルする。優理は何を持ち込む予定だ?」
『協力関係だから、あたしはキャリーバッグ付きのキャンプ用テントと、2人用の寝袋にしようか。寝袋はクイーンサイズだし、テントには虫除けスプレーを掛けておけば、何とかなりそう』
「俺が食料担当で、優理が住居担当というわけだな」
テントで寝られるのなら、わりとイージーモードかもしれない。
俺が魚を穫れなければ、食事抜きになるが。
ちなみにクイーンサイズの寝袋に関しては、今世では貞操観念がおかしい。
男女比が三毛猫で、成人女性が小学生男児を誘拐した50年前の印象が強く、貞操観念は逆転しているのかもしれない。
俺が優理に手を出したら、前世で50年に1人のアイドルが男性を誘ったようなもので、被害者なんているのかと首を傾げられる。
そして優理のほうから手を出すには、力が足りない。
「一応確認しておくが、一緒の寝袋に関して優理側の問題は無いか」
『あたし達って、ドラマで夫婦よね。今回もテレビ撮影だけど』
「了解した。俺も大丈夫だ」
俺の場合、貧乳ではない女性に手を出すことはない。
そのため問題は無い。
「よし、勝ったな」
『どうやったら、そんなおかしな発想が思い浮かぶの』
「俺のサバイバル計画のことか?」
『そうそう、パッと出てきたでしょう』
優理は呆れたが、俺の発想は前世に基づく。
もちろん前世があるとは言えないので、誤魔化すが。
「なんとなくだ。ウエットスーツは、俺のサイズに合うものを特注で作ってもらわないといけないから、少し時間が掛かる」
『どれくらい掛かるの?』
「俺は、青島百貨店にオーダーメイドで服を作ってもらえる話が付いているから、そこまで時間は掛からないと思う」
以前、社交パーティのタキシードを作った時、俺の服をオーダーメイドで作ってくれるという話をしてもらった。
採寸もしてもらったので、依頼すれば、生地を仕入れて作成してくれる。
特殊なものなので、少し時間は掛かるだろうが。
『できれば8月中旬までに撮影して、8月中に放送したいかも』
「多分大丈夫だろう。大まかに分かったら連絡する」
そう言って通話を切った俺は、青島百貨店新宿に連絡して、ウエットスーツと足ヒレを依頼した。
何度も聞き返されたが、番組で無人島ロケをするので、ダイビングをして魚を突くと説明したところ、なんとか理解してもらえた。
次いでネット通販サイトを検索して、高い順に並べ替えて『魚突き用、3又銛』、『ラージフレームのダイビングマスク』、『ファイヤースターターナイフ』を選んで注文した。
その後、ベルフェスを経て、優理と無人島ロケに赴くことになった。


























