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転生音楽家 ~男女比が三毛猫の世界で歌う恋愛ソング~  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第3巻 ツチノコ快進撃

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第57話 ベルフェス2日目

 ベルフェス2日目。

 前日と同様の時間に来た俺は、想定外の事態を耳にした。


「昨日、グッズ販売会場で、『白の誓い』のCDが品切れになりました」


 昨日20時の歌唱後、夜も開いているグッズ販売会場に、客が殺到したらしい。

 ほかの売り場から増援を出す光景が、容易に思い浮かぶ。

 それほど深刻な内容ではなく、笑い話の類いだろう。


「何枚用意していたんですか」

「2000枚です。夜中にスタッフが、事務所に在庫を取りに行きました。それと『歩んだ道』と『夏の蛍』も、追加で持ってきています」


 鈴菜の『白の誓い』は、5月16日に発売した。

 売れるといわれる2ヵ月間で、買ってくれる層には買われている。

 7月からは、ドラマ『セカンドフレア』の主題歌としてテレビ放送されており、売れ行きは再び伸びているが、だからこそ欲しい人の手元には渡っていた。

 2000枚を持ってきたのは、それで充分だと思ったからのはずだ。俺が担当者だとしても、それくらいで良いと考えるかもしれない。

 但し蓋を開けてみれば、完全に読み違えていたわけだが。


「今日歌う『歩んだ道』も売れると思います。ですが最終日の『夏の蛍』は、会場で聴いてから買うには、時間が足りないんじゃないかなぁ」


 ベルフェスは夜通しやっているお祭りなので、咲月が今夜歌う『歩んだ道』は、購入する時間が充分にある。

 その一方で俺の出演は、日曜日の16時から17時前までだ。

 グッズ販売会場は18時に閉まるので、直ぐに向かっても1時間しかない。

 短時間なので、大量に売れるとは思えない。

 すると鈴菜が、異論を唱えた。


「悠さん、『夏の蛍』のニュースを覚えていらっしゃいますか」

「色々と読んだ記憶はあるけど」


 つまり、あまり覚えていない。

 そう言ったところ、鈴菜は記事を検索して、一部を俺に見せてきた。


―――

 本作の魅力は、夏の風物詩である蛍をモチーフにした、儚い恋心と到達できない願いを繊細に描いた歌詞。そして卓越した男性ボーカルだ。「触れてはならぬ綺麗な清流、清らかな水が欲しい。叶うなら愛してほしい、僕の光で水面を照らさせて」という歌詞は、SNSで大きな話題となっている。

 この歌詞をめぐっては、「触れてはならぬ綺麗な清流」が誰を指すのかについて、バアルの青島鈴菜説と桃山咲月説の二つが有力だ。

 青島説の支持者は「触れられない高嶺の花」のイメージがお嬢様の青島に合致と主張。一方、桃山説の支持者は、1曲目『白の誓い』は恋が成就したのに対して、2曲目『歩んだ道』は失恋を描いており、その流れからすると3曲目『夏の蛍』は桃山咲月への想いを表現しているとの見方を示している。


 バアルの3曲が出揃ったことで、曲の関連性についても議論が活発化している。「3曲で一つの物語を形成しているのでは」という観点から、楽曲を分析する動画コンテンツも人気を集めており、森木悠の意図を推測する歌詞考察が、新たなエンターテイメントとして定着しつつある。

―――


「ようするに鈴菜と咲月さんの歌が売れたら、俺の歌も売れるということか」

「そうですわよ。悠さんの歌が売れたとき、わたくし達の歌も売れましたし」


 3曲で一つの物語だとすれば、鈴菜と咲月の歌が売れれば、俺の歌も売れる。

 俺の歌が売れた場合も、二人の歌が売れる。

 俺達の歌には、相乗効果があるらしい。


 ただし相乗効果があるのは、3曲だけだ。

 もしかすると『歩んだ道』と、ドラマ最終回のエンディング曲『道標』にも相乗効果はあるかもしれないが、フェス用の新曲には無いだろう。


「まあ売れ残っても、CDなら持ち帰れますからね。ところでフェス用の新曲は、売れていますか」


 咲月に尋ねると、微笑と共に頷きが返ってきた。


「売れているようです。転売も始まっていました」

「転売のほうは、いくらくらいで売れていますか」

「3000円台は全て売れて、4000円台だと、売れ残りもありますね」


 行動が早いと思ったが、現物の写真を撮って出品することは、1時間で可能だ。

 昨日の午前に買ったCDを車に積み込んで、家に帰宅してネットで出品すれば、昨日中に売買を成立させられる。


「在庫って、残っていますか?」

「まだありますけれど、3日間で売り切れそうです。在庫が多いと、来年のフェスまでの保管料が掛かりますので、売り切れたほうが良いそうですけれど」

「それなら構いませんね」


 会場に来られないけど、買いたい。

 そんなファンに届くのなら、構わないだろうと思った。


「悠さんにご報告です。16時から出演される朱宮絢帆さんと、白瀬惟花さんがお寄りになられて、差し入れの羊羹を置いていかれました」


 一瞬、誰だったかと思った。

 そしてフェスを告知配信した際、『絶賛放送中のドラマ主題歌とエンディングに、森木さんと交響楽団まで動員とか、最初から勝てるわけないじゃないですかぁ!』とツッコミを入れてきた撫子高校の先輩だったと思い至る。

 俺のほうも『負けませんよ』とリポストして、宣伝に利用させてもらった。


「わざわざ差し入れを下さったんですか。どうしましょう」

「お返しは大丈夫です。わたし達バアル3人の名義で、全出演者に差し入れを贈っていますから」


 何も用意していなかったと焦った俺に対して、サブマネージャーの咲月は心強い言葉を返した。


「……さす咲、一家に一台必需品」


 そう評すと、咲月はニコリと微笑んだ。

 その様子を見るに、マネージャーの黒原ではなく、咲月自身の発案なのだろう。

 今年は俺達がメインを務めるので、配慮したのだろう。子役時代に苦労した経験があるからか、流石に目が行き届いている。


「それで先輩は、何か言っていましたか」

「言伝を預かっています。『動画内での取り上げと、SNSでの絡みと、フォローありがとう。おかげでフォロワーが30万人を越えました』だそうです」

「それは何というか、良かったです」


 確か絡んだ時のフォロワー数は、5万人ほどだった記憶がある。

 俺が朱宮をフォローしたのは、『負けませんよ』とリポストした件で、視聴者に仲が悪いと誤解されては困ると思ったからだ。

 誤解されると、俺のファンが相手を攻撃するかもしれない。

 そのためSNSでフォローして、敵ではありませんというアピールをした。


 俺がフォローしていたのは、ベルゼ音楽事務所、咲月、鈴菜くらいだった。

 そこに朱宮と白瀬の二人を加えたことで、注目を浴びたらしい。

 バアルに入るのではないかと誤解された可能性すらある。

 白瀬は朱宮よりもフォロワー数が多かったが、そちらも相応に伸びただろう。

 モニターを見ると、ちょうど二人が出演していた。


「あの二人って、結構上手いんですか」


 そう尋ねると、咲月は鈴菜のほうをみた。

 演奏に関しては、小さい頃からピアノとバイオリンを習った鈴菜の方が詳しい。そしてサブマネージャーの立場ではないので、より客観的に言える。


「惟花さんは、元々は動画投稿していたエレクトーン奏者ですわ。中学生の時に、海外の新聞社のネット記事で、完璧なカバー曲だと取り上げられていました」

「それは、かなりの腕前ですね」


 俺が絡んでいないほうの白瀬は、時々居る天才だ。

 俺なんかよりも、よほどピアノが上手いのだろう。

 バンドのバアル単位で考えると、鈴菜のキーボードと楽器が被るので、それほど勧誘したい人材ではないが。

 もっとも鈴菜が歌うときには、演奏してくれると助かるかもしれない。


「絢帆さんも、元々動画投稿していた歌い手で、ギタリストですわ。それが目に留まって、アニメの主題歌を歌ったこともあります」


 ヤバい才能の奴等だった。

 俺は負けませんよと言ったが、相手にも俺と同等の男性音楽家が付いていたら、負けていたかもしれない。


「まあ、咲月さんの『歩んだ道』は、絶対に負けませんけどね」


 会場を盛り上げる朱宮と白瀬をモニター越しに眺めながら、俺は宣言した。

 楽曲提供した『歩んだ道』は、男女比が1対1の前世で無数の恋愛ソングを聴いた俺が、『白の誓い』に匹敵すると思っている歌だ。


 それに加えて、演奏するのはジャパン交響楽団だ。

 あちらに専門家レベルの演奏力があっても、こちらは本物を動員している。


「ドラマ『セカンドフレア』のエンディング曲です。圧勝しましょうか」


 この曲には、感染して別れることになった咲の思いも詰まっている。

 俺が呼び掛けると、咲月は頷き返した。

 それからしばらくして、咲月の出演時間が訪れた。


 俺は今日も自分の出番まで待って、『歩んだ道』のタイミングで登場する。

 ジャパン交響楽団のプロ達も加わって、楽器もアコースティックギター、エレキギター、ピアノ、エレクトリックベース、ドラム、パーカッション、タンバリン、キーボード、ストリングスと揃い踏みだ。


 数万人の観客から熱狂的な視線を浴びる中、前奏が流れ始めた。

 刹那、照明が暖色に変わり、ステージ全体を夕焼けのような橙色の光が包んだ。

 昨日の白い幻想的な演出とは対照的に、今夜は温かみのある、しかしどこか切ない色調が会場を染めていく。


 ――あの夕焼けだ。


 背景のスクリーンには、一本道が映し出された。

 それは、咲と別れた高速道路で見た夕焼けのようだった。

 景色が夕焼けに染まる中、夕暮れの光が、咲の横顔を照らしている。


 咲月は、ゆっくりとマイクスタンドに近づいた。

 今夜の彼女は、淡いピンクのワンピースに身を包んでいる。

 裾が歩くたびにふわりと揺れ、まるで桜の花びらが舞っているようだった。

 胸元には小さなリボンが結ばれ、幼馴染みらしい可憐さを演出している。

 咲月は深く息を吸って、歌い始めた。


「本当はもう気付いてた。あなたの想いが、どんなに深い愛かを」


 最初の一節が響いた瞬間、会場の空気が変わった。

 昨日の『白の誓い』が成就した愛を歌ったのに対し、『歩んだ道』は届かない想いを歌っている。


 咲月の歌声は、透明でありながら、胸の奥に秘めた切なさを湛えていた。

 高校一年生の少女が歌っているとは思えないほど、深い感情がこもっている。

 だがそれは当然だ。

 なぜなら咲月は、感染して生き別れるという疑似体験を経た。


『悠くん、私ね……噛まれちゃったんだ。だから、ここでお別れだね』


 咲の言葉が、俺の脳裏を過ぎる。

 咲月の歌声が、観客達の相手に届かない想いを訴えた。


「あなたが前に進んでく。その横で私は、少し遅れて歩いていたの」


 ステージの照明が、咲月の影を長く後ろに伸ばした。

 まるで歌詞の通り、誰かの後ろを歩いているかのような演出だ。

 背景のスクリーンでは、道を歩く二つの人影が映し出される。最初は並んで歩いていた二人が、徐々に距離を空けていく映像に、観客は息を呑んだ。


「何も言えずに進むあなたの、後ろ姿を見つめてました」


 咲月の歌声に、かすかな震えが混じった。

 それは技巧的な演出ではなく、歌詞に込められた感情が、咲月自身の心を揺さぶっているからだ。

 ドラマ『セカンドフレア』で演じた咲の最期を思い出しているのだろう。

 愛する人に、望まぬ別れを告げなければならない切なさが、歌声に宿っている。

 サビに入ると、ストリングスが豊かに響き始めた。


「初めから、あなたの未来しか想っていないから」


 今世の女性にとって、男性との出会いは稀で、出会えても一方通行に終わる。

 自分の心を犠牲にしてでも相手の幸せを願う感情は、届かぬ想いを持つ女性達にとって、あまりにも身近な体験だった。

 それでも相手の幸せを願う、そんな咲月の歌に、観客が共感を示していた。


「私が隣に居ないとしても、前へと進んで」


 咲月は左手を胸に当て、右手を前方に向けて押し出した。

 大切な人を送り出すような仕草に、観客からは熱意に満ちた視線が送られる。


「私が今望むのは、後ろに戻ったり、止まったりすることじゃなくて」


 スクリーンの二人が、遠ざかっていく。

 その先に、違う女性が居た。

 だが、それでも最初に歩んでいた彼女は見続けている。


「せめて後ろを見て、私に微笑んで。幸せだったと、思ってほしかった」


 ここで照明がさらに暖かく変わり、咲月の表情を優しく照らした。

 彼女の顔には、悲しみと同時に、深い愛情が浮かんでいる。

 別れの歌でありながら、恨みや悲しみではなく、純粋な愛が込められていた。

 最後のサビに入ると、咲月の歌声はより一層力強さを増した。


「あなたの未来しか想っていないから。私が隣に居ないとしても、前へと進んで」


 咲月のあまりにも深い愛が、俺の心にのし掛かってくる。

 俺は、どうしてこんな歌詞を作ったのだろう。

 そして、どうして咲月に渡してしまったのだろう。

 重すぎて、息ができない。


「こんなに愛しちゃう前に、この道変えられなかったのかな。二人で一緒に歩いて来たんだから」


 背景のスクリーンには、再び二人が並んで歩く映像が映し出された。

 今度は過去の回想シーンのように、セピア色で描かれている。

 幸せだった日々への憧憬と、現実への諦めが、映像と歌詞で表現されていた。


「歩んだ二人の道だけは、無くしたくない」


 咲月は両手を胸の前で組み、祈るような仕草を見せた。

 その表情には、深い愛情と、静かな諦めが混在している。

 最前列には、涙を拭っている観客も見える。


「また振り返ってよ、だってあなたは私と二人、歩いてたはずだから」


 この部分で、咲月の声がわずかに震えた。

 ドラマでの体験が、この歌により深いリアリティを与えている。

 咲月が歌に合わせてドラマで演じた結果、ドラマの咲は歌詞と一体化したのだ。


「でもあなたは、前へと歩んでいく。私が追い付けないなら、二人は一緒に歩けない」


 照明が再び変わり、咲月の後ろに長い影が映し出された。

 一人残される切なさが、視覚的にも表現されている。

 最後のサビでは、咲月の歌声が会場全体を包み込んだ。


「初めから、あなたの未来しか想っていないから。私が隣に居ないとしても、前へと進んで……」


 咲月が最後のフレーズが歌い終わると、会場は深い静寂に包まれた。

 誰もが、歌詞の余韻に浸っている。

 そして数秒の沈黙の後、爆発的な拍手と歓声が会場を揺らした。


 観客の多くが立ち上がり、涙を流しながら拍手を送っている。

 昨日の『白の誓い』とは違う種類の感動が、会場全体を包んでいた。

 成就した愛の美しさと、届かない愛の切なさ。

 二つの異なる愛の形が、連続して披露されたことで、観客の心により深い印象を残している。


 咲月が深々と一礼すると、歓声が沸き上がった。

 昨日の鈴菜の『白の誓い』にまったく劣らないステージだった。

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― 新着の感想 ―
もっとだ...咲月はもっと誉め殺しにするんだ...!
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