第51話 ドラマ第1話・放送翌日
月曜日の朝。
撫子高校の教室には、週明け特有のざわめきと活気が広がっていた。
土日を挟んで、話題は豊富。
さらに数日話していなかったので、話し足りない。
かくして女子達は、椅子を方々に回転させて周囲とおしゃべりをしていた。
俺を前後に挟む席の咲月と小春も、声を掛け合っている。
「どじっ子めー」
「ごめーん」
咲月の抗議は、土曜日の撮影についてだ。
ドラマでは、小春の転倒によって咲月が噛まれて、感染している。
二人が脱落するのは台本で決められていたことだが、二人は役に成り切って抗議と謝罪をしていた。
もっとも二人は、具体的に何がどうなったとは言わない。
クラスには、所属事務所の判断でドラマに出演しない同級生が居る。
撮影カメラに映らないように廊下側の席になっており、非出演者達に対しては、ドラマの内容を話すことはできない。
――俺達は窓側の席だから、廊下側には聞こえないだろうけど。
咲月と小春は、かなり慎重を期している。
もちろん、放送されたドラマについて話すのは自由だ。
ドラマ第1話は放送されており、クラスの話題を席巻していた。
「もう視聴率が出ていたよ」
小春がスマホを見せてきたので、俺は画面を覗き込んだ。
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【芸能速報】ドラマ『セカンドフレア』が驚異の初回視聴率26.7%!
若い男性の連続ドラマ出演は、"50年振り"
昨夜21時から放送が開始された撫子テレビのドラマ『セカンドフレア』第1回が、初回視聴率26.7%を記録し、テレビ界に激震が走っている。
ドラマの初回視聴率が26.7%以上を記録するのは、2003年以降では初。エンターテイメントが多様化した近年、届かない数字となっていた。
最大の話題は、主演を務める森木悠(15)だ。
30歳以下の男性が連続ドラマに出演するのは、実に50年振りとなる。
ドラマは『2度目の太陽フレアで変異したウイルスがX染色体に結合し、感染者がゾンビ化する世界で、高校生達が感染者の押し寄せる学校からの脱出を目指す』という斬新な設定。
主演の森木は、登録者1200万人の動画配信者、2曲のミリオンヒットを記録した作詞作曲家、ダブルミリオンを出した歌手、CM出演経験もある。
メインヒロインは、5歳からテレビ番組のレギュラーを務めてきた大人気マルチタレントの緑上優理が担う。
ドラマ主題歌とエンディング曲には、いずれも森木が作詞作曲してミリオンヒットを記録した『白の誓い』と『歩んだ道』が採用されており、出演者には『歩んだ道』のボーカル桃山咲月(15)も名を連ねる重厚な布陣だ。
社会評論家の三宅和子氏は「テレビから若い男性の姿が消えて半世紀。多くの視聴者にとって、実際の若い男性を見ること自体が新鮮な体験です。さらに二度目の太陽フレアという設定も、視聴者の関心を引き付けています」と分析する。
SNSではトレンドを席巻。撫子テレビの公式サイトには、視聴者のコメントが10万件以上も寄せられるなど、世間の大きな反応も見られた。
テレビ関係者は「森木悠さんの出演により、テレビドラマの可能性が広がった。もっと色々な番組にも出て頂ければ」と評価している。
ドラマ『セカンドフレア』は、毎週日曜日の夜21時から全12話を放送予定。
芸能ニュースオンライン 7月7日 7:50
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「何か凄い評価だな」
「それはそうだよ。26.7%なんて、バラエティ番組でも過去30年間でトップ3に入るよ。最近だと、多分無いよ」
視聴率について、タレントの小春が力説した。
「それって、記事にあるエンターテイメントの多様化が理由か」
「そうそう。昔と違って、今は渋いんだよ」
現役タレントが言うのであれば、そうなのだろう。
視聴率が下がって、テレビCMの単価も下がって、芸能人への報酬も下がる。
昔は景気の良かった芸能界も、今は極一部を除いてカツカツだ。
すると過去と比べても高い視聴率26.7%は、大事件なのだろう。
「一応、俺の動画チャンネルでも、テレビを見るように誘導したりはした」
テレビは見ずに、動画だけを視聴する層も居る。
そんな動画勢に対して、放送前に動画で、テレビを見てねと宣伝してみた。
「20時台に宣伝していたね」
「何だ、チェックしていたのか」
「もちろん。ドラマ共演者だからね」
「それは熱心だな」
勉強熱心な小春に、少し感心した。
もっとも小春は、子役からタレントという1割以下の登竜門を突破している。
道化師というボケ役での突破だが、サーカスでもピエロが一番難しくて、賢い人でなければ担えない役割だ。
「お見それした」
「全然、もっと熱心に勉強する人は沢山居るから」
「それは大変な世界だ」
ドラマのシナリオに物申せる立場だが、必要なこと以外は自重しようと思った。
もっとも、現在の生き残りは4人。
主演の俺とメインヒロインの優理、そして山岳部の千尋と運転手役の元部。
第9話まで撮影が終わっており、残りは3話分なので、今更何かは出来ない。
放送回では、7月から9月初めまでが終わっている。
――前任の男性俳優、あとちょっとだったんだけどなぁ。
あと少しの我慢で、撮影は終わっていたはずだった。
第10話は車で移動して、現地の宿に到着するまでだ。
第11話は、主演があまり登場せず、宿の人達が全滅するシーンが中心になる。最後のほうで俺達が到着して、日本刀を持っていた感染者と出会い頭に遭遇して、押さえ込んで日本刀を奪い、倒す。
撮影シーンは、とても少ない。
「赤目四十八滝って、伊賀忍者の修行場なんだよな」
「忍者の博物館があって、忍者の服や手裏剣、本物の日本刀もあるみたいです」
俺の呟きに咲月が反応した。
ちなみに口調は、ドラマに登場していた幼馴染みの咲が脱落したからか、咲月の丁寧語に変わっていた。
元々、学校生活とドラマの使い分けで混乱しないために、呼び方や口調をドラマ側に統一していたのだ。
咲の役割が終わったことで、口調を元に戻したらしい。
確かに咲は死んだ。
だが俺は、何となく抵抗した。
「本物の刀も買えるらしいな」
ふと、咲月に対する敬語を止めてみた。
すると咲月は、目を少し開いて驚きを示した後、相変わらずのポーカーフェイスで話しを続ける。
「刀はお土産として買えて、一振りで数十万円から百万円するそうです。購入後は銃刀法所持許可の手続きもしてくれるそうですよ」
「それは完全に本物だな」
咲月への敬語を止めたら、どんな反応になるのか。
そんな風に思いながら咲月を見ると、アイコンタクトで、どちらでも大丈夫ですといった表情を浮かべていた。
ドラマでは赤目四十八滝の忍者博物館に行った宿の客が、日本刀を手に入れる。
だが取りに行った時に噛まれて、宿に戻って発症し、従業員や客を噛んだ。
それによって宿の従業員は、俺達が到着した時には全滅している。宿泊予定の宿のみならず、赤目四十八滝は壊滅である。
最終回の第12話では、日本刀を手に入れた感染しない俺が、なんとか感染者を排除して定住したという結末になる。
ストーリーを思い浮かべていると、スマホが振動した。
「あぁ、監督からメールだ」
画面を覗き込むと、昨日送った曲を採用するという内容だった。
ぜひ使いたいから、正式に曲にしてくれと依頼している。
俺は自分のスマホを咲月に差し出した。
「……ジャパン交響楽団に依頼ですね」
「そうなるな。連絡を頼む」
「分かりました。黒原マネージャーに伝えます」
咲月はサブマネージャーとして、業務提携しているアーティストの俺からの依頼に応じて、マネージャーの黒原へのメールを打ち始めた。
結局咲月は、揺らがなかった。
なんとなく、咲月の頰を引っ張ってみたいと思った。


























