第47話 番宣開始
梅雨明けが近づいた六月末。
ドラマ『セカンドフレア』番宣のため、咲月と優理が撫子テレビのクイズ番組にゲスト出演することになった。
クイズ番組は、『全国外食チェーン店・人気メニュー売り上げランキング』で、人気順位を当てつつメニューを紹介するというものだ。
スポンサー企業のほかに、登場する外食チェーン店からも広告費を受け取れる。それで黒字化できて、食べ物系は視聴率も良いために、長寿番組となっている。
おまけに撫子テレビの番宣にも使える次第だ。
『明日の19時から、撫子テレビの人気メニュー売り上げランキングで、ドラマの番宣があります。主演女優の緑上優理さんと、レギュラー役の桃山咲月さんが宣伝して、私も映像出演しますので、ぜひ見て下さい。ちなみに主演男優は私です』
そのようにSNSで告知したところ、数百万バズしてトレンドに載った。
なお告知は、監督から頼まれており、宣伝内容も事前に確認を取っているので、俺が勝手にやったわけではない。
俺ができないのは、返信で色々と話すことだ。番組をご覧下さいという姿勢で、山のような質問を全面的にスルーした。
そして翌日に学校へ行き、帰宅して食事を終えると、クイズ番組が始まった。
テレビの画面には、鮮やかな照明に照らされたスタジオが映っていた。
左側は、ボケが得意な50代芸能人の番組司会者と、30代のツッコミ役のアナウンサー。
右側は、レギュラー出演者4人と、ゲストの席が配置されている。
レギュラー4人は、50代の有名女優、40代の有名歌手、30代のおデブな芸人、20代の美容整形外科医で、幅広い視聴者を取り込める年齢層になっている。
『それでは、本日のスペシャルゲストをご紹介します。マルチタレントの緑上優理さん、先月発売した曲がミリオンヒットになった歌手、桃山咲月さんです!』
アナウンサーの声が弾んだ。
アナウンサーといえば落ち着いた口調でニュースを読むイメージがあるが、声の抑揚を変えて盛り上げることもできる。
すると観客からは、拍手と歓声が沸き起こった。
5歳からテレビでレギュラー役の優理と、初週ミリオンヒットを出した咲月は、どちらもスペシャルと称するに相応しいゲストだ。
スタジオにいる観客は義務ではなく、純粋な拍手をした。
優理と咲月は、カメラに向かって微笑みながら丁寧に頭を下げた。
彼女は白のブラウスに紺のスカートという清楚な装いで、メインヒロインである白沢優奈のイメージを意識したのだろう。
咲月は淡いピンクのワンピースを着ており、若々しい雰囲気を醸し出していた。
『二人とも、本日はよろしくお願いします』
『『こちらこそ、よろしくお願いします』』
司会者が声を掛けると、二人はハキハキと返事をした。
『珍しい組み合わせですが、お二人は来月から放送が始まるドラマ『セカンドフレア』にご出演されるそうですね』
『はい。私は主演の優奈役を演じさせて頂いています。高校生活を送る普通の女子ですが、突然の太陽フレアによって世界がゾンビに溢れてしまい、生き残りをかけて奮闘する役です』
『わたしは、主演男優である悠馬の幼馴染み役の咲を演じています。悠馬くんとは、家が隣同士で、ずっと一緒に育ってきたという設定です』
そのタイミングで画面が切り替わり、ドラマの予告編が流れ始めた。
まず校舎の風景から始まり、クラスでの自己紹介シーンが映る。
そこには俺の姿もあった。その姿に、出演者達の視線が釘付けとなる。
だが司会者は、流石にプロらしく俺の姿には拘泥せず、優理に質問した。
『緑上さん、このドラマの見どころを教えていただけますか?』
『このドラマの魅力は、単なるサバイバルホラーではなく、高校生達が自力で状況を打開しようと奮闘するところです。アドリブも沢山あって、主演男優の森木悠さんが、台本に無い行動を取るところも魅力的です』
『それを聞きたいですね!』
優理が俺の名前を出すと、司会者が両手をポンと合わせた。
『今回、主演男優がいらっしゃるということですが』
『主演男優の森木悠さんは、バアル音楽事務所と業務提携している男性音楽家で、現役の男子高校生です』
スポンサーから、その話をしろと言い含められていたのだろう。
司会者に問われて、咲月が答える。
『4月から活動を始められて、動画サイトのチャンネル登録者数が1200万人。先月出した曲『夏の蛍』が、初週ダブルミリオン。楽曲提供された『白の誓い』と『歩んだ道』は、共に初週でミリオンヒット。その二曲は、ドラマの主題歌とエンディングになります』
テレビの画面に、三曲のジャケットが表示された。
さらに、俺が校庭でゾンビと戦う殺陣が番宣として流される。
迫るゾンビの襟首を掴んで足払いで倒すと、右足を落としてトドメを刺す。
それを置き去りに駆け出すと、迫ってきた2体目の顔面を殴り付けるフェイントを掛けて、右足で派手に吹き飛ばす。
3体目の腕を掴んで姿勢を崩し、瞬く間に引き倒しながら地面を横転させる。
そして間を置かず、校庭を疾走していった。
カメラを切り替えた派手な殺陣が、格好良く編集されていた。
『わああっ!』
収録スタジオの人々が、一斉に感嘆の声を上げた。
『これは迫力がありますね!』
『森木悠さんの演技が素晴らしくて、現場でも拍手が起きたんですよ」
驚く人々に対して、優理が補足する。
『そのシーンは事前の練習が無しで、そのまま一発撮りでオッケーが出たんです』
『えっ、本当ですか?』
司会者の目が丸くなった。
『はい。監督が何か武道をしていたんですかと聞いたら、悠さんが『はい、これくらいはできます』と仰られて、不意打ちされた監督が悔しがっていました』
『ふわぁあっ!?』
司会者は目を大きく見開いて、顔芸で驚きのリアクションを取った。
スマホを見ると、SNSのタイムラインは既に『セカンドフレア』の話題で溢れていた。
俺の殺陣シーンに関するコメントも載って、絶賛の声が並んでいる。
テレビに意識を戻すと、番組のレギュラーがコメントを述べていた。
『20年前までは男性俳優の大先輩がいらしたけれど、今はもういらっしゃらないのよね』
50代の女優は、昔を懐かしんでいる。
現在80歳以上の男性には、俳優業も居た。
20年前は60歳で、50代を演じることはできた。だから主演女優の父親役は務められただろうが、同い年は無理だ。
『主演男優ということは、全話に出るの?』
『はい。悠さんは全12話に登場して、大活躍しますよ』
優理が答えると、女優が優理の状況を羨ましがった。
おそらく、ドラマの宣伝になるようなコメントを依頼されての発言だろうが、何割かは本音もあったはずだ。
次に40代の女性歌手がコメントする。
『森木悠さんって、ショパンのワルツ全19曲を連続で演奏していたわよね』
『はい。ご自身の動画チャンネルで、演奏していらっしゃいました』
そこで撫子テレビから提供を求められた映像の一部が流れる。
提供した華麗なる大円舞曲は、19曲あるうちの1曲目だ。
俺は疲労しておらず、求められる急速なパッセージ、アルペジオ、装飾音を全てコントロールして、舞曲としての品格と華やかさを維持しながら演奏し切った。
スタジオが美しい音色に包まれた。
『ショパンワルツ全19曲を連続演奏って、難関音大のピアノ科を卒業するレベルなのよ。しかもメインの楽器じゃないんでしょう。それで作詞、作曲、演奏、歌唱まで熟すなんて、常識では信じられないわ』
『はい。ですが悠さんは、商業以外でも3曲、男性視点で作詞作曲、演奏歌唱されました。過去の曲も、動画サイトに載っています』
『星降る海辺、夢追い人、それぞれの光でしょう。全部聞いたわ。ごく稀に居る天才ね。きっと男性でなくても、ミリオンヒットを連発したと思うわ』
咲月が補足すると、40代の女性歌手は二度ほど頷いて肯定した。
そして首を横に振り、凄いと言った。
どうやらテレビの視聴者を、動画サイトに誘導する発言だったらしい。
クイズ番組のスポンサーが黄川なので、熱烈なファンである梨穗の意思が働いた気がしなくもない。
その後、30代のおデブな芸能人と20代の美容整形外科医は、ヨイショ発言で視聴者を味方に付ける立ち回りをした。
ドラマの番宣としては、充分に成功だろう。
その後、咲月と優理は人気メニュー売り上げランキングのクイズに入った。
『それでは、お二人にクイズに挑戦していただきながら、さらにドラマの魅力を教えていただきましょう!』
アナウンサーの説明に俺は首を傾げたが、どうやらクイズの合間にドラマの話もするらしく、咲月と優理は時折ドラマの話をした。
ドラマは現時点で、全12話中6話の撮影が終わっている。
第1話は、太陽フレアの異常活動や優奈達の学校生活が中心で、最後に転校シーンを持ってくる。
第2話は、世界でのウイルスの広がりと、俺達の喫茶店の自己紹介など。
第3話は、家庭科室の実習、恵美と保健室での騒動、体育館への避難指示。
第4話は、ゾンビ進入と校門前での攻防、教室での物資回収。
第5話は、家庭科室への立て籠もりと校内での攻防戦。
第6話は、今後の相談、弓道場での武器調達、写真部でのドローン回収。
俺が登場する以外のシーンが沢山あり、それらは完成しているので、速いペースで作れている。
『ドラマ、セカンドフレア。撫子テレビにて7月第一週より毎週日曜日夜9時から放送開始です。ぜひご覧下さい!」
スタジオからの大きな拍手と共に、番組はコマーシャルに入った。
日曜日の21時から22時の時間帯は、日本のテレビ視聴率が最も高くなるゴールデンタイムだ。
翌日が仕事なので、社会人は友人と外を遊び歩かない。
また学生は、一部が夏休みの期間と重なるので、学校を気にせず視聴できる。
一番良い時間に放送枠を取ったことで、撫子テレビの本気度が窺えた。
SNSを確認すると、『セカンドフレア』のハッシュタグが国内トレンド1位になっていた。
最新の投稿は1秒前、その前も2秒前と、まさに爆発的な反響だった。


























