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<月飼い>少女は<狼>とともに夢を見る  作者: 神崎右京
第三章

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48/90

月の子②

 深い、深い深淵の底。真っ暗な闇の淵。

 もう、視界も霞んでいて。思考もおぼろげで。返り血や自分の血で、毛皮はずっしりと重たくて。体にはもう、力が入らなくて。

 ――それでもまだ、死ねなくて。

 必死の思いで、這った。絶対に生き抜いて、先代族長の遺志を継ぎ、一族の明るい未来を創るのだと、固く心に誓っていたから。

 鼻を付くようなむせかえる血臭に吐きたくなるような、戦場の奥地。

 まだうまく戒すら使えぬような子供の<狼>を捕まえて、どこかへ連れて行こうとする不届き者に単騎で追いすがった。子供たちを囮にされた罠だとわかっていたが、群れの未来を創る彼らを見捨てることなど、出来なかった。

 戦場に踏み込み、至近距離で音響弾を炸裂させられて、早々に戦闘において重要な聴覚がやられた。出来の悪い<狼>もどきをけしかけられ、殺すたびに周囲にあふれる血潮のせいで嗅覚が死んだ。倒しても倒しても無数に沸いてくる<狼>もどきを振り払い、捕らえられた子供たちを解放しては、己の群れへと転移させて救出していく。戒の連続使用で体力は限界になったが、それでも最後の一人を救出し終えたときはほっとした。群れまで転移するだけの力は残っておらず、獣の足で帰らざるを得なかったが、それでも未来の宝を守れたと安心した。

 撤退する背に何度も射掛けられる無数の矢には、何かの薬でも塗ってあるのか、視界がかすみ、激痛が走った。あれだけ殺したのに、どこにいたのかと不思議に思うほどに、しつこく<狼>もどきが追いすがってきて、満身創痍の身体で撃退した。

 走って、走って、走って――やっとのことで、最後の追っ手を振り切って。

 月の明かりの一つもない、真っ暗闇の、地獄の底で、ついに力尽きるように頽れる。――人型に戻る気力すら失われていた。

 霞んだ視界が白んで行き、意識が暗転しそうになる。不気味なほどに世界が無音なのは、昼間の音響弾の影響でまだ聴覚が戻っていないのか、本当に音が凍り付いたような世界なのか。

 ふっ……と我知らず自嘲の笑みがこぼれた。さほど長いとも思えぬ生の、さほど多くもない記憶が、走馬灯のように蘇った。


 ――ここで――終わりか――


 思わず目を閉じたときだった。頽れた先の地面から、微かな振動が伝わる。

「っ……」

 多くはない。だが、足音だ。<狼>ではない――<狼>もどきでも、ない。

 ヒト、だ。

「グ……ゥゥゥ……」

 意志ある言葉を紡ぐ力すら失い、獣のように唸り声を発する。鋼の意思で、何とか瞼を押し上げた。

「いたぞ!白狼だ!負傷して動けない!」

「回収しろ!有益なサンプルになる!」

 不愉快極まりない会話が聞こえる。

(転移は――駄目だ、まだ、使えない)

 ゴボリ、と嫌な音を立てて喉の奥からせり上がってきたものを吐き捨てる。月も星もない夜の底では、色を識別するすべなどないが、それがどす黒い赤色をしていることは、見るまでもなくわかっていた。

「大丈夫、この大きさならこの人数でも運べる!拘束しろ!」

(ふざけるな――!)

 怒りで視界がどす黒く染まる。

 一族の未来を守り、夜の底で、誰にも看取られることなくひっそりと命を終えるのは怖くない。

 だが――こんな者たちの手に落ちて、将来の一族を脅かす一助となるなど、何があってもごめんだった。

 ぐっと四肢に力を籠め、立ち上がる。生まれたての小鹿よりも頼りない足を、気力だけで踏ん張った。

 黄金の瞳を、周囲に鋭く巡らすと、人間たちが怯む。

(四人――ヒト、ごときに――!)

 普段であれば、瞬き一つの瞬間で絶命させられるその存在に命を脅かされている屈辱に、ギリリと歯を鳴らす。

 せめて――最後の最後、命の灯が尽きるその瞬間まで――

 決して、戦う意思を消しはしない。

 瀕死の状態から放たれた鋭い眼光に、周囲のヒトが恐れ、一歩後退り――

 ヒュンッ

「――――!」

 風が動く気配に、ピクリと耳の毛がよだつ。

「ガッ――……」

(何――……?)

 目の前にいたヒトが、奇妙な声を上げて斜めに傾いで倒れていく。見ると、その頭蓋を貫通するようにして、一本の凶悪な矢が突き立っていた。

「なっ――なんだ!?」

 ヒュンヒュンッ

 再び風切り音が響き、混乱するヒトの急所を恐ろしい威力を持った矢が確実に貫き、命を奪っていく。

「ひっ…ヒィ――!」

 残った一人は、姿の見えぬ謎の襲撃者に、哀れな悲鳴を上げて踵を返して逃げて行った。

(矢――ヒト――……)

 弓矢を使う以上、それは敵である『人間』に他ならない。<狼>がそんなものを使うはずがないのだから。

 だが、ヒト同士で命を奪い合う理由がわからない。

(――私にも、矢を射掛けるつもりか――?)

 ぐっと最後の気力を振り絞って、矢が飛んできたと思しき方向を睨む。   

 首を伸ばして見上げると、少し小高い丘の上に、弓を手にした人影があった。

 漆黒に沈む夜の中にあっても、眩しく輝く長い髪は、月光を溶かしたような黄金色。

(――――――女――?)

 弓を手にした勇ましい姿をしているそれは、まだ、年端もいかぬ少女のように見えた。少女は、大きな瞳を油断なく周囲へ巡らし――敵が周辺にないことを確認してから、動けないでいる血まみれの<狼>へと近づいてきた。

「グ……」

 戒を練る力は、もう、ない。

 この鋭い牙と、爪だけが、頼りだ。

 大丈夫――こんな子供なら――最後の気力を振り絞れば、きっと――

 その矢を番え、放つ前に、飛び掛かろうと構えよう足に力を入れて――それにもはや耐えきれなかった前脚が悲鳴を上げ、ぐしゃり、と情けなくその場に崩れ落ちる。

(動け――!)

 胸中で叱咤するも、もはや一度頽れた体は、二度と起き上がる気力を持っていない。

 少女が、慌てて駆け寄ってくるのが、視界の端で見えた。

 そして、這いつくばって動けない<狼>の前へしゃがみこむ。

 命を取られるのか。どこかに連れ去られるのか。

 種族の天敵たるこの悪魔たちは、いったいどんな顔をして――

「――――――」

 睨みつけようとして、あっけにとられる。

 少女は――大きな瑠璃色の瞳に、盛り上がった涙を、浮かべていた。

「――ごめんなさい――」

 小さく漏れた少女の呟きの意味が理解できなかった。

「ごめんなさい――痛かったでしょう?苦しかったでしょう?――ごめんなさい――ごめんなさい――」

 少女は、まるで穢れなど知らないかのような、白き繊手を迷うことなく伸ばして、<狼>の身体へと触れた。

 少しひんやりとした、しかし優しさが溢れる手。

 少女は、己の衣が血糊で汚れることも厭わずに、<狼>の傷ついた体をゆっくりと抱きしめた。

 その細い肩は、先ほどの勇ましい姿からは想像もできないほど、弱々しくて。柔らかく小さな両手は、驚くほどに、か弱すぎて。

 ――優しい声音が、痛々しくて。

「――――――」

 頭の片隅で、理性は決して気を許すなと警告を発しているのに――

 ――――<狼>は、重たくなる瞼に逆らうことなく、そっと瞳を閉じたのだった――



 ザザッ ザッ

 生い茂る木々など気にした様子もなく、千年の齢を超す<狼>は慣れ親しんだ森を駆けていく。

(ティア――!)

 心の中で叫び、全力で匂いを辿り駆けていると、隣からぶっきらぼうな声が飛んだ。

「グレイ。――いい加減、あの女が何なのか、話せ」

 筋肉質の身体で音もなく走る姿は、野生の獣と変わらない。

 古の盟友の生まれ変わり――クロエ・ディールは、スピードを落とすことのないまま、目つきの悪い瞳をチラリとグレイへと投げかけていた。

「そうよ、グレイ。さすがにちょっと、ここまで来たら『北の集落の唯一の生き残りだから』なんて言い訳は通じないわよ」

 口を開くマシロは、クロエの背中に乗っている。まだ<狼>の中では子供と言って差し支えない年齢のマシロが、グレイとクロエの全力疾走に付いて来られないというのはもちろん、シュサとの関係を話させるために、とグレイが命じて獣型ではなく人型のままでついてくるようにと言ったのだ。

 マシロとしては、グレイの背中に乗りたいと思ったのだが――血走った目で、周囲に殺気をまき散らす恐怖の化身となっている彼にそんなことを申し出る勇気はなく、大人しくクロエの背中に乗った。――通常であれば、クロエの方が恐怖の化身と言って差し支えない威圧感と他者を寄せ付けぬ雰囲気を纏っているため、誰に頼まれてもその背に乗るなどごめんだと断るところだが、転移で招集された先にいたグレイの鬼気迫るオーラに比べれば、普段のクロエなど赤子同然だと思えるほどに可愛かった。

 とはいえ、シュサとの関係を話せと言われても、マシロに話せることは少なかった。

 拾われて、赤狼の群れに入れられ、一緒に暮らした日々があったこと。その期間、誰一人彼女のことを<狼>ではないなどと疑ったものはいなかったこと。頭が非常に切れること。赤狼の戒の才能はあまりないと思われること。東の集落で見せた灰狼の戒は、マシロよりは確実に強く、クロエよりは弱い。風変わりで、飄々として、軽薄な性格は昔から変わらないこと。――それくらいだ。

 むしろ、グレイから、シュサが<朝>の番だと聞いて仰天したくらいである。道理で、何度年齢を尋ねてもはぐらかして答えてくれなかったはずだ。――グレイと同じく、千歳を超える不老長寿の存在なのだから。

「敵が四つの<狼>すべての戒が使えるとなれば、厄介だ。一つ一つの戒の練度は、差異があるかもしれんが、マシロより回る頭があれば、それらを有効活用する術は心得ているだろう。……<夜>が復活すれば、夜水晶を使ってさらに強力な敵が増えることになる。そんな重要な戦いの前の情報共有において、隠し事をされるのは気にくわん。――いざというときの命取りになる。そんな奴に、命を預けて共に戦うことは出来ん」

「――――……」

 クロエの静かな正論に、グレイは静かに言葉を飲み込む。

「――でも、まだ、信じられないわ。……セッちゃんが、裏切ってた、なんて――」

 マシロの声は沈んでいた。ふっとそのオッドアイが哀し気に伏せられる。

「ごめんなさい、グレイ。私が、あの時、甘いことを言ったから――」

「お前の責任ではない」

 威厳のある声が、マシロの声を遮った。

「最終的には、私の判断だ。私が、お前の論を採用すると言ったのだ」

「で、でも――」

「第一――過ちがあるなら、五十年前。セスナとセルンが入れ替わったことに気づきながら――<夜>の"器"を石牢から出すことの危険を誰よりも知っていながら、甘い感傷に流され、判断を誤った私自身だ」

「そ、それは――」

「そして――何があっても守ると誓ったティアを、束の間、この身から離した。疑わしいと思っていたセスナにティアを任せることを躊躇っていながら、その場で強く拒否することが出来ず――結果、この始末だ。己の不甲斐なさに腸が煮えくり返る」

 ギリッ……と音がなるほど噛みしめられた奥歯とむき出しになった鋭い犬歯に、本気の怒気を感じて、その迫力にマシロは思わず言葉を飲み込んだ。

「それで?……結局、あの女はなんなんだ」

 さらりと話を元に戻せるクロエは、怖いもの知らずと言っていいだろう。彼自身に自覚はないが、盟友故の気安さがそうさせるのかもしれない。

「<狼>の種族を第一に考え、己の利も感情も何もかもを抑え込むお前が、それほどまでに守ろうとする女だ。何か、秘密があるだろう。俺たち<狼>にとって、何か種族を揺るがすような、重要な――」

「ない」

 ――きっぱりと。

 グレイは、前を見据えたまま、きっぱりと言い切った。

「――おい……お前、この期に及んで――」

 しらばっくれるのもいい加減にしろ、と言い募ろうとしたクロエの言葉を、グレイは再びさえぎる。

「何もない。――嘘偽りではない。本当に、何もない。ティアに<狼>の種族との関わりなど、何一つ」

「お前――ふざけるなよ……じゃあ、どうして――」

「――――――私が、個人的に、命を懸けて永遠に守ると決めているだけだ」

 その言葉に、クロエが怪訝な顔をする。

 長い付き合いだ。――さすがに、嘘を言っているかどうかは、わかる。

「個人的……だと……?――お前が?」

「悪いか」

 未だ信じがたい、という声を出すクロエに、あっさりと切り返すグレイは、いつもの余裕は感じられなかった。

「千年以上前――<狼>の長になる前――まだ、白狼の族長ですらなかった時だ。――必ずこの女と番うのだと決めた、女と出逢った」

「「――――!!?」」

 まったく想像もしていなかった話の展開に、クロエもマシロも思わずグレイを二度見する。

「相手は『人間』の女だった。当時、まだ<月飼い>などという一族はいない。ヒトとの戦争の真っ最中だ。当然、全く考えられぬ選択だった。だが――番いたいと思う相手が現れたとき、それは、理屈ではない。相手が、どんなに脆弱な相手だろうと、種として優秀な子孫を残せると思えぬ個体だろうと、関係ない。ただ、天啓のように、理解する。これが、生涯の番なのだと。――ナツメがいるお前には、なじみのある感覚だろう、クロエ」

「……それは……そう……だが……」

 驚愕のあまり、クロエの歯切れが悪くなる。

 ――千年、決して誰とも番わない、完全無欠の<狼>の長。

 それが、現存する<狼>たちの、当たり前すぎる共通認識だったのだ。

「百五十年前――お前が、たった一人の女に執着し、一族を振り回して迷惑をかけていたあの頃――私は、それを他人事には思えなかった」

「――――……」

「私もまた、千年前――たった一人の女に執着し、一族を振り回し、迷惑をかけた。私の場合は白狼ではない。<狼>という種族全てと――<月飼い>と呼ばれる、人間たちだ」

 グレイの言葉に、苦い音が混ざる。

 かつて、ハーティアにクロエの過去を伝えたとき、彼はクロエを『哀れで愚かな男』と称したが――それは他でもない、自分自身をも指し示す言葉だった。

「どうしても――どうしても、譲れなかった。私の愛は、呪いに変わる。どれだけの月日を経ようとも、決して番うことが出来ぬと頭で理解していながら――それでも、どうしても、譲れなかった。――"ティア"を失うことだけは、何に代えても、どうしても」

「――――――」

 クロエが、軽く三白眼を痛ましげに歪めた。――覚えのある感覚なのだろう。

「だから――ティアは、<狼>と、何も関係ない。私が、執着し、勝手に巻き込んだだけだ。たかだか百年に満たぬ年月で、ティアを永遠に失うことが受け入れられず――<月飼い>という制度を造り出し、彼らの真の幸せの道を断ってでも――古の盟友たちの反対の声も無理やり押し込めて、<狼>種族の声も全て無視して、無理やり、『人間』である<月飼い>と共に歩む道を決めた。千年樹のあるこの森で血をつなげば――たかだか百年程度で、ティアは再び生まれてくる」

「――……」

「どれほど理性的な自分が、彼らを人間界に戻すべきだと囁いても、最後まで決して解放することは出来なかった。想いを告げることなど出来ずとも、番うことなど出来ずとも――それでも、一度彼女が命を落としてしまったら、もう二度と、永遠に彼女に逢えないという事実の方が、何千倍も、辛かった」

 これから先、永遠に続くであろう、地獄の底――

 悲しみにまみれたその道を――彼女の存在なしに歩くことなど、決して。

「後にも先にも、それだけだ。――私が、<狼>の種族の平和と安寧よりも優先させる願いを持ったのは」

 『人間』である<月飼い>を抱え込むことは、リスクを大いにはらんでいた。<狼>の中でも反対の声が多かったそれを強行することで、内部分裂も起きかねなかった。

 それでも――グレイは、個人の感情を優先させた。

「だから、守る。何があっても、だ。もう――――あの血を持つ者は、ティア本人しかいない」

「――――なるほど――……」

 壮絶な横顔を見て、クロエは呻くようにして納得する。

 北の集落は、他の集落との交流をしていなかった。血が濃くなる危険性が少なかったこともあるが、<狼>とすら混血を生まなかった。北の<月飼い>が全滅した今、他の地域に、ハーティアの血を持ったものが流れている可能性はないだろう。

「……北の集落に、<狼>の血を混ぜなかったのも、そのせいか」

「さすが、経験者は話が早い」

 ふっ……とグレイが自嘲するように笑う。

「ど、どういうことよ…?」

 マシロが真っ白な顔のまま震える声でクロエに尋ねる。――想い人の予想だにしない告白に、ショックから立ち直れていないのかもしれない。

 問いかけにはクロエが答えた。

「例えば、あの娘が<狼>と番うとする。――子供も本人も、長寿を得る」

「い、いいことじゃない。命が長く――」

「馬鹿を言うな。――死後、生まれ変わりが生まれるまでにかかる平均は、その種族の寿命分だ。<狼>と番ったら――その後三百年は、現れなくなる」

「そ、そうかもしれないけど――で、でも――」

「お前は、まだ子供だからわからんだろうが――こいつと番に、と心に決めた相手に先立たれ、その存在を世界のどこにも感じることのできないままに過ごす百年は、まさに地獄の底だ。――"最狂"、なんて呼ばれるようなことをしでかすくらいには、頭がおかしくなる」

「――――――」

「たかだか百年も、万年に感じる。――それが、三倍になるんだ。しかも、次に生まれてきても、また、番にはなれないんだろう。――俺だったら、間違いなく気が狂う」

 ハッ……と鼻で嗤うクロエの声は、自嘲の響きを持っていた。

 グレイの行いは、決していつもの、長として全体最適を常に考え種族を導くものとは思えない。醜く歪んだエゴの塊といって差し支えない行為だ。

 ただ一人の女に執着し、狂った行いをしていると揶揄されたとしてもおかしくないだろうその行為だが、クロエは世界中で誰よりも、そうせずにはいられないグレイの気持ちを理解していた。

「千年前――私の都合で彼ら<月飼い>を振り回す代わりに、約束をした。その血を、子孫代々、決して絶やすことなく守り抜くと。だから私は、約束を盟約に変え、守り続ける。――そもそも、盟約などなくとも、ティアの血が途絶えることなど、考えたくもない」

 吐き捨てるように言うグレイは、完璧な長の顔を纏ってはいなかった。

 そこにいるのは、ただ一人の<狼>に過ぎない。

「正直、<夜>が復活しようが、<朝>の番が何を考えていようが、どうでもいい。何があっても、<狼>の長として、種族を守るという使命は変わらぬ。だが――」

 ぞくり、とグレイの瞳が鋭くなる。

「ティアを手にかけることだけは、何があっても許さん。何を置いても必ず救い、後世に血を繋げさせる――!」

「……ある種、一番納得のいく答えだな」

 クロエは小さく嘆息した。

 <狼>の種族に関わる重要なカギを担う少女だ――などと言われるよりも、よほど、納得がいく。

 それは、常に完璧な長としての振る舞いを崩さなかったグレイが、初めて二人に見せた、<狼>の個としての人格に他ならなかった。


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