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<月飼い>少女は<狼>とともに夢を見る  作者: 神崎右京
第二章

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<夜>の秘密④

 膝を抱えて、泣いていた。

 いつだって、何をしたって、<朝>には勝てなかった。父たる始祖の期待に何一つ応えることが出来なかった。

 見かねた始祖が、<月>を作った。――願いをかなえる、夜水晶。

 本来<夜>に発現するはずだった魔法の力を、もう一度丁寧に抽出して固めて作った、魔法の水晶。<夜>とおそろいの、真っ黒な石。

 それを持てば、最強になれた。その石さえあれば、<朝>にも負けなかった。

 劣等感をこじらせて、石の力に傾倒する<夜>を不憫に思った始祖は、せめて仲間を作ってやろうと<狼>を生んだ。

 石の力は、いつかなくなる。そのときに――せめて、彼を助ける『仲間』を作ってやりたかった。そんな、切ない、親心。

 しかし<夜>はそれを突っぱねる。

 生まれながらに、自分よりも優秀な<狼>たちに、自分の気持ちはわからない。

 彼を救ってくれるのは、力だけ――夜水晶だけが、すべてのよりどころだった。

 やがて始まる、<狼狩り>――小さく小さくなっていき、今にも消えそうな、夜水晶を頼りに戦う<夜>は、<狼>たちの支持も得られず孤立する。

 始祖によって補佐として任命された白狼の族長は、あまりに優秀過ぎて、全てにおいて始祖が理想としたリーダーにふさわしい<狼>だった。

 どんどん、どんどん拗れていく劣等感。

 そうして、気づく――夜水晶の、最後の秘密。


 <狼>の血を引き換えに――その水晶は大きくなり、再び力を蓄える――



「ねぇ、それに気づいた<夜>はどうしたと思う?」

「――――……」

 真っ青な顔のまま、ハーティアはぶるぶると震える。

 愉快そうに口を歪めたまま、セスナは笑って言葉を続けた。

「簡単だ。――<狼>を、自ら虐殺し、水晶を血に染め上げて、<朝>との戦争をさらに激化させた」

「――――っ……!」

 予想の付いた哀しい結末に、ハーティアは痛ましげに眉を顰める。

「当時の<狼>は恐怖しただろうさ。基本的に、序列は絶対。そのトップに君臨する<夜>が――自分たちを、己の勝手で虐殺していくんだからさ」

「な……んで……どうして――!」

「君が、望んでいたことと一緒だよ。――憎いヒトを滅ぼすためさ。正確には、<朝>をやっつけるため、だろうけど」

 ククク、とおかしそうにセスナが喉の奥で嗤う。

「グレイは、君にヒトを滅ぼしたいと頼まれて、断っただろう?――そりゃそうだ。確かに、その力を<狼>たちは持っているけれど、それは――数多くの同胞の命を引き換えに叶う、諸刃の剣だからね」

「っ――――!」

 初めて、ハーティアはグレイが頑として首を縦に振らなかった真の理由を理解した。

 すべての<狼>を子供同然に慈しむ彼にとって――その血を使った侵略行為など、あの優しい<狼>に、決断できるはずもなかった。

「だけど、始祖は公平だった。<夜>を哀れに思って作った水晶は、<狼>の血で力を取り戻す。それは、圧倒的に<朝>に劣る<夜>が、あっさりと死んでしまうことを憂えたからだろう。だけど、始祖は、<朝>の親でもある。反発してヒトの世界に行った<朝>にも、等しく情があった。だから――彼の望みは、喧嘩両成敗。二人で仲良く、力を合わせて生きていくこと。どちらが勝っても負けても、それは始祖の望みじゃない」

「――――ぁ――…」

 グレイが、何度も言っていた言葉がよみがえる。

 ――始祖の望んだ世界を作る。

 それが、グレイの『夢』なのだと――

「だから、水晶には仕掛けがあったんだよ。<狼>がやられそうになったら、<夜>に力を貸して――ヒトがやられそうになったら、<朝>に力を貸す。そんな、仕掛けだ」

「…………え…?」

 ぱちり、と瑠璃の瞳を瞬いて、セスナをゆっくりと見上げる。

 ふっ……と嘲笑に近い笑みを刻んだセスナは、淡々と言葉を続けた。

「愚かな君でも、さすがに考えれば、わかるんじゃないか?<夜>に力を貸すときは、<狼>の血が必要になる。<狼>がやられるからだ。――じゃあ、<朝>に力を貸すときは?」

 ドクン……

 心臓が、不穏にざわめいた。

 その言葉が指し示すのは――すべてを明らかにする、真理。

 千年続いた嘘を暴く――哀しい哀しい、現実――

「『人間』の――血――…」

「ご名答。――夜水晶は、『人間』の血を吸うと、力をなくす。<狼>の血を吸うと、<夜>の名にふさわしく黒々とその色を濃くするんだけどね。『人間』の血を吸うと、きらりと輝くんだ。<朝>の名に因むように」

 ハーティアは絶句したまま、胸の水晶飾りを見下ろす。

 村で、毎月行われていた儀式の様子がよみがえった。

 村の中心に造られた祭壇に据えられた水晶に、人々が血液を垂らしてくと、それは確かに、不思議にキラリと輝きを発するのだ。

「だから、<夜>を復活させたところで、永遠にヒトは滅ぼせないよ。侵略すればするほど、夜水晶は力をなくす。石に頼ってしか力を発揮できない<夜>は無力になる。……それを解決するには、千年前、彼が導き出した答えの通り、殺したヒトと同じ分だけ、何の罪もない同胞の<狼>の血を吸わせるしかない。――きっと、ヒトを滅ぼすころには、<狼>も滅んでいるだろうね」

 ハーティアは、眠る前に感じた違和感を思い出していた。

 そう――おかしい、と思ったのだ。

 最初に、グレイは<月飼い>の血が夜水晶の力を引き出すカギになっているといったはずなのに――<狼>の血で力が引き起こされるという話を聞いてしまったから。

(ぁ――……だから、族長の誰かが私に何かを話そうとすると、何度も止めて――)

 最初は確か、妖狼病と黒狼と灰狼の関係について問いかけたとき。不必要な知識まで話さなくてもいいと思っている、とグレイはマシロに言っていた。

 その次は、マシロの部屋で着替えているとき。『反逆者』の話をマシロがしようとしたときに、扉をノックして、不自然に話を遮った。それに対してマシロは――そう。「わかっている」と答えたのだ。

 最後は、今日の昼――森の中で、セスナが過去の話をしたときだ。何度か意味深に「話さなくていいことは話すな」と伝えていた。それに対して、セスナは「余計なことは話さない」と答えていた。

 彼が「話さなくていい」「不必要」と言ったのは、全て、この話だったのだろう。

 それらから導き出されることはつまり――

「これを……知っているのは……族長になった<狼>だけ……」

「へぇ。ちゃんと頭、使えるじゃん」

 そして――そして、もう一つ。

 何度も、何度も出てきた、不自然な単語。

 それは――

「――――黒狼に現れた、『反逆者』――…」

「――……」

「もしかして――反逆者、っていうのは――」

 ドクン ドクン

 自分の予想が信じられず――しかし、状況を丁寧にひも解くとその答えに行きついてしまって、心臓がうるさくざわめいた。

「――――<夜>――の、復活――?」

 愕然とした表情をしたハーティアを見下ろし、にぃっと黒狼の口の端が吊り上がる。

 それは――肯定以外の、何物でもなかった。


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