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Pass12約束と願い<正義>Act13

レーシュ達は飛び込んできた女騎士に目を向けたのです。


いったい何事かと・・・


そして?!


扉を蹴破らんばかりの勢いで飛び込んでこられた人が、つかつかとワタクシの背後に迫りました。


「やっと探し当てましてよ!」


テーブルを囲んでいるワタクシ達の前に現れて、いきなり指を突きつけて来られたのです。


「今度という今度は逃しはしませんから!」


びしりと指先を向けているのは・・・


「あのぉ~?御主人様に何か」


お知り合いなら、もう少し遠慮という物が在るかと思うのですよ。

逃さないなんて、物騒極まりないじゃないですか。


ワタクシが振り返った先には、栗毛の美少女が甲冑と剣で武装されているのです。


「ふんッ!御主人様だとぉ?

 身の程をわきまえないチンチクリンが、私に物を訊ねるとは!」


豊かな栗毛を蒼いリボンでサイドテールに結った剣士風の少女。

銀の甲冑と宝石を散りばめた剣が、位の高い者だと教えています。


「チ、チンチクリン~?!」


幾ら位が高いといっても、言うには程があるでしょうに!


ワタクシは思わず眼を見開いて、相手に文句を言ってやろうとしたのでしたが。


「そもそもよ!同席出来ている事自体が問題外なの。

 そちらに居られるお方がどなたなのか承知していないでしょう」


先に畳みかけられてしまいました。


「う?!御主人アレフ様のことですか?」


「フ・・・分り切った事」


美少女は蔑視するかのように私を睨んでから前髪に指先を伸ばします。

自慢の顔にかかった髪を掻き揚げる仕草が、ナルシストのようで如何にもって感じです。


「アレフ様ぁ?どなたなのです」


助け舟を求めて、御主人様に訊いてみたのですけど。


「マルグリッドっていうオテンバな姫様だ」


ほうほう・・・オテンバなお姫様だったのですか・・・ほぇ?


「あ、あのあの?お姫様なのですかぁ?」


お姫様って感じではないのですけど?


「あら?アレフディアお兄様。

 妹を本名で呼ばれるなんて如何なものでしょう。

 いつものようにマールとお呼びになってくださいませな」


マール?ああ、マルグリッドだからですか。

・・・って?!本当に御主人様は王子様だったのですか?


ワタクシはあまりの展開で眼が回ってしまいます。


「あ、あの~お二人は実の御兄妹ごきょうだいであらせられますのでしょうか?」


ほら、言葉使いも変になっちゃった。


「あらせられなくったって、そうよ」


「ひ?」


泡を喰うとはこんな場面でしょうか。

ご自分から元アシュラン王子であるとは仰られていましたけど、本気では無いかと思っていましたのに。


「いやいや待て待て。二人が王子と姫である確証はないぞ」


今迄成り行きを見守っていたマミさんが忠告するのでしたが。


「ふんッ!この紋章が眼に入らなかったのかしらね」


銀の甲冑に描かれてある紋章。

それはアシュラン国民なら知らない者は居ないんです。


「その紋処は・・・王家の証?!」


ワタクシにだって分かりましたよ。


「し、しかし?!なぜお姫様が単身、こんな場末の宿屋に?」


マミさんが動揺を隠さず訊き返すと。


「あなた、馬鹿じゃないの?

 どこの国に姫騎士を単身向かわせる臣下がいるのよ。

 この街はとうに包囲してあるのよ、おわかり?」


「なんと?!」


マミさんは剣士だから気配を咄嗟に探ったようです。


「どうやら・・・本当らしいぞ。

 そこの扉の向こうに数人の気配が忍んでいるようだ」


出入り口を固められちゃってるんですか?


「そうよ。この前みたいに魔法で逃げ出されないようにね」


姫騎士マールさんが苦虫を噛み潰したように呟かれました。


「あの~御主人様ぁ?前にもこんな事があったのでしょうか?」


「・・・あったかもしれんな」


アレフ様もブスリと呟かれました。


「ねぇねぇ?一体どうなってるのさ?」


少年姿のマァオ君も興味深そうに訊きます。


「このおねぇちゃんとアレフの間には何があったのさ?」


そうそう!ワタクシも聞きたいです。

そう思って御主人アレフ様を垣間見ると、眉間に皺を寄せられています。

なにやら聴いてはならないような?


「俺様が嫌だと言っているのに、連れ帰そうと企てやがるんだ」


吐き捨てるかのような御主人様の一言。


「あれれ?確か勘当されたとか仰られていませんでしたっけ」


この前には、そう聞いた気がしましたけど。


「俺様が勝手に飛び出したと勘違いしていやがるようだマルグリッドは」


「はぁ、それで連れ戻しに来られたのですね。

 だったらはっきり仰られれば良いじゃないですか?」


ワタクシは事情を呑み込めていないから、簡単に進言したのでしたが。


「何度も言ってやったんだがな。聞く耳を持ち合わせていないようだ」


肩を竦めるアレフ様。


「戯言を申されますなアレフディアお兄様。

 お父上も勘当などされていないと仰られましてよ」


姫騎士マール様は、あっさりと否定されてますけど?


「それに、間も無くご対面の儀が執り図られる事になっておりますのよ。

 北のホライゾン王国からソフィア殿下がお越しになられるというのに、

 お兄様ときたらいつまで経っても逃げてばかり」


マール様は呆れたような顔で御主人様に詰め寄られます。

そう言えば、御主人様は許嫁の姫様が居られたとか仰ってましたっけ。


「ホライゾン?もしかして御主人様の許嫁のお姫様でしょうか?」


「フッ・・・下賤な下僕でも知っていたらしいわね」


下賤ですみませんね、ど~せワタクシなんて一介の平民でしかありませんよ。


「あれは父上が勝手に決めて進めている婚礼だぞ。

 俺様は見ず知らずの娘などと結婚する気は無い」


飽く迄否定し、突っぱねられる御主人様。


「そうは申されてもアレフディアお兄様。

 先方の姫君は婚約をご承知になられて、彼是5年もお待ちくだされたのですよ。

 お兄様が引き延ばされた婚礼の儀は、もう期限まで半月も無いのですからね」


え?!残り半月もしない内に結婚式が執り行われるの?


「だから!俺様は王族を辞めたと言っているだろうが!

 他所の国の姫様には、その議を伝えれば良いじゃぁないか」


ああ、婚礼が嫌で飛び出されたとも仰られてましたっけ。


「国家間の信義に劣りますわよ、アレフディアお兄様。

 これは単にお兄様の好きには出来ない事だとお分かりになられませんの?」


ふむふむ・・・ことは平民では分かり得ぬ話なのですね~(遠い眼)


「刻限も近い事ですし、今度という今度は逃がしたりしませんわよ」


剣の柄に手を添えて、姫騎士マール様が宣言しました。


「大人しく同道されると誓われるのなら、捕縛までは致しませんが」


もしも逃げ出そうと試みるのなら?


「王家に反逆する一味と断じて、此処に居る者達同様に強制連行いたします!」


え?!ワタクシ達も~??


「え?あの、それってワタクシ達も・・・でしょうか?」


「フッ・・・騎士に二言は無いわ」


どぇええええ~?

動揺するワタクシの前で、姫騎士マール様の指がパチンと鳴りますと。



 どやどやどや・・・



今迄店の前で屯していたらしい騎士達が、大挙として店内に群がったのです。


「ひぃ?!どうされるのです御主人アレフ様?」


店を埋め尽くすほどの騎士達に取り囲まれてしまいましたよ?


「ふ・・・お手上げだと・・・言いたいか?」


ですが、御主人様は平然とされています。


「この状況で如何為されるのかと?」


逃げ出す方策があるのでしょうか。

ワタクシは如何なる手で、この場を切り抜けられるのかと訊いたのでしたが。


「マールに問いたいのだがな?」


「何を・・・でしょうかアレフディアお兄様」


騎士達に取り巻かれるマール姫が、怪訝な表情で訊ね返します。

って、先に訊いてたワタクシは無視子? 


「既に先方の姫君はアシュランに出向いて来られているんだな?」


「・・・そう聞き及んでおりますけど?」


姫騎士様は御主人様が、何を仰りたいのか勘繰られているみたい。


「そして・・・だな。

 初対面の儀を執り行ってから婚礼の式典を催すのだったよな」


「分かり切った事を?」


訝しむマール様と対照的に、御主人アレフ様はニヤリと細く笑まれたのでしたが?


「ついでに訊いておくが。

 ソフィア姫は無理強いされて婚礼を御承拓されたんだよな?」


「いいえ、望まれて・・・と、伺っておりますわよ」


うう~ん、それはどうかしら。

幼い時に許嫁に選ばれたのでしょうから、当時はどうか知りませんけど今現在はどう思われておいでなのでしょうか。


「うむ・・・そう言わざるを得ないのだろうな。

 俺様同様、会った事も無い男の妃になんて成りたくも無かろう筈だがな」


御主人様は一体何をお考えなのでしょう。


「折角の晩餐をおじゃんにされたくは無いからな。

 仕方あるまい・・・この場は剣を収めておけよマルグリッド」


「それでわ!同道されると確約して頂けるのですね?」


そう仰られるマール姫様は、それでも剣の柄から手をお放しにはなられてませんけど。


「逃げも隠れもしない、今度ばかりはな。

 だが、空腹を満たす迄は時間を貰い受けるぞ」


「前にも同じようなことを仰られて逃げ出されましたわよねアレフディアお兄様は」


お二人の間に、少々険悪なる空気が流れたようです。


「・・・むぅ。信じられんのかマルグリッド?」


「信じられる方が不思議ではありませんの?」


ほらぁ~、キリがありませんって。


「そこまでお疑いになられるのでしたら、御一緒にお食事を召しあがれませんか?」


二人の間に割って入って、


「このお店のお料理は、とぉ~っても美味しいのですよ?」


マール姫様が御主人アレフ様と同じ様な境遇だったら、きっとご満足いただけると思うのです。

まだ湯気をたてているスープや、温かく蕩ける様なお惣菜をお召しになられれば。


「きっと心まで穏やかにしてくれる筈です」


お姫様だって味覚は変わらない筈でしょうから。


「私に平民の食するモノを食べろと言うのか?」


「平民だろうと貴賓な方であろうと、美味しさは変わらないと思いますから」


お勧めして、御主人様の横に椅子を一席用意いたしました。


「さぁどうぞ。宜しいでしょう御主人様?」


御兄妹ごきょうだい並ばれて、食されるのが良いかと思ったのです。

そうすれば、お互いの気持ちも掴み易い様に思えて。


「うむ・・・良いだろう。

 遠慮などするなマルグリッド。平民は皆、こうして晩餐するのだ」


王族なら大きなテーブルで離ればなれに座るのかも知れませんけど、わたくし達はみんなテーブルを囲んで談笑しながら食べるのですから。


「そ?そうなのですね。

 アレフディアお兄様が宜しいのでしたら・・・」


少しはにかんだ笑みが垣間見れました。

本当は御主人様と仲が良い事が分かったような気がします。

姫騎士だなんて仰られても、兄を慕うびしょうじょなのだと思えたのです。


「甲冑なんて脱いでしまえよマール」


席に座ろうとした姫騎士に、


「堅苦しいのは宮殿の中だけで十分じゃないのか」


御主人様のお優しい言葉が。


「あ、ええ。そうですわね」


頷き返した姫様は、傍らの剣士に手伝わせて鎧を外されるのです。

腰に下げている剣も、身を守る鋼の胸当てをも。



 ぷるん



鎧を脱がれた姫様は、天使のような美しい肌を晒されました。

真っ白な手、宝石のような青い瞳。

そして甲冑で隠されていた胸の盛り上がりは、ワタクシより大きいのかも。

まさに・・・完璧なる美少女です。


「ま、負けました・・・うう」


こんな美人の妹様がおいでならば、御主人様の範疇が高くなるのも当然でしょうね。

姿も気位も、そして振る舞いまでが数倍も優っておられるのでしたから。


「神様は不公平です・・・シクシク」


自分にはない、高貴さを兼ね備えられているのですから。


ワタクシは自分から勧めておきながら、後悔してしまったのでした。

だって・・・お二人が並んでお座りになっている場には、添わないなって思えちゃうんですもん。

王子様と姫様・・・御兄妹であられるのが、唯一の救いのように感じているのですから。


「これって・・・じぇらしぃ~?」


ハッとなりました。

自分がマール様にジレンマを感じているのに・・・です。


お傍に仕えるとか、お傍に居られるだけで良いとか思っていたワタクシが・・・なのです。

御主人様の傍に、敵う筈もない女性がお座りになっているだけで。


「心の中が痛くなってしまいます」


なぜ?どうしてなのか・・・って。

自分の変化に戸惑ってしまうのです。

確かにどんどん御主人様に惹かれていってるのは感じてはいました。

でも、美しい女性が傍に居られると心の中で黒い感情が湧き出てしまうのです。


「おい?下僕メイドシスター、どうかしたのか?」


談笑されていた御主人様の声で、やっと我に返りました。


「食事が進んでいないようだが?」


「え・・・あ、いいえ。何ともありませんから」


本当は喉を通りそうにないお肉を、無理やりに押し込んで。


「ほら・・・もぐもぐ。食べてましゅよぉ~」


引き攣った顔で応えるのです。


「・・・口の中が空っぽになってから喋るのではないのか?

 行儀が悪いからと、そうお前は俺様に注意したぞ」


「うぷ・・・そ、そうでしたね」


どうやら、御主人様は何かを感じ取られちゃったのかも。


「それはそうとだなレーシュ。

 お前の衣装を新調しなければならんが・・・」


「あ・・・シスターの衣装で結構ですから」


仰られてから、自分が肌着同然の姿であったのを思い出しました。

短いカットソーとホットパンツだけの姿。

姫様とはあまりにもかけ離れ過ぎている衣服。


恥ずかしいとか、情けないとかではなくて。

居住まいを正そうにもどうにもならない自分が、酷く無礼だと感じ入ってしまうのです。


「ご、ごめんなさい。こんな服装でご一緒しているなんて」


御主人様は寛大な方でしたから、気にもかけなかったのですけど。

今、お隣に座れていおられるのは姫様で妹でもあらせられるお方だったから。


ワタクシは悲しくなって俯いて、


「御馳走様でした・・・どうぞごゆっくりとなさってくださいませ」


お二人の前から下がるのを願い出たのですが。


下僕メイドが何を気にしているのか知らんが。

 衣服が気になったのなら、尚更新調しなければならんな」


御主人様は妹姫様に何事かを告げられると。


「マールも平民の衣装とやらが観たいと言うのでな。

 これから選びに行くぞ、分かったな!」


ワタクシに断わりも無く告げられたのです。


「じゃぁ~ボクも~」


「私は剣が欲しいのだが」


そしてマァオ君とマミさん達までも一緒に来ると言うのですよ。

それに対して、


「ほぅ?この者達もお兄様の下僕なの?」


「うむ、下僕ではないが。

 今は同道者になっている仲間とでも言えば良いか」


お二人は腰を挙げられて店を辞しようとされるのです。

つまり?


「ほら、下僕メイドシスター。さっさと向かうぞ」


周りを囲んでいた剣士達を掻き分けるように、おふた方は歩み出されるのです。


「え?あの。こちらの皆さまは?」


騎士達を引き連れて行くのでしょうか?


「気にする事はないぞレーシュ。私も騎士なのだからな」


あ、マミさんってば。


「そ~そ。ボクも気にしないよ~」


もぅ!マァオ君まで。


店を出られたお二人とマミさんとマァオ君に続いて、ワタクシも騎士に囲まれながら飛び出したのです。


 ぞろぞろ・・・


「うわッ?いつの間にこれ程の軍勢が?」


カルクルムの街角は、いつの間にやら騎士達で溢れかえっていたのにはびっくりしたのでしたが。


「私が引き連れて来た一軍よ。総勢で500人ほどになるわ」


「そ、そんなにぃ~?」


御主人様を捕らえるのに、これだけの騎士団が動員されちゃってるの?


「ふはは!俺様を捕らえるにしては少ない程だぞ」


いや、御主人様ってば無茶苦茶ですよぉ~!


突然降って湧いたかのような軍勢の来訪に、街の方々は家に籠られてしまわれたみたい。

騎士達の他に街を歩く方は皆無なのですけど、お店は開いているのでしょうか。


「しっかり商売する気のようだぞ」


あ・・・開いてました。

あの男女の御主人がいる服屋さんも。


「何でも屋だとか言っていたよな。だったら・・・ある筈だ」


まったく気にしない御主人様が、ドアを潜ると。


「こいつらの注文に答えてくれ。

 俺様とメイドは個別に選ぶからな」


マミさんとマァオ君を店主に任せて。


「レーシュはこっちに来い」


ワタクシを引っ張り、マール様から離れたのです。


「あ、あの?」


一体どうされようとなさっているのか。


「よく聞け下僕メイドシスター。

 これから王都へ行くが、俺様は婚礼なんて挙げないぞ」


「え?」


耳元でひそひそと話されるのは。


「素直に従うように見せかけ、相手に断るつもりだ」


「え?」


つまり御主人様は?


「ソフィア姫もきっと同意されると思う。

 こんな政略結婚など、破棄してしまうに越したことはない」


「で、ですけど。それではホライゾンが黙っていないでしょう?」


相手国だけではなくて、グスタフ王だって・・・


「だから、俺様は王族を辞める事にしたと言っただろう。

 一介の召喚術師で勇者様だと教えただろうが!」


いつになく、御主人様が捲し立てて来るのです。


「で、でも・・・御主人様はそれで宜しいのですか?

 王族を辞められて民の中に埋もれてしまっても・・・」


どんなに勇者気取りでも、只の召喚術師になってしまえば。


「下手をすると反逆者として訴追されちゃうのですよ?」


王に反した行いと糾弾されるかもって、考えたのですけど。


「それでも・・・だ。

 ソフィア姫も異国へ捕虜のように遣わされるよりは良いだろうさ。

 お互いの国を背負わされるよりは、破談させる方が良いんだ」


「御主人様?!初めからソフィア姫を想ってお考えになられていたのですか」


ワタクシはまじまじとアレフと言う王子を見詰めました。

このお方は思慮深く、そしてお優しい心根をお持ちなのだと改めて感じ入ったのです。


「誰だって意に沿わない人生を送りたくはないじゃないか。

 出来る事なら、自分で伴侶を選びたいのではないのか」


それが人であるのならば・・・御主人様の瞳が仰られていました。


「好きでもない者の元へ嫁がされるなんて。

 俺様だったら逃げ出してしまうだろうに。

 ソフィア姫は不幸を背負って生きて来られたんだぞ。

 まるで羽根を?ぎ取られた雛鳥のように。

 その羽根をもう一度与えてあげたいのが俺様の願いなんだ」


初めて・・・御主人様の願いを知りました。

惚けられていて、変態かとも思っていましたのに。

軽率な判断だったとしか言えません。思慮の足りなさを反省するばかりです。


「良いかレーシュ、いいやメレク良く聴いてくれ。

 俺様はたった一人の姫をも束縛してしまっている愚か者だ。

 王族という戒めさえも破れない勇者気取りの馬鹿だ。

 そんな駄目な奴だと知っても、仕えてくれるか?」


蒼い瞳が訴えかけてくるのです。

本当の自分を曝け出されて・・・


「俺様とこれからも共に歩んでくれるのかって訊いているんだぞ?」


ワタクシをともだと仰るのです。


「それは・・・アレフ様からのお願いでしょうか?

 それとも、御主人様からの命令でしょうか」


本当なら、即座に受け入れるべきなのでしょうけど。

ワタクシも確かめたくなったのですよ・・・自分の心へ。


「俺様からの願いだと言ったら?」


「メレクとして?レーシュとしてですか?」


本当のワタクシは・・・メレク。メレク・アドナイという女の子です。

法名のレーシュとは、別人ですから・・・心は。


「勿論・・・俺様の願いはメレクを共にしたい」


ああ・・・分かりました。たった今!


「そうですか・・・メレクを選択して頂けたのですね」


平静を装ってみましたけど、声が震えてしまいました。

御主人アレフ様はワタクシではなくて<わたし>を選ばれたのですから。


「分かりました、御伴致しましょう」


固い言葉でお返事しても、心の中は・・・


ああ・・・きっとワタシは幸せに震えている。

御主人アレフ様は、一人の女性として選んでくれたのでしょう。

これからの旅路の末、希望を叶えてくださるのはアレフ様に違いない。


それが恋という物だと、後に知る事になるのですが。

その時は嬉しさで心が飛び跳ねている様に感じているだけだったのです。


そう・・・まだ少女でしかなかった私にとって、希望や願いが恋に終着するなんて思いも出来なかったのですから。


「そうか・・・約束だからな」


ほっとされたのか、アレフ様は苦笑いを溢されて。


「それじゃぁメレク。

 旅立ちの備えに取りかかろうか」


私を促されたのでした。

これから始まる遠大なる旅路への備えを。






夜宴から一晩の後・・・


「それでこそ!アレフディアお兄様です」



マール姫様が囃されました。

騎士団に囲まれて進む隊列の中で、ワタシ達がそろい踏みしていたのです。


「お付きの者達も、それなりに見栄えするようになったわね」


お付きの者・・・ってのがワタシ達を指しているのですけど。


下僕メイドにしては軽々しいけど。

 旅なのだからそれでも良いのかしらね?」


ワタシを観て仰られるのですが。


「俺様の見立てだぞ、文句あるのかマール」


アレフ様が一蹴されます。


「あ、いいセンスだと思いますアレフディア兄さま」


馬に跨れたアレフ様が進み出られて、


「マミの一応納得出来る剣を見つけられたし・・・それに」


背後に居る紅の剣士マミさんと・・・


「まさか・・・魔導士姿になるとはな」


白の魔導士姿のマァオ君。

少年の姿に化けたままなんですけど?


「だぁってぇ~!他にそれらしいのが危ない水着しかないって言ったじゃないかぁ」


・・・そうらしいですねぇ。魔導服があれしかないってのもおかしな話ですが。


「まぁ・・・蒼真似真似には上等なくらいだぞマァオ」


マミさんが剣に手を置いて笑うのでした。


「ふん!そっちだって着たままじゃないか」


 カチン!ぷんすか!


マミさんはワタシが譲った賢者の衣装のままでしたので、マァオ君に言われてしまいました。


「なんだとぉ?!」


二人がいがみ合っている傍で。


「アレフ様、これからが本当の旅路なのですね?」


ワタシが馬上の御主人様へ訊ねますと、


「ああ、これから起きることがアシュラン王国を変える事になるかも知れんがな」


御自身の決意を仄めかされるのです。


「お力になれることが、誇らしく思えます」


ワタシに出来ることがどれ程の事かは分かりませんけど。

お傍に仕えさせて頂けるのならば、いつの日までだって。


「うむ・・・頼んだぞ。メイドシスター」


「はい、御主人アレフディア様」


朝の光の中、ワタシは新しい服を纏っています。

昨晩の内に買い揃えて頂いた旅の衣装は、アレフ様のお眼鏡に添えられたみたい。

本当はですね?ワタシの我儘にアレフ様が渋々納得されたってのが真相なのですが。

朱色のベスト風の上着にキュロットを穿き、長めのブーツに足をガードさせて。

トレードマークのリボンも幅の広いのに取り換えて、二の腕から手先までを保護するロング手袋を填めていました。


「お必要なら、いつでもお声を」


少し腰と膝下げてメイドの礼を返しておきました。

スカートを穿いてはいないので、端を持った姿勢をするだけに留めましたけど。


朝焼けを浴びる騎士団が隊を整え終えて、隊長らしい紳士が姫様へ報告します。


「マルグリッド殿下、出立いたしましょう」


「宜しい、王都へ向けて出発するッ!」


騎馬隊の先頭に立つ騎士が、アシュラン王国の旗を翻して進み始めました。

それに促されたワタシとマミ、マァオの3名は馬車へと乗り込みました。

馬車の前には姫騎士マルグリッド様と新しい黒い軍服を召されたアレフ様が居られます。

昨日までのスーツ姿よりも一層、凛々しくなられた姿。

召喚術を司る帽子だけは被られていましたけど、そこはかとなく貴賓ってモノが見え隠れしていました。


総勢500名にも及ぶ隊列の中。

ワタシは新たな旅路に心を巡らせていたのでした。


きっと・・・希望は叶えられるって。

必ず願いは遂げられるのだろうって。


喩え前に闇が迫ろうと、アレフ様やみんなの力で潜り抜けられると思うから。


明るいひかりが、ワタシ達を照らしているから・・・


挿絵(By みてみん)






  魔絶の王と神託の皇女 残酷な召喚術師は神子を下僕にするッ! 終





             



・・・・エピローグ・・・・




光の中では囁く事すら出来ない・・・存在。


彼の中では出現などは出来ない・・・悪魔。



だが・・・決して坐して黙するなど無理。


ただ・・・時を待つ事に決しただけの事。



どちらが身体を支配しているのかを分からせるだけ。


光か闇かを<その時>に知らしめれば済むだけ。



そう・・・それが当初からの狙い。

 

そう・・・分り切った結末を遂げれば良い。



それが真の狙いなのだから。

蘇りの時を迎えるだけの話なのだから。


闇より産まれた彼は細く笑む。

闇の中にこそ相応しい彼が嗤う。


生きとし生ける者を蔑むかのように。

命を虫けらのように考えるモノが哂う。


時は・・・近付いたのだと。


彼の中に居るもう一つの魂をも弄んで。

彼の真意は唯一つ。


この世界を手中に帰す事・・・

人の世に終末を与えんとするだけ・・・


彼の行為によって、再び世を混沌へと貶めようと。


「賽は投げられた・・・愚かなる正義によって。

 アレフ・ラメド<愚かなる正義>により二つの国は滅びを迎えるだろう」


彼のもう一つの顔、アイン・ベートは言い切った。

アイン・ベート<悪魔の魔術師>は魔王の体現として予言する。


「戦禍により人の心は闇に堕ちる。

 人間の世界は汚され、やがては魔の国に喰われるだろう」


予言は何を意味する?

魔王アスタロトの真意は何処に帰着するのか?


「余が蘇る時、堕天魔ルシファーをも超える存在となる。

 人間を穢し、世界を混沌へと貶め・・・成ろう。

 アスタロトが闇の帝王となってやろうではないか」


闇の帝王・・・サタンへと?


闇の静寂に笑い声が響く。

嘲笑は際限もなく続くのであった・・・・



ガイア大陸に嵐が起きようとしていた。


血と雄叫びの嵐が・・・


戦と言う人の業で最も無慈悲な嵐が迫っているのだ・・・

第1部はこれにて終了です。


まんまと下僕メイドに収まったレーシュ。

モトイ。。。メレク・アドナイちゃん。

黒の召喚術師にとって、願ってもないチャンスがやってきそうですが?


元王子なアレフに従うのが運命だというのでしょうか。

それに王都には何が待ち構えているのでしょう?


まだまだ物語りは続きそうですけど、今はこれにて。


いつの日にかは第2部<王と皇女編>をお贈りしたいものです。


では・・・また。

お逢いできる日を心待ちにして・・・


Fin

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