Pass12約束と願い<正義>Act6
魔狗と対峙していたレーシュ。
果たして難局を切り抜けられるのか?!
祭壇上のケルベロスから、本当の名を糺されて窮するかに見えたレーシュでしたが・・・
「ワタクシには・・・唯一つの名しかないのですから」
迷いを断ちきった顔を挙げると。
「スクエア神父様から頂いた法名ではなくて。
オルティア義父様から授かったメレクという名があるのです!」
三つ首の魔狗に言い放ったのでした。
「ワタクシの名前は、メレク・アドナイ!
エルフ族の勇士オルティア・アドナイの娘、メレクです」
魔狗の問いに、敢然と言い放つレーシュ。
迷いは微塵も感じられず、先程まで恐怖に怯えていた顔とはまるで違いました。
「な?!なんだ・・・とぉ?」
答えられてしまったケルベロスの方が動揺してしまいます。
記憶が残されている筈の無いというのに、この娘は名乗る事が出来るのかと。
「メレクだと?!その名は誠なのか」
「いやいや、本当だとは限らないぞ」
両側の犬頭が首を振り振り確かめろと勧める。
「はったりかも知れないんだからな」
「そうだ!この祠に入った者の記憶は奪われる習わしなのだから」
道理でマミやマァオの記憶が奪われた訳ですね。
ってことは?レーシュの記憶がなぜ奪われなかったのでしょう?
「元々記憶すべき名が無いのなら。元々自分が何者かを知らぬのならば」
ケルベロスは気が付くのです。
「この娘は、本当のことを言っている事になる。
何もかも知らずに生きて来たと言うのなら、間違いではない」
「なんてことだ!」
「これはやられたわい!」
三つの魔狗頭は挙って鏡を観たのですが、レーシュが偽ってはいないと断じました。
鏡に映るレーシュは、そこに居る姿の儘で居たのです。
「くそぅ~!つ、次の問いだ」
してやられたケルベロスは、第2の問いかけを投げかけようとします。
「やったじゃないか、レーシュ」
マミがケルベロスの動揺を見て取って、喝采をあげます。
「お前なら次の問いにも答えられるだろ」
次の問いって言うと。
「此処に来た理由。答えれるよな?」
そう!そうでしたね。
「そ、それなんですけど。
ワタクシも、どうやって辿り着けたのか分からないのです」
「へ?」
困ったように顔を伏せるレーシュは。
「祠の上に建つ古城から落っこちて来た筈なのですけど。
確かかどうか・・・わからないのです」
「え?そう言えばそういっていたっけ」
理由なんて答えようがない。只、落っこちたら此処に居たってことですね。
「それじゃぁ答えになんないだろ~?!」
慌てるマミさんに、レーシュも項垂れてしまいます。
落胆する二人の足元で、蒼く光りを溢していたマァオ君がぼそりと呟きました。
「だったらぁ~。
墜ちて来た理由を言えば良いんじゃないの~?
レーシュが観たこと全てを教えてやったらどうなの~」
記憶が残されているレーシュになら、此処に辿り着いた時系列を追って話せると?
「レーシュが言っていた御主人様ってのと、何が起きてこうなったのかを話せば~?」
マァオ君が言いたいのは、レーシュが此処に居る原因を話せば良いってことみたい。
「そ、そうだ!レーシュ」
マミさんは良く分からいけど納得したようです。
「それが理由だって、受け止めてくれるかな?」
半信半疑のレーシュでしたけど、マァオ君の意見に従う気になります。
「それしか答えようが無いのは間違いないもんね」
祭壇のケルベロスを再び振り仰いだレーシュが、
「正直に言って、祠になんて来たくは有りませんでした。
ワタクシは祠の上に建つ古城へ、御主人様とヴァンパイア討伐へやって来たのです。
でしたが・・・悪魔と対峙した折に、御主人様の術で床が抜け落ちて。
ワタクシはこの地まで落ちて来てしまったのです」
素直に起きたことを話しました。
「どうして此処に来たのかなんて、ワタクシにだって分からないのです。
なぜ、どうやってなんて・・・知らないんです」
自分自身の手でやって来たのではないと、魔狗へ向けて答えたのです。
「ふんッ!自らの手で来たのではないだと!」
「その御主人様の術とはなんぞ?」
「祠の在処を知らない限り、転移術も通じんぞ!」
魔狗はレーシュの答えを認めようとはしません。
「ここの在処を知る者は、古からの世界を知る魔族の王達ぐらいのものだ!」
「お前が古城と言っているのは、魔を封じる社ではないのか?!」
「そもそも、お前の主人というのは魔王ではあるまいに!」
魔狗は口々にレーシュを罵ったのでしたが。
とある疑念に突き当たったのでした。
「自らが何者であるかも分からぬ小娘の主人?」
「主人は何故、小娘を此処まで送り付けた。送り付けられたのだ?」
「なぜ?この地を知っているのだ?」
祠の存在を知る者は、魔鏡の存在をも知る。
魔の鏡に映されるのは、その者の真実。
つまり・・・レーシュに秘められた本来の姿を観ることが出来る?!
真実を希求しているのは、レーシュ本人以外にも居た筈ですね。
秘められた力を欲している・・・魔狗が危惧している存在が。
「もしやすると・・・小娘は?」
「贄たる者?」
「魔王の・・・」
ゾワワ!
魔狗の毛が逆立ちます。
自らを番人に任じた存在。そして逆らう事など出来ない存在。
魔の犬には、強大過ぎる王。
レーシュの背後に、魔王の気配を感じ取った魔狗は顔色を変えてしまいました。
もしも、小娘に手を出してしまえば。
主人と名指された魔王により、自らも消される虞があると考えたのです。
「さすれば・・・如何に?」
「この地に遣わされた理由は?」
「魔鏡の存在を知る魔王ならば・・・唯一つ」
三つの首が同時に頷き合いました。
相談し合っていた魔狗に、レーシュはドキドキと心臓を高鳴らせて回答を待っていたのです。
「きっと・・・疑っているんだわ」
本当だと信じて貰えるのかと、レーシュは見詰めたまま呟くのでしたが。
「だぁ~いじょうぶぅさぁ。レーシュは間違っても、嘘を吐いもいないだろ」
マァオ君は知っていたかのような口ぶりで肯定するのですが。
「たださぁ~。対峙していた相手が悪魔如きじゃぁ無かったんじゃないの」
「えっと・・・マァオ君?」
知っているかのような口ぶりに、レーシュが戸惑いました。
「あの場で観てた訳でもないのに?」
どうして?そうはっきりと言えるの?
レーシュが怪訝な表情で訊いて来ると。
「あっと、ほら!出逢った時に言ってたじゃないか」
何かに気が付いたように、マァオ君が惚けます。
怪訝な顔で見詰めて来るレーシュから逸らし、
「アレフと対峙してたのが魔王級だって」
ポツリと溢した名前を、レーシュは聞き逃さなかったのです。
「どうして・・・御主人様の名前を?」
マァオ君には教えていなかった筈だったのに。なぜアレフの名前を知っている?
レーシュは咄嗟にマァオが知っていたのを訝しがったのでしたが。
怪しむ暇もなく、魔狗の声に我に戻されるのでした。
「よし。お前の言う通りだと認める。
因って、魔鏡に映し出される姿を観るのを赦そう」
祭壇上からの声に、レーシュはマァオを忘れて振り仰いだのです。
「え?!良いの?」
それは突然降って湧いたような話でした。
この祠から脱出するのが目的ではありましたけど、魔鏡を観ることが出来るなんて望外でしたから。
「但し!その小娘だけに限る」
「ちゃんと答えたのはお前だけだからな」
「他の二人はその場から動くなよ」
魔狗は、レーシュだけに許可を与えたのです。
「え~?!」
「ぶぅぶぅ!」
マミが残念がり、マァオがぶぅ垂れますが。
「早くせぬか!番人は気が短いぞ!」
「別に観たくないというのならば観なくても良いが?」
「気が変わらぬ内に、鏡の前まで来るが良い」
魔狗は嗾けて来ます。
こんなチャンスは二度とは来ないかもしれない・・・レーシュははやる心を押さえきれず。
「ごめんね二人共!」
祭壇に上がる階段へ駆け出すレーシュ。
マミは上の空で見送ったのでしたが、蒼真似真似は眼を細めているようでした。
祭壇の上に居る魔狗の背後にある魔鏡は、全周を歪な棘が取り巻き澱んだ鋼で出来ていました。
鏡部分は、まるで水面のように波紋が波打っていたのです。
それは映し出す姿をも歪めるかに思えたのでしたが。
「ワタクシは?!ワタクシの本当の姿は?!」
魔鏡に駆け寄ったレーシュの映し出される姿は?
「鏡さん!ワタクシは誰なの?
ワタクシの本当の姿を見せて!」
願わずにはいられなかったのでしょう。
レーシュは心から願った事でしょう。
「真実は?ワタクシは何者なの?!」
魔鏡の前に立って訊ねるレーシュ。
水面のように波紋が広がり、やがて歪んだ鏡面に映し出されたのは?
「?!」
レーシュは眼を見開き鏡の前で立ち竦みました。
魔鏡に映し出されたのは、自分ではない女性だったから。
髪色も顔立ちさえも違う。
その女性は、今の自分と同じように眼を見開き見つめ返しているのですが。
「ああ?!」
女性の周りには闇が拡がり、女性に掴みかからんとしている無数の手が見えて来たのでした。
赤毛の女性と闇なる手が映し出された魔鏡。
それがレーシュの本来の姿なのでしょうか?
それが真実なのならば・・・レーシュの未来は?
次回に続きます・・・
レーシュが?!
赤毛に?全く違う人に?!
魔鏡が示すのは真実なのでしょうか?
それとも・・・・
鏡に映る姿は、果たして?
次回 Pass12約束と願い<正義>Act7
そういえば、ご主人様はなにしてるんでしょうか?




