Pass12約束と願い<正義>Act4
全身を覆う包帯。
向けられた蒼い瞳だけを露出した枯骸が、レーシュに向けて手を伸ばして来るのです。
「「「もごぉ・・・」」
くぐもった唸り声。
歩む度にギシギシと音が鳴るみたい。
枯れ果てた肉体を無理やり動かしているのか、枯骸の歩みは鈍いのでしたが。
「ぴぃ嫌ぁ~~~ッ?!」
現れたのがミイラだと分かったレーシュには関係ありませんでした。
「ごめんなさいッ、落書きのつもりじゃぁ無かったのですぅ~!」
目印のつもりで壁に印を着けたレーシュは、必死に謝罪します。
でしたが・・・
「「もごぉおおおぉッ」」
枯骸は歩みを停めず、向けた手で掴みかかろうとしているかのよう。
「やぁ~だぁ~っ!」
怯えるレーシュが、泣いて後退ります。
「あのぉ~もしもしぃ?
ボクの質問に答えてくれないかなぁ、ミイラさん?」
一方、無視され続けるマァオ君は拗ねた様な声で質します。
「ここから出られる方法を教えてくれないかなって、言ってるんだよ?」
蒼真似真似の存在を完全に無視した枯骸は、レーシュに向けてにじり寄り続けるだけ。
「無視し続けるのなら・・・こうだぞ!」
怒ったマァオ君は、一体何を?
「真似真似アタァ~ックゥ!」
小さな魔物がミイラの足に体当たりをかけます・・・って?!
めきょッ!
巻かれた包帯にぶつかるマァオ君・・・で?
「はぅっ?!」
コロン
体当たりを噛ましたマァオ君でしたけど、案の定でした。
「ああッ?!マァオ君」
枯骸には何の効果も無く、却ってマァオ君自体がノビてしまう結末に。
恐怖に駆られていたレーシュは、マァオ君が自分を護ろうとして倒されたのだと思い込んでしまったようです。
「マァオ君は無実なのに!落書きしたのはワタクシだけだったのに」
落書きだと認めちゃうんですかレーシュさん?
「そんな物分かりの悪いマミーには・・・こうですッ!」
勘違いしたレーシュは杖を突き出して身構えます。
「あなたも滅んだ肉体を持つ魔物なら、回復系呪文が効く筈でしょ!」
レーシュの知識は間違いではありませんでした。
死霊の類に位置する魔物であるマミーに、回復呪文を掛けるとダメージを与えられる。
それはレーシュの魔法で応戦できるということです。
「受けてみなさいマミー!ワタクシには純天使の回復呪文があるんだからね」
今まさに掴みかかろうとしている枯骸に向けて。
レーシュの必殺呪文が炸裂する・・・
「聖なる紋章よ、この者に癒しを与えよ・・・ヒィーリング・ラツィー」
「「もごぉおおおおおお~」」
がしッ!
唱え終わる前に・・・掴まれちゃいました。
「ひゃんッ?!」
まだ戦闘に未熟なレーシュは、動揺のあまり呪文の詠唱を途絶えさせてしまうのです。
「「もぉごおおおぉ~!」」
「うひゃぁああぁッ?!」
目の前に迫る枯骸の頭部。
そこには包帯の切れ目から覗く蒼い瞳が!
「「もごぉ~もごもご!」」
蒼い瞳にはなぜだか光るモノが?
「「もごぉもごもごぉ~」」
「ほえ?あなた・・・泣いてるの?」
ミイラが?泣く??枯れ果てた肉体なのに何故涙が?
「涙・・・水分が残されている?
もしかしてマミーじゃぁ無いって言うの?」
レーシュも気が付きました。
包帯に包まれているだけで、ミイラとは違うのではないかと。
「「もごぉ~もごもごッ!」」
包帯に包まれた者は、肯定するかのように頷きます。
「もしかして・・・番人さんでもない?」
「「もごもごぉ~」」
更に頷く枯骸モドキ。
「だとすると、あなたは・・・誰?」
眼前に居るのは、どこから観たって枯骸。
でも、涙を溢せる瞳があるのなら?
レーシュが思い当たったのは。
「まさか・・・迷い込んだ人?
番人に捕まった結果こんな姿にされた・・・の?」
「「もごもご~」」
うんうん頷く枯骸モドキさん。
・・・ってことはですよ?
「それじゃぁ、此処には本当に番人が居るってことですよね?」
枯骸モドキにされたというのなら、この祠を護る番人とやらが実在している証?!
「それにしたって。包帯でぐるぐる巻きにされているだけなら解けば良いだけでしょう?」
本物の枯骸にされた訳じゃなかったのなら、包帯を解けば済むだけだとレーシュは言ったのですが。
「「もごぉ~もごもご」」
くぐもった声で応える枯骸モドキが首をブンブン振るのです。
「え?!解けないの?」
「「もご~」」
今度は即座に頷きます。
怪訝な表情になるレーシュが、枯骸モドキの蒼い瞳を見詰めて。
「どうやら本当みたい。あなたの眼は嘘を吐いてはいないわ」
本来がシスターであるレーシュには、嘘を言う瞳の色が分かるのでしょう。
「だって、そんなに真剣に助けを求めているんだもの」
自分より僅かに背の高い枯骸モドキを見上げて、レーシュは指を伸ばします。
「解けないのなら・・・ずらしましょうね」
もごもご言う口に巻かれた包帯へと。
ぐいっ!
そして思いっきり引っ張り下ろしたのです。
「ぎぃえぇ~~~~っ?!」
くぐもっていた声は、包帯に邪魔されずに響き渡りました。
その声は若い女性らしい張りがあったのです。
「あれ?!男性かと思っていたのに。女の方だったんですね」
ちょっと驚いたレーシュさん。
一方無理やりずらされた方の枯骸モドキさんは。
「いだだだだぁ~ッ!いきなり何をするのよ!」
ずらされた口元から、女性の声が咎めるのでしたが。
「もごもご言うだけじゃぁ話も出来ないから。
これで会話が出来るでしょ」
「それもそうだが。もし包帯が貼り付いていたらどうする気だったのよ!」
呪いの包帯だったら、ズレる前に口が裂けるって?
怒りの瞳で睨まれたレーシュが、ポンっと手を打ちました。
「そっかぁ。そこまで考えてなかった」
あっけらかんと答えるレーシュさん。
「でも、ズレたんだから良しとしましょうね、にっこり」
結果オーライって奴ですね。
しかし、にっこり笑って誤魔化すのはいけません。
「そ、そうだな。細かい事を気にしてはイカンよな」
おお?!寛大な言葉を吐く枯骸モドキさん。
「私もお前達と同様、ここに閉じ込められた者だ。
彷徨った挙句、番人に捕まってしまい・・・この有り様なんだ」
さっきまでもごもご言っていただけの枯骸モドキが、なぜこんな姿にされたのかを話します。
「どうして此処に来たのかは聞くんじゃないよ。
私だって、どうしてなのかは分からないんだから」
おや?この人も。
「ワタクシは落っこちて来たんですけど。
この上にある古城から。穴を開けられて・・・」
レーシュは祠があるなんて知らずに落ちて来たのですが、
「古城だと?そんなのが上にあるのか」
枯骸モドキさんは古城があるのさえも知らないようです。
「えっと・・・あなたはどうやって此処に?」
「だぁ~かぁ~らぁ~。知らないってば」
レーシュの問いに、自棄気味に答える枯骸モドキさん。
「ふむふむ・・・それじゃぁ。
気が付かれた時には此処に居たってこと?」
「そ~なんだよ」
今度は肯定します。
「なんだか、どこかの誰かさんと同じみたい・・・って?!」
やっとこ気が付いたようですね。
自爆したままの蒼真似真似の存在に。
「マァオ君?!大丈夫?」
枯骸モドキの足元に転がってる蒼真似真似に声を掛けます。
「ううぅ~ん・・・どうだ、参っただろう」
どうやら・・・大丈夫なようですね。
「参っただろうじゃないでしょ。
無茶するんだから・・・ホントにもう」
蒼い光を出しているマァオ君を抱き上げたレーシュが。
「この子もそうなんだよ。
気が付いたら此処に閉じ込められていたんだって」
枯骸モドキに教えました。
「この蒼いヘンテコなのが?」
真似真似という魔物を馬鹿にしたのか、枯骸モドキさんがヘンテコ呼ばわりすると。
「ヘンテコじゃない!ボクはマァオと名付けて貰ったんだからな」
大きな目を三角にして言い返すのでした。
「そ~。この子はマァオ君って言うの。
そしてワタクシはレーシュ。
龍神様のシスターで、御主人様の下僕シスターでもあるの」
マァオの言葉に載せて、レーシュが名乗るのです。
枯骸モドキに自己紹介してから、
「あなたは?」
名前くらいは教えて貰いたいと訊いたのですが。
「うっ・・・と。えっと・・・アレ?」
むぅ?
「もしかして、あなたもなの?」
記憶を失っているの?
「マァオ君もだけど、名前も此処に居る訳も思い出せないって」
レーシュに質された枯骸モドキさんは?
コクン・・・
頷いた・・・認めるようです。
「はぁ・・・やっぱり。
それじゃぁ、あなたにも仮の名前をつけてあげなきゃ」
蒼真似真似に続き、今度はマミーにまで?
「そうだよねぇ~・・・ミイラのミィさん?
ううん、なんだか印象に合わないなぁ。
う~~~ん、マミーのマミさんってのはどう?」
自分より背の高い女性だと思えるから、レーシュは呼びやすい方に決めたようです。
まぁ、どっちも見た目通りなんですけどね。
「あ、安直過ぎないか?
でも、まぁ良いかな。私はマミと呼んで貰えればいい」
案外素直に聞き入れちゃいましたけど。
「そのマミが訊きたいんだけど。
あなた達はここから脱出する方法を知ってるのか?」
レーシュ達が最も興味ある問いをかけられたのです。
「それは・・・ねぇマァオ君」
「知らないから訊いていたんじゃないか」
二人共知らないと答えるしかないのでしたが。
「知らないんだ・・・そっか。
それじゃぁ教えてあげるけど、心の準備は良いかしら?」
「え?!もしかして・・・出られないの?」
マミは脱出方法を知っているのでしょうか?
マァオ君は出られないのかと心配したようでしたが。
「出られる方法は唯一つ。
番人に打ち勝って、祠の中心部に行けば良いんだって」
「・・・番人に打ち勝つたないといけないの?」
マミが教えたのは、自分を枯骸モドキにした相手を打ち負かすしかないという方法。
それがどれ程難しいのかが分かるから、マァオ君は落ち込んだのです。
「マミさんは闘ったの?」
レーシュは、こんなミイラ状態にされる前のマミを知りません。
「マミーにされる前って、どんな人だったの?」
職種が如何なるモノだったのか、どんな人物だったというのかを問いました。
「それがぁ~、思い出せないのよねぇ」
「がっくり」
予想していたとはいえ、あっさりと答えられてしまいました。
マミさんは枯骸にされる時に、殆どの記憶を奪われてしまったのでしょうか?
嫌、でも・・・それなら脱出方法も記憶していない筈では?
「自分がどこの誰で、何をしていて此処に迷い込んでしまったのか。
そこだけがどうしても思い出せないのよね。
番人のケルベロスに訊かれて、困っちゃったもんだわ」
・・・ほぇ?ケ、ケルベロスですとぉ?
魔界の番犬が?!こんな処で番人をしていると??
「ケ?!ケルベロスって・・・まさか?」
レーシュの記憶に、3つ首の狂犬が過りました。
「ケルベロス・・・魔狗にして人の頭脳を3つ持つ者。
その知恵は魔戒にして人を質す者とも呼ばれているわ」
故に、ケルベロスは魔を誡める者とも呼ばれています。
「そんなのが番人だったの?!」
マァオ君も眼を見開いて驚きました。
「私は名を名乗れず、目的も告げれず。
その結果がこの有り様なのよね・・・」
マミさんが包帯で包まれた自分を指します。
「番人はまず最初に名を問うの。
しかる後に来訪理由を問いかけて来たのは覚えてるわ」
そのどちらにも答えられなかったんですねマミさんは。
「答えられなかったら、答えを見つけられるまでミイラになっていろだって。
有無を言わせず魔法の包帯でぐるぐる巻きにされちゃったのよ~」
あらま。おいたわしや。
「番人であるケルベロスは言ってたわ。
ここの祠には真実を映し出す鏡があるんだって。
映された者の本当の姿を暴く・・・真理の鏡ってのがあるんだって。
そこに辿り着けたのなら、脱出方法も手に出来るんだってね」
祠の秘宝って奴ですか?!それが本当なら凄いッ!
・・・と、言う事はですね?
「記憶を取り戻す事も出来るかも知れないね?!」
マァオ君が喝采をあげ、
「もしかしたら・・・ワタクシが何者なのかも分かるのかも」
レーシュが旅の目的だった一つに手が届くかもしれないと思うのでした。
でもねぇ、君達?
「あなた達。
忘れているでしょ?ケルベロスに打ち勝たなくっちゃいけない事を」
マミさんが毒吐くのも当然と言えば当然。
「あ・・・そうだったね」
途端にマァオ君が意気消沈してしまいます。
「でも・・・このまま閉じ込められているだけなのなら。
当って砕けるくらいの意気込みでぶつからなきゃ!
問い掛けだけなら、本当に闘う訳では無いんだし大丈夫でしょ」
レーシュはこの時、マミさんが二つの質問を受けただけだったのを考慮していませんでした。
もっと他に質されたり、もしかすると闘う羽目になるかもしれないなんて考えていなかったのです。
脱出と真実を知れる誘惑に負けて、思慮深さが足りませんでした。
「きっと大丈夫!
ケルベロスに打ち勝って、祠の秘宝まで行けるよ」
レーシュは自分の秘密に触れられるかもしれないと、希望を抱くのです。
「マァオ君マミさん!番人の元へ行こう」
そこに待ち受けているモノが如何なるモノかをも考えもせずに。
「そうか?レーシュには勝算があるみたいだな」
「そっかぁ、レーシュには記憶が残されているもんね」
追従するマミとマァオ。
3人はマミの出て来た石壁へと歩き始めるのでした。
果たして無謀にも思える番人との勝負は?
そこに待ち受けるのは真実?それとも非情な結末?
遂に番人との勝負?!
だが、ケルベロスの餌食になるのか?
まぁ、レーシュの悪運の強さなら?
大丈夫でしょう(腹の中ではそう思っていない)
果たして3人の運命は?
あ。
アレフ様は何をやってるんだろう?
次回 Pass12約束と願い<正義>Act5
君は問答だけだと思い込んではいないのかい?




