幽霊さがし
でも、あまり覚えていないの。
どうゆう風だった?
あやふやな、家の中を窓を開けて進む。あったかなぁ、こんな窓。あったかなぁ、こんな部屋。あったかなぁ、こんな柱……。なんだか階段がグネグネ動いている様な……。
二階へ上がると、畳、畳と思っていたせいか、大きな畳の部屋があった。
ドアも無い。仕切りも。二階全体が、大きな畳の部屋。
こんなのじゃなかった。
両肩に違和感がぬるっと手を掛けて来た様な、そんな竦み上がりそうな気分。
窓―――いや、出なくては―――ここを―――。
でも、目が開かない。引き剥がれない。
畳広間の片隅に、まるで誘う様に私の部屋を少しだけ再現したスペースがあった。机の上で、日記が風も無いのにパラパラ捲れている。
日記―――持って行かなくちゃ。
恐る恐る畳に足を乗せ、ととと、と駆けて日記を手に取る。
姿見が、私の姿を歪ませて映しているのを気にしながら、日記に目を落とす。
文字が『何を見に来た?』と真っ白なページに浮かび上がった。
「真実を……」
私は思わず声を出して日記の文字に問いかけた。
「日記の最後の言葉は本当?」
返答が滲む様に浮き出した。
『本当。本当。嘘。本当』
「?」
キャキャキャ、と甲高い笑い声が響いた。
驚いて振り返ると、私がいた。
私が嗤っていた。
私は唖然として立ち尽くした。
向かい合った私が言った。
「い・い・こ・で・い・た・い・だ・け」
日記にも文字が流れた。真愛ちゃんの、怒ってる時の文字。
『最後まで着飾ってたんだよ』
「本当! 本当! 本当の嘘!!」
私は黙って首を振る。
日記の文字が、字面を変えた。別人の字面だ。
『何を見に来た』
「だれ?」
『我々を探し続ける限り、我々もお前を見返し続けるぞ』
「イヤ……」
『怯え続けたいのだな』
「違う!」
私は日記を引き裂いた。怒りに任せて、ビリビリに引き裂いた。
キャキャキャ、と私が嗤ってそれを見ている。
「……このっ!」
私は私に飛び掛かり、手を上げた。暴力は好きじゃ無いけれど、自分なら構わない。
頬をぶたれた私は嗤って、「怒ったー! 図星で怒ったー!」とかき鳴り声を上げている。
「違う!」
「私が怖いでしょ?」
「怖くない!」
「きゃーっ! こうやって私が大暴れしないか、ミチルはいつも怖がってるーっ!」
「黙って!!」
「ミチルは良い子なコトばっか言ってる。真愛ちゃんと一緒! 同類のニオイを嗅ぎつけて探してるーっ! 死んだ子なんか、探してるーっ! 幽霊探してるーっ!」
私は顔が火照るのを感じながら、喚く『私』の首を絞めた。
「あんたなんか大嫌い……!!」
首を絞められた私が、顎を上向かせ、涙を湛えた黒目を私へ向けた。
「苦しい……」
「いなくなれ、いなくなれ……アンタなんか……っ!」
「……要らない?」
「要らないよ」
「か・な・し・い……」
「今更泣かないで!」
「真愛ちゃんなら、受け入れて、くれるのに……」
「……っ!!」
私は『私』の首からパッと手を放す。
二人の私が、同時に畳の上へ膝を突いた。
『私』が「えんえん」泣いている。
私は……私は、しょうがないので「えんえん」泣いてる『私』をそっと、抱きしめたんだ。
真愛ちゃん、ああ、真愛ちゃん……。
*
行こう、と私は『私』に声を掛けて二階を後にした。
『私』が私に「一緒に行って良いの?」と涙目で聞いたので、「良いよ」と手を繋いで階段を降りた。
降りた筈なのに、辿り着いたのは普段の家の二階だった。両親の部屋も弟の部屋もドアが閉まっている。私の部屋だけ、招く様にドアが開いて、きいきい揺れていた。
「こわい」と『私』が言った。
「怖くない」と私は言い返した。
「どうしても怖い時は?」
「こうするの」
私は大きく息を吸い込んで
「真愛ちゃん! 出て来てよ!! 私、真愛ちゃんを疑ってるの! だって、日記の最後の言葉、余りにも綺麗で、素敵だったから! そんな馬鹿なって思うの!! でも、凄くわかるの! 私もそうだから! そうだったから、真愛ちゃんと同じことしそうになってた!!」
本当に何もかも厭になっちゃってた。今手を繋いでいる私が、真愛ちゃんの死を知った後で良かった。そうじゃなければきっと私……。
「不思議だね!? どうしてなんだろうね!? 自分の心のどっかが「それは偽善」とか「良い子ぶって」って言うの! そうなると私、本当の気持ちがどこにあるのかわからなくなる! でもこの気持ちを疑いたくないよ! だから、真愛ちゃん! 私に答えを教えて!! 『だから』命を絶ったのか!!」
「やだやだ! 間違ってたらどうするの!?」
『私』が首を振っている。
私は『私』の手を握る手に力を籠めた。
「それでも私はあなたと手を繋いでるよ」
「……本当?」
「うん」
いつの間にか、『私』は消えて、私はとても綺麗な女の子と手を繋いでいた。私は『私』に自然と入れ替わり、その子に言った。まるでさっきの『私』みたいに。
「嗤われたの。幽霊に……「本当に?」って……」
「うん」
声も、綺麗。涙ぐんでしまう程。
「大丈夫よ。私もね、色々な感情があったものだけど、時間が経って残ったのはこれだけ」
その子は私の勉強机の上にある日記を手に取って、最後のページを開いた。
『皆、大好き』
「これだけが今、私に残っているの」
その子は私の両手をとって揺すった。私達は踊っているみたいだった。
「誰が嗤ったって、平気。残ったのは、これだけ」
私はその子に微笑んで、「日記、読んでごめんね」と謝った。
その子は微笑んで
「行きなさい! 百年も一緒に居る様な事は、この世にはないんだからね」
「え!」
あなたって、そんな悪戯っ子だったの?
酷いよ、見てたの? 私の秘密の名シーン。
「だから、大事なんだね」
「……うん」
「目を開けて。幽霊じゃ無くて、目の前の人を見て」
「……うん……」
「さよなら」
「さよなら」
*
目を開けると、いつもの私の部屋。
窓が開いている。風が吹き込んで日記がパラパラ捲れ……そうして、最後のページまで捲れると、ふっと消えてしまった。
*
幽霊さん、鍵は、開けておきますね。
玄関は、いつでも開けておくよ……。
鍵を閉めたところで、幽霊だから入ってきちゃうんですけどね。
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