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許婚と部下のお話

 部下たちを前にしているというのについつい頬が緩んでしまう。

 昨日は勢いでああってしまったけど、ルナ君が私との結婚を前向きに考えてくれるという事実が嬉しくないわけがない。

 とは言え、思い返してみると昨日の私はかなり恥ずかしいところを見せてしまったと思う。

 ルナ君が私のために道を決めてくれたなんて自惚れた挙句、閣下とルナ君を相手取って泣き喚いていたのだから。

 うぅ、どうしよう。もう私にはルナ君に合わせる顔がない。

 でもあのあとルナ君は私にプロポーズしてくれた……わよね?あれはプロポーズ…………だと思っていいのよね?

 今思い出しても顔が赤くなるのがわかる。

 それにあのときのルナ君。いつもの可愛いルナ君と違って凛々しくて凄く格好良かった。

 普段穏やかなルナ君があんな風に声を荒げるなんて……。目つきも鋭くて凄くゾクゾクした。死を覚悟したのなんてあの時の竜以来だ。

 でもこんな私でいいのだろうか、とも思う。

 ルナ君はまだ子供だというのに立派に将来のことを考えている。

 果たして私はそんなルナ君に釣り合う女なのだろうか?


「た、隊長が百面相してるっす…………。怖いっす…………」


 いや、何も今釣り合わくたって構わない。

 ルナ君は何をするにも一生懸命だ。

 もし仮に今釣り合いが取れていたとしても、少し油断しただけですぐに置いて行かれることだろう。

 だったら私も歩みを止めてはいけない。

 きっとルナ君の隣に立つに相応しいのは、ルナ君とともに歩み続けることのできる女性なのだから。

 きっとそれでもルナ君は笑って許してくれると思う。

 でもルナ君にはそんなことをさせたくない。それに私もルナ君と同じものを見続けていきたい。


「本日より訓練の見直しを行うこととする」

「と、突然何事っすか、隊長!?」

「人員も補充され、皆も今の訓練には慣れてきたことだろう」

「慣れないっす!あんな地獄メニューに慣れる人間はこの世にいないっす!もしかして許嫁殿と何かあったっすか?まさか許婚殿に振られた腹いせとか…………」

「なっ!?」

「ず、図星っすか!」

「わ、私は振られてなどいない!それどころかルナ殿は私に……」

「おぉ!?何っすか!何があったんすか隊長!」


 副長が笑いを噛み殺しているような嫌な笑顔で聞いてくる。


「ご、ごほん…………今はそういう話をしている時間ではない。いつ再来するかも分からない竜を相手に我々には遊んでいる時間などないのだ」

「ほほう!つまり隊長はいっちょここで許婚殿に良い所を見せたいというわけっすね。愛しの隊長のために主婦クラスへ進学する許婚殿に!」

「ち、違う!ルナ殿はそんな浮ついた気持ちで進学するわけではない!ルナ殿にはもっと大きな志があるのだ!」


 そう、この国の社会と戦うという大きな志が。


「主婦クラスで為す大きな志ってもしかしてハーレムっすか!主婦クラスと言えば女の園っすからね~!いやぁ~、許婚殿も男の子ってことっすね!為すのは大義ではなく子供だったりなんかしへぶぅ!」


 副長のあまりにあまりの発言に思わず全力で魔法をぶっ放してしまった。

 あまりにも下品過ぎる。あのルナ君がそんなことを考えるはずがない。


「た、隊長……さすがに今のはバリアがあっても死ぬかと思ったっす……」


 副長が壁から頭を引き抜いて言った。

 副長の回復速度が早くなっている。これはもしかすると怪我の功名かもしれないわね。

 とは言え、もう少し自重してくれると助かるのだけど。


「あなたが質の悪い冗談を言うからよ」

「でも隊長。良く考えてみて欲しいっす。主婦クラスに行くってことは、周りは理想のお嫁さんを目指す淑女ばっかりってことっすよ。しかも許婚殿と同い年くらいの。これはどう考えても隊長のピンチっすよ!」

「そ、そんなことはないわ!ルナ殿は私に言ってくれたもの!」

「何をっすか?」

「そ、それは言えないけど……」


 プロポーズされたなんていう話はそう安々と人に話すような内容ではない。


「隊長!隊長の考えは甘いっす!対策なしに竜を撃破できると考えるほど甘々っすよ!恋愛とは女にとっていくさっす!私達が訓練して竜に挑むのと同じように、世の女どもは訓練して恋に挑むっすよ!主婦クラスとは言わば恋愛における特務部隊みたいなものっす!そんな強敵相手に何を呑気に考えてるんすか!」

「恋愛における…………特務部隊!?」


 い、言われてみれば確かに!

 主婦クラスを主席で卒業したかの有名なミラール夫人は、例え国王であろうともなびかない男はいないと言わしめたほどの女性である。

 それに対して私は適齢期をとうの昔に過ぎてしまったお見合い全滅の実績を持つ『女として終わっている』と評されたとしてもおかしくはない有り様だ。


「そうっす!もし許婚殿にそれだけの魅力があるのなら、同じ学科の女どもは寄ってたかって許婚殿を狙うはずっす!許婚殿はああ見えて優しそうっすから、もし既成事実なんて作られてしまえば簡単に責任を取っちゃうっすよ。もしそうなったら隊長は…………」

「…………ごくり」

「生涯独身の栄光を手にすることに…………」

「そ、そんな……」


 確かにルナ君は女性を……いや、人を見捨てることのできない男の子だ。

 だとしたら例えルナ君が誠実を貫いてくれたとしても、周りがそれを許さないかもしれない。

 そうなってしまえば私は……。


「でも大丈夫っす!隊長が今までどおりの訓練を終えて今までどおり帰れば……」

「そう、そうよね。確かにあなたの言うとおりだわ」

「分かってくれたっすね!隊長!」

「ええ、訓練を時間制からノルマ制に変更しましょう。それでそのノルマを今まで以上に設定すればより効率的な訓練を行うことができるはず」


 嬉しそうに笑っていた副長が一転、その表情を絶望に染めた。


「なんでそうなるんすか!」

「そうね…………きっと私以外にも早く仕事を終えたい人も出てくるでしょう。ノルマの設定基準としては、二桁死にかける程度頑張れば少し早めにあがれるくらいでいいかしら」

「良くない!良くないっすよ!」

「確かに年若い者の多いこの部隊にしては少し時間的制約が厳しかったかもしれないわね。でもこれで少しはその問題も緩和されるはず」

「されないっす!下手したら死人が出るっす!」

「とは言え隊長である私が皆よりも早くあがるわけにはいかないわ。まぁそれでもどうしても早くあがりたい日には皆に協力してもらえばいいわよね」


 もしかするとそれが毎日になるかもしれないけれど。

 早く上がれた日にはルナ君を迎えに行くのもいいかもしれない。

 確か貴族中学は小学校に比べて帰宅が遅かったはずだから、上手く行けば間に合うかも。

 でも貴族中学って私でも入ることができるのかしら?

 まぁダメならダメで校門の前で待つことにしましょう。


「隊長は我々に死ねっていうんすか!皆隊長が一人早上がりしても何とも思わないっすから!超余計なお世話っす!」

「ルナ君。待っていてね」

「許婚殿!恨むっすよ!」

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