第34話 泣いたって働かない勇気!
あまりの危険性から精霊にお別れを告げ、ゴーレムを土くれに戻した私たちは、気を取り直して次の職場見学へと向かうのであった。
あのイケメン兵士はどうなったって?
良い経験ができましたとイケメンなことを言ってましたよ。イケメンなのに爆発しないとはこれいかに。
そして次に向かった見学先というのが、私の絶対に働きたくない企業でござるナンバーワンに長年君臨しているこの国最大にして最凶のブラック企業であった。
職場へ一歩足を踏み入れると私は一陣の嵐に見舞われた。
「うわっぷっ!」
「きゃあああああああ!可愛いか可愛くないか分からない!!!」
私は謎の女集団に取り囲まれ、揉みくちゃにされた。
そしてすっと仮面が剥ぎ取られる。わ、私の命綱が!
「きゃああああああああ!!!可愛くない!!怖いへぶぅ!!!」
ジェットコースターに乗ってあげるような凄く楽しそう悲鳴が聞こえたと思ったらその声が悶絶に変わり吹き飛んでいってしまった。
それとともに私の周りを取り囲んでいた人たちも全て消失していた。
た、助かったの?
周りを見渡すと、人間が何人も壁に突き刺さっている。
夏でもないのにまるでホラーのようだ。
しかしすぐにその中の一人が壁に突き刺さった頭を引き抜いて遠い目をして言った。
「バリアがなければ即死だった」
ホントにね!
というかこの世界の人がなぜそのネタを知っている。
そんな人たちを他所に、一人の凛とした女性が颯爽と私の方へと近づいてきた。
「ようこそ特務魔導部隊へ。ルナ君」
そう、ここは王国一のブラック企業『特務部隊』の訓練場。
そしてそれを束ねるのは当然王国最強の魔法使いにして私の許嫁であるエメラルドさんである。
「今のは魔法ですか、エメラルダさん」
「ええ。とは言ってもただの衝撃魔法よ。あの程度の魔法ではドラゴンに傷一つ付けることはできないわ」
なんてことを涼しげな表情で言うエメラルダさんに冷や汗が止まらない。
男の子って恐怖を感じると大事なところが竦み上がるってホントだったんだね……。
もうこれ以上ないほど怯えてるよ。許してあげてくださいホント。
「隊長~。生徒さんたちがどん引きしちゃってるじゃないっすか」
うん、私と先生も含めて全員ね。
「それはいけないわね……。後で部下たちにはきつく指導しておくことにしましょう」
「いやいやいやいや!生徒さんたちは隊長のやりすぎな魔法にドン引きしてるんすよ!」
「……そうなの?」
不思議そうにそう尋ねるエメラルダさんに私たちは誰一人として頷かなかった。
否!正しく日本語で表現するとすれば「頷けなかった」だ。
このとき私たち生徒の心は一致団結していた。
作戦名は「命を大事に」。
「違うようね。副長には虚偽の発言をしたペナルティーとして指導を追加……」
「ちょ!?それはないっすよ許婚どの!ほら、許婚どのからも何か言って欲しいっす!」
ちょっと。私を巻き込むのはやめてください。まだ死にたくないんです。
「こ、この状況で諦観っすか……。許嫁どのマジぱねぇっす……」
「それはそうと、さっきのは一体何だったんですか?」
私はそれまでの話を華麗にスルーして先ほどまで壁に突き刺さっていた副長と呼ばれる女性に聞いてみた。
「あ~、隊長の婚約者が来るっていうんでどんな人なのかみんな怖いものみ……ゴホンッ、好奇心でついつい取り囲んじゃったんすよ」
今怖いもの見たさって言おうとしたよね?ねぇ?
「でもって顔を見て納得したっす」
「…………どういう意味ですか」
私がそう聞くと副長さんは人懐っこい笑みを浮かべて言った。
「隊長を嫁に貰おうなんてどんな命知らずなのかと思ったら、命知らずな顔だったっす!」
「エメラルダさん。副長さんは体力が有り余っているらしいので追加訓練を増し増しにしてあげてください」
「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
礼には礼を。歯を折られたら急所を潰せ。が私のモットーです。
「というわけで、ここがあの有名なドラゴン専門の軍隊『特務魔導部隊』の訓練場になります」
と仕切りなおして説明を開始する胸に無駄な脂肪を溜め込んでいる先生。脂肪は無駄。大事な事なので二度言わせていただきました。異論は認めません。もし争そう意思があるのであれば例え家庭の医学的に説明してでも論破する所存です。
「そして皆さんも知ってのとおり、ここの隊長を務めるエメラルダ・ローザレインさんはルナ様の許嫁でもあります。ですので決して粗相をしないように」
先生!「ですので」の意味が分かりません!
しかも他人のプライベートをさも一般常識のように言うのはやめてください!
「『ルナ様の許嫁』であるエメラルダ・ローザレインです。ルナ様に近づく女性は例え子供であろうとも容赦はしない」
と、ことさら許嫁であることを強調して女子生徒たちを本気で威嚇するエメラルダさん。その背後に見える黒いオーラが気のせいだと思いたい。
あの、社会見学の場ですから。ここは。
「隊長!心配しなくてもあの怖い顔を好きになれる人間はいないっす!」
副長が私を指差しながら言った。
…………泣いていいかな。
「ええっと、できれば個人的な自己紹介ではなく、職業としての自己紹介をお願いできますか?」
などと控えめにのたまう先生
ちょっと待って!許嫁とかなんとか最初に言い出したのは先生ですよ!?
「そ、そうですね。こほん」
エメラルダさんも恥ずかしかったのか少し顔を赤らめると、咳払いをして改めて仕切りなおした。
「特務魔導部隊を預かるエメラルダ・ローザレインです」
「そして私が副長のカーマインっす!」
「我々の部隊は対ドラゴンに特化した訓練を主として行っています」
名前あったんですね、副長さん。
それにしてもここにきてようやく社会見学っぽくなってきた。ほんとようやくだよね……。
「ちなみに『特務魔導部隊』の訓練内容は軍事機密になっているので、実際に私たちが見る事はできません。ですのでこの場では質問のみになります。分かりましたか?」
「「「はーい!」」」
「よろしい。それでは質問のある人は手をあげてください」
そうは言ってもこういうのって最初は手が上がらないものだよね。私?私はいつだってただ黙して待つだけの人間です。目立つことは目立つ人に任せるのが一番。で、決まってその先陣を切るのは……。
「はい」
もちろん我らがリーダートモちゃんである。
「トモカ様。どうぞ」
「先ほど、訓練は軍事機密だとおっしゃいましたが、このように分かりやすいところで訓練をしていたら、他国の間者に見られてしまいませんか?」
それは私も思った。訓練場所自体は私たちに教えてくれるくらいだから機密じゃないんだよね。だったら普通に覗き見されたりしない?
「それならば心配はありません。機密と言っても我々はそれほど特別な訓練を行っているわけではありませんから」
そうなんだ。やっぱり地道が一番ってことかな?
しかしそう答えるエメラルダさんを副長は驚愕の表情で見つめていた。
「あの地獄のメニューが……特別じゃない……なんて……、むしろあまりにも異質すぎて普通の神経の持ち主なら絶対に真似しようなんて思わないだけっすよ…………」
「それにアポイントメント、つまり前もって連絡せずにこの訓練場に近づいた者は、例え相手が国王陛下であろうとも処分することを許されています」
「あ、私今日三匹しとめたっす!」
うん、この副長もちょっとおかしいよね。
「ということだそうです。分かりましたか?」
「はい、必要以上に分かってしまいました」
ほんと。今の会話が全てを物語ってたよね。
「それでは次の質問は……」
「はいはい!!!」
「次に質問のある人はいま……」
「はい!はい!私質問があるっす!」
おっぱい先生がおっぱいじゃなくて頭を抱えてしまった。
もしかするとどの世界でも先生っていうのは苦労人なのかもしれない。
「副長さん、あなたは生徒ではありませんよね」
「大丈夫っす。多分みんなも聞きたいことっすから!」
ごめん。何が大丈夫なのか全然分からない。
「はぁ……。仕方ありませんね。質問をどうぞ」
先生がとうとう折れてしまった。というかもう諦めたんだろうな。正直この副長さんから出る言葉は碌でもない予感しかしないけど。
「それではズバリ!隊長と許婚どのはもうチッスしたっすか!」
ほら碌でもなかった!
「え」
目を丸くするエメラルダさんに副長が追撃する。
「チッスっす!チューのことっすよ!」
その瞬間ボッという音を立ててエメラルダさんの顔が真っ赤になった。
「その反応まだっすか!乙女っすね隊長!」
子作り的なことを平然と言ってのけるから、そういう免疫はあるのかと思ってたけど、そういえばエメラルダさんって乙女だったんだ。
ほんと尊敬する。
前世の私なんて乙女を通り越しておっさんになりそうだったというのにこの違いはなんだろうね。
「ちなみに許婚どのはチューした経験はあるっすか?」
「わ、私?」
突然こちらへと振られて困惑する。
みんなの視線が私に集まる。
そんな中エメラルダさんはガン見である。
この質問…………私の命がかかってる?
「な、ないない!一度もないよ!男とも女とも無機物とも家族ともしたことないよ!」
私はまるで命乞いをするかのように必死に訴えた。
前世も含めてそんな経験あるわけない。そもそも機会あるようにでも見えるのか馬鹿やろう!
「その歳でそんなに枯れててどうするんすか!私が許婚どのくらいのときなんて毎日してたっすよ!」
「でもあなたまだ独身じゃなかったかしら」
「隊長きついっす!それは素面で出していい話じゃないっす!」
そう言って騒ぎ立てる副長さん。こんな人が重要なポストについていることに一抹どころか完全に不安を覚える。
「あ、ちなみに私の名誉のために言っておくっすけど、特務部隊はほとんど独身っすから!もうここに入った時点で恋愛結婚は諦めるっすよ!」
非常に嫌な情報である。しかもその発言で回復される名誉がないところが本当に救いようがない。
「しかし心配することはない。この部隊である程度実力が認められるようになれば、強制力のあるお見合いを提供できることになっている」
「ちなみに一番人気は文官っす!頭が良くて優しくてちょっと凄んだだけで何でも言う事を聞いてくれるような人なんて最高っす!」
はい文官消えたーーー!!!
今年の進路希望に文官って出す子はよほど夢がある子かドエムに違いない!
ってそれなのに何でエメラルドさんと副長さんは独身なの?
「お、それならなんで独身なんだって顔してるっすね許婚どの!」
「どんな顔ですか」
「怖い顔っす」
「…………泣いていい?」
「冗談っすよ冗談!許婚君を泣かせたなんてことになったら私の命が終わるっす!まぁ答えを言っちゃうと、強制結婚ができるのは『ある程度』の力を持った隊員っす。つまりその『ある程度』を超えると強制結婚の権利を失うんす!」
「どうしてですか?」
「頑丈な相手じゃないと、壊してしまうからっす」
「こ、壊れる!?」
「ここまで来ると筋力一つ取っても普通じゃないっすからね~。それが夜のムフフなひと時になっちゃったら我を忘れて思わず力が入っちゃうんすよ。それで普通の人間は簡単にポッキリっいっちゃうってわけっす!」
わけっすって…………そんなあっさり言ってるけど、お、恐ろしすぎる!
ということは、もし私がエメラルダさんと頑張って子作りしようとしてたら、人口が増えるどころか減ってたということに……。
「ちなみに私は強制結婚の権利はないっすけど、加減ができるから大丈夫っすよ!好みは線の細いメガネ男子っすから興味のある男の子は是非声を掛けて欲しいっす!」
そう言って副長さんはランバートに向かってわざとらしくウィンクした。
案の定ランバートは顔面蒼白になっている。
無理もない。彼のように無機物ラヴな人間にとって副長のような強烈な個性の人間は水に油だろう。
「ドラゴンの血を浴びてるからあと四十年はピチピチっすよ!」
と、アピールするもランバートは完全に心を遥か彼方へと飛ばしていた。
なんとかこの場を凌いだらもう会うことはないだろうとでも思っているのかもしれない。
ところがどっこい!あの手の人間は一度目を付けた相手をそう簡単に諦めたりしないのだ!私は心の中でランバートに向かって黙祷を捧げた。な~む~。




