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拝啓メイドより

 初めまして皆様。私はロルス侯爵家でメイドをしているメアリといいます。

 幼い頃、孤児だったところをロルス侯爵家当主デューク様に拾っていただいて以来、メイドとしてこの家に仕えて参りました。

 だから私を拾ってくださった大旦那様には私の一生を捧げても返しきれない恩があります。

 そして私は年の頃が近いという理由で大旦那様の嫡男であるクロード様に仕えさせていただくことになったのです。

 あのお優しい大旦那様の唯一のご子息。きっと顔は恐ろしくともお優しい方に違いありません。…………と思っていた時期が私にもありました。


 しかし蓋を開けてみれば大旦那様のご子息を今世紀稀に見るストーカーだったのです。

 そしてその犠牲となったのがクロード様の幼馴染であるアリステッド伯爵家のご令嬢ロザリー様。

 ロザリー様の髪の毛や、サイズの合わなくなった服や下着、そして使用済みの食器をどこからともなく入手し、保護魔法を掛けてビン詰めにして詳細を記したラベルを貼っているところを目撃したときには薄ら寒いものを感じました。

 私と同じようにそれを目撃した同僚のメイドたちは、「きっとあれはロザリー様を狂わせて、自分の意のままにする恐ろしい呪いよ」などと恐怖におののき、あっという間に噂となって広まり、誰もがクロード様に恐怖を抱くようになってしまいました。


 違います。あれはただの変態行為です。私も別の意味で震えが止まりません。


 もちろんクロード様のストーカー行為はそれにとどまりません。

 国の法律で使用を禁止されている盗聴魔法、透視魔法をバレないように惜しげなく使い、毎日のように待ち伏せしては真っ赤な薔薇の花束をプレゼントしていました。


 そしてそんなクロード様の非常に気持ちの悪い努力が何かの間違いで実ってしまい、ロザリー様と結婚することになりました。

 大旦那様のためにも、クロード様を少しでも正常な人間へと更正させようと奮闘していた私は、その径違からロザリー様と親しくなっていたため、このときにロザリー様の専属メイドとして選ばれることとなりました。

 これは単身嫁いで来るにあたって、少しでも屋敷で過ごしやすいようにというお優しい大旦那様のご配慮によるものです。だから私は大旦那様より与えられた自らの使命を全うすべく、例えクロード様から嫉妬と憎悪の篭った目で見られようとも全身全霊でこの仕事に当たらせていただきました。


 そして結婚してから毎晩のように寝床を共にするお二人にすぐに子供が出来たのはある意味必然だったのでしょう。

 しかしそれから僅か数ヶ月後に国内の山脈にてドラゴンが発見されてしまったのです。

 ドラゴンの出現は数十年に一度起きる災害のようなもの。

 王国ではすぐに討伐部隊が編成されました。


 元帥であらせられる大旦那様はもちろんのこと、魔法の扱いに秀でたクロード様も討伐部隊に加わりました。

 そして甚大なる被害を被りつつも、特務魔導部隊を中心として編成された討伐部隊の働きにより、それから数ヵ月後にドラゴンは討たれることになったのです。


 ちょうどその頃、ロルス家ではロザリー様が出産の時期を迎えていました。

 ロザリー様は元々健康的であったため、母子共に無事に出産を終えました。

 そして大旦那様待望の初孫であるルナ様がお生まれになったのでございます。


 ルナ様は産まれた頃より本当に不思議な方でした。

 ロザリー様はルナ様の成長を見守ることが本当に好きで、巻尺を持ってはルナ様の身長や腕の太さなどをたびたび計測しては日記に記していました。

 そしてその際に男性器の長さも計測することがあり、「まぁ、この一週間で二ミリも伸びているわ」と顔を綻ばせて喜んでいることもありました。

 しかしそのとき、ルナ様は顔を真っ赤にして身をよじって恥ずかしがるのです。

 産まれて僅か数ヶ月で自分が一体何をされているのか、本能的に理解しているのかもしれません。


 ルナ様…………心中お察しします。


 実は言うと、私が男性器をこうまじまじと見るのも初めてのことです。

 ルナ様の可愛らしい男性器を思わずじっと見てしまいました。

 そして、はっ!?っとなって我に返って顔を上げると、ルナ様も不思議そうに自分の男性器をガン見しているのです。

 するとルナ様も、はっ!?っとなって我に返ったような素振りを見せると、私を見て顔を赤らめるのです。


 産まれたばかりなのに羞恥心を持っているなんて……、とてもクロード様の血を引いているとは思えません。


 そして産まれて僅か数ヶ月で自分の男性器に疑問を抱いたルナ様のお顔は、日に日にロルス家に相応しいものへと変質していきました。

 不思議です。ロザリー様の面影は一体どこにあるのでしょうか……。


 それから程なくして、ドラゴン討伐の事後処理に追われていたクロード様が遂に帰ってくることになりました。

 そのときの状況は……想像していたよりも遥かに最悪だったのです。

 何と帰ってきて早々にクロード様はロザリー様にキス。そして魔法で目くらまししてディープキス。

 ドラゴンの討伐で少しはお変わりになられたのかと思いきや、全く変わっていませんでした。

 もちろん私の皮肉も全くの効果なし。

 剣呑な空気を作り出してしまいましたが、ロザリー様の腕の中にいたルナ様が私の方へと必死に手を伸ばし、可愛い仕草でもって可愛い声を響かせる姿に中和され、あっという間に殺伐とした空気は消えていきました。


「なっ!?ま、まさかルナは私よりもメアリに懐いているというのか!」


 と驚愕するクロード様。

 まさかも何もあなたは初対面でしょうが。

 とはいえ私は恥ずかしがるルナ様を笑顔で押さえつけて男性器を測るロザリー様よりも懐もかれている気がしないでもありません。


「そんなに大きな声を上げて……ルナ様が怖がっているではありませんか」


 そう言ってロザリー様よりルナ様をお預かりして抱きかかえます。


「大丈夫よ、あなた。きっとルナもすぐにあなたに懐いてくれるわ」

「そうかな……」


 と、ロザリー様がクロード様を慰めるのはいつものこと。

 そして立ち直って顔を上げたクロード様とルナ様の目が合いました。

 次の瞬間…………。


「ふ、ふ、ふ、ふわあああああああああああああああああああん!!!」


 ルナ様が泣きだしてしまいました。

 確かにクロード様も顔だけは大旦那様に似ているので眼光が非常に鋭いのですが、赤子ながらにもう恐怖心があるようです。


「よしよし。怖くはないですよ、ルナ様。あれはただの変態ですからね」


 そう言ってルナ様の視界を塞ぎ、優しくあやすと程なくしてルナ様は泣き止んでいきました。


 この日からクロード様も屋敷で過ごすことになったのですが、それがまたルナ様の教育に大変良くない状況を作り出していたのです。


 あの変態はこともあろうにルナ様の目の前であろうと、遠慮なくイチャつきやがられるのです。

 ロザリー様も何の間違いかクロード様のことを好いておられるので、流されるまま。


 これはルナ様の教育に非常に良くありません。


 だから私はルナ様の乳母に名乗り出たのです。

 もちろん私では乳が出ないので、お食事はロザリー様にお願いしております。

 しかしそれ以外においてルナ様の世話は私がすることになったのです。

 ロザリー様もロザリー様で、クロード様が帰ってきたことによってルナ様をお世話する時間がなかなか取れないことを悩んでおられたので、この話は渡りに船だったようです。


 というわけで私がルナ様のお世話を始めたのですが、ルナ様の成長は私にとって驚愕の連続でした。

 ルナ様は大変好奇心が強く、すぐにハイハイして屋敷の中を旅に出るのですが、決して夫婦の寝室には近づきません。しかもそちらを見て時折深いため息つかれるのです。

 そしてクロード様の気配を察知すると全力で逃走します。

 時には息を潜めて隠れることだってあります。

 とても赤子の取る行動とは思えません。


 しかしその理由もルナ様が言葉を話せるようになったときに判明することになりました。


 言葉を話せるようになったルナ様はなんとすぐに普通に話せるようになったのです。


 そう。支離滅裂な言葉や意味を成さない言葉ではなく、普通に。


 多少難しい言葉であろうとも、巧みに操って。


 私は幸運なことに大旦那様に拾っていただいて、十分な教育を受けることができましたが、正直なところこの国はそこまで教育が進んでいるとは言えません。


 比べるのもおこがましい話ですが、ルナ様は僅か一歳にして成人した一般市民よりも理路整然りろせいぜんと話をされるのです。


 ロザリー様は「ルナは本当におりこうね」などと言っていましたが、これが「おりこう」などというレベルで収まる話ではないことくらい、過去に子育て経験のない私ですら分かります。


 そしてそんなルナ様はある日深い深いため息をついて哀しそうな瞳をして言いました。


「顔がまお……パパに似ても嫌いにならないでね」


 私はその言葉を聞いた瞬間溢れてきた涙を押しとどめることができませんでした。


「うぅ……ルナ様。ご心中お察し申し上げます……」


 この方はご自身の境遇を理解していらっしゃる。

 そしてご自身がこれからどう成長していくのかということも。

 そして私がクロード様を軽蔑しきっていることすらも。

 しかし安心してください。私があの変態を軽蔑しているのは、大旦那様のご子息でありながら救いようのない変態ストーカーだからです。

 むしろ私は本能に直接恐怖を訴えかけてくるような大旦那様のお顔が大好きです。

 だから私がルナ様を嫌いになるこどなどありえないのです。


 そしてルナ様のお世話をさせていただいて早五年が経過し、ルナ様に請われ、魔法をお教えすることになりました。


 そしてここでも私は驚かされたのです。


「『サモンゴーレム!』」


 いきなりルナ様が発動した魔法はなんと召還魔法でした。

 なぜ召還魔法…………。

 しかしそれによって発動したのは…………。


 低い地響きをさせながら土の中から黒い何かが這い上がってきました。

 そしてそれが蠢きながら徐々に人の形を作っていったのです。

 そして出来上がったものを見てさらに驚きました。


「これはもしかして、私……ですか?」


 そう。なんと、私だったのです。


 自分でも何を言っているのか分かりませんが、鉄で出来上がった私が目の前に存在しているのです。

 身長から腕の太さ。服装に至るまで寸分たがわず精巧に複写されています。


 これは召還魔法と言うよりも錬金魔法ではないでしょうか。


 召還魔法とは別の場所にいる物体を転移させてくる魔法。

 しかしこの私の姿をした金属が別の場所にあったとはとてもではありませんが考えられません。

 しかも錬金魔法を使ってこのディテールの精度……、尋常ではありません。

 創造魔法の物を形作る場合、必要とされるのは使用者の想像力。そして一般的に使用者はその想像力を確かなものとするために、モデルを見ながら魔法を発動します。

 しかしそれでも細かなディテールまでは表現することができません。

 そのほとんどが何となくぼんやりと形は合っているというレベルのものがほとんどです。

 そしてそれが錬金魔法の……人間の想像力の限界とされてきました。

 しかしこのゴーレムはまるで私の身体をこと細かく採寸したような形状。

 大旦那様の孫であることを考えれば、この歳で魔法が使えることは不思議ではありませんが、この想像力は常軌を逸しています。

 しかもこの魔法の効果はそれだけに止まりません。


「こっ、これは!?」

「掃除してくれてる!!!」


 なんと鉄で錬金された私が、箒を持って庭を履き始めたのです。

 正確に素早く効率的に落ち葉を集める姿はまさに一流のメイドと呼ぶに相応しい技術です。


「凄いですね……。このように精巧なゴーレムは見たことがありません。いえ、そもそも金属で出来たゴーレムというもの自体聞いたことがありません」


 そう、ゴーレムと言えば粘土か土か岩。

 そしてその難度はゴーレムの構成する粒が大きくなるほど難しくなります。

 だからルナ様の選ばれた砂鉄はゴーレムの形状を決定するのに非常に効率的な素材であると言えます。

 しかし、それを地中から取り出す技術。そして出来上がった鉄へと変える技術は生半可なものではありません。


「そ、そうなの?」

「はい、普通の人の魔力であれば土を切り出すだけで精一杯なのです。ですので、ゴーレムを作ろうと思ったら、一日目にまず形を作り、二日目に稼働させる。そういう手順を踏むものなのです」


 それをルナ様はこの僅かな時間で砂鉄を摘出し、形状を定め、変質させ、稼働させたのです。


「そうなんだ……」


 ルナ様が憂いを帯びた表情で私の姿をしたゴーレムを見つめる。


「さらに言えば、普通のゴーレムは技術を必要とするような精密な動きはできません。精々重いものを運んだりできるくらいです。しかしこの箒捌き……まるでベテランメイドのようですね。モデルが良かったというのは当然あるかと思いますが、これだけのことを一度に成し遂げてしまう想いの強さ……並のものではございません。さすがはルナ様です」


 そしてその後、ルナ様がゴーレムなら戦えるんじゃないかなと言い出して、屋敷を守る兵士たち相手に無双していた。

 鉄の身体は剣を弾き、振りぬかれた箒の一振りで人間が空を飛ぶ。


 ルナ様、人って翼がなくとも空を飛べたんですね。

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