第21話 回復したって働きたくないでござる
魔法を使った瞬間私とエメラルダさんが重力の楔から解き放たれた。
私は魔法により生成された白い翼を羽ばたかせ、宙へと舞い上がる。
私に手を引かれたエメラルダさんも私について上がってくる。
エンジェルウィングの重力無効化範囲をエメラルダさんにまで広げているため、手も痛くない。
もちろんそのまま浮上して天井で頭を打って下まで落ちてうずくまるなどという『カイ○冒険』を髣髴とさせるようなギャグもしない。
そういえば、あのゲームってクリアしてもエンディングで主人公の女の子が待ち伏せしていた魔物に石(しかも漬物石みたいなやつ)に変えられるっていう子供にトラウマを植え付けかねない地雷が仕込まれていたっけ。
そんなことを思い出しながら私はシャンデリアの横でホバリングしつつエメラルダさんの腰に手を添え、翼をばさりと一度だけ羽ばたかせた。
見ろ!人がゴミのようだ!
っていうほど高くは飛んでないんだけどね。
みんなが恐怖と驚きに顔を染め、私たちのことを見ている。
うん、もう慣れたよ。魔王が空飛んでたら怖いよね。そんなの見たら私だって怖い。
ジオさんやお祖父様たちも目を丸くして私たちを見上げていた。
ふひっ、これで一つ意趣返しできたかな?
調子に乗った私はもう一つ魔法を発動する。
「『エンジェルフィルター!広域化+2!』
エンジェルフィルターの効果範囲を部屋全体に広げ、その分効果時間を非常に短くする。
魔法の効果によってみんなの表情から恐怖が消え、中にはその頬を赤く染める者までいた。
既に忘れられている設定かもしれないけど、これでも恐怖因子さえ取り除くことができれば超絶美形なのだ!
とは言え私はまだ五歳。もしかするとこの国の貴族はロリとショタで溢れかえってるんじゃないだろうか……と少し心配になる。
しかし所詮は広域魔法。あっという間に効果は切れ、みんなの表情に再び恐怖の色が戻る。
なぜだろう……なんか無駄に精神的ダメージを負ってしまったような気がする……。
私が沈んだ顔をしていると右手がぎゅっと強く握り締められた。
顔を上げるとエメラルダさんが笑顔で私を見て。
「凄い魔法ね」
「そ、そうかな。えへへ」
いつの間にか私のささくれた心は晴れ渡っていた。
褒められるっていいよね。
認められてる。必要とされてるって実感できる気がする。
そう!何を隠そう私は褒められて伸びるタイプなのだ!
しかしそんな余裕もエメラルダさんの次の一言で一瞬にして消し飛んでしまった。
「竜滅魔法としても使えるかもしれないわ」
「……………………たっ、戦わないから!」
無理無理無理無理!絶対無理!!!
現代っ子を舐めないで!
ドラゴンどころか人間相手だって戦えやしないよ!
「ええ。分かっているわ。竜と戦うのは私たちの仕事」
そ、そういえばエメラルダさんはこう見えて特務部隊の隊長さんだった……。
そっか……。竜が出たらこの人は先頭に立って戦わないといけないんだ……。
それなのに元女でしかも主夫志望の私なんかの許嫁になるなんて……うぅ、不憫すぎる……。
やっぱりこの人はきちんとした頼り甲斐のある男の人に幸せにしてもらうべきなんだ!
「そろそろ降りましょう」
「う、うん。そうだね」
いつまでも飛んでたって仕方ないし。
エメラルダさんに従って私は翼を羽ばたかせ、再び国王陛下の前へと着地した。
「とまぁ、ざっとこんな……」
そう言って私は陛下に向かって胸を張った。ドヤ顔で……。
しかしその瞬間……。
ドゴォォォ!!!
突然背中に強い衝撃が走り、視界が飛ぶ。
というか私が飛んでる!?
え!!!なんで!?
そして私の身体は受身を取ることも出来ずにゴロゴロと地面を転がった。
「ルナ君!!!」
エメラルダさんが倒れた私の下へと駆け寄ってくる。
い、一体何が起こったっていうの?
そして話は振り出しに戻る。
「大丈夫?」
上を見上げるとエメラルダさんが私を見下ろしていた。
「あ、あんまり大丈夫じゃないかも……」
打ち身してるよこれ……
「なら私に任せて。優しくするから力を抜いてゆっくりと私を受け入れて」
エメラルダさんはそう言って私の手を優しく包みこんだ。
「え!?だ、大丈夫だから!そこまでしてもらわなくても!」
「遠慮することはないわ。天井の染みでも数えているうちに終わるから」
「いや……それ数え切れな……アーーーーーーーーーーーッ」
「『オーバーヒーリング』」
白い光が私の身体を包みこみ、一瞬にして身体の痛みが引いていった。
まさに一瞬。瞬きする間に。
凄い……。今まで色んな魔法を見てきたけど効果発動までの時間がここまで短い魔法は初めてだよ。
ちなみに後で聞いた話だが、オーバーヒーリングは本来過剰回復させることによって相手を死に至らしめる攻撃魔法なのだそうだ。それを物凄く器用に使いこなすことで、瞬間回復魔法として利用することができるらしい。
実は物凄く危険な魔法だったんだよ!
そんなことを知らない私はただただエメラルダさんの使う魔法に感動していた。
「これで大丈夫よ」
そう言ってエメラルダさんは私の身体を支えて起こしてくれた。
身体を起こすと私の目の前で腰に手を当て仁王立ちしている少女が目に飛び込んでくる。
見覚えがある。
それは最初に目を逸らさず驚きを露わにしていた少女だった。
そして口を真一文字に結んだその表情から少女が酷く怒っていることが分かった。
もしかしなくともさっきの衝撃はこの少女がやったの?
目をぱちぱちさせながら少女を見ていると、少女は遂にその閉ざした口を開いた。
「よくもやってくれたわね。ツッキー」




