第19話 貴族だって働きたくないでござる
「大丈夫?」
見上げるとエメラルダさんが私を見下ろしていた。
「あ、あんまり大丈夫じゃないかも……」
「なら私に任せて。優しくするから力を抜いてゆっくりと私を受け入れて」
そう言って私の手を優しく包みこんだ。
「え!?だ、大丈夫だから!そこまでしてもらわなくても!」
「遠慮することはないわ。天井の染みでも数えているうちに終わるから」
「いや……それ数え切れな……アーーーーーーーーーーーッ」
こうして私の貞操は散てしまっ……いや、散ってない!散ってないから!
まさに大惨事である。
どうしてこんなことになってしまったかと言うと、それは今朝の話まで遡るのであった。
「パーティー!?」
起き抜けに聞いたとんでもない言葉に私は驚いて声を上げた。
「ああ、ルナが王都まで来ているという話を聞いて国王陛下がせっかくだからお披露目のパーティーをしないかと言ってきた」
「国王陛下が!?なんで私の!?しかもせっかくだからって!」
自分で言うのもなんだけど、仮にも侯爵家の嫡男のお披露目パーティーをそんなついでみたいな感じで言っちゃっていいの!?
「うちはその辺無頓着だからな」
「よくそれで侯爵なんて位に就いてるよね……まぁこの顔なら社交界で負けないはないか」
「勝ち負けじゃないだろう……」
いや、勝ち負けじゃなくてもこの顔は完全に勝負しにいっちゃってる顔だから。
「はぁ……、それで日にちはいつなんですか?」
「今日だ」
「今日!?」
「なんだ?都合が悪いのか?」
「い、いや。悪くはないんだけど、昨日お見合いしたばっかりだし……」
「ちなみにエメラルダ殿もお前の婚約者として出席予定だ」
「な!?あんのたぬきじじぃめぇ!」
ジオさん、完全に外堀を固める気だ。
「仮にも外務大臣にその言い方はないだろう……」
いや、あんな奴たぬきで十分です。
そう、後で知ったんだけど、実はエメラルダさんのお父さんであるジオさんは外務大臣なのだそうだ。
そりゃあ私なんかが交渉で勝てるわけないよ。
「王族と公爵家、それに貴族たちの中にもお前と顔を繋げておきたいものたちもいるのだろう」
なんて無駄なことを……。私なんて如何にして家の楔から解き放たれ、自由を謳歌するかを常々考えてるって言うのに!
「心配しなくとも服や馬車の準備はできている」
「そんな心配した覚えないんだけど!?」
「大丈夫だ。パーティーと言っても子供は適当に笑顔を振りまいておくだけでいい」
「それが一番無理だと思うよ!?」
ちょっとパパさんパパさん。現実をみなよ。
あんたの息子は下手したら笑っただけで脅迫罪とか反逆罪とかになっちゃう顔なんだよ?
というか、私の顔なんて大体想像が付くだろうに、そんな私とお知り合いになりたいだなんて……もしかしてこの国の王族や貴族ってドエムばっかりなんじゃないだろうか……。
「では時間になったらエメラルダ殿を迎えに行こう」
こうして私たちは王国主催の私お披露目パーティーへと行くことになったのであった。
エメラルダさんを迎えに行くと、昨日と同じドレスを着て私たちを待っていた。
え、もしかして着たきり雀なの?
と思ったけど、実は一日で洗って乾かしたらしい。しかも魔法で。
その上、魔法で除菌と消臭をしたそうな。
どんだけー?
こんな世界だったら、クリーニング屋もホームセンターも流行らないだろうなぁ。
まぁ誰にでもできることじゃないらしいけど。
これがまた遠征で凄く役に立つとかなんとか。
戦いに行くのにいちいち着替えなんて持っていってる余裕なんてないだろうしね。
それにしても……。
エメラルダさんを見る。
エロい……。超エロい。ショートラインのドレスなのでエメラルダさんの美脚が惜しげもなく晒されている。その上、エメラルダさんは胸も小さくないので非常に色っぽい。
くっ!せめて前世の私にエメラルダさんの十分の一ほどの色気があれば!
「どうかなさいましたか?」
エメラルダさんが私の方を見て首を傾げた。
「いえ、別に……あっ!」
「?」
「そうだ!それ!」
「なんでしょう?」
「私に対して敬語使うの止めてもらえませんか?」
「え……」
「ほら、最初会ったときみたいにもっとフレンドリーに話してください!」
どう見ても年上の女性に敬語を使われると、どうにもむずがゆくてたまらない。
「ですが、将来旦那様となる方にそれは……」
「エメラルダさんに敬語で話されると、壁を感じるというか、そっけなくされてるみたいに感じて……」
そう言って私は顔を伏せて声を沈ませ落ち込んでいる風にみせた。迷女優ルナの誕生である。
「分かったわ」
切り替えはやっ!
いや、こっちの方が話しやすくて助かるからいいんだけどね。
「ところであのお店の店員さんも言ってたけど、エメラルダさんのドレスって格式ばったやつじゃないけど、今日着てきて大丈夫だったの?」
「ええ、父がこれを着ていけって」
「そうなの?じゃあ今日のパーティーは結構カジュアルなやつなのかな?まぁ私のお披露目会って名目だし、結構適当なのかもね」
なんて思っていた時期が私にもありました。
「ナンダコレーーーーーーーーーーーー!!!」
王城の中に入り、案内された場所に行くとキラッキラに輝くシャンデリアと染み一つない真紅の絨毯。そして目映いばかりの装飾に、生演奏しますと言わんばかりのスーツやドレスに身を包んだ王族御用達の楽団の人たち。そしてその場にはどうみても華美な衣装に身を包み、人を殺せそうなほど大粒の宝石を身に纏った人たちが立ち並んでいた。
カジュアルじゃない!全然カジュアルじゃないよ!
そして私が部屋に足を踏み入れた瞬間ラッパの音が鳴り響いた。




