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第18話 負けたって働きたくないでござる

 私はここで神算しんざん『当主のザ・押し付け作戦!』を発動した。


「私もエメラルダさんほど素晴らしい女性は他にはいないと思います。ロルス家の次期次期当主の妻にはまさしく相応しいと思います」

「それならば……」

「しかし!私は常々思っていることがあるんです!いずれロルス家を継いでゆくのは私ではなくソルこそが相応しいのではないかと!私には分かるんです!ソルは天才です!」


 くっくっく!私は天才じゃなかろうか!

 ソルに当主の座と許嫁を押し付けることによって、自分は責任も労働もない自由の道を謳歌することができる!まさにこれこそウィンウィンの関係!


「ソルとは……ルナの弟であったな。そんなにも出来た子なのか?」

「いえ、出来るも何もソルはまだ二歳になったばかりで……」


 私は言いよどむパパの発言を塞ぐように言ってやった。


「だーだん!ソルの優れている点その一!パパの顔を見ても私の顔を見ても泣かない!」

「まだ幼いゆえよく分かっていないのだろう」

「でも私泣いたよ?」

「…………」

「だーだん!ソルの優れている点その二!パパに顔が似ていない!まさにリアル天使!」

「た、確かにロザリーは紛うことなき天使だ。そしてそのロザリーに似たソルも天使であることは否定できない事実であると言えるだろう」

「はいはい、惚気おつ」


 そう言ってパパの肩をぽんぽんと叩く。


「おまっ!自分で振っておい……」


 慌てて言いつくろおうとするパパの言葉を塞いで私は話を続けた。


「だーだん!ソルの優れている点その三!頭が良い!この間なんかパパがソルに嫉妬してママを寝室に連れ込んだのを見て『ぱーぱ、ごめんなちゃい』って言ってたんだよ!たった二歳で状況を理解してその上超いい子なんだよ!パパはあんなにも最低なことをしてたっていうのに!」

「その件に関しては本当にすまなかった!」


 パパはその場で土下座した。

 なんと!この世界にも土下座文化があったとは!

 まぁそれはさておき。


「つまりソルはまさに才色兼備で素晴らしい人格者になるはずです!だから私はソルが望めば……いや!望まなくともソルに跡取りとしての役目を押しつ……譲ろうと思っています!」

「なるほど、言いたいことは分かった」


 お祖父様は荘厳に頷いた。


「本当ですか!」


 やった!これで私は労働から解放され……!


「では、これにてルナとエメラルダの婚約は成立ということで問題はないの?」

「もちろんだ」


 ジオさんの言葉にお祖父様が同意する。


「え!?なんで!?何その流れ!?何でそうなるの!?」


 分からない!私にはあなたたちの言ってることがさっぱり分からないよ!


「いや、だって儂もエメラルダも跡継ぎ問題とかどうでもいいし」

「はい、私は家柄に嫁ぎたいわけではありません。その……できれば一人の女として殿方に嫁ぎたいのです」


 照れたようにそう言うエメラルダさん。

 な、なんて乙女力が高いんだこの人は!未だに独身とかどう考えても詐欺でしょ!

 やばい。この流れはやばいすぎる!

 どうする?一体どうすれば……。いっそのことホモって公言する?いや、そんなこと言ったら今度は男を紹介されてウホッな展開になることだってありうる。BLは好きだけど、自分が男同士で合体するのは花の乙女を自称していた私には敷居が高すぎる!第一物凄く痛そうだし!

 うぅ、想像しただけで前と後ろが痛くなってきた……。

 そうだ!こんなときは!


「実は私!他に好きな人が!」

「いないだろう」


 間髪入れずにパパから突っ込みが入った。くっ!もしかしてさっきから色々言ってることを根に持ってるの!?なんて狭量な!


「メ、メアリとか!」

「彼女はお前の乳母だぞ」

「メアリ……さん?」


 エメラルダさんの目が一瞬光った!……ような気がした。


「いや、ルナも苦し紛れに言っているだけだろう」

「そもそも小僧はどうして先ほどから婚約に否定的なのじゃ?」

「ええっと……、それは……その……」


 言えない!働きたくないから婚約したくないなんてことは口が裂けても言えない!


「私では……ダメなのですか?」

「いや、それはないじゃろう。先ほどから小僧の反応を見るにエメラルダは嫌われておらん。しかし、婚約そのものを避けようとしているようには見える」


 うっ!鋭い!


「しかし小僧。考えてもみよ。婚約したからと言って必ず結婚しなきゃならんなんてことはない」

「え?そ、そうなんですか?」

「重く考えすぎなのじゃ。現に今の王国では許嫁との結婚の成立率は50%を下回っておる。子供が成人するまでの時間は長い。その間に心変わりすることもあれば家の事情が変わることもあるじゃろうて」

「た、確かに……」

「婚約など所詮は名目のようなものじゃ。許嫁であればそれを理由に交流をもちやすくなる。ただそれだけなのじゃ。今の時代その約をたがえたとて誰も責める者はおらん」

「そ、そうなの?」

「なーに、とりあえず婚約しておいて、十年の間お互いに心変わりするようなことがあればなかったことにしてしまえば良い。小僧とてエメラルダと会う理由ができるのは嫌ではないじゃろう?許嫁でなければ碌に接点もないわけじゃからな」

「それはまぁ……そうですけど……」

「と言うわけでとりあえず婚約は成立。後は二人の判断に任せようではないか」


 こうして私は見事に騙されてしまったのである。


 エメラルダさんは既に年齢的には適齢期ギリギリである。つまりこのまま時が経過すれば私と婚約してから適齢期を過ぎたとも言える。

 つまりその時点で私には相当の責任がかかってくることになる。

 適齢期を過ぎるまで女性を待たせておきながら結婚を破棄できるかというと、対外的にも精神的にもそれはひじょーーーーーーーーに難しい。

 文官なのは伊達じゃない!ジオさん恐るべし!


 というわけで私は改めてエメラルダさんと婚約を交わし、名実共に許嫁が出来てしまったということになる。

 しかも恐ろしいことになぜか既に結婚式の日取りまでもが取り決められてしまった。

 まぁ、十一年後の私の誕生日なわけだけど。

 成人したその日に結婚。そして労働へ。

 この確定コンボから逃れるためにも残りの十一年で何とかするしかない!

 エメラルダさんに他に好きな人でも出来てくれればそれで丸く収まるけど、そうならなかったら何か手を打たなければならないだろう。

 どんなに不利な状況になろうとも私は絶対に働きたくないでござる!

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