第17話 泣かれたって働きたくないでござる
「エメラルダは小僧でいいのじゃな?」
「はい。私には勿体無いお方です」
「ちょ、ちょっと待って!早まっちゃダメだよ!私なんかよりもっと良い人いっぱいいるから!ほら、私なんて将来パパと同じような顔になるんだよ?怖いでしょ?一緒に生活するだけで胃に穴が開くことになったらどうするつもりなの!?」
そう言うとお祖父様が私を諌めた。
「ルナ。もう止めてやれ。クロードのライフポイントはとっくにゼロだ」
お祖父様に言われてパパの方を見ると、何もかもが燃え尽きた真っ白い人になっていた。
パパごめん!それでも私は手を緩めるわけにはいかないんだ!エメラルダさんを不幸にしないためにも!
「しかも遺伝するんだよ!私の弟は奇跡とも言えるほど天文学的な確率を引き当ててママの遺伝子を引き継いだけど、この遺伝子に勝てることは向こう千年ないと思った方がいいよ!」
「ええっと……」
エメラルダさんは灰となって崩れ去ろうとしているパパを横目でちらりと見た後、私の方へと向きなおして言葉を続けた。
「クロード様のことは分かりませんが、ルナ様の本当のお顔はとても美しいと思います」
「え…………ええっ!?」
美しい!?この顔が!?正気ですか!
「そ、そこのメイドさん!ちょっと手鏡貸してください!」
私はメイドさんに言って手鏡を借りた。
その場で、顔合わせ用に掛けていた『エンジェルフィルター』を解除する。
自分の顔をまじまじと見るのは久しぶりだけど、もしかして成長しているうちにちょっとは人間味を帯びてきたのかな?
そう思って手鏡を覗き込むと……。
「ガハッ!」
そこにあったのは歳を経てさらに凶悪になった自分の顔。確かに美しい。美しいが、美しすぎて凄みが強調され、元々の怖さを相まってもう邪悪さしか感じられなくなっている。
私はあまりの恐ろしさに思わず吐血してしまった。
「なんじゃ、小僧は自分の顔が怖いのか」
私は顔を真っ青にして頷いた。
これは怖いなんてものじゃない。完全に凶器だ。
もし現代日本でこの顔を裁判所に凶器として提出したら認められるレベル。心臓の弱い人には効果が抜群に違いない。
「エメラルダはこう見えて特務魔導部隊百人長じゃぞ。小僧の顔くらい屁でもないわい」
ええぇぇぇぇぇ…………。
私は若いメイドに狙いを定め、じっと顔を見つめた。
一秒……二秒……三秒……パタリ。
倒れた若いメイドを熟練のメイドが引きずっていく。
ほら、怖い!やっぱり私がおかしいんじゃない!
「カッカッ!小僧の顔なんかで怖がっていたらドラゴンと会ったら逃げ出してしまうわい」
そ、そうなんだ。ドラゴンってそんなに怖いんだ……。
ということは特務魔導部隊でもその中のトップであるエメラルダさんはもしかして恐怖を感じることがないのでは……。
まさかエメラルダさんが『天使フィルター』に匹敵する能力『勇者フィルター』の持ち主だったとは!
なんという誤算!そしてなんと羨ましい!
「それで、ルナ。お前はどうなのだ?」
「え?」
「お前が良いというのであれば明日正式に婚約を成立されようと思うのだが」
「私!?私が決めるの!?」
「それはそうだろう。エメラルダはお前で良いと言っているのだ。後はお前次第だろう」
そう言われてエメラルダさんの方を見ると、恥ずかしそうに顔を赤らめている。
その様子を見て一つの疑念が浮上した。もしかしてエメラルダさん…………ショタコンなのでは?
「一つ、質問いいですか?」
「はい、何でもお答えいたします」
「エメラルダさんってショタコンですか?」
そう聞くと、エメラルダさん以外の人たちが一斉に飲んでいたお茶を吹き出した。
「ショタ……コン?それは何ですか?」
「ええっと……、ショタコンというのは所謂幼い男の子に欲情してしまう性癖のことです」
「……………………ああ!」
エメラルダさんが何かを閃いた!
「ルナ様が望まれるのでしたら、今からでも床に付く覚悟はできております」
「私が望んでるわけじゃないから!だからそういうのはパパじゃないと無理だから!」
どうやら今の質問は遠まわしに私がエッチに誘ったと受け取られてしまったらしい。
それにしても覚悟って…………、まさかエッチとドラゴン討伐の覚悟が同レベルだったりしないよね?
「そうでしたか。どうも私はそういったこと関して疎いので、全てルナ様にお任せすることができればと考えています」
いやいや、私が言うのもなんだけど常識的に考えて五歳の子供に家族計画なんて任せないでよ!
というかこれではっきりした!エメラルダさんは男女関係に疎すぎる!前世で恋人がいなかった私ですら少女マンガやちょっと大人の少女マンガにより経験はなくともある程度の知識はある。
でも多分エメラルダさんには全くない!
しかも私が思うにエメラルダさんにとって、相手が子供だとか、顔がどうとか、性格が云々はほとんど気にしてないよね。彼女にとって重要なのは私が婚約者かどうかっていう一点だけだよこれ。
だから私が子供っていう認識が薄いのかもしれない。
それだけに本当にこの人が今まで仕事一筋だったことが簡単に推測できてしまう。
でもだからこそ私じゃダメなんだ。
この人にはもっと女として愛してくれる素晴らしい男性と結婚すべきなのだ。
私のような元女では彼女に女としての幸せを与えることなどできやしない。
だから私ははっきりと言ってやったのさ。
「今回の話、私はお断りしま……」
するとエメラルダさんの瞳から涙が溢れ出……
「せん!」
させなかった。
女の涙は武器になる。私はこの言葉を聞いたとき、「は?私が泣いてもうざいだけでしょ?ぺっ」なんてやさぐれてたこともあったけど、そうじゃなかった。
女が男に見せる涙には確かに魔物が宿っている!
恐るべし、エメラルダさん!
もし相手が侯爵家の者でなければコロッといってただろう……。
ふっふっふ……しかし!ぬるい!ぬるすぎる!
私にはこれでも日々魔王と共に暮らしていたという何事にも変えがたいけどできることなら変えてしまいたかった寿命を縮めるほど苦い実績があるのだよ!
だからこそ私は次の一手を打つことができた。
「しません…………が!」




