第16話 顔合わせしたって働きたくないでござる
そしてついに許嫁との初対面の日がやってきた。
何でも父親と一緒にお祖父様の屋敷へと来ることになっているらしい。
その父親というのは、王国で国王の秘書官をやっている人らしく、お祖父様とは親友という間柄という話だ。
またまたメイドたちとともに玄関に立ち並び、お相手の乗った馬車の到着を待った。
もういいからこの展開!
こんな人数で出迎えられたって誰も喜ばないから!
そしてついに馬車がやってきた。やってきてしまった。
特に華美な装飾もない普通の人でも利用できそうな馬車だ。
なんだろう。私帰るときアレがいいな。
無駄に豪華な馬車とか見ると、それを作った人の労力が思い浮かんでしまって凄く心が痛むんだよね……。
そんなことを考えているうちに馬車が目の前で停止し、遂に中から人が降りてきた。
お祖父様と同じくらいの長いお髭を生やした壮年の男性。
そしてその男性に手を引かれて降りてきたのは……。
緑色のショートラインのドレスに身を包み、新緑の髪をした美しい女性だった。
「え…………エメラルダさん!?」
私は驚きのあまり思わず声に出してしまった。
あれ?叫んでから気がついたけど、あのときの私は魔法で顔を変えていたから気づかないのでは…………。
「あら、あなたはもしかしてあのときの……」
バレてるよ!めっちゃバレてるよ!
「ん?もしかして二人は既に知り合いだったのか?」
お祖父様が不思議そうに私たちを見た。
うぅ、これ誤魔化してもエメラルダさんがあっさり言っちゃうパターンだよ……。
仕方がない。本当のことを言おう。
「知り合いというか何といいますか、私が屋敷を抜け出したときに魔力の使いすぎで倒れていたところを介抱してもらった上、遊んでもらったというか、買い物に付き合ったというか……」
「その節は私のような無作法者にお付き合いいただき、本当にありがとうございました」
エメラルダさんが深々と頭を下げた。
凄い。あのときとはまるで別人のようだ。貴婦人だ。貴婦人がいる……。
「い、いえ!いえいえ!こちらこそ本当にお世話になりました!それから色々と迷惑をかけてしまってめんなさい!」
私も負けじと頭を下げる。
それはもう頭が膝につくくらい。
「やれやれ、事情は良く分からないが、とりあえず中へ入ろう。食事を食べながらじっくり話を聞こうではないか」
じっくり!?もうさらっとでいいから!さらっとで!
お祖父様に言われて私たちはダイニングルームへと移動することとなった。
そしてそこで食事を取りながら根堀葉堀とエメラルダさんとの出会いを聞かれてしまった。
前世のことは伏せて私が魔法の使いすぎで倒れたこと。目を覚ましたらエメラルダさんに介抱されたこと。無理やり私がエメラルダさんの買い物へと付き合ったことを一通り説明した。
「なるほどな。ではそのドレスはルナが選んだ物というわけか」
「エメラルダが選んだにしては通りでセンスが良いわけじゃわい」
そう言ってエメラルダさんの父親……ジオ・ローザレインさんは自分の髭を撫でた。
いいなあの髭。私も引っ張りたい。
「まさかそこまで仲が進んでいたとは……これは帰ったらロザリーに報告せねば」
いらないから!そんな報告とかいらないから!
相変わらずパパは碌な発想をしない。
私は気持ちを少しでも落ち着かせようと飲み物に口を付けた。
「ルナ様」
「な、なんでしょう?」
エメラルダさんに声を掛けられ、緊張で思わずドギマギしてしまう。しかしそんな私にエメラルダさんは容赦なく爆弾を落としてきた。
「抱いてみたいと思っていただけたでしょうか?」
「ブフーッ!」
私はエメラルダさんの爆撃に耐え切れず思わず飲み物を噴出してしまった。
すみません!お願いです!この年までお見合いどころか彼氏だっていたことないんです!手加減してください!
明らかにお互いマナー違反ではあるが、この場にそんなことを気にする人は一人もいなかった。
「カッカッ、相変わらずロルス家の者は手が早いのう」
「何を言うか。聞けば先に手を出したのはエメラルダの方ではないか」
「わしの娘はそのようにふしだらではないわい」
「わしの孫とてこれと決めた相手に一生懸命になっておるだけだ」
決めてない!決めてないから!
「それでどうなのじゃ、小僧」
ジオさんが髭を撫でながら聞いてきた。
「どうって言われても私まだ五才ですよ!?パパじゃないんだから五才で欲情なんてできるはずないよ!」
私が一生懸命力説するとパパがガックリと項垂れてしまった。
「私はルナにそんな目で見られていたのか……」
いや、なんかショック受けてるけどさ。パパって絶対五才の頃からママに欲情してたよね?
「だそうじゃぞ、エメラルダ。小僧はお前相手では欲情できぬと言っておる」
「そうですか……」
心なしかエメラルダさんの表情が少し沈んだ気がする。
い、いけない!
「いやいやいやいや!エメラルダさんは美人だし優しいし凄く素敵な女性ですよ!でもパパ以外の人間が五才で欲情するなんてことは物理的に不可能なんです!エメラルダさんの魅力云々ではなく、私が性犯罪者じゃなかったっていうだけの話なんですよ!」
そういうとエメラルダさんの頬が赤く染まり、パパの顔が蒼く染まった。
「カッカッ!この年にしてもう女の口説き方を知っておるとはのう」
え?ええ!?なんのこと!?
ってそうか!私ってば今男だったんだ!女のつもりでベタ褒めしてたつもりがまさか口説いてる感じに!?
「まぁ、何にせよお互いに相手を気に入っているようであるし、今回の婚約は上手くまとまりそうだな」
「ええ!?今までの話しでエメラルダさんが私を気に入る要素なんてなかったですよね!?」
私のしたことなんて膝枕してもらったあげく、そそる服を選んであげただけだよ!ってそれ完全に変態じゃん!?
やっぱり私はパパの子供ってことなのか……。




