70、狭間の幻世界
「僕に勝つ気かい?身の程知らずもいいところだね」
「そのセリフ、そっくりテメェに返すぜ」
言うなりエルデ君がヨゴレに斬りかかる。
が、ガキンとういう音と共に見えない壁…結界によって阻まれてしまう。
「チッ、結界か」
忌々し気なエルデ君に向かいヨゴレが笑んだまま言葉を紡ぐ。
「彼女に空間魔法を与えたのは僕だよ。その僕が張った結界はこの世界で最強さ」
得意げに言う奴にかねてからの疑問をぶつけてみる。
「あの白い部屋でのスキルやギフトの選択方法は今回最初に接した魂から得たと言ったな。『その他』の項目もそうなのか?」
私の問いに何故かヨゴレは怪訝な顔をした。
「何の事だい?」
その顔は本当に不思議そうで嘘をついているようには見えない。
あそこでの遣り取りは確かに地球世界のゲーム…キャラクター作成時のステータス設定とそっくりそのものではないがよく似ていた。
その辺りは元となった人物の知識が一種類ではなく、幾つかの別ゲームものと混ざっていたからだろう。
しかし『その他』なんて項目があるゲームを私は知らない。
ゲームオタクであるリシュー君やそれなりに知っているエルデ君にも聞いたが、2人とも首を振っていた。
そうなるとあの『その他』は別の誰かの意志が働いていたということか…。
「…どうやら今回の件にはヨゴレの他に関わっている者がいるようだな」
私の小さな呟きは誰にも届かなかったらしく皆が不思議そうにこっちを見ている。
「もう一つ聞きたい。異世界に繋がっている穴はどこにある?」
私の問いに、ああとヨゴレは意地の悪い笑みを浮かべた。
「気になるかい?元の世界に帰れる唯一の方法だからね」
帰還への道…その言葉に誰もの顔に動揺が走る。
私のように元の世界に何の未練もない者はともかく…親しい友もいないし、変わらず親は兄にべったりだろうし、何より死んだはずの、しかも姿が変わった娘に戻って来られても困惑しかないだろう。
故に帰りたいとは微塵も思わないが…。
まあ、私は例外として帰れるものなら帰りたいと思うのが普通だ。
故郷に会いたい人や遣り残したことがあれば、その思いはさらに強い。
特にリシュー君は今でも故郷の夢を見た後に、こっそり涙していることを知っている。
両親や兄妹に会いたくてたまらないだろう。
だがそんな私たちを見回してヨゴレが愉快でたまらないといった様子で言葉を継ぐ。
「でも残念~っ。あの穴は年々狭くなっていて今は魂が通れるくらいの隙間しか無いんだ。だから君らが通ることは出来ないよ」
ニヤニヤと笑いながら言われた事にリシュー君たちの肩が大きく落ちた。
本当に奴は人の思いを踏みにじる事に躊躇がないな。
絶対に潰すっと心の中で誓いながら奴の眼を見ながら言葉を紡ぐ。
「つまりいずれ自然と閉じて無くなってしまう訳か」
「そうだね、今だって僕の力でやっと維持ができてるくらいだから」
得意げに言い放つヨゴレの前で秘かに安堵の息を吐く。
どうやら私の憂いは問題なく晴れるようだ。
奴が居なくなれば穴が閉じるのならば心置きなく倒せる。
「メネ」
『なあに?』
「これを奴に浴びせ掛けて来て。出来たら全身に満遍なく」
『は?』
渡された瓶をまじまじ見つめてからメネは私へと視線を移す。
『い、いったい何よ。これ?』
今までの私の行いを知っているからか思いっきりビビった顔でこっちを見る。
「それは後のお楽しみ」
ニッと笑うと派手なため息の後で力なく頷いた。
『…分かったわ。でもそうなるとアイツの気を逸らしてもらわないと』
メネの言に、もちろんと頷いてからエルデ君とターリク君に声をかける。
「Begin attack!容赦なくっ」
私の呼びかけにヨゴレと睨み合っていた2人が背を向けたまま応える。
「おうっ。奴の所為で親父さんを亡くしたリンの分もやってやるぜっ」
意気込むエルデ君。
自分もヨゴレの所為で要らぬ苦労をさせられたが、それ以上にリンさんの身に降りかかった不幸が許せないようだ。
仲睦まじくて良いことだ。
「セドたちの分もしっかりお返しさせて貰うっ」
言うなりターリク君が動いた。
明らかな陽動だが釣られたようにヨゴレの視線が彼を追う。
「てぇやっ!」
叫びと共にエルデ君の剣が一閃する。
「無駄だよ。僕の結界は…」
そこまで言ってヨゴレの眼が大きく見開かれる。
「バカ…なっ」
ヨゴレが張った結界に入った大きなヒビ。
次いでガラガラと崩れ落ちて行く。
エルデ君の一撃は見事に奴の結界を破壊してみせた。
「もらったっ」
空かさず回り込んだターリク君の刃がヨゴレの首を跳ね飛ばそうと迫る。
しかし…。
「ファイアウォールっ!」
ヨゴレの周りを炎の壁が囲い、たまらずターリク君が後退する。
「余所見すんじゃねぇと言ってんだろうがっ」
炎の壁を剣圧で切り裂いてエルデ君がヨゴレの前に降り立つ。
「しっ!」
すぐさま振られた剣がヨゴレを袈裟懸けに切り上げた。
右脇から斜めに大きく切り裂かれれるがヨゴレの顔には不敵な笑みが浮かぶ。
「何っ!?」
そのままエルデ君の伸びた腕を掴んで拘束すると反対の手が前に伸ばされた。
「今まで君には随分と楽しませてもらったよ。残念だけど此処でサヨナラだ」
ピタリと腹に押し付けられたヨゴレの掌から光が溢れた。
「エルデっ!」
悲痛なリシュー君の叫びを掻き消すように轟音を上げて光の奔流がエルデ君の身体を貫く。
その勢いのままその身が離れたところに吹き飛ばされた。
「待ってろっ。今エリクサーをっ」
私が投げ渡した小瓶を手にエルデ君の下へとターリク君が駆け寄る。
「無駄だよ。闇属性の黒竜人である彼が反対の属性である『光の槍』を喰らったんだ。何をしても治ることは無いさ」
楽し気なヨゴレの言う通り反属性の魔法はその相手を確実に葬る。
それを証明するようにエリクサーを掛けてもエルデ君はピクリとも動かない。
「くそっ!」
手にした小瓶を投げ捨てるとターリク君がナイフを構えてヨゴレに向かって行く。
「僕もっ」
止める間もなくリシュー君が走り出し、メネが回収した精霊剣を鞘から引き抜いた。
「あれあれ、余程死にたいらしいね」
ククッと笑うとヨゴレは大きく切り裂かれた体を再生させながら自らの前に複雑な模様の魔法陣を展開する。
「腐敗の魔法さ。この地にいるすべての者はじわじわと腐り果てて消えるといい」
勝ち誇った笑い声を上げるヨゴレ。
ただ殺すのではなく、相手をとことん苦しめてからという…奴の方こそ性根が腐り果てているな。
その時だった…。
「させるかぁぁっ!」
倒れていたエルデ君が跳ね起きて魔剣をヨゴレ目掛けて投げつけて来た。
「ガっ!。…な、何故っ!?」
右胸に刺さった剣とエルデ君を信じられないとばかりにヨゴレが見やる。
「油断したな。俺にはリンから貰った強ぇ味方があるんだ」
言いながらエルデ君は光輝く物…アミュレットを懐から取り出した。
セド君のは白ぽい光だったが、此方は何故か可愛らしいピンク色をしている。
『あれは…黄泉還りのアミュレット。名の通り一度だけ死を回避できるのよ』
メネの話によると渡した相手への想いが深いほどその効力は絶大となるのだとか。
つまりあれはリンさんの愛の証ってことか…本当に良い嫁だ。
愛されているな、エルデ君。
「此処での余所見は命取りだぜっ」
エルデ君の復活に驚くヨゴレの隙をついてターリク君が近付き、刺さったままの魔剣を掴んで勢い良く引き下ろす。
「ぐあぁっ!」
深く切り裂かれた胸の奥に光る塊が見えた。
「あれは…今だよっ、メネっ」
『任せなさぁいっ』
私の合図にメネが一直線にヨゴレ目掛けて飛んで行く。
『喰らえやっ、ゴラァ!』
勇ましい叫びと共に瓶の中身がヨゴレに胸に向けてぶちまけられた。
「ぶわっ…何だこれ?ヌルヌルする」
物凄く嫌そうに上半身を振って掛った液体を振り払うヨゴレに、しれっと言ってやる。
「何、ちょっとした嫌がらせだ」
ニヤリと笑う私をヨゴレが忌々し気に見返す。
「僕のことを子供呼ばわりしてたけど、そっちの方がよっぽど子供じゃないか」
そう悪態をついたヨゴレだったが自分の変化に気付いて顔を顰めた。
傷が再生せず、それどころか端から少しづつポロポロと崩れ出している。
「ちぇ、さすがに限界か」
どうやらエルデ君たちとの戦闘でのダメージが嵩み、神気と魔力で作り出した身体が崩壊し始めたようだ。
「仕方ない、此処は一旦引いとくよ」
そう肩を竦めたヨゴレにエルデ君が拳を固めて殴りかかる。
「逃がすかっ!」
見事な右ストレート。
しかしヨゴレはそれをひらりと躱してみせる。
「残念だけどいつまでも君らと遊んでいる訳にはいかないのさ」
言うなりヨゴレの姿が消えた。
何処へと思ったら私のすぐ隣へと現れ、へらりと笑って見せる。
「君は僕と一緒だよ」
「なっ…」
グイっと胴を抱えられ、そのまま私ごと宙へと浮かび上がった。
「カナエを返せっ!」
『何するのよっ。離しなさい!』
叫ぶリシュー君とメネに向かいヨゴレが楽し気に言葉を綴る。
「さっき言っただろう。彼女には僕の新たな身体作りに協力してもらわないとならないからね」
とんでもないことを言うとヨゴレは私を抱えたままその場から転移した。
「…此処は?」
次の瞬間にはまったく別の場所にいた。
薄いグレーに覆われた空間。
周囲には高く積み上がった大量の本にレポートらしき紙の束、壊れた魔道具やその部品、薄茶色の液体に付けられた多様な生き物の死体…生体標本群がごちゃ混ぜになった状態で散乱している。
まさしくマッドサイエンティストの研究室といった風景だ。
「ようこそ、僕の世界へ」
にこやかに言葉を綴るヨゴレだが、その身体は大分崩壊が進んでいる。
「此処がお前の世界?随分な惨状だな。整理整頓という言葉を知らないのか。…まあ、お前の心の具現化なら相応しいが」
小馬鹿にしたように言う私に、嫌だなぁとヨゴレは肩を竦めた。
「正確には僕のじゃなくてエイトのだね。此処はあの世界と異世界、2つの世界が接触した時に生まれた狭間の空間さ。此処を見つけた時に空間魔法で固定化したんだ。以来僕の住処にしている」
どうやら此処はエイトが暮らしていた場所を模したもののようだ。
オリジナルの記憶を受け継いでいたので具現化したといったところか。
「空間固定…これは天才と呼ばれたエイトでも出来なかったことさ」
得意げに胸を張るヨゴレを、ハッと鼻で嗤ってやる。
「それは深淵の水晶の創造の力を借りたから出来たことだろう。お前自身の力じゃない」
私の言にヨゴレはムッとした顔で口を開いた。
「力の源なんてどうだっていいだろう。現にこうして使えるんだから」
そう反論するとヨゴレは人の悪い笑みを浮かべた。
「おしゃべりはこれくらいにして、君の子宮と卵子を使って僕の身体を…」
「その前に聞きたい」
ヨゴレの言葉を遮ってその目を見つめる。
「何だい?」
出鼻を挫かれたヨゴレが不機嫌そうに聞き返してきた。
「異世界に繋がる穴は何処にある?」
私の問いに、フンと鼻を鳴らして詰まらなそうに口を開く。
「何を言うかと思ったら。そんなものなら其処にあるよ」
向けられた視線の先…空間の右奥に黒々と空いた穴が見えた。
その大きさは直径30cmほど。
確かにこれでは赤子くらいしか通れないだろう。
「この世界で死んだ者たちの魂は此処を通って元の世界に帰ったのか?」
そう聞いたらヨゴレは腹を抱えて笑い出した。
「その話、信じてたんだっ」
笑い過ぎておかしな風に身体を捩じりながらヨゴレは言葉を継ぐ。
「死んだ連中の事なんてどうでもいいからね。還ったかどうかなんて確かめもしてないよ」
無責任極まりないことを言い出したヨゴレを問い詰める。
「なら何で死んだら還れるなんて言った!?」
「だってそう言った方が選別ができるだろう」
屈託なくそんなことを言うヨゴレがその目的を口にする。
「この世界に適応できない心の弱い者はそう教え込んでおくと勝手に自分から死ぬからね。死んで自分が居た世界に帰還するって考えは理解不能だけど」
死を厭い、多くの命を自らの延命のために奪い弄んだエイトのコピーらしい言葉だ。
「此処を抜けて元の世界に還ったのか、それともこの世界の住人じゃないから生まれ変わることも出来ずに彷徨い続けているか。どっちでもいいことだよ」
肩を竦めてそんなことを嘯くヨゴレ。
しかしそれは私をこの上なく激怒させた。
「私が居た世界にはこんな言葉がある『他者の命を奪うなら、自分もいつか誰かに殺される覚悟をしておけ』とな」
「僕には当て嵌まらないな。だって僕は決して死ぬことの無い存在…」
「果たしてそうかな」
「え?」
怪訝な顔で此方を見返すヨゴレに私は愉悦に満ちた笑みを返した。
おかげさまで総合評価が1,000ポイントを越えました。
拙いお話を気に入っていただき誠にありがとうございます。
次回「71話 世界の理」は金曜日に投稿予定です。
よろしくお願いいたしますm(_ _)m




