69、護りの祈り
「いいかい、お前の名はヨゴレだっ」
そう言われて思わず頷いてから…我に返ったようにヨゴレはこっちに憎しみの眼を向けた。
「勝手に変な名を付けるなっ。僕は認めないからなっ」
「遅いっ。もうお前の名はヨゴレに決まった」
間髪入れずに言い返すと奴は悔しそうに顔を歪めた。
メネの時のように、どんなに嫌がろうと拒否しようと一度付けられた名は変更が効かない。
それがこの世界の決まり事…真理だ。
「君と話そうなんてこと考えなければ良かった」
後悔の言葉を口にするヨゴレを鼻先で嗤う。
「今頃気付いたのか?私の称号をきちんと確認しなかったお前の失態だ」
隠蔽されているが奴だったら見ることは可能だったはずだ。
「オリジナルもそうだったようだが、それに輪をかけてお前は対人経験が無さすぎる。だから簡単に相手の術中に陥るのさ。次はもっと思慮深く行動するんだな。次があればだが」
私の言葉にヨゴレの眉が跳ね上がる。
「倒すつもりかい?創造神の眷属たるこの僕を」
小馬鹿にしたように見返すその顔に言ってやる。
「創造神の眷属?違うだろう。お前は深淵の水晶にこびり付いた人の欲望というヨゴレだっ。ヨゴレは綺麗に落とさないとな」
一番言われたくないことにヨゴレの顔が憤怒に染まる。
「うるさいっ、うるさいっ、うるさいぁっ。…行けっ、奴らを殺し尽くせっ!」
喚きながらヨゴレは新たな土偶を呼び出した。
ケンタウロスの横に今度はワイバーン風の怪物が姿を現わす。
どうやらガイさんのところで既に土塊になっていた個体のコピーのようだ。
「そう簡単にやられてたまるかよっ」
「ああ、返り討ちだ」
「絶対に倒すよ。カナエを守るんだ」
それぞれの得物を構えてエルデ君たち3人が走り出す。
「馬の方は俺が相手するっ」
「分かった。なら俺たちは」
「ワイバーンの方だね」
エルデ君の言葉にターリク君とリシュー君が力強く頷く。
「魔法は効かないぞっ」
「おう」
ターリク君の忠告に、そう手を上げて応えるとエルデ君がケンタウロスに向かって腰を落とす。
「セイヤっ」
気合と共に鞘から抜かれた魔剣が一閃する。
「は?嘘だろ」
呆れ声を出すクソの前でケンタウロスの首がコロリと落ちた。
「さすがは魔王さまの一番弟子ってとこか」
感心する私の前で動きが停まった首無しケンタウロスだったが、すぐに再起動する。
手にした弓を構えて此方に向かって一度に数十本の矢を放ってきた。
「ケッ、生き物じゃねぇから仕方ないか」
飛んで来る矢を尽く切り伏せながらエルデ君が悪態を吐く。
相手が魔物なら首が落とされた時点でゲームオーバーだが、土偶なのでまだ戦えるようだ。
『あいつの胸にある魔核を壊さないとダメよぉ』
メネの叫びに、分かったと頷くとエルデ君は剣を鞘に納めて居合の構えを取る。
後で聞いたら精霊は邪悪なものの存在を感知できるのだとか。
ただ相当気合を入れないとダメだそうで、だから通常状態の小精霊たちは簡単にヨゴレの餌食になってしまったのだとか。
「リシュー、翼だ。翼を狙えっ」
「うんっ」
一方、ターリク君とリシュー君のコンビは空を飛ぶワイバーンとの戦いを開始した。
アンチマジックスキルがあるので魔法は通用しない。
なのでまずはその機動力を奪うべく敵の攻撃を回避しながら物理で翼を攻撃し始めた。
「ハッ」
ターリク君の投擲武器が見事に翼を捕らえ、切り裂く。
バランスを失い低空飛行になったところを待ち受けていたリシュー君が高くジャンプして反対の翼に斬撃を加える。
地響きを立てて仰向けに落下したワイバーンの上へと2人が取り付いた。
『魔核はヘソの辺りにあるわぁっ』
メネの指摘に手を上げて応えると腕や尻尾を振り回すワイバーンの攻撃を巧みに回避しながらリシュー君の剣とターリク君のサブウェポンである魔鋼製のナイフが降り下ろされる。
次の瞬間、パリンと硬質な物が壊れる音がして…すぐにワイバーンの姿が元の土塊へと還る。
「どりゃあっ!」
反対方向からエルデ君の気合に満ちた声と共に魔剣が振り抜かれた。
剣先は上部の人型の心臓部分を切り裂き、その奥から黒い塊が姿を見せる。
「これで終ぇだっ」
さっきと同じ割れる音がして、すぐさまケンタウロスはボロボロと崩れ始めた。
いや、本当に3人とも強くなったな。
前よりサイズは小さいとはいえヨゴレが造った傀儡をこうも簡単に倒すとは。
感心する私の前でヨゴレが怒り心頭といった様子で座っていた椅子から立ち上がった。
「どいつもこいつも役立たずだっ。いいだろう、今度は僕が直接相手をしてやる」
ニヤリと笑うその顔は邪悪に満ちていた。
「…影縛」
小さな呟きと共に私たちの足元にある自身の影が不自然に伸びて行く。
「このっ」
「ひゃっ?」
「うぉっ」
「何だっ!?」
『あれぇぇっ』
細長く伸びた影が私たちに絡みつき、手足を拘束する。
「さあ、これでもう動けないね」
愉快そうに言うとヨゴレは周囲にあった6本の銛を難なく破壊する。
「スキルクラッシャーも無くなったし、君たちが僕に勝つことは出来なくなったよ」
クスクスと笑いながら勝ち誇った顔で此方を睥睨する。
「どうしようか…一本ずつ手足を引き千切るか、それとも一気に首を捩じ切るのもいいな」
とんでもないことを言い出し、その内容に顔を青ざめさせるリシュー君たちを尻目に軽蔑も露わに言い返してやる。
「ボキャブラリーが貧困過ぎる『ケツの穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたろかい』くらい言えないのか。この脳タリンっ」
『…あんたって無敵よねぇ。心臓に毛どころか鱗でも生えてるんじゃない』
呆れと感心が入り混じった顔でメネがそんなことを呟く。
失礼な。
だがなんと言われようと今はヨゴレの注意を私に向けないといけない。
奴がポロリと漏らした『異世界に繋がる穴』。
そんなものがあり続けたら、また私たちのような者がこの世界へと連れ込まれてしまう。
穴を塞ぐためにその在りかをヨゴレから聞き出さないと。
「本当に君は…絶対に口では負けないよね」
呆れ返った顔をしたヨゴレだが、次には人の悪い笑みを浮かべた。
「いいことを思いついた。この身体もそう長くは持たないから一時凌ぎ用の物を作ろう。君の子宮を借りて卵子をベースに僕のホムンクルスを産ませてあげるよ」
途轍もなく気色の悪いことを言い出したヨゴレに、メネやリシュー君たちの顔が一気に憤怒へと変わる。
『嫁入り前の娘になんてこと言うのよっ』
嫌悪も露わにメネが叫ぶと、その横でターリク君とエルデ君も声を上げた。
「そんなことさせるかっ」
「その前にテメェをぶっ倒すっ」
しかしヨゴレはそんな彼らを鼻で嗤う。
「身動き一つ出来ないのにどうやるんだい?」
首を傾げて問うと、それまで黙っていたリシュー君が絞り出すように言葉を紡ぐ。
「カナエには指一本触れさせない。カナエは僕が守るっ」
言うなりリシュー君の姿が消えた。
「え?」
皆が驚く中、剣を口に咥えたリシュー君がヨゴレの前へと躍り出る。
そのまま首を大きく振って剣先を相手の胸へ…心臓部へと突き刺す。
「驚いた…そこまでするとはね」
胸に精霊剣を刺したままヨゴレが呆れ顔を浮かべる。
奴の足元に倒れているリシュー君には両手両足がない。
影に拘束されている部分を自ら切り落とし、精霊剣の力でヨゴレの下へと跳んだからだ。
まさに捨て身の攻撃。
けれどその代償は大きかった。
「リシュー君っ!」
大量の血を巻き散らし、虫の息になっているリシュー君の名を必死に呼ぶ。
すぐにでも駆けつけてエリクサーを掛けてあげたいのに、影の拘束がそれを許さない。
「残念~っ。普通だったら必殺の一撃だったけど、この身体はこれくらいじゃ機動停止しないよ」
嗤いながらリシュー君を見下ろす様に私の中でプチっと何かが切れた。
「…楽に死ねると思うな」
地を這うような声で呟く私の横でエルデ君が吠えた。
「リシューだけにいいカッコさせられるかよっ」
ビキビキと音を立ててエルデ君の両腕がおかしな方向に捻じ曲がって行く。
力任せに戒めを振り解こうとしているために耐え切れず腕が変形しているのだ。
「うおぉぉっ!」
同じようにターリク君も手足から血を流しながら前傾姿勢のままヨゴレに向かおうとしている。
「君たちもバカだねぇ。何をしても無駄なのに。そこで仲間が死ぬところを見てるといい」
声を上げて笑うとヨゴレは胸にあった剣を引き抜き、剣先を足元にいるリシュー君に向けた。
「リシュー君っ!」
『やめんかっ、ゴラァ』
オネエ口調をかなぐり捨ててメネが叫ぶ。
その時だった…。
「なっ!?」
リシュー君の胸元から激流のように光が溢れ、同じものがエルデ君やターリク君、私からも発せられる。
次いでその光によって私たちを縛っていた影が消えた。
逆にヨゴレは光に拘束されて身動きが出来ない状態になる。
「これをっ」
その隙にエルデ君とターリク君に向けて小瓶に入ったエリクサー2つを投げ渡す。
受け取った2人が素早く飲み干すと、たちまち傷が消えて行く。
「エルデっ」
「おう、任せろっ!」
それだけで互いに自らの役割を理解するとエルデ君は剣を抜いてヨゴレに向かって行き、ターリク君は倒れているリシュー君を抱えて此方に戻って来た。
「早くこっちへ」
『リシューちゃんの手足を拾って来たわよぉ』
元の場所に残っていたものを切断面にくっつけてから勢い良くエリクサーをぶっかける。
「ううっ…」
見る間に完治し、リシュー君が呻きながら身を起こした。
「わっ…カナエ…?」
その体をガシッと抱きしめてやったらリシュー君から焦った声が上がる。
「何であんな無茶したのっ!?死んだら元も子も無いでしょうがっ」
すぐに身を離して掴んだ肩をガクガク揺さぶって叱れば、だってと上目遣いで答えを紡ぐ。
「カナエをあんな奴の好きにさせたくは無かったんだ。それに…」
「それに?」
少しばかり言い淀んでからリシュー君が笑顔で言葉を継ぐ。
「カナエなら後で何とでもしてくれるって思ったから」
真っすぐな瞳を向けられて一瞬たじろぐ。
私の事を信じてくれるのは嬉しいが…どうしてこうなった?
リシュー君にそこまで全幅の信頼を寄せてもらえるようなことをした覚えはないんだが。
『不思議そうな顔してんじゃ無いわよ…ホントに自分の事が分かってないわねぇ』
呆れ返った様子でメネがそんなことを言う。
「けど今回のは私がした事じゃ…」
「してるぜ」
私の言を遮ってターリク君までもがそう言う。
笑いながら彼が懐から出した物…それは。
「セド君の御守り?」
今もなお淡い光を放っているそれは出発前にセド君から預かった御守り袋だ。
自分も何か役に立ちたいと懇願してきたセド君に、だったらと提案したのが御守り作りだった。
袋には私の話を聞いて嬉々として書いた『皆の無事を祈る』彼からの手紙が入っている。
「それがどうして?」
幼子が書いた拙い手紙があるだけの御守りがヨゴレの力を打ち消すことが出来るとは…予想外にも程がある。
『その袋にはアタシが付けた『精霊の加護』があるから。その願いが純粋であればあるほどに威力を発揮するのよぉ…って、あれぇぇ』
フフンと胸を張ってみせるメネを思い切り引っ掴む。
「でかしたっ。メネは最高の仲間で偉大な精霊だよっ」
『そ、そ、それ程でも無いわよぉ』
誉められ慣れていないからか、顔を真っ赤にしたメネがくねくねと身を捩って恥ずかしがる。
そうこうしていたら向こうからエルデ君の怒号が響いてきた。
「さっさとあの世に行って閻魔様の前で罪を裁かれて来いっ!」
「そう簡単に終わらせてもらったら困る」
振り下ろされた剣を手にしたリシュー君の精霊剣で受けると、そのまま弾き返して構えを取る。
「ケッ、一丁前にサマになってるじゃねぇか」
その隙の無い姿にエルデ君からそんな言葉が漏れ出た。
「エイトが天才と呼ばれたのは魔法だけじゃなくて剣豪の称号も持っていたからだよ」
我が事のようにヨゴレが自慢する。
「お前はそれをコピーしただけだろう。他人の褌で相撲を取っているくせに偉そうにするんじゃないっ」
私に一喝され、ヨゴレが悔しそうに此方を見る。
「本当に君は…僕の心を折って来るよね」
「それくらいで折れるようなタマじゃあるまい」
フンと鼻で嗤ってやれば、ヨゴレから深いため息が零れた。
「ああ言えばこう言う。君は…」
「余所見してんじゃねぇっ」
ヨゴレのセリフを遮ってエルデ君が斬りかかる。
「おっと」
軽い動きでその一撃を回避するが、すぐに剣が反転し二撃目がヨゴレに襲い掛かる。
「くあっ」
狙い違わず剣先がヨゴレの右腕を斬り飛ばす。
精霊剣を握ったままの腕が弧を描いて宙を舞った。
剣豪の称号持ちだと言うヨゴレを簡単に圧倒しているさまは見事だ。
「酷いことするね」
ため息混じりにそんなことを言っているヨゴレの腕が見る間に生えて元に戻って行く。
どうやら神気と魔力で作られた身体は簡単に復元可能らしい。
厄介な。
「ケッ、だったら何度でも切り刻んでやるぜ」
「俺の分も残しといてくれ」
再び剣を構えるエルデ君の横にターリク君が並び立つ。
「僕もっ」
「リシュー君は待機」
参戦しようと立ち上がったリシュー君の服を掴んで座り直させる。
「傷は治っても受けたダメージはそのままなんだから此処は大人しくしてるっ」
「…分かったよ」
私にそう言われ渋々ながらも頷いてからエルデ君たちの方へと顔を向ける。
「2人とも頑張ってっ」
精一杯のエールに、おうとエルデ君とターリク君が手を上げて応える。
「さあ、第2ラウンドと行こうぜっ」
ニヤリと笑う彼らとヨゴレが対峙し睨み合った。
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次回「70話 狭間の幻世界」は金曜日に投稿予定です。
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