68、君の名は
「さて、お手並み拝見だね」
ニヤニヤと笑いながら石座の上でクソが足を組み直す。
完全に戦いを楽しむギャラリーと化してるな。
自分が引き起こしたくせに思いっきり他人事な様子がメッチャ腹が立つ。
「リシューは右だ。ターリクは左に行けっ」
戦いの司令塔となったエルデ君の指示を受け、2人も言われた通り左右に散開する。
「また溶解液を吐かれたら面倒だっ」
「ああ、その前に口を塞ぐ」
エルデ君の言葉を受けてターリク君が手筈を伝える。
「分かった、口を集中攻撃だね」
大きく頷くとリシュー君が手にした精霊剣に氷魔法を纏わせた。
たちまち剣の表面に薄く氷が張って行く。
「はっ!」
素早く振られた剣先から幾つもの氷の刃が放たれてムカデの口の中へと吸い込まれた。
次には口の周りが巨大な氷塊を覆われる。
いや、さすがは精霊王がくれた剣だけはある。
魔法を纏わせた時の威力はバツグンだ。
魔法剣士であるリシュー君には相性ピッタリの剣だな。
「よくやったっ」
「俺らも続くぞっ」
リシュー君を褒めるエルデ君の隣でターリク君が意気込む。
そのまま2人は得物を構えてムカデに向かって行く。
『あ、アタシだってぇぇ』
続いて飛び出そうとしたメネを慌てて引っ掴む。
「メネも私と後方支援だよ」
『何でよぅ。誠之助の無念を…』
「晴らしたいのは分かるけど、今メネが行っても他の精霊たちと一緒でクソに吸収されるのがオチだよ」
言われてメネの肩がガクンと落ちる。
さっきのクソとの遣り取りはアンに頼んでテレビ画面に映し出してもらっていたので、メネも仲間の最期を聞いている。
『ああもうっ、こんな時に役立たずなんてぇぇっ』
悔しさを爆発させてメネが叫ぶ。
「役に立たないってのは辛いよねぇ」
そんなメネの神経を逆なでするようにクソがイイ笑顔を浮かべて話しかけて来た。
「でも仕方ないよね。君の持ち主もそうだったんだし」
『何ですってぇ』
聞き捨てならないとばかりにメネがクソを睨みつける。
「だってその通りだろ。せっかくこの世界に連れて来てやって見事に魔の森を抜けることが出来て期待してたのに、人里に出たらあっさり捕らえられて無気力なまま死んじゃってさ」
つまらなそうに口を尖らしてから一転、笑顔になってクソが言葉を継ぐ。
「でもその理由ってのが傑作だったよ。それまで此処が異世界だって気が付かなくって森を抜けたら国に帰れると思ってたからだって。でも普通は気付くよね。で、帰れないって分かった途端に生きた屍みたいになっちゃってさぁ。ホント馬鹿だよ」
『あんたっ、自分がどんだけ酷いことしたのか分からないのっ!』
やれやれとばかりに首を振る様にメネの中で何かがブチ切れたようだ。
額に見事な怒りのマークが浮かんでいる。
『誠之助はねっ、奥方のことをそれこそ命を懸けて愛してたのよっ。だからもう奥方に会えないと分かった時の絶望が誠之助から生きる気力をすべて奪ってしまったんだわっ。二人を引き裂いたあんたをアタシは絶対に許さないっ!』
叫ぶなり飛び上がったメネの頭上に巨大な火の玉が出現する。
「ちょっと、メネっ」
慌てて止めるが…遅かった。
『くらえや、ゴラァっ!』
野太いおっさん声での叫びと共に火の玉がクソに向かって行く。
しかし…。
「残念~っ」
ニヤニヤとした笑いを浮かべたクソがいとも簡単にそれを受け止めた。
『う、嘘ぉぉっ』
信じられないとばかりに両手で顔を挟んでメネが驚愕の声を上げる。
そのさまはムンクの絵そのものだな。
「この僕に魔法での攻撃なんて無駄無駄無駄ぁ」
可笑しそうにそう言ってからクソが火の玉を此方に投げ返して来た。
「カナエっ!」
焦り捲った叫びを上げるリシュー君に、大丈夫とサムズアップをして見せる。
「結界強化っ」
シュンという音と共に目の前に重ね掛けされた透明な壁が私たちとクソの間にそそり立つ。
次の瞬間、火の玉が結界壁に激突し爆発した。
『あぎゃあ』
「くっ」
物凄い爆風と轟音が周囲を襲い、たちまち辺りは火の海となる。
しばしの後、漸くにして火が消えたので周囲を見回すと…頭上に見事な青空が広がっていた。
「…ですよねー」
どうやらあの爆発で綺麗に洞窟の天井部分が吹き飛んだようだ。
この場にいるのは私たちと、あっちも結界を張ったようで変わりのないクソだけ。
当然のことながらムカデ土偶の姿は無い。
あの爆発で粉微塵に砕けたらしい。
「変化なしとはね」
私たちの無事な姿を見て呆れ返るクソの前でフフンと鼻で嗤って見せてやる。
「レベルが百になったからね」
いや、本当に此処に来る前にレベルが上がったことには感謝だ。
前の私だったらさっきの攻撃で間違いなくあの世行きだったろう。
「エイトはレベルは90で化け物扱いされていたのに。それ以上とは…本物の化け物だな」
呆気に取られた様子でクソがこっちを見る。
化け物…エイトが周囲からどう思われていたかがよく分かる言葉だ。
「アハハハっ!」
そんなことを考えていたら急にクソが馬鹿笑いを始めた。
「君もエイトと一緒だ。今は良くてもいずれ周囲の者たちからその力を恐れられ、疎まれ、誰も側に近寄らなくなるっ」
愉悦に歪んだ顔と狂気が混じった笑い声が辺りに響き渡る。
そう言えば何かで聞いたな。
『人を傷つける行いをするのは、その者の想像力と知識が不足しているからです』と。
自分がした事や言った事が他人にどう思われるか。
そのことを考えてもみない。
影響の大きさを知ろうともしない。
生前のエイトがそのタイプだったんだろうな。
まあ、だから他者を殺してその魂を別個体に憑依させるなんて非道な研究が出来たのだろう。
普通の考えや常識があればそんな外道な真似は躊躇するし、周囲も知ったら止めたはずだ。
それが出来なかったのは…賢者と持て囃されてもエイトには教えたり諫めたりしてくれる者が周囲に居なかったからだ。
最初は親や教師、友人たちがいろいろと忠告してはくれたんだろう。
けれどエイトは自分は他よりも優秀という傲慢さから、それらの言葉をまったく受け付けなかった。
能力は突出しているが人間性は1ミリも成長してない憐れな生き物。
それゆえ皆から見放され見捨てられた存在だった。
その身勝手な馬鹿の化身がクソだと思うと、奴が救いようの無いことに妙に納得してしまう。
「今は仲間になってるそいつらだっていずれ『化け者』と呼んで君から離れて行くさ」
私を指さしてクソが嗤う。
まあ、奴が言っていることは正解だろう。
人は自分と違う者、突出する者を徹底的に忌み嫌う。
それを根源として行われるのが『イジメ』であり『村八分』のような排除だ。
私もこの力が知れ渡ったらそうなるだ…ろ。
「僕はカナエから離れたりしないっ」
私の思考とクソの言葉を完全否定してリシュー君が前に踏み出す。
「…リシュー君」
驚く私の前で彼がさらに言葉を継ぐ。
「どんなに凄い力があったってカナエはカナエだもの。優しくて美味しい物をたくさん作ってくれて、何よりみんなのことを考えてくれるんだっ」
両の拳を握り締めて力説する隣でターリク君も言葉を紡ぐ。
「ああ、そうだな。遣る事は無茶苦茶だがちゃんと自らの分を弁えてる」
それを聞いて、おうとエルデ君も大きく頷く。
「そもそもどんな力だろうがそいつをどう使うかは当人次第、持つ力を恐れられるのは己が不甲斐ないだけの事…って師匠が言ってたぜ」
私以上に化け物じみた力を持つ魔王様らしい言葉だな。
確かに魔王様は恐れられてはいるが、それ以上に周囲から慕われている。
それは本人が陰ながらそうなるよう努力をしているからだろう。
「な、何だよ…それ。じゃエイトが独りだったのはエイトが悪いってのか」
クソが漏らした怒りを含んだ小さな呟き。
オリジナルの記憶を受け継いでいるクソからしたら、それは到底受け入れられないことのようだ。
「僕はそんなこと認めないっ」
言うなり片手を上げ、ガイさんのところで見たケンタウロス風の土偶を作り出す。
「またあれか」
「気を付けて、きっと前と同じでアンチマジックのスキルがあるよ」
「厄介だな」
新たな敵の出現にエルデ君たちが身構える。
そんなみんなを横目に呆れたようにクソに声をかけた。
「レパートリーが少ない。他にないのか」
小馬鹿にしたように見やると何故か拗ねた様子で口を開く。
「し、仕方ないだろっ。エイトからの知識にはこれしか無いんだ」
「アップデートして無いのか?この無能っ」
続いてそう揶揄ってやれば、クソがムキになって言い返して来た。
「どうやってだよっ」
「それすら出来ないのか?学べばいいだろう。あの白い部屋では地球世界のゲームの様式やスマホを作り出していたじゃないか」
そう言い返すと。
「あれは最初に異世界と繋がった時に空いたままの穴から引っ張って来た魂が持ってた記憶を元に作っただけで…」
「真似は出来ても応用は出来ない訳か」
クソとの会話で思い浮かんだのが元の世界で話題だったAIだ。
前に職場の同僚がAIに1本のバナナの絵を依頼したら描かれたのは2本並んだバナナ。
いろいろと条件を変えてみたが何度やってもバナナは2本。
仕方なしに猿がバナナを持つ絵を求めて後で猿を消してバナナだけの絵にしようと試みるが…描かれたのは2本のバナナを持った猿。
AIにはバナナは房で生る果実というデータしかなく、その最低の本数が2本だったのだ。
ゆえに何度描かせてもバナナは2本の房状のものになってしまったという訳だ。
クソの場合もこれと一緒だ。
エイトのコピーであるクソは彼が持っていた知識や能力を受け継ぐことは出来たが…それだけだ。
それ以上の成長も修正力も無い。
そこが生き物と無機物の大きな違いだ。
結局、奴は自我はあっても道具のままという訳か。
ああ、そうだ道具と言えば…。
「まだお前の名を聞いてなかったな。名前は何だ?」
私の唐突な問いにクソが虚を突かれたような顔になる。
「な、名前」
「そうだ。まさか無いのか?」
「ち、ちがうっ…僕はエイト」
「それはオリジナルの名だろう。お前自身を表わす名は?」
追い詰められたように目を泳がすクソ。
その様に、やはりかとニヤリと笑みを零す。
『ちょっとぉ、物凄く悪い顔になってるわよぉ』
呆れたように言って来たメネに続き、リシュー君が不思議そうに聞いてきた。
「アイツの名前がどうかしたの?」
「前にメネが言ってたよね『名前を付けたり貰ったりするってのはね。この世界に個として存在することを認められたことと同義なのよ』って」
『確かにそうだけど』
「なるほどな」
何故今更そんなことをと不思議そうに首を傾げるメネの前でターリク君が大きく頷く。
「どういうこった?」
納得した様子のターリク君と違い、エルデ君とリシュー君は頭の上に?マークを浮かべたままだ。
なので詳しく説明すべく言葉を継ぐ。
「奴には個として存在する為の名前が無い。よって今はいつ消えてもおかしくない不安定な状態で、だからこそ新たな体…実体を必要としていた」
実体があれば誰かに名を付けてもらえる可能性が高いからね。
「それに初めて会った時、名前が無かったことにメネはこうも言ってたよね『あんただって普段使いする道具に名前なんか付けないでしょ』と…つまり奴は作り主である創造神からも名を与えられなかった。どうでもいい存在に名は必要ないからね」
私の話にリシュー君がクソに憐みの眼を向ける。
「…何だか可哀そうだね」
クソな奴にも憐憫を感じるリシュー君は本当に良い子だな。
けれどそれはクソのプライドを大きく傷つけたようだ。
というか名前の件はクソにとっては一番触れて欲しくなかったことだったようだ。
「そ、そんなのどうだっていいだろう。…もういいや、核はまた新たに選んだ魂から探すから。此処でみんな死んでしまえっ」
それを表わすように上げられた顔は怒りに満ちていた。
「子供かっ」
その姿に思わず突っ込む。
自分の思う通りにならないと癇癪を起して周囲に当たり散らす。
それは年端も行かない幼い子供と一緒だ。
奴のオリジナルのエイトは無駄に年を食っただけのクソガキだったようだ。
なのでそのコピーたるクソも同様だ。
「そっちの勝手な都合をこっちに押し付けるな。このクソがっ」
思い切りそう罵倒してやったら。
「く、くそ…」
そんな風に言われたのは初めてだったらしく面食らった顔になる。
「お前なんてクソ呼ばわりで十分だ」
そう言ってやるが、すぐに別の考えを伝える。
「ふん!クソでもお前には贅沢だな。今からお前の名は『ヨゴレ』だ!いいかい、ヨゴレだよ」
某湯屋の店主の名言を口にするとクソからヨゴレになったその顔が露骨に顰められる。
「付けるにしても酷過ぎないか」
「言い得て妙だろう。お前の正体は深淵の水晶にこびり付いた汚れなんだからな」
この世界の誕生と同時に存在していた深淵の水晶。
ただの道具…眼鏡だったメネが百年の歳月を経て精霊に成ったように水晶が精霊化して自我を持つのなら、はるか昔にそうなっていたはずだ。
だがヨゴレが誕生したのは三百年前のエイトの事件後だ。
つまり水晶の力を多少なりとも使えるが、奴はエイトという男が残した未練や妄執に過ぎず水晶そのものでは無いということだ。
私の言にヨゴレは何か言い返そうとして…結局何も口にすることなく押し黙る。
さすがの奴もそれが真実である以上、否定することが出来ないのだろう。
「だからお前の名はヨゴレだ。さっさと返事をしなっ!」
ダメ押しのように強めに言ってやれば反射的に肯定の頷きを返した。
そうやって当人が認めたことで奴の名はヨゴレに決まった。
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次回「69話 護りの祈り」は金曜日に投稿予定です。
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