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59、癒しの泉


「うむ、宰相たちの眼を盗んで来た甲斐があった。満足である」

「…それは良かったです」

 高く重なる丼を前にして御機嫌な魔王様を眺めつつそう答える。


この魔王様、ターリク君からの一報を聞いて魔法陣でコルルナ山近くまで転移し後は此処まで風魔法の『飛翔』で文字通り飛んで来たのだそう。


今頃は王城は大騒ぎだろうな。

怒りのあまり宰相さんの血管が切れていないことを祈るばかりだ。


「けどよー、あんなのを斬って剣が何とも無いってのはどういう訳だ?」

 その横でエルデ君が不思議でならないとばかりに首を捻っている。


確かにあの強力な溶解液だらけの敵を真っ二つにしたのに魔王様の剣は何の変化も無かった。


その問いに、何のと魔王様は事も無げに言葉を返す。


「武器は真っ当に使えば壊れることなどない。壊れるのは使い手が下手くそなだけよ」

 言っていることは至極もっともだが、それは違うっと思わず突っ込みたくなる。


あれを斬っても何事もないのは技量以前の問題だろう。


『やっぱりあの魔王様…化け物だわぁ』

 呆れ返るメネに完全同意。


「と、とにかく貴殿のおかげで都は救われた。礼を言う」

 そう言って深々と頭を下げてからミアーハさんが言葉を継ぐ。


「元老会の者たちも是非にお会いして礼を…」

 だが言い終わらぬうちに、いやっと魔王様は緩く首を振った。


「今回は忍びだ。本来、我は此処にいるはずがない者だ。故に礼は不要」

「しかし…」

「恩義を感じると言うなら魔国との交易に更なる力を入れてくれれば良い」

 魔王様の言にミアーハさんは少し逡巡したが、やがて再び頭を下げながら口を開く。


「お申し出有難く、元老会にはそのように伝えましょう」

「うむ、良きに計らえ」

 大仰に頷くさまは立派な国家元首だが…しかし私は知っている。


交易が盛況となればエルフ国特産の美味しい物を多く確保できる。

彼の望みはただそれだけだと。


そういった意味では国家間での遣り取りは宰相さんの方が向いている。

まあ、当人も『適材適所』と言ってそれが分かっているので問題は無いだろう。


そんなことを考えていたらグルンと魔王様とミアーハさんの首が回って此方を見る。


「しかし随分と無茶をしたな。あのまま魔力を放出し続けていたら死んでいたぞ」

「うむ、我が間に合ったゆえ事無きを得たが」

 心配と呆れが混ざった様子のミアーハさんの横で魔王様も同じような顔をする。


「ご心配をおかけして申し訳ありません」

 どちらの眼差しも私の身を案じてくれているのを感じるので此処は素直に謝っておく。


深く頭を下げる私に、しかしと少しばかり考え込むようにして魔王様が言葉を紡ぐ。


「何故あのような真似をしたのだ?本来のお前はもっと計算高いだろう」

 言い方っ。


けど確かにクソ邪神が関わると冷静ではいられないので、そこは反省点だな。

またこんなことがあったら素数でも数えておくか。


「で、次はどうする?」

 魔王様の問いにその場にいた全員がこっちを見る。


「そうですね」

 問われて少し考え込む。


精霊たちは精霊王によって避難が完了しているので手は出せない。

世界樹から神気を奪うことも失敗した。


だとしたら奴は今度はどう出る?


「此処以外で神気が強い場所、あるいは物は何です?」

「そうさな…」

 同じようにしばし考えてからミアーハさんが口を開く。


「アエナ国にあるどんな病も治す『癒しの泉』にカルオン国の『叡智の宝冠』だな」


この2つは放たれる神気によって様々な奇跡を起こしていることで有名なんだとか。


「クソ邪神が狙うとしたら」

『癒しの泉の方だわね』

 そう断言するメネの今回の衣装はピノキオを参考にして作った赤い羽根飾り付きの黄色い帽子に青いリボンタイ、黄色のシャツに赤いサロペットだ。


「その根拠は?」

『泉の水が神気を帯びているのは底に『光の宝珠』が沈んでいるからよ』

 メネ言葉にリシュー君が小首を傾げながら呟く。


「光の宝珠って前に僕が持ってた『水神の宝珠』みたいなもの?」

『ええ、あれは水神さまが海龍族に下賜されたもので、こっちは陽光神さまね』

「けどよー」

 2人の話を聞いていたエルデ君が此処で参加してきた。


「有名ならもうとっくに奪われちまってるんじゃねぇのか?」

『それは大丈夫よ』

 我が事のように胸を張ってメネが答える。


『あの泉には強力な番人がいるもの』

 聞けばそれはガイアドラゴンと呼ばれる…私が魔の森で出会ったアースドラゴンの上位種が守っているのだそう。


上位種だけあって物理も魔法も効かないだけでなく生命力吸収(ドレイン)のスキルを持ち、迂闊に近づくと生命力(HP)を吸い取られてたちまち戦闘不能になってしまう。

攻撃と回復を兼ね備えた厄介な相手だ。


そもそもドラゴンは魔物ではなく霊獣や神獣の仲間で、どうやら泉の神気が気に入って其処に住み着いているようだ。


そんなガイアドラゴンが守っているならクソ邪神も簡単に手は出せない。


一方、叡智の宝冠は…。


『あれが狙われることは無いわよ。だって紛い物だもの』

「はい?」

『前はそれなりに神気が宿った魔道具だったんだけどね。扱いが悪かったのか乱用が祟ったのかは分からないけど、今は何の力も無いわ』

 メネの話に誰もが唖然となる。


藪を突いたら蛇どころではないトンデモ話が飛び出たな。


「し、しかしこの数年で何度か奇跡的なことが起こったと聞くが」

 驚いた様子で聞き返すミアーハさんに、それねーとメネが呆れ返った顔で言葉を継ぐ。


『神官たちが御利益があるように見せかけているだけよ。力が無くなったとバレると寄進や礼金が無くなるから』

「何とも欲深いことよ」

 同じように呆れ顔を浮かべると、ではと私の方を見る。


「アエナ国に向かうとするか」

 そう意気揚々と立ち上がった魔王様だったが…。


「このようなところに御出ででしたか」

 額に青筋を立てた宰相さんと転移の羅針盤を手にした当主がこの場に姿を現わした。


「政務に励むのは結構ですがエルフ国との折衝は私にお任せいただいたはず。魔王様は至急王城にお戻りください」

 物凄い笑顔だが目はまったく笑っていない宰相さん。

その隣でマリアナ海溝並みの深いため息を吐き疲労が色濃い当主のコンボに、さすがの魔王様もバツが悪そうに黙り込む。


かくして魔王様は宰相さんたちに連れられて魔国に戻って行った。

帰ったら各方面から山ほど叱られるんだろうな。


その悲壮な後ろ姿に思わずドナドナの歌詞を呟いてしまったのは秘密だ。



「カナエ、体はもう大丈夫?」

 またミアーハさんの屋敷に泊めてもらうことになり、部屋の一角にアンに通じるドアを出したところでリシュー君がやって来た。


エルデ君とターリク君は食べそこなった別の種類のラーメンを求めて出掛けたので此処にはいない。

メネも今回のことについての元老会での遣り取りを調べに飛んで行ってしまった。


「元気溌剌だよ。…心配かけてごめんね」

 その瞳に悲しみの色が宿っていることに気付き改めて謝罪する。


「カナエが謝ること無いよ。…僕がもっと強かったら、カナエが死にそうになることも無かったんだ」

 泣きそうな顔で言葉を綴るその身を思わず抱きしめる。


「違うよ、悪いのは私『これからは絶対に無理も無茶もしない』っていうリシュー君との約束を破ったんだもの」

「でも…僕が…」

「リシュー君が自分を責めること無い。此処は何で約束を守らなかったって怒るとこだよ」

 ねっとその顔を覗き込みながら笑いかけると、ぎこちないながらもリシュー君にも笑みが浮かぶ。


「…カナエ」

「何?」

「ずっと僕の側にいて。おいて行かないで、一人で何処かに行ったりしないで」

 切なくなるような声で自らの思いを口にするリシュー君。


その姿に本当に申し訳ないなと思う。


こんな私を何の打算もなく慕ってくれる。


そんな彼にはいつだって屈託なく笑っていて欲しい。


「約束するよ。絶対にリシュー君を一人にしない」

「うん」

 漸く嬉しそうに笑ってくれたリシュー君。


この笑顔を守る為に私ももっと強くならないとね。


そう心に強く誓って私よりずっと大きな体をもう一度抱きしめた。




「それじゃあ出発するよ。忘れ物は無い?」

 一応、私の体調を配慮し(大丈夫だと言ったが周囲に休むことを強制された)2日ほど都で過ごしてから『癒しの泉』を目指して旅立つことにした。


「うん」

「おう」

『大丈夫よー』

「………」

 元気なお返事が返ってくる中、ターリク君だけは無言だ。


食べ納めとばかりにさっきまでラーメンを爆食いしていた所為で、口を開いたら中身が出てきそうだからだとか。


そのさまに苦笑を浮かべつつ私とリシュー君は羅針盤を取り出した。


「今回は助かった。またいつでも遊びに来てくれ」

「盛大に歓待するので期待してほしい」

 そう言って微笑むミアーハさんとキリカさんに、ぜひと笑顔で手を振り返して私たちはシュスワルの都を後にした。



「到着っと」

 魔法陣を使わせてもらい、その後は何度か転移を繰り返して漸く泉があるアエナ国に到着した。


此処は国の北側が魔の森に接しているので大きな冒険者ギルドが数多くある。

なので早速、近場にあるギルドに出向いて情報収集だ。


「賑やかな処だね。エオンの街に似てる」

 リシュー君がこっちに来て初めて行った冒険者の街であるエオン。


そこと同じに道行く人のほとんどが革や金属の鎧を身に付け腰や手に武器を携えている冒険者だ。


魔の森は特級の危険地帯だが、其処に生息する魔物や薬草は高額で取り引きされるので一攫千金を狙う者が多く集まる。


その冒険者相手の店も多く、武器屋、道具屋、食堂や酒場が所狭しと道なりに並んでいるので凄く活気がある。


「下町の商店街みたいだな」

「バザールだな」

 同じような感想をエルデ君と漸くお腹が落ち着いたターリク君が呟く。


「お兄さんたち、今日は何処の宿にお泊り?」

「ウチは別料金でお楽しみな特典があるわよぉ」

 美形なリシュー君やイケメンの部類に入るエルデ君やターリク君に、通りかかった大きな宿の呼子のお姉さんたちが引っ切り無しに声をかけてくる。


「特典?」

 小首を傾げるリシュー君に、お前にはまだ早いと慌ててターリク君がお姉さんたちを遮るように前に立つ。

どうやら宿屋の体は取っているが中身は娼館のようだ。


ならばとお姉さんたちに自作の菓子を手渡しながら泉のことを聞いてみる。

こう言った処の人たちは事情通な者が多く、いろいろな事が聞けたりする。


彼女らの話を総合すると泉の水は『奇跡の水』と呼ばれ、どんな難病もすぐに快癒すると評判だが…。

所在地が浅いとは言え魔の森の中なので、手に入れるには大金を払ってギルドで購入するか凄腕の冒険者に依頼して汲んで来てもらうかのどちらかだそうだ。


確かにポーションで治るのはケガだけで、病気は最上級回復薬であるエリクサーでないとダメだ。

希少な上にとんでもない高額で取り引きされているエリクサーに比べたら『奇跡の水』は年単位で貯金すれば何とか庶民にも手が届く金額だ。


なのでこのクエンの街には『奇跡の水を』求めて多くの者が訪れる。


しかし急な病で蓄えも少ない者はどうするのか。

その疑問にコソッとお姉さんが答えてくれた。


「お金の無い者には別の方法があるのよ」

「別の?」

 追加の菓子を出しながら耳を近付けると小さな声で教えてくれた。


「此処には闇賭博場があってね。そこで一定量のメダルを得るか闘技場で優勝すると『奇跡の水』がタダで貰えるのよ。負けたら奴隷に落とされたりするけど」

「…なるほど」

 奇跡の水を餌に奴隷狩りのようなことをしている輩がいるのか。

何処にも腐った奴はいるんだな。


お姉さんたちに礼を言ってから一旦アンのところに戻ることにした。


『あら、久しぶりの詐欺メイクね』

「どうやら今回は身バレしない方が良さそうだからね」

 前と同じでリシュー君に寄せた顔にしてみた。


「それとこれ」

 長めのストールをリシュー君の頭にターバンのように巻いて魔族特有の尖った耳を隠す。

これなら人族の姉弟で通るだろう。



「ようこそクエンギルドへ」

 穏やかな笑みを浮かべた妙齢の受付嬢がそう言って出迎えてくれた。


「奇跡の水を購入したいのですが」

 私の申し出に途端に受付嬢の笑顔が曇る。


「どなたか御病気ですか?」

「はい、母が」

 小さく頷くと嘆息の後で受付嬢が口を開く。


「申し訳ございません。現在『奇跡の水』の販売は停止しております」

「何故ですか?」

 驚く私に向かい受付嬢が済まなそうに言葉を継ぐ。


「泉から少し離れたところに支流が流れ込む小さな水場があったのですが、どうした訳かそこが枯渇してしまいました。ですので今は『奇跡の水』は手に入らない状態なんです」

「…そうですか」

 大きく肩を落とす私に受付嬢が身を乗り出して警告する。


「だからと言って泉に行ってはいけません。あそこはガイアドラゴンの住処でもあるんです」

 真剣な表情で言葉を綴るさまに、泉に向かい命を落とした者が少なからずいるのだなと察せられた。


聞けば泉の枯渇は15日くらい前からとの答えが返って来た。

ちょうどコルルナ山で異変があったすぐ後だな。


「メネ」

『何かしらぁ』

「光の宝珠は無事なの?」

 私の問いに、ええとメネが大きく頷く。


『此処からも神気が感じ取れるから大丈夫よ』

 さすがは守護者ガイアドラゴンといったところだな。


「なら偵察ってことで」

「うん、泉にいってみよう」

 続けられたリシュー君の言葉に、おうとエルデ君が手を上げ隣でターリク君も頷く。


さて、こっそりガイアドラゴンを見に行くことにしますか。



読んでいただきありがとうございます。

次回「60話 ガイアドラゴン」は金曜日に投稿予定です。

よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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