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42、接近遭遇


「到着っと」

 周囲にあるのは見慣れた木々。

相変わらずの鬱蒼(うっそう)具合で空さえ良く見えない。


本当によくこんな場所から人里に出れたなと改めてエルフの里長さんやキリカさんたちに感謝する。

そう言えば2人とも元気だろうか。


そんなことを考えていたらメネが近くに飛んで来た。


『精霊たちの話だとアレクセイちゃんたちは真っすぐこっちに向かっているそうよ』

「了解だよ」

「分かった」

 メネの言葉にリシュー君と揃って頷くと収納から結界石付きのテントを取り出す。


協力してテントを立てると手頃な大きさの石を集めて焚き火用のかまどを作って行く。


かまどはある程度の高さが必要と言っていたのは会社の先輩だったな。

筒型に積むことで風や雨水の流入を防ぎ、上昇気流を生み出し燃焼を安定させるのだそうだ。


「枝の先を削ったよ」

「ありがとう」

 先端を鉛筆のように尖らせたY字に分かれた枝をかまどの両端に突き刺して、その上に太い枝を置けばヤカンや鍋を掛けたり出来るので便利だ。


前世で勤めていた会社は災害用品だけでなくアウトドア用品も開発販売していたので、研究の一環として私も何度かキャンプに連れて行かれたことがある。


人間、何でも経験しておくものだな。

こうしてその時の教えが役に立つのだから。



かまどの前に座り、ヤカンで湯を沸かしてお茶の支度をしていたらメネから合図があった。

斥候役のターリク君が気配を消して此方に近付いて来てるそうだ。


「…何か御用ですか?」

 メネが指示した方に向かって声をかける。

それに合わせてリシュー君が驚いた風を装って素早くテントの中へ入る。


隠れている者が居ると知らせた方が思わぬ反撃が来るかもと警戒して相手があまり近付いて来ない。

これは野営中に敵か味方か分からない者と遭遇した時のセオリーとカイルさんに教わった。


しばしの後、木々の合間から音もなくターリク君が姿を現す。

身長は180cm程で浅黒い肌に頭についている小さな三角耳が可愛いが、その目は油断なく此方を見ている。


「…何故、俺の事が分かった?」

 確か彼のスキルは『闇魔法』『隠形』『気配察知』だったな。

それなのにあっさりと見つかったことが悔しさと猜疑を呼んでいるのだろう。

声に憤りが潜んでいる。


「私どもには精霊様の加護がありますので」

「精霊?」

 首を傾げる彼の前に白レースのローブ姿のメネが現れる。


「っ?」

 驚くターリク君の前で私の周囲をクルリと飛び回るとすぐにその姿は見えなくなった。


「精霊様は常に世界を見ておられます。彼の方の前で隠し事は出来ないかと」

 私の説明に小さく頷くとターリク君は少しだけ此方に歩み寄って来る。


「俺は…リクという。そっちは?」

 さすがに本名は名乗らないか。

用心深いというか、こうした遣り取りには慣れている感じだ。


そう言えばターリク君の前世は裏組織の工作員みたいなことをメネが言っていたな。

では此方も彼に習って自己紹介と行こう。


「私はカエ、テントにいるのは妹のリーです」

「…しかし女2人でこんなところで何を?」

 もっともな疑問に微笑んでから言葉を返す。


「精霊様のお導きにより希少な薬草を探しに来ました。私の冒険者ランクはCですし、妹はBランクですから大抵の魔物は退けられますので」

 私の答えに納得した様子で頷くと今度はターリク君が口を開く。


「俺も似たようなものだ。採取のために此処に来たが迷ってしまって困っている。人里に出る方角を教えてくれないか?」

「構いませんが…此処から一番近い里は南に百メルト先です。歩きなら急いでも10日はかかるかと」

 私の答えにターリクから嘆息が零れた。


「…そうか」

 どうやらミオリちゃんが示した方向は合っていたが、その距離を知って少しばかり失望しているようだ。


「お急ぎですか?」

「ああ…仲間が病に罹ってな。早急に医者に診せたい」

 メネの話だとミオリちゃんが強行軍な移動の疲れからか今朝から高熱を出しているそうだ。

すぐに死んだりはしないが早く治した方がいいだろう。


仲間内で治癒魔法が使えるのは当のミオリちゃんだけで、それ以前に治癒だとケガは治せるが病気は治せない。


「では此方のポーションをお持ちください」

 言いながら収納からラーゼンの街で買った上級ポーションの瓶を取り出す。


「いいのか?」

「ええ、困った時に助け合うのは冒険者の嗜みですから」

「…助かる」

 少し離れた地面に瓶を置くと、すぐにターリク君が走り寄って来て拾い上げる。


「金は後で必ず払う」

「はい、お持ちしています」

 ニッコリ笑う私の前からその姿が掻き消すように見えなくなった。




「どう?メネ」

『アレクセイちゃんが鑑定をかけて大丈夫って分かったみたい。ミオリちゃんに飲ませてるわ』

「なら良かったね」

 安心したように笑うリシュー君だったが、でもと首を傾げる。


「この後はどうするの?」

「ミオリちゃんが回復したら向こうからコンタクトを取って来るだろうから、それ待ちかな。やっと出会えた現地民だしこの世界の情報は欲しいだろうからね」

 私の言に、そうねぇとメネも頷く。


「たぶん来るのは明日だろうから、今日はもうアンのところに戻ろう」

「うん、お腹空いた」

『すぐに陽が落ちるから良いんじゃない』

 という訳でテントの中にドアを召喚してアンの下へと帰る。


で、夕食はやっと手に入れたお米を使って春野菜と貝の炊き込み御飯を。

それと巻いたバラ肉の角煮風、ナスっぽい野菜と鶏肉の揚げ浸し、カブとキノコの豆乳味噌汁にする。


『今更だけどアンタたち、本当にいいものを食べてるわよねぇ。アレクセイちゃんたちなんてそこらの草とキノコの塩だけスープと自作の干し肉よ』

 呆れ顔でメネがアレクセイ君たちの今日の夕食メニューを披露する。

その内容にリシュー君が(いた)く同情している。


「僕もカナエに会う前はそんな感じだったな。塩は岩の隙間にあったのを見つけられたから良かったけど、他は手に入らないから味付けはずっと塩だけだったし」

 私は遭遇しなかったが、どうやら場所によっては岩塩が存在しているらしい。


まあ、塩が無いと人は1ヶ月と持たずに死ぬからね。

塩分不足をなめちゃいけない。


この日は夕食の後、お風呂に入って早々に就寝することにした。

寝る前にリシュー君に、ゲームは2時間までだからねと注意したら苦笑と共に頷いていたな。


さて、明日に備えてさっさと寝よう。

「お休み、アン」

『はい、お休みなさいませ。良い夢を』

 そんなアンの声を聞きながら眠りについた。




「そろそろ来るかな」

 昼近くなった頃、そう呟く私の前でメネが頷く。


『今回はターリクちゃんだけでなくヴォロドちゃんも一緒よ。例のスマホを懐に忍ばせて私たちとの会話を残ってるメンバーに聞かせる気みたい』

 どうやら近距離なら通話が可能なようだ。

確かにアレクセイ君たちの存在を隠しながら話の内容を伝えるには巧い手ではあるな。


感心しつつ待っていると2人が姿を現わす。

それを見てリシュー君は打ち合わせ通りにテントの中へと隠れ、私一人が彼らと対峙する。


2人はゆっくりと此方に近付いて来ると私の手前…1mくらいの場所で足を止めた。


「昨日は世話になった。こいつは…ロドだ」

 ペコリと頭を下げるのはターリク君よりも頭一つ背が高くがっしりとした体格のヴォロド君。

なかなかに整った顔立ちだが朴訥で好青年な印象を受ける。


メネの話だと仲間内では防御担当のタンク役で、手にしているのはサンデ国の宝である『究極盾アーレウス』だ。


「初めまして。ところで病気のお仲間の方は大丈夫ですか?」

 偽名でヴォロド君を紹介してきたターリク君に問いかけると、ああと小さく頷く。


「おかげで無事に回復した」

「ありがとう、助かりました」

 横にいるヴォロド君がそう言って軽く頭を下げる。


「すまんが金が無い。これを薬代にしてくれ」

 差し出されたのは倒した魔物のドロップ品だろう5cm程の大きさの魔石。


「これでは此方がいただき過ぎです」

 緩く首を振る私に、ならばとターリク君が少しばかり身を乗り出す。


「多い分で食料を融通してもらえないか」

「頼みます。こういった場所での食料がどれだけ貴重かは分かってますが、我々も手持ちが無くなって困窮してます」

 ターリク君に続いてヴォロド君が心底困っているといった顔でそう懇願する。


表情を変えることなくしっかりと要求を口にするターリク君と純朴そうで心の内が思い切り顔に出るヴォロド君。

交渉事において漫才でいうボケとツッコミのように良い役割分担だと思う。


適材適所、彼らを選んでこっちに送り出したアレクセイ君はリーダーの資質ありだな。


「分かりました。幸い私のアイテムボックスの容量は大きいですから、かなりの量をお渡しできると思います」

 ニッコリ笑ってそう答えれば、ヴォロド君は手放しで喜ぶが。


ターリク君は事が上手く行きすぎて逆に怪しんでいるようだ。

感謝の言葉を口にしながらもその目は油断なく此方を観察している。


そんな彼らの前にミンウの街で仕入れた大袋の小麦粉、黒砂糖、蜂蜜、胡椒にドライフルーツ、酒の大瓶を並べてやるとその眼差しが熱を帯びる。


甘味やお酒はまったく手に入らなかっただろうから、ヴォロド君は渇望していたのがよく分かる顔をしてターリク君も表情は変わらないが耳がピクピク動いて嬉しさを現わしている。


最後に収納から大きな手提げ籠を取り出す。


「これは…」

 上に掛かっている布巾を捲ってやると2人の眼が釘付けになる。

籠の中にぎっしりと詰まっているのはハムやチーズ、赤や緑の色鮮やかな野菜が挟まったロールパンを使ったサンドイッチ。


初めてこれを見たリシュー君の喰いつきも凄かったが、彼らも負けていないな。

羨望に満ちた目でサンドイッチを見つめている。


まあ、こっちに来てずっとメネが言っていた食生活だったのならさもありなん。


「どうぞお持ちください。リー、余った敷布があったでしょう。それで包んで持って行ってもらいましょう」

 そうテントに向かって声をかけるとリシュー君が顔を出し小さく頷く。


「…どうぞ」

 意識して高い声を出しながらリシュー君がヴォロド君の前に敷布を差し出すが…。

リシュー君の顔を間近で見たヴォロド君が目を見開いたまま硬直してしまう。


「…あ、あの」

 困惑するリシュー君から焦った様子でターリク君が代わって敷布を受け取り手早く食料をまとめて行く。


だがその間もヴォロド君はリシュー君を見つめたまま微動だにしない。


これは…完全に恋に落ちましたな。


心の中でニマニマしつつサンドイッチが入った籠をヴォロド君の手を取って渡す。

それで漸く正気に返ったようだ。


「す、すまない」

 アタフタしながらも深く頭を下げるヴォロド君。


「私どもは薬草採取のためしばらく此処におります。何かありましたらまたどうぞ」

「あ、はいっ」

 顔を真っ赤にして何度も頷くヴォロド君の後ろでターリク君が力なく首を振っている。


名残惜し気に振り向くことを繰り返すヴォロド君の背をターリク君がド突くようにして押しながら2人の姿は森の奥へと消えて行った。




「で、どんな感じ?」

 私の問いにメネが精霊経由でアレクセイ君たちの会話を教えてくれた。



「酒か、こっちに来て初めてだな」

「嬉しそうだね、アレク兄ちゃん。それ美味しいの?」

「セドにまだ早いな、もう少しデカくなったら飲ませてやる。今はこっちの方がいいだろ」

「甘いー。黒いお砂糖って初めて食べた」


「御飯前にあんまり食べたらだめだよ。サンドイッチ分け終わったからこっちを食べようね」

「うん、ミオリお姉ちゃん」

「待ってたぜ」

「ター兄ちゃんも嬉しそうだね」

「そりゃあな、やっとまともな飯だからな」


「ヴォ兄ちゃん…気持ち悪い。何でずっとへらへら笑ってんの?」

「言ってやるな、例の冒険者の妹の方に惚れたらしくてな。まあ、あれだけの美人なら無理もないが」

「…そんなに綺麗な人だったの?」

「姉の方も美人だが妹はその上を行く…ちょっと神がかった綺麗さだったな。胸もデカかったし」

「ああ、彼女は天使だ。いや、美の女神だっ」


「ヴォ兄ちゃん…目が怖いよ」

「心ここに在らずだな。いいから放っといてやれ」

「分かった、アレク兄ちゃん」


「それで…また2人のところに行くの?」

「こっちの世界の情報を仕入れたいからな。もう一度くらいは訪ねようかと思うが」

「そいつは俺も賛成だが…」

「何か気になる事でも?」

「カエとかいう姉の方だが…得体が知れない。ただの親切心で俺らに食料を分けたと思えない」

「何か腹に抱えてる…か」

「ああ、油断がならねぇ相手な気がする」



『ってなこと話してるわよ。でもカナエの事に気付くなんてターリクちゃん、やるわねぇ』

「昔取った杵柄ってヤツだね。裏組織の工作員ってのは少しばかり厄介だけど、まあ上手くやるよ」

 私の言にメネから苦笑が漏れる。


「そうねぇ、カナエちゃんだし」

「うん、カナエだし」

 また2人の顔が悟りを開いたお坊さんみたいになってる。


何が『だし』なのか分からないが計画続行ということで。



読んでいただきありがとうございます。

次回「43話 渡来人はつらいよ」は金曜日に投稿予定です。

よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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