30、港町メルリー
「ま、こんなものかな」
ラーゼンの街で魔道具店をいろいろと見て回ったが、最終的に買ったのは今あるテントを下取りに出して購入した『結界付きテント』火魔法と水魔法が付与された『火種石』と『湧き水筒』。
それと光度が調節できる『魔燈機』。
はっきり言ってどれも私たちには必要の無い物ばかりだが、何かあった時の言い訳用にと購入を決めた。
地球由来のものでは無いので値段も良心的だったし、いい買い物をしたと思う。
他に冒険者御用達の毒消しや中級と上級のポーションも購入。
これなら人前に出しても何の問題もないからね。
「忘れ物は無いね?」
「うん、大丈夫」
『無いわよー』
リシュー君とメネから良いお返事が聞けたので、街を出てしばらくしたところで羅針盤を取り出す。
「直接魔国には行けないからまずは港町のメルリーへ向かうよ」
さすがに海を越えての移動は不安が大きい。
転移途中で魔力が切れたら陸地ならともかく海にボチャンは勘弁してほしい。
何より魔国の入国審査は厳しいと聞いたので船で向かうことにしたのだ。
「…どうかした?」
夕日に染まるラーゼンの街を眺めているリシュー君に気付いて声をかける。
「うん、あの街はオリバーさんの夢で墓標なんだなって」
感慨深げに呟くリシュー君。
『あらぁ、詩的な表現ね。素敵だわぁ』
それを受けて妙に感激するメネ。
「今回は急ぎ足だったけどギフトの件が終わったらゆっくり見物に来よう。きっとオリバーさんも喜んでくれると思うよ」
「そうだね」
『アタシも賛成だわ。次に来た時は劇場巡りをしましょう』
大きく頷くリシュー君と意気込むメネに笑みで応えると手にした羅針盤を操作する。
さらばラーゼンの街、また来る日まで。
「到着っと」
潮の香りと共に遠くに広がる海とメルリーの町並みが視界に飛び込んでくる。
『綺麗な町ねぇ』
赤茶色の屋根に白い壁の家々が並ぶ様にうっとりした様子でメネが呟く。
『昔、誠之助と行ったポルトガルのアルファマによく似てるわ』
確かにノスタルジックで下町情緒が漂うところはネットで見たポルトガルの景色にそっくりだ。
「もうすぐ陽が落ちるから今日は此処で過ごすよ」
「うん、朝になったら町へ行くんだね」
「そう言うこと」
最近のパターンになって来たなと思いつつ頷くと横の空間にアンへ通じる扉を呼び出す。
「ただいま、アン」
『帰ったわよぉ』
「ただいま、お腹空いた」
それぞれお馴染みの言葉を口にするとアンが嬉しさを滲ませた声で出迎えてくれる。
『お帰りなさいませ』
「いつもありがとね」
室温も湿度も完璧にしてくれているので入った途端に気が休まる。
「夕食は…ラーゼンの街で買い込んだものがあるからそれでいい?」
「うん、早く食べたい」
笑顔で頷くリシュー君の前に屋台街で買った料理を並べて行く。
「ごちそうさまっ」
物凄い勢いで食べたと思ったら、そう言ってリシュー君は2階にある自室へと駆け上がって行った。
『忙しないわねぇ』
「早くゲームがしたいって顔に書いてあったもの」
クスリと笑って肩を竦める私の前でやれやれとばかりにメネが首を振る。
『馬鹿高かったテーブルみたいなヤツでしょ。何がそんなに面白いのかしら』
「メネは見たこと無いんだっけ。意外と楽しいよ」
私の言葉に、そうなのと瞳を輝かせる。
『ち、ちょっと様子を見て来るわね』
どうやらゲームに興味を持った様子のメネに、だったらと声をかける。
「2時間経ったら止めるように言ってくれる」
『任せなさい。ちゃんと言っておくわぁ』
言うなり2階へと飛んで行くメネを見送ってから食事を再開する。
「ミイラ取りがミイラになるに1ペリカってとこかな」
『その賭けはご主人の勝利だと思います』
アンが賛同してくれた通り、夜中に私に叱られて慌てて寝るリシュー君とメネだった。
「ステータスカードを」
「はい、お願いします」
いつもの遣り取りをしてメルリーの町へと入る。
狭い路地、曲がりくねった階段、丘の上には白壁の荘厳な神殿が見える。
海を目指して歩いて行くと細い道沿いにレストランや酒場が並んでいて、朝食を食べに来た客で賑わっていた。
「すみません、それ2つ」
「毎度っ」
揚げたてのサバっぽい魚を丸パンで挟んで辛めのソースをかけた軽食は、湯気とソースの香りが食欲をそそる。
「少しお聞きしたいのですが」
「何だい?」
「船に乗るにはどうしたら良いでしょうか?」
「だったら商船ギルドへ行きな」
売り子のおばさん曰く、商船ギルドは漁船以外の船の取り仕切りをしていてメルリーの港に停泊するには必ずギルドを通さないといけないそうだ。
ギルドでは乗船チケットの手配もしているので受付に行くといいと教えてくれた。
「急ぎじゃなけりゃ今日は神殿の広場で市が立つから覗いてみるといいよ」
何でも此処らでは有名な市で、日用品からアンティーク、ガラクタまで様々な物が安価で売られているらしい。
「船の手配が済んだら行ってみようか。掘り出し物が見つかるかも」
「うん、面白そうだし」
『いいわよー』
意見の一致を見たので、おばさんにお礼を言ってまずは商船ギルドへ向かう。
「同じギルドでもだいぶ違うね」
「そうだね、凄く落ち着いてる」
勢いがあって乱雑な印象の冒険者ギルドと違い、整然と並んだカウンターを見る限りお役所や銀行のような感じを受ける。
「すみません」
「…何でしょうか」
手近なカウンターに歩み寄り受付嬢に声をかけるが、如何にも面倒臭そうな顔をされる。
「魔国行きの船はいつ出ますか?」
「その程度のことで話しかけないで。運航表があるでしょう」
顎をしゃくって壁に貼られた紙を示す受付嬢。
「乗船チケットをお願いするには…」
「こっちは忙しいのよ。それくらい自分でして」
少しも忙しそうには見えないが、言うなり投げつけるように申し込み用紙を渡してきた。
ため息をつきつつ必要事項を記入して差し出せば、用紙を良く見もしないで横のゴミ箱に投げ入れる。
「今日出る船は無いからまた明日出直して来て」
フンと鼻で嗤う受付嬢に軽く会釈をしてカウンターを離れた。
周りを見回すとその受付嬢の両隣の同僚が顔を引き攣らせている。
どうやら彼女の対応が不味いことは判っているらしい。
しかし誰も諫めようとはしない。
競争相手がいない為にギルドの規律が緩み切っているようだ。
ならば私の遣ることは決まっている。
「坊ちゃま、このギルドはダメです。要求を跳ねのけられました」
少しばかり声を張って言ってやれば、最初は怪訝な顔をしていたリシュー君だったが。
「…無礼だな」
エオンギルドでの遣り取りを思い出したようで尊大な態度で口を開く。
その時に目深に被っていたフードを下ろすのも忘れない。
「ま、魔族だ」
特徴的な尖った耳と美貌に一気に周囲がざわつく。
「国元に帰りましたら報告をせねばなりません。このメルリーの商船ギルドは魔族を軽んじると」
「お、お待ちくださいっ」
そんな会話をしていたら奥から瘦身の男性が転がるようにして飛び出してきた。
此処のサブマスだそうだ。
「御不快にさせ大変申し訳ありません。ですが我々はそのようなことは決してっ」
「では先程の受付の態度は何なのです?貴方も坊ちゃまが魔族と知って謝っているだけで人族でしたら知らんふりを…」
「そ、そんなことはございません」
流れ出る大量の汗を手にしたハンカチで拭いながらの話によると。
先日、隣国から王宮の御用を務めている商船団がやって来て、ギルマス以下ベテランの職員はすべてその対応に駆り出され此処に残っているのは新人ばかりなのだそうだ。
件の受付は応対の様子をみてもキツイ性格のようだし、新人たちの中でも悪い意味でのボス的存在なのだろう。
だから誰も彼女の行動を止めようとしなかった訳だ。
今は厳しい先輩や上司の目が無いので、此処では自分が一番偉いとでも思っていたのだろうな。
で、図に乗って商談相手でもない一般の客と侮っての行動だったようだ。
「事情は分かりました、ですがそれは私どもとは何の関係もございません。それに新人と言えど正規のギルド職員ですよね」
「お、仰る通りです」
平身低頭のサブマスの肩越しに件の受付嬢を見やれば、漸く自分の仕出かしたことが分かったようで真っ青になっている。
そんな彼らの前で、ふうと深く息をついてから口を開く。
「私どもは事を荒立てる気はございません。きちんと仕事をしていただけましたらそれで結構です」
「あ、ありがとうございますっ」
深々と頭を下げてから、どうぞ此方にとサブマスは私たちを個室の方へと案内する。
テーブルに高級そうな菓子と茶が置かれ、そこで魔国行きの乗船チケットの手配をお願いする。
ちょうど明日の昼に魔国行きの船があるそうで、その1等室を予約してもらう。
提示された料金を払い、私とリシュー君はギルドを後にする。
「ありがとうございました」
外まで見送りに出るサブマスにお節介ながら忠告しておく。
「受付はそのギルドの顔です。彼らがしたことはギルドの総意と取られます」
「はい、今後はギルド員の教育にさらに力を入れて行きます」
再び頭を下げたサブマスが言った通りにするかは分からないが、遣らなければギルドの評判は落ちる一方だろう。
『カッコ良かったわぁ、さすがカナエちゃんね』
ギルドを離れて少ししたらメネが手放しで褒めてくれたが、そうでもないよと肩を竦める。
「わざわざ騒ぎを起こす必要は無かった訳だし」
別の窓口に行けば良いだけで、あんな芝居がかったことをする必要はない。
あれは単なる私の憂さ晴らしだ。
『そんなことないわよ。知らんふりも出来たのにきちんと間違いを正すのは良いことよ。あのギルドにもいい薬になったと思うわよ』
だがメネはそう言い、リシュー君も大きく頷いている。
「うん、僕もあの受付の人の態度は悪いと思ったし。もうあんなことはしないだろうし」
『あれで懲りずにまたやったらクビよ、クビっ』
フンと顎を上げるメネに苦笑を返すと私たちは神殿前の広場に足を向けた。
「凄い規模だね」
「うん、パリの蚤の市みたいだ」
神殿前には所狭しと色とりどりの敷布が広げられ、その上に食料品、食器類、大工道具、家具、衣類や靴に貝を使ったアクセサリー、書籍に絵画に彫刻と様々な物が並べられている。
「私は神殿でチクり活動をしてくるから、リシュー君たちは好きに見て回っていて」
興味津々な顔で市の様子を眺めているので付き合わせるのも悪いかと声をかけると、少しばかり不安げな顔をするが…。
『じゃ、アタシもリシューちゃんと一緒に行くわ』
メネがカバンの外ポケットからリシュー君の下ろされたフードの中へと移動する
メネが一緒に行くとなってリシュー君は安心したように頷いた。
「うん、先に見てるね」
笑顔のリシュー君にメネが上機嫌で右の通路を指さす。
『あっちに面白そうな店があるわよ』
「行ってみよう」
嬉々として移動を開始した2人に声をかける。
「お昼になったらまた此処に集合ね」
「分かった」
軽く手を上げて応えるリシュー君の姿はすぐに人波にまぎれて見えなくなった。
「よし、完了」
これでもかと念を込めてクソ邪神のことを盛大にチクった後、遅まきながら市へと繰り出す。
「うーん、品数は多いんだけど」
ちょこちょこ鑑定をかけながら店を回るが、やはりそう簡単に掘り出し物は見つからない。
「いでぇっ」
私の横を通り過ぎようとした男が右手を抑えて呻いている。
どうやら掏摸のようだ。
だが結界に阻まれ、カバンに伸ばした指を痛めたらしい。
やはり世界が違ってもこの手の輩は居るのだなと妙に感心しつつ、何事もなかったようにその場を通り過ぎた。
「さすがに他国との交易が盛んなだけあるね」
食料品を扱う店の奥でクミンパウダー、コリアンダー、チリパウダー、ターメリック、カルダモン、ガラムマサラによく似た香辛料を発見っ。
嬉々として買い占めたよ。
これでカレーが作れるからね。
リシュー君の喜ぶ顔を思い浮かべながら次の店へと向かう。
「ん?」
少し離れたところに出ている雑貨を扱う店先に気になるものがあった。
「これって…」
店のおっちゃんに許しを得てから手に取ってみる。
「ロケットペンダント…だよね」
それはチャームが開閉式になっていて中に写真や薬などを入れられるようになっているペンダントのことだ。
『異世界常識』によるとこの世界にこういった細工の宝飾品は無い。
だとしたらとこっそり鑑定をかけてみる。
『異世界人ヘンリー・フォード所蔵…状態保存の魔法がかかっている』
「やっぱりか…」
小さく息をつくとそのペンダントを購入する。
店から離れたところで、そっとロケットの蓋を開けてみる。
中にあったのはモノクロの写真と小さく折り畳まれた紙片。
「こんなところで出会えるとはね」
巡り合わせの妙に感心する。
リシュー君やメネに見せたらきっと驚くだろうと思いながらペンダントを収納した。
お話を読んでいただきありがとうございます。
次回「31話 いざ、魔国へ」は金曜日に投稿予定です。
よろしくお願いいたしますm(_ _)m




