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28、酒宴と夜話


「ギルドでドロップ品の買い取りをしてもらったら次のラーゼンの街へ行こう」

 此処にはもう用は無いので上階への階段に向かう。

怪しまれない為に面倒だが地道に徒歩で出口を目指すのだ。


「うん、分かった」

 笑顔で頷くリシュー君の横でメネが笑みを浮かべて口を開く。


『精霊たちがカナエに感謝するって、聖域を生み出してくれたおかげで力が強くなったそうよ』

「お役に立てたのなら良かったです」

 意外なところで精霊たちに喜ばれたようで、姿は見えないが上着の裾を指で摘まんで淑女の礼を返しておいた。



「ありがとうございました」

 深々と頭を下げるギルドの受付嬢に見送られ、私たちは暖かくなった懐と共にロウラの街を出た。

さすがはダンジョン中層から下層のドロップ品。

特に『気配遮断の指輪』と金塊や銀塊はかなりの高額で買い取ってもらえた。


その功績でリシュー君はランクがCからBに、私もDからCへと上がった。

パーティーランクもCになり、このランクになるとダンジョンの入場料が安くなったりと何かと特典があるそうだ。


指名依頼がされるのはBランクからで、この辺りが一番気楽なのでこのままランクは上げないようにしたい。



「まずは街の近くに出るよ」

 言いながら地図にある草原に羅針盤の座標を合わせる。

もうすぐ陽が落ちるし、そこで一泊して朝になったら街を目指すことにする。


ラーゼンの街は今いるサフィール国の2つ隣の国ティーダスで一番大きな領都だ。

此処は魔道具開発で有名な場所で多種多様な魔道具が売られている。


私の手持ちの物は門外不出が多いので此処で無難な道具を買い揃えたいと思っている。

それにこの街にはロウラと同じで12柱すべての神殿があるのでチクリ活動もできて一石二鳥だ。


『どんなところか楽しみねぇ』

「美味しいものがあるといいなぁ」

 そんな会話をしながら私たちは草原へと転移した。



『お帰りなさいませ』

 ドアを開けるとすぐにアンの声が出迎えてくれた。


「ただいま、アン」

『今、帰ったわぁ』

「お腹すいたぁ」

 それぞれ答えるとアンが心なしか嬉しそうに言葉を綴る。


『お風呂が沸いております。室温23℃湿度60%快適空間でお過ごし下さい』

「ありがとう」

 掃除をしなくてもいつも部屋は綺麗だし温度管理もばっちりで言うこと無し。

本当にアンには助けられている。


「そうそう。はい、お土産」

 山岳ゾーンと海ゾーンのエリアボスの魔石を取り出し、いつものようにタブレットに貢ぐ。


『ありがとうござします。さらなる進化により異空間操作が可能になりました』

「ほ?」

 何だかとんでもない言葉を聞いたが…気のせいだよね。


「異空間操作って何?」

 無邪気に問うリシュー君。

それに対してアンが少しばかり得意げに言葉を綴る。


『これでご主人様が収納からワタシを出す必要は無くなります。ドアだけを出現させれば出入りが可能です』


やっぱりか。

つまりこれからはアンを出す場所を探す必要が無くなり、ドアから入ればそのまま収納空間内で過ごせると言うわけだ。


「じゃあダンジョンの中でもアンのところに戻れるんだね。だったらずっと攻略が続けられるや」

 嬉しそうなリシュー君を横でメネが力なく首を振っている。


『主人が破天荒だと従者も似るのねぇ』

 失礼なことを言わないでもらいたい。

私はそこまででは無い…と思いたい。




「今日もお疲れ…自分」

 小さく呟いて手にしたグラスを掲げる。

リシュー君が寝た後、こうしてキッチン横のテーブルで寝酒を楽しむのが最近の日課だ。


『あら、また一人酒ぇ』

「いいでしょ、別に」

 ふよふよと此方に飛んできたメネに言い返すとグイっとグラスを煽る。


「うん、美味しい」

 ロウラの街の酒屋で勧められた地酒だがウィスキーに似た味でなかなかイケる。


『いい飲みっぷりねぇ。誠之助を思い出すわ』

 その名に私はかねてからの疑問を口にする。


「メネの言葉遣いって…誠之助さんの真似?」

『良く分かったわね』

 驚くメネの前で、やっぱりと嘆息する。


「まさかのオネエだったとは」

『ちょっと、違うわよ。誠之助にはちゃんと奥方がいたのよ』

「ゲイを隠すための偽装結婚とか」

『そっちも違うわっ』

 身を乗り出してきたメネの話によると…誠之助さんは中身はノーマルだが女装癖が。


『だから違うって言ってんでしょっ。ちゃんと人の話を聞きなさいっ』

 ぷりぷりと怒りながらメネが言葉を継ぐ。


『誠之助は小柄だし女顔だったから任務中は女の振りをしてたのよ。その方が相手の口が軽くなるから』

「確かに西欧だと男は女を口説いてなんぼってのが多いしね」

 グラスにお代わりを注ぎながらの私の言葉に、ええとメネが大きく頷く。


『向こうの男は慎み深くて優しい日本の女ってのに弱くてね。敢えて片言の外国語を使って照れた顔で軽くおねだりしただけで必要なことをホイホイ教えてくれたものよ』

「大和撫子幻想がここにも」

 中身を飲み干してからの私の呟きに、うんうんとメネも深く頷く。


「そう言えば…二股掛けてるのがバレた馬鹿も同じようなこと言ってたな」

『あらあ、それは聞き捨てならないわね』

 ワクワクした顔でこっちを見ているので渋々ながら黒歴史を口にする。


「ちょとの間、一緒に暮らしてた馬鹿男が別部署の後輩とデキてて、それがバレた時に『本当は俺は優しくて慎み深い女が好きなんだ。だけどお前は違うだろ』とか抜かしたんで、その日のうちに家から叩き出してやったんだけど」

『けど?』

 先をねだるメネの前でさらなるお代わりを飲んでから言葉を継ぐ。


「しばらくして『あいつとは別れた。やっぱりお前がいいって分かったんだ。俺の為にまた飯を作ってくれ』とかほざいて復縁を迫ってきたんだ。どうやら本格的に付き合ってみたら散財癖のある子だったらしくて、頻繁に高級レストラン通いやブランド品を強請られてアッと言う間に借金生活になったって」

『付き合っていてそれが見抜けないなんて、本当に馬鹿な男ねぇ』


「しかもその時の態度が『俺が戻って来て嬉しいだろう』って感じだったんでムカついて『ふざけんなっ』て追い返した。ホント、我ながら何であんな男に引っ掛かったんだか」

『でもカナエちゃんのことだから、それで終わりじゃ無いでしょ?』

 ふふっと笑うメネに肩を竦めながら答える。


「浮気相手の後輩にちょっと知恵を付けてやっただけだよ。二股されて一方的に結婚の約束を反故にされた慰謝料を請求して内容証明を会社に送り付けてやれって」

 グラスの中身を空にする私を見ながらメネが不思議そうに聞き返す。


『カナエちゃんはしなかったの?』

「あんな奴の為に貴重な時間を割くのが嫌だったのと面倒臭いから」

 私の答えに、あらあらと笑ってから続きを求めてきた。


『それでどうなったの?』

「ヤツの上司が自分の娘が不倫されて離婚してるんで、そういったことに殊更厳しいって知ってたからね。借金返済の為に会社の備品をこっそりネットで売り捌いてた事がバレたのもあって、出世コースから外されて地方に飛ばされたって聞いたな」

 私の話にメネが納得した様子で何度も頷く。


『さすがは「報復者」の称号持ちだわ。やっぱりカナエちゃんを敵に回しちゃだめよねぇ』

 メネの言葉に苦笑を返しながら、でもねと口を開く。


「私だってね…こんなことして何になるって思うことも、やった後に後悔したりもするんだよ。バカやってるなって。クソに対してもそう、奴のことなんか忘れてこの世界で好きに生きればいいじゃないって」

 小さく息を突くと空のグラスに琥珀色の酒を継ぎ足す。


「でもやっぱりダメなんだよね。遣られっ放しじゃ気が済まない」

 私の言葉にメネがヤレヤレと緩く首を振る。


『難儀なことだわねぇ。あんたの場合、それが出来てしまう才を持ってるってところが余計にね。でもいいんじゃない、我慢したり、諦めたりするよりずっといいわよ。誠之助もそんな風に生きられたら良かったのにね』

「誠之助さんが?」

 私の問いにメネは大きく頷いた。


『女の姿の方が任務が捗るってなったら誠之助は海外ではずっと女でいなくちゃならなくて、本人は凄く嫌がってたけど命令だから仕方なく従ってたの。こっちに来て国に囚われた時、大人しく言うことを聞いたのは権力の前では抵抗しても無駄だって知ってしまっていたから。でもね、誠之助は此処でもずっと女言葉を使ってたの、それは誠之助なりの精一杯の抵抗だったと思うのよ』


「その影響でメネがオネエになったわけか」

 グラスを空にしてから呟くと、すかさずメネが反論する。


『だから違うわよっ。言葉はこうでもアタシは…』

「………スー」

『ヤダ、此処で寝るんじゃないわよ。風邪ひくじゃない』

 髪を引っ張って揺らすが起きる様子は見られない。


『酔っぱらいは仕方ないわね』

 ハアっと溜息をつくとアンに向かって声をかける。


『部屋の温度を上げてくれる。それと何か掛けるものをちょうだい』

『承知いたしました』

 アンの声と共に丸形掃除機がベッドから毛布を引っかけて持ってくる。


『よいしょっと』

 それをメネが引っ張り上げてカナエの体を覆う。


『あんただって不安だし、めげそうな時もあるわよね。でもリシューちゃんの前ではそんなことおくびにも出さないでいる姿はカッコイイと思うわよ。カナエちゃんみたいだったら誠之助ももう少しましな生き方が出来たかも。…お休み、良い夢を』

 明かりが落とされたキッチンからメネはゆっくりと姿を消した。



『…まだ起きてたの?』

 2階から光が漏れていることに気付いて向かってみるとリシューちゃんがベッドの上に置き上がっていた。


「うん、なんか目が冴えちゃって」

『元気ないわね、何か悩み事?』

 私の問いに少し迷ってから静かに口を開く。


「どうしたら…カナエの役に立てるかな」

 あらあら、まだ今日の出来事を引き摺っているみたいね。 

 

アタシが見つめる中、ポツリポツリとリシューちゃんが思いの丈を口にし始めたわ。


家には両親と兄と妹がいて、朝起きて学校に行って、終われば友達とアニメの話をしたりゲームをしたり、天気がいいとサッカーに興じたり。

そんな風に毎日楽しく暮らしていた。


でもある日、急に具合が悪くなって病院に行ったら…世界中で流行してる疫病に罹ったことが分かった。

担当のお医者さんは『すぐに良くなるよ』って言ってくれてたけど。


高い熱が出て息が苦しくなったと思ったらあの白い部屋にいた。


死んだと言われても全然実感が無くて…それより始まったことが新しいゲームみたいで、楽しそうでワクワクした。


でも楽しかったのは最初だけ、すぐに一人でいることが不安で寂しくて辛くて。

食べる物も滅多に手に入らない、夜も魔物が襲ってくるから安心してゆっくり寝られない。

毎日が怖くて嫌でたまらなかった。


家に帰りたい、家族に会いたい、母さんの料理が食べたい…そんな事ばかり考えていた。

特に夜にはどっと不安が押し寄せてきて…周りに誰もいないから毎日、声を上げて泣いていた。


そんな時、お腹が空いて食べたキノコに毒があって動けなくなった。

凄く苦しくて…ああ、また死ぬんだって思っていたら、いきなり口の中が水で一杯になった。

喉が渇いていたから夢中になって飲んで…気が付いたら隣に女の子がいた。


やっと会えた自分以外の人に夢中になってしがみついた。

それがカナエだった。


でもカナエにとって僕は保護すべき子供に過ぎなくて、人里に連れて行って身の振り方が決まったら別れるつもりだって…その口調で分かった。


それは嫌だった。

ずっと一緒にいたかった。


だからカナエの邪神に遣り返すっていう仲間になった。

本当は邪神のことなんてどうだって良かった。

ただカナエの側にいるためにそう言っただけ。


そんな僕の側にカナエは居てくれた。

それだけじゃなく安心して眠れる部屋を与えてくれて美味しい料理を作ってくれた。


なのに僕はまるでカナエの役に立っていない。

このままじゃいつか呆れられて離れて行ってしまうかもしれない。



リシューちゃんの話に私は深いため息をついたわ。

カナエちゃんも難儀な子だけど、リシューちゃんも負けてないわね。


『リシューちゃんは十分役に立ってると思うけど』

「…そうかな」

 自信なさげな様に、仕方ないわねぇと言葉を継ぐ。


『日本語の「人」っていう字を知ってる?』

「うん、こうだよね」

 頷くと宙に指で人と書いてみせたわ。


『正解よ。これはね、人は互いに支え合うものって意味もあるの』

「そうなんだ」

 感心するリシューちゃんの前で大きく頷いてあげる。


『人は決して一人では生きて行けない生き物なのよ。頑張れば一人で生きて行くだけは出来るかもしれないけど、そうなると体は生きてても心が死ぬのよ。それはリシューちゃんも良く分かってるんじゃない?』

 アタシの問いにリシューちゃんは大きく頷いたわ。


「うん、寂しくて…こんなのが続くなら死んだ方がマシって何度も思ったもの」

『強く見えるカナエちゃんだってそう。リシューちゃんが側にいて支えてくれているからあの子も今を楽しく生きてられるのよ』

 私の言葉に考え込むリシューちゃん。


「それでも…もっとカナエの役に立ちたい」

『なら頑張るしかないわね。剣と魔法の腕を上げてカナエちゃんをビックリさせてやりなさい』

「うん」

 衒いもなく力強く頷くリシューちゃんはカナエちゃんが言う通り本当に良い子ね。


『私も応援してるわ』

「ありがと、メネさん」


そんな風にこの日の夜は更けていったのよ。


 

拙いお話を読んでいただきありがとうございます。

次回「29話 ラーゼンの街」は金曜日に投稿予定です。

よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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