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24、ダンジョン中層


「本当に山ばかりだね」

「うん、ピレネー山脈みたいだ」

 リシュー君の言う通り此処から見える景色は絵葉書にあったフランス側から見たピレネーの山々によく似ている。


ピレネーの麓にあるゴーブ湖周辺は、絵のような美しさの湖畔の景色に加えて夏季は高山植物が咲き乱れ高山蝶が飛び回る雲上の楽園と呼ばれている。


しかしながら見かけは似ていても此処はダンジョンの中、早々に高山蝶ではなく魔物が出迎えてくれた。


『来たわよぉ、あれは山羊種のゴートゥだわ』

 メネが言う通り、此方に向かって爆走して来るのは5匹のゴートゥだ。

あれの突進攻撃は厄介で、しかも角から火の玉を飛ばしてくるという魔物だ。


「右から来る3匹は任せて」

「分かった。だったら僕は左の2匹を倒すよ」

 言うなり走り出したリシュー君。


その背を見送ってから3匹のゴートゥへと向き直る。

私がすることは変わらない。

結界に閉じ込めて中の酸素を抜く、それだけだ。


「まあまあの大きさかな」

 さすがに21階層だけあってドロップされた魔石はゴルフボール程でそれなりだ。


「はい、魔石」

 剣に反対の属性である水魔法を付与して危なげなく倒したリシュー君が戻って来た。


「おつかれさま」

 渡された魔石を収納すると地図に目を通す。


このゾーンの面白いところは目の前の山が21から30階層となっていることだ。

つまり裾野が21階層、その奥の麓が22階層と山を登るに従って階層が上がり、頂上の30階層に到達するとそこに転移の魔法陣があってさらなる下層の31階へと行ける。


21から24階層に出るのはさっきの山羊系の他にクマ系、大鷲などの猛禽類の魔物だ。

そして山の中腹辺り…25階層に行くとまたゴーレム系が出始める。


だが洞窟ゾーンとは違って居るのはシルバーやゴールドにプラチナ、そして遭遇率は低いがミスリルゴーレムも現れる。


残念なのは此処のゾーンには宝箱が存在しないこと。

まあ、ゴーレム系が歩く宝箱みたいなものだから仕方ないか。


『ミスリルゴーレムを倒せたらそれだけで一財産よ、当分は遊んで暮らせるわ。しかもそのドロップ品は何故か塊ではなくてミスリル製の武器や防具なの』

「それは魅力的だね。ミスリルのナイフとかちょっと憧れる」

「凄いやっ、ミスリルソードは絶対に欲しいっ」

 目をキラキラさせてリシュー君が意気込む。


「それじゃ行きましょうか」

「うん」

 楽し気なリシュー君と一緒にまずは麓を目指す。



「はい、おしまい」

 そこらに転がる多くの魔石や羽根に、まったくぅとメネが文句を言う。


『少しは苦労しなさいよっ。ブラックイーグルの群れを相手に戦闘時間30秒とか有り得ないからっ』

 そう言われても群れを結界で囲んで酸素を抜くだけの簡単なお仕事で終わってしまうのだから仕方がない。


レベル上げも兼ねているので現れた魔物は半分ずつ倒しているのだが、リシュー君も魔法剣の使い方に慣れたようで風魔法を纏わせた剣で黒大鷲を相手にほぼ無双している。

なのでさっさと山を登ることにした。


 

「前に日本食レストランで食べたのよりずっと美味しいっ」

 色鮮やかな海鮮ちらし寿司をリシュー君が大喜びで食べている。


「久しぶりの新鮮な魚介だからね。張り切りました」

 他に貝柱の酢の物にカレイに似た魚の煮付け、鯛っぽい魚のアラ汁を並べたランチは好評だ。


ワサビは見つからなかったので似たような辛みのある草の根をすり下ろしたのを使ったが、支障なく食べられたので良かった。


だけど本当に早くお米が欲しい。

やっぱりレトルトご飯だと酢飯にしてもいまいち感がある。


「それにしても全然他の冒険者と会わないね」

 私の疑問に、当たり前じゃないとメネが呆れ返った様子で言葉を綴る。


『此処を何処だと思ってるの、脅威度BやAの魔物が徘徊する危険地帯なのよ。余程腕に覚えがあるか高ランクのパーティーじゃないと来られないわよ。食料やポーションとかの補給の問題もあるしね』

「確かに」


言われてみれば私もリシュー君もとんでもないレベルだし、収納があるので此処らを歩き回るくらいなら補給とは無縁だ。

しかしそうではない人達からしたら簡単に来られる場所ではないだろう。


そんなことを思いながら山の中腹でお昼を済ませ、テーブル等を収納していたら…。


「出たね、シルバーとゴールド」

「うん、キラキラしていて綺麗だ」

 此方に向かってくる金銀のゴーレムを発見する。


防御力が高く倒すのに苦労するらしいが…。

私たちがすることは洞窟ゾーンと変わらない。


私が鑑定で魔石の位置を確認し、それをリシュー君が水魔法で切れ味を増した剣で壊す。

腕を振り回して攻撃してくる時は部分的に結界を張って手足の動きを封じれば良いので楽なものだ。


「魔石と金塊と銀塊か。ぼろ儲けだね」

 ドロップ品を収納しながらニヤリと笑うとメネが呆れ顔を向ける。


『下品な顔になってるわよ。女の子がするもんじゃないわ』

「すみませんね、つい」

 肩を竦めて謝ると、ところでさとリシュー君が聞いてきた。


「何階まで攻略する予定?」

「うーん、私としては日を跨ぐのは避けたいかな」

「僕も完全攻略までは望んでないから…夕食までにしようか」

「じゃ、そう言うことで」

『軽いわねぇ、あんた達』

 本日何度目かの呆れ顔を向けてメネが言葉を継ぐ。


『ダンジョン攻略ってもっと苦労するし命がけなのよ。それを子供の遠出遊びみたいな感覚でやられちゃ普通の冒険者はたまんないわよ』

「そこは多少申し訳ないとは思うけど」

「これが僕らだし」

 私とリシュー君の言にメネは諦めに似た溜息をつくのだった。



そんなこんなでもう少しで頂上というところまで来た。

途中で出会った魔物…主にゴーレムはいつもの手順で魔石と金属塊に変え、懐も温かくなったしレベルも順調に上がって言うこと無し。


「お、あれは…」

 此方に近寄ってくる一際大きなゴーレム。


最初はシルバーかと思ったが輝き方が少し違う。

なので鑑定してみたら。


「ミスリルゴーレムだよっ」

 私の声に前にいたリシュー君が喜色を浮かべる。


「やったっ、ミスリルソードだといいな」

 もうドロップ品のことを考える辺り大概だが、そう簡単に事は運ばない。


「魔石は右胸の少し上っ。だけど気を付けてっ、スキルに『マジックキャンセル』がある」

 

同じようなものにアンチマジックがあるが、こっちは効果範囲内で魔法使用を出来なくするもので発動者の周囲にしか効力はない。


しかしマジックキャンセルとは言葉通りに魔法を解除してしまうので魔法自体が発動しないスキルだ。

これだと私の結界は完全に無効、レッサードラゴンの時のような使い方は出来ない。


「此処は僕がやるっ」

 意気込んで向かって行くリシュー君だが、Aランクの魔物だけあって切りかかるが傷一つ付かない。

さすがのリシュー君でも魔法無しの剣技だけでは荷が重そうだ。


『ちょっと大丈夫なのっ』

 焦った声を上げるメネに、何とかするよと答えて収納からある物を取り出す。


『何よ、それ?』

「掃除の時の心強い味方だよ」

『はあっ?』

 訳が分からないと言った顔のメネに笑みを向けてからリシュー君に声をかける。


「ちょっと肩貸してっ」

 言うなりリシュー君の元に駆け寄って行く。


「え?…カナエっ」

 驚くリシュー君の肩を踏み台にして高く空へと飛び上がる。

そのままミスリルゴーレムの上を通過しながら手にしていた物を浴びせかけた。


「ゴガガァァッ」

 叫びを上げるミスリルゴーレムの体がジュワジュワと泡まみれになり、同時に物凄いニオイが発生する。


いや、マジで広い場所で良かった。

洞窟内だったらと考えるだけでも嫌になる匂いだし、人体に影響も出ていただろう。


『何がどうなってるのぉっ』

 驚愕混乱するメネの側でリシュー君も呆気に取られている。


「今だよ、ミスリルゴーレムは巧く動けないから」

 激しく泡立つゴーレムは私の言葉通りにカクカクとコマ送り映像のような動きをしている。


「でも切るんじゃなくて突きで倒して」

「う、うんっ」

 続けられた私の言に不思議そうな顔をしながらもリシュー君がゴーレムに走り寄る。


「やっ!」

 剣先でゴーレムの右胸を突くと、パリンと澄んだ音がしてその巨体が崩れ落ちた。


しばしの後、ミスリルゴーレムが黒い煙となって消えたのを見て安堵の息をつく。


「賭けだったけど上手く効いてくれて良かったよ」

『あれはいったい何だったの?』

「サ〇ポールだよ。塩素系洗浄剤だから金属に効くと思ってね」


アンの進化に伴いその効力は千倍になってはいるが、元は備品として洗面台下に置かれていた掃除用洗剤で有名なサン〇ール。

さすがにその威力は抜群だ。


「リシュー君、剣貸して。そのままだと酸でダメになるから」

「ええ?」

 驚きの叫びを上げてリシュー君が慌てた様子で剣を差し出す。

それにペットポトルの水をジャバジャバと掛けて洗剤を流してから忠告する。


「突きでの攻撃だからあまりダメージは無いけど、念の為に街の鍛冶屋さんでメンテナンスをしてもらった方がいいかも」

「うん、分かった」

 水を綺麗に拭き取ってから渡すとリシュー君は愛刀を大切そうに鞘へと戻した。


「さて、ドロップ品は」

 ゴーレムが消えた辺りを見回せば、そこには割れた大きな魔石と一振りの剣があった。


「ミスリルソードだっ」

 念願のミスリルの剣を目にしてリシュー君がそこらを飛び跳ねて喜んでいる。


『この剣ならミスリルゴーレム相手でも引けを取らないわよ』

 そうメネが太鼓判を押してくれてリシュー君が満面の笑顔で頷く。


『それにミスリルは魔法と凄く相性がいいのよ。魔法剣を使うリシューちゃんにはピッタリの剣ね』

「だったらガルドさんの剣は休ませる意味でサブにして、此処ではそっちを使えば」

 私の言に、うんとリシュー君は大きく頷いた。


「じゃ、この調子で頂上を目指そうか」

 愛刀を大事そうにマジック袋に入れ、新たな剣を腰に装着するリシュー君に声をかけた。


「そうだね」

 笑顔のリシュー君を連れて山の頂上にある転移の魔法陣へと向かう。


とは言ったものの、このゾーンには洞窟ゾーンや森ゾーンに無い物がある。

それはエリアボスだ。

頂上には山岳ゾーンの主である魔物が待ち構えているという。


その魔物の種類はランダムで何が現れるのかは誰にも分からない。

ギルドで仕入れた情報だと出現率が一番高いのはミスリルゴーレムだそうだが、稀にとんでもない強力な魔物が出ることもある。


「今回は先にミスリルゴーレムが出たからね」

『ええ、他のが出る可能性が高いわよ。心して行きなさいな』

 メネの忠告に頷くと気合を入れて青空を背に聳え立つ頂上を目指す。


「見えた、頂上っ」

 急に開けた視界、だが其処には此処のボスが待ち構えていた。


「あれって…」

「キメラだね」

 真剣な表情でリシュー君が見つめる先にいるのは、頭がライオンっぽいもの、体は山羊に似て尻尾は蛇みたいな形の魔物。

しかもそれだけでなく右肩には猿、左肩には熊に見える頭が、背には鷲の翼が付いている。


「強そうなの全部乗っけてみましたって感じだね」

「同感、でもこれだけは言えるかな…趣味最悪っ」

 私の言にリシュー君だけでなくメネも同意の頷きを返してる。


「ま、やることは同じだけど」

 いつものように結界で囲んで酸素を抜くだけの簡単な…。


「此処は僕にやらせて」

 結界を張ろうとしていたら、そう言ってリシュー君が私の前に立つ。


「新しい剣を試してみたいんだ」

 毅然と敵を見据える顔は何時の間にか戦う男のものになっている。


「…分かった。気を付けて」

「うん」

 元気な返事と共にリシュー君が駆け出す。


「成長したねぇ」

 その背を見送りながらの呟きに、当然よとメネが我が事のように胸を張る。


『誠之助が言ってたわ「男子三日会わざれば刮目してみよ」って』

「確かに」

 初めて会った頃の頼りなさはもう感じられない。

本当に男の子の成長は早いと実感する。


見守る私たちの前でリシュー君の戦いが始まった。 



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