第九十八話 徳姫の婿取り その二
すいません。
果物の収穫の時期に入って忙しくなり更新が遅くなりました。
「兵庫頭様。突然の来訪にも拘らずご尊顔を拝させていただけたこと感謝を申し上げまする。」
「何を申される。某は左京大夫兄上の弟にござりまする。兄上の御家来衆に対し門を閉ざす事などござりませぬ。ましてや昵懇の間柄である但馬守殿の来訪となれば否やはござりませぬ。
して、此度の御来訪は如何なることにござりましょうか?六角家では先に行われた浅井家への援兵から戻られて落ち着かれたところやに聞き及びまするが…」
母・吉乃の来訪によって徳姫の輿入れについて尻を叩かれた俺の許に六角家から後藤但馬守定豊が僅かな供と共に来訪し俺に目通りを願い出てきた。
但馬守とは南伊勢攻略の折に六角家の軍監として俺の許に付けられてから親しくなり、以後は北畠家から六角家への取次などは但馬守を通す事が通例となり、他家の者でありながら昵懇と言ってもいい間柄となっていた。
まだ年若いながらも六角家の六宿老の一角として、確固たる力を持ち年上の蒲生左兵衛大夫改め下野守賢秀や三雲新左衛門尉改め対馬守成持、平井加賀守定武などからも認められている人物だ。
そんな但馬守が僅かな供を連れただけで俺の許にやってくるなど、藤次郎を連れて俺の許を訪れた時以来の事だったため、また何事かあったのかと身構えた。
しかも、前年に浅井家と共に行った叡山の焼き討ちの後始末を終えて兵を領内に戻しようやく落ち着きを取り戻したばかりの事だったため余計に六角家内で何事かあったのかと心配になったのだ。
ところが、当に但馬守は僅かに笑みを浮かべて首を横に振り、
「申し訳ござりませぬ。僅かな供だけで先触れも無しの訪問で御心を騒がした事、ご容赦下さりませ。実は内々に兵庫頭様の存念をお訪ね致したく、罷り越しましてござります。」
「某の存念にござりまするか?それは一体…」
「兵庫頭様の御実妹姫・徳姫様の事にござります。左京大夫様からお聞きしたのですが、徳姫様は三河の徳川次郎三郎殿の下に輿入れするところだったものの、急遽冬姫様が輿入れなされることとなり、その間の時を取り持つため兵庫頭様は三河に赴かれていたとか。兵庫頭様が三河に赴かれている間に尾張に居られた徳姫様は口さがない者たちから“生駒の鬼姫”と呼ばれる様になり、輿入れ先が決まらず兵庫頭様が伊勢入りさせる際に同道されて、今では伊勢にお過ごしと窺いました。」
但馬守の口から出た言葉に、俺は内心余計な事を家臣に漏らしたものだと左京大夫兄上を詰った。もっとも、左京大夫兄上は未だ輿入れ先が決まらずに伊勢で居候の身に甘んじている徳姫を心配し、つい漏らしてしまったのだろうとは思うが。
まぁ、それだけ左京大夫兄上は但馬守に信を置いているという事なのだろう。それだけ六角家家中を掌握出来ているという証左なのだとは思うのだが…
「確かに、徳姫は某と共に伊勢に参り日々を過ごしております。次郎三郎殿との縁はござりませんでしたが、本人はその事を気にしている様子はなく、次郎三郎殿の下に嫁がれた冬姫が懐妊したとの知らせに喜び、祝いの文をしたためている程。徳姫にとってはこの伊勢の水が合っているのでござりましょう。生駒の母からは一日も早く徳姫の輿入れ先をとつい先日も詰め寄られた所にござりまするが、某としてはもう暫く徳姫の思う通りに過ごさせてやりたいと思っている所存にござります。」
と、下手な横槍はご免被ると匂わせたものの、俺の言葉を聞きにしても但馬守は気にする様子はなかった。
「それはいけません!徳姫様も何時輿入れをしても良い年頃の姫君にござります。その姫君に対して、お兄上様である兵庫頭様がその様な事を申されては縁が遠のくばかりにござりまするぞ!!」
と声を上げにじり寄ると、
「左京大夫様には兵庫頭様にこれと言った御意向が無ければ、当家の歳近き若武者と縁を結ばれては如何かと御考えにござりまする。
当家と北畠家は平井加賀守殿の御息女と兵庫頭様のご家臣・木下小一郎殿が縁を結ばれました。しかし、この後より一層深き縁を結びたいと左京大夫様は御考えにござります。
如何でしょう、徳姫様との事お考えいただけませぬでしょうか!」
但馬守の言葉に明確な反論の根拠が見いだせず、俺はこの事を徳姫に話してみようと告げてお茶を濁してしまった。
後日、但馬守から蒲生左兵衛大夫賦秀ならば歳の頃合いも良く、武勇に優れた者ゆえ徳姫様にもお気に入りいただけるのでは…と文が届き頭を抱える事となった。
ともあれ、但馬守に徳姫に話をすると言ってしまった手前、徳姫に何も言わず俺の独断で断るも受けるも出来ない為、但馬守からの文を手に徳姫の許を訊ねると、間の悪い事に徳姫は他の者と共に武芸の修練をしているとの事、しかもその中には藤太郎の弟・藤次郎も居た為、流石に時の場所を間違えたと即座に踵を返し出直そうと思ったのだが…
「兄上、如何なされたのですか?私にお話があると侍女から伺っていましたが、顔を見せるなり踵を返そうとなされるなんて。」
と、徳姫本人から呼び止められてしまった。こうなっては仕方ないと腹を括って徳姫に近づき、
「実は…」
と左京大夫兄上から徳姫を介し六角家と北畠家の縁を今以上に結ぶ為に、縁談を持ち掛けられ後藤但馬守から徳姫に蒲生左兵衛大夫賦秀の許に輿入れをと打診があった事を但馬守から文を見せながら話した。
徳姫と共に話を聞いていた寛太郎をはじめとした近習たちは、俺の話を耳にすると口々に徳姫に対して祝いの言葉を口にしていたが、藤次郎は少々複雑な表情を浮かべ皆に遅れて祝いの言葉を紡いだ。
しかし、皆から祝いの言葉を送られた徳姫本人は眉間に皺を寄せると、
「蒲生左兵衛大夫賦秀と言えば、確か藤次郎殿が示した南伊勢の攻略の折の働きを妬み、六角家から致仕せざるを得なくした者にござりませんでしたか?兄上はその様な心根貧しき者の許に私を嫁がせるおつもりですか!」
声を荒げ詰問してきた。その剣幕に気圧されつつも、やっぱりこうなったかと予想した通りの反応を示した徳姫にいけない事と思いつつも安堵してしまった。しかし、その後に続く徳姫の言葉に再び頭を抱え込むことになった。その言葉とは…
「良いでしょう。私がその者の性根を見分して進ぜましょう。兄上、左京大夫兄上にこう申して下さい『徳姫は尾張の地にて“生駒の鬼姫”と称された武辺者にござります。その様な者の婿になろうと申されるのであれば、それ相応の武威を持たれている事とお見受けいたします。その御力の一片なりお示しいただきとうござります』と!」
だった。




