第八十一話 長島一向一揆、前夜
今回は少し短くなりました。
「では、願証寺は彦七郎様の居城・小木江城を攻めると言うのだな。しかも、桑名はその事を知りながら願証寺の求められるままに弓矢や甲冑などの手配に協力していると。」
「はい。どうも以前より話は進んでいたようにござりますが、弾正忠様がお言葉通り越前に乱入した一向宗の背後を突いて一揆を主導していた坊主が籠る尾山御坊を囲んだ事で摂津の本願寺から強い申し入れがあった由。願証寺の証意殿は本願寺からの申し入れには抗しきれず…」
伊賀が臣従し、大広間にて伊賀の忍び衆と顔を合わせてから半月もしない内に俺の許に丹波守から凶報が届けられた。
伊賀の臣従の直後、当主・左衛門督義景が都に上洛し不在となった越前朝倉領に加賀の一向門徒が乱入したのだ。
莚に墨字で『南無阿弥陀仏』と書いた莚旗を掲げた一向門徒一万が加賀国の拠点・尾山御坊(御山御坊)から北陸道を南下し、国境を固めていた大聖寺城とその支城・日谷城を攻めた。大聖寺城は一向宗が築城した城だったが、名将・朝倉太郎左衛門尉教景(宗滴)によってわずか一日で陥落、その後は国境を固める朝倉家の城となっていた。大聖寺城とその支城は一向門徒の抑えとして越前防衛の要だった。というのも、大聖寺城が置かれた場所は越前と加賀の国境に位置し、大聖寺城を抜かれる事となれば南の敦賀湊と共に朝倉家の重要貿易湊である三国湊が脅威に曝される事となるからだ。
その為、朝倉家当主・左衛門督義景の留守を預かる朝倉式部大輔景鏡は越前に乱入した一向門徒に対し迎撃の兵を挙げ、春日神社西側丘陵に築かれた神宮寺城に入った。
式部大輔の動きに対して一向門徒は北潟湖の東岸の吉崎御坊跡地に陣を張った。
吉崎御坊とは、比叡山延暦寺から逃れた本願寺法主・蓮如が北陸における布教拠点として築いた寺で、加賀国から攻め入った一向門徒と朝倉家が戦った『九頭竜川の戦い』に総大将・太郎左衛門尉の夜間渡河による奇襲によって敗走し廃却された一向門徒にとっては重要な場所だった。
そんな吉崎御坊跡地に本陣を構えた一向門徒は不退転の決意で式部大輔率いる朝倉軍と対峙していた。
一向門徒越前乱入の一報に父・織田弾正忠は前田又左衛門利家を北近江の浅井家に派遣し、朝倉左衛門督と共に上洛している浅井新九郎改め浅井備前守長政の実弟・新十郎治政の与力として付けて式部大輔の元へ送り、越前に乱入した一向門徒の目を引き付けて置き、父自ら軍を率いて飛騨から連なる峰々を越えて尾山御坊を強襲した。
この父の動きに驚いたのは下間頼総や杉浦壱岐守法橋などの越前乱入を画策した一向宗の坊主どもだ。
事前に越前に乱入するような事があれば加賀を攻めると警告されていたものの、まさか本貫たる尾山御坊が攻められることになるとは思ってもいなかったようだ。
そして、朝倉家の者達も浅井家と織田家の動きに驚いていた。
確かに、備前守から左衛門督が上洛する隙を突いて一向宗が越前に乱入した時には、朝倉家に助勢し一向門徒を越前から追い返すと約束していたが、その言葉通り浅井家からは備前守の弟が軍を率いて朝倉家の後詰に入り、織田弾正忠は自ら兵を率いて一向門徒の本貫地である尾山御坊に攻め掛かるとは思っていなかった。
特に織田の軍は飛騨の峰々を越えての強行軍で事を成した事に、畏怖を覚えたとしても致し方ない事だろう。
この動きに対し下間頼総、杉浦壱岐守などは急ぎ摂津の本願寺に助勢を乞う使いを走らせた。尾山御坊からの報せに本願寺の顕如は、都に滞在する左衛門督と備前守に謝罪と共に和睦を打診したものの、
「当主の留守を狙い土足で踏み込むは盗人の所業。本願寺光佐は盗人に仏の教えを広めさせておられるのか?それは如何なる存念有っての事かお聞かせ願いたい。」
と強硬な姿勢で詰問状を突き付けられて激怒し、長島の願証寺には織田家へ堅田の本福寺には浅井家へ一揆(軍事行動)を起こすように指示した。
堅田は淡乃海の海(琵琶湖)の南西湖岸にある湊町で、水運の拠点として栄えた地で一向門徒も多かった。本福寺もその恩恵に浴していたが大津にある顕証寺に門徒と布施を奪われ、廃絶寸前にまで追い込まれていた。
顕如はそんな本福寺に目をつけ、堅田の一向門徒を動かし浅井家の領地に一揆を起こす事で朝倉家助勢に動いた浅井家の足元を揺るがし、加賀の一向門徒の助勢をするように命じたのだ。
長島の願証寺に対しても、対岸の尾張領内で一揆を起こし尾山御坊を囲む織田弾正忠の本貫地で騒ぎを起こす事で弾正忠に囲みを解かせ尾山御坊を助けるよう指示を下した様だ。
史実では、願証寺が長嶋一向一揆を起こした時、父・信長の美濃攻略の折に美濃を落ち延びた一色右兵衛大夫龍興とその側近の長井隼人正道利や日根野五郎左衛門弘就・高吉親子などが身を寄せ、長島一向一揆に合力しているが、丹波守の調べでも願証寺の客将として数人の美濃の出の者が居るとの事だった。
「では、願証寺の一向門徒が対岸の尾張領に雪崩れ込むのは間違いないか…何時頃になると考える?」
「されば、桑名から盛んに物資を運び込んでいる所を見るに、米の刈り入れ前に事を起こすつもりなのではと。刈り入れ前に本貫地で騒動が起きれば弾正忠様は兵を引く、さすれば再び加賀に攻め込もうと考えたとしても間もなく雪が山道を閉ざし雪が解ける来年春までは安泰となる。そう考えたのではと拝察いたします。」
俺の問いに対し丹波守は澱みなく応じる姿に流石は伊賀忍び衆を束ねる三忍の一人だと感心させられる一方、これから始まる宗教戦争を目の前にしてズッシリと重い物が俺の背に乗せられたような気がした。
「そうか、遂に来るものが来たという事か…」
「兵庫頭様、如何なされました?」
ポロリと溢した俺の呟きを耳にして問い掛けてくる丹波守に対し、俺はゆっくりと深呼吸をした後、
「いや、念仏を唱えながら死兵となった者達を相手に戦をすることになると思うと、覚悟はしていたものの厄介な事だと思っただけの事だ。父上も此度の出陣の前には同じような思いを抱かれたのであろう…。丹波守、ご苦労であった。この後も願証寺と桑名の動きには目を光らせる様に配下の伊賀衆にもよろしく伝えてくれ。
寛太郎!これより軍議を行う。皆に大広間に集まるよう触れを出せ。」
「はっ!畏まりました。」
俺の命に即座に反応し部屋を後にする寛太郎を見送ったが、遠ざかる寛太郎の足音が長島から始まる一向門徒との戦いに向かう足音に聞こえるのだった。




