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第七話 出会い

 香取神道流を学ぶため月に数回清州のお城に通うようになったことで、それまで屋敷から出ることを許さなかった屋敷の主人であり母の兄・生駒八右衛門殿も俺の外出を許してくれるようになったのだが、


「茶筅。これまで屋敷の内で問題無く過ごしていたではないか。何故屋敷の外になど興味を持つのだ?」


「八右衛門様、茶筅はもう五歳にございます。そろそろお屋敷の外がどうなっているのか織田家の男子として見分を広めることも肝要と心得ます。」


元気に応える俺に八右衛門は渋い顔をした。


「確かにそうなのじゃがのぉ…仕方ない。織田の男子をいつまでも屋敷に閉じ込めて置く訳にも行かぬか。何人か供をつけるとしよう。」


そう言って護衛付きの外出と相成った。

お供に就いたのは生駒家で馬の世話をしている茂三しげぞう十三郎じゅうざぶろうの二人で、俺は二人を従えて屋敷の外へと出るようになっていた。

 生駒家が馬借の大親分といえる様な家のためか、周りには商家が多く意外にも活気があるように感じた。

俺はそんな活気のある商家の軒先に並ぶ商いの品を見ながら歩くのが好きで、この日もあちらこちらを見ながら歩いていたのだが…。


「てめぇ!うちの店に難癖付けようってのかぁ!!」


突然、怒号が上がり周りが一気に騒がしくなった。

その騒ぎに茂三と十三郎は俺を庇おうとしたのか手を伸ばしてきたが、俺はその手を掻い潜り騒ぎの中心に顔を出すと其処には店の主人らしき恰幅のいい男と、その足元に殴り倒されたのか顔を腫らした俺と同じくらいの歳のみすぼらしい服を羽織った男の子がいた。


「難癖なんて付けてやしない!俺は本当のことを言ってるだけだぁ!!」


「何だとてんめぇ、河原者の分際で何言いやがるぅ!」


殴られ地べたに這い蹲るような格好になりながらも、その男の子は店の主人を睨みつけていたが、そんな男の子に向かって商家の下人どもが罵声を浴びせ再び殴りかかろうとしていた。


「やめよ!」


男の子が殴られそうになる瞬間、俺は思わず声を上げていた。その声は思いのほか大きかったようで、俺の周りに居た野次馬どもは俺の声に驚いて腰を抜かす者や驚き距離を取るものがおり、騒ぎの中心にいた店の主人と男の子も驚いたのか体を震わせて動きを止め、俺の方を見た。


「な、何じゃ小僧!大きな声を上げるんじゃねぇ!!」


周りに居た野次馬が距離を取ったことで、俺の周りにはぽっかりと空間が空き制止の声を上げた者が誰なのか一目瞭然となる状況になったことで、店の主人は声を上げたのがまだ体の小さい餓鬼《俺》だと分かると、威圧的な態度で今度は俺を睨みつけて来た。


「喧しい!何を言われたのかは知らぬが大の大人が子供に手を上げるなど恥を知れ!!」


なりは小さくとも前世では少しは名の知れた武辺者(武道に関係する、武勇のある人の意。決して一群一城を領するほどの侍大将と言う意味ではない)だった俺が子供に大声を上げ暴力を振るう様な奴に臆する訳が無く、睨みつけて来た店の主人を一喝。

主人は俺の気迫に呑まれたのかそれまで激高して赤くなっていた顔が一瞬にして青褪め腰を抜かしたのかその場に尻もちをついた。


「「茶筅様!」」


店の主人が地べたに座り込んだことで、ようやく話が聞けると思った矢先、野次馬を掻き分けて茂三と十三郎がやってきてしまった。二人の姿を見た店の主人は再び表情を変えると、


「これは生駒屋敷の茂三殿に十三郎殿…」


猫撫で声を上げ二人にすり寄っていった。そんな店の主人に手を貸そうとする二人に再び俺は声を上げた。

「茂三、十三郎、控えよ!」


「はっ、茶筅様。しかし…いえ、失礼いたしました。」


十三郎は即座に俺の言葉に従いその場に控えたものの、茂三は何か言おうとしたが俺の一睨みと俺の脇に控える十三郎の姿にしぶしぶ店の主人から距離を取った。


「昼日中に天下の往来で騒ぎを起こすとは迷惑千万!人の邪魔にならぬ場所で織田の茶筅丸が双方の話を聞こう!」


そう告げると、店の主人は嫌らしい下卑た笑みを浮かべ、一方の男の子は眉間に皺を寄せ唇を噛んでいた。そんな対照的な態度を示す二人を余所に茂三と十三郎によって野次馬は散らされて通りには普段の喧騒が戻った。

俺は茂三と十三郎を伴い騒動を起こした男の店で話を聞くために中に入り、店の奥に設えてあった小さな中庭に向かい、二人を庭に座らせて俺は店の中庭に面した縁側に腰を下ろした。


「それでは双方先ほどの騒ぎの原因は何か申してみよ!」


十三郎の問い掛けに対し先に声を上げたのは店の主人だった。


「ではお話をさせていただきます。わたくしは鎧や馬具に使われる革を扱っております駒形屋と申します。実は、織田様から山肉をご所望いただきましてその用意に奔走しているさなか、この小僧が難癖をつけてまいりまして…」


揉み手をしながら十三郎にすり寄ってきた店の主・駒形屋に対し男の子は今にも噛みつきそうな顔で睨みつけ声を上げた。


「山の者から譲られ俺たちが腑分けした猪肉を奪い取っておいて何を言いやがる。これまでも鞣した革を二束三文で買い叩き、飢えをしのぐ為の山肉まで奪われちゃ俺たちに死ねって言ってるのと変わらねぇじゃねぇか!」


このやり取りで、俺が父に所望し月に数回届けられている猪肉や鹿肉、熊肉に山鳥の肉などが原因でこの騒ぎが起きたことを知り臍を噛んだ。

体を作るのに必要だと父に求めた肉の調達のために、この時代では禁忌とされている肉を食って糊口を凌いでいた者たちを苦しめることとなっていたとは思いもしなかった。しかし、よく考えてみればこの時代は肉食は忌避され、それに関わる生業なりわいも『河原者』と呼ばれる被差別民の仕事とされていた。

河原者は田畑を持たぬ者たちで、当時大雨の度に氾濫する河川周辺は人の住む場所から外れていた為に税の徴収もない代わりに、身分の保証もされない者たちだった。そんな河原者は他の者が忌避する仕事を生業とするしかなく、獣の皮を剥いで鞣す皮革業を行うものが多かった。

駒形屋は鎧や馬具に使う革をこの男の子の家族から買い付けていたのだろう。その値段が安く、この男の子の家族は米や稗が買えないため皮を剥いだ獣の肉を食し生活していたのだが、俺が父に肉を所望したために生活の糧であった肉までこの男の子の家族から取り上げることになってしまったようだ。


「茂三、このところ持ち込まれている肉の代金はきちんと支払っておるのだろうな?」


突然の問い掛けに驚いたのか駒形屋も男の子も口を噤む。問い掛けられた茂三は少し焦りながらも応えた。


「は、はい。勿論幾ばくかの金を払って肉を入手しております。」


「であれば、駒形屋はこの子供の家族から肉を取り上げ、報酬として支払われた金も己の懐に入れていたという事だな。」


「え~とぉ・・・・それは・・・」


そう断定するように俺は駒形屋を睨みつけた。

駒形屋は俺たちの方(主に茂三を)をチラチラ見ながら額に浮かぶ汗を拭いながら言葉にならない言葉を呟いていた。


「それでは店先で騒ぎがおこるのも道理であろう。金も払わずに取り上げたのならば盗んだと同じことではないか」


「お待ちください!いくら何でも盗んだなどとあまりのお言葉。わたくしはこの者たちから革を買い生計を立てさせてやっているのです。その恩に報いて些少の肉を差し出したとて罰は当たりますまい」


駒形屋は俺の盗っ人発言に、顔を真っ赤にし口から唾を飛ばす勢いで反論してきた。俺は店の主人の暴論に怒りを覚え再び怒鳴りつけようと大きく息を吸い込んだ時、


「そりゃお前の考え違いだわぁ。」


と俺の背後から声が飛び込んできた。振り向くと店の使用人らしき小者に案内されるようにして背の低い小柄な武士と優し気な顔の武士、最後に体の大きなパッと見では山賊?と勘違いしそうになり強面の武士が庭先に面する部屋に入ってくるところだった。

突然現れた三人の武士に茂三と十三郎は慌てて俺を守るように武士たちと俺の間に入ろうとしたが、俺は手を上げてそれを制して入ってきた三人を見上げた。

そんな俺の反応に小柄な武士はわずかに目を見開き表情を緩ませ、強面の武士は少し面白くなさそうに顔を背け、そんな同僚を優し気な武士が咎めるように眉を顰めた。


「木下様、わたくしの考えが間違っているとおっしゃるのですか?わたくしがこの者たちから革を買わねば困るのはこの者たちではありませんか!」


小柄な武士の言葉に憤慨したのか店の主人は声を上げたが、そんな主人に対し木下と呼ばれた小柄な武士は首をゆっくりと横に振り、


「おまゃさんに買ってもらわんでもこの小僧の家族は他の商家に売ればええだけだでなんも困らんわ。しかし、おみゃさんは革が手に入らんようになったらどうするだ?おみゃさんが相手にしとるのは武士だでぇ、一度受けたら『革が手に入りません』と言い訳したって通用せんだでコレもんだがねぇ。」


そう言いながら首を斬るように手を首に沿って動かして見せた。その途端、駒形屋の顔は青くなりガタガタと震えだした。

そこへ更に俺が追い打ちをかけた。


「その御仁の言われる通りだ。今回の事が広まればこの店に革を卸す者はいなくなるだろう。それだけではなく、尾張より皮を鞣す者が居を移してしまう事態になれば責はその方だけではなく一族郎党にまで広がるかもしれんぞ?何せ革を用いて作られるものは戦では必要不可欠なものが多いからな。」


「お、お許しくださませ~」


俺の脅し文句に駒形屋は震え上がりその場に土下座をして俺や木下と呼ばれた武士に許しを請い始めた。俺はそんな駒形屋を放置し、事の成り行きに驚き口をポカンと開けている男の子に声を掛けた。


「さて、お主の家族には悪いことをしたな。どうやら事の発端は某の願いだったようだ、済まぬ。詫びと言っては何だがこれまで奪われた肉の対価を改めてお払いするように父に話をしよう。それから、某はまだ体を作るために肉を所望したい。今後はお主の家族で猪や鹿などの腑分けをした際に某が住む屋敷に持って来てくれぬか。直接もってきてくれれば間違いなく対価を支払うことが出来るからな、どうだ?」


その言葉に、始めは何を言われているのか分からない様子だった男の子も言葉の意味を理解するにつれて徐々に顔が綻んでいったのだが、そんな俺と男の子のやり取りに待ったを掛ける者がいた。


「お待ちください茶筅様。河原者から直接取引をするなど御身が穢れまする」


そう言って俺を諫めようとしたのは茂三だった。


「茶筅様は織田のお殿様の御子にございます。その様な方が河原者と直に取引など世間に知られれば蔑みの種になりかねませぬ。ここ御自重いただき…」


「河原者だとて某と同じ人であろう。同じ人と人が取引をするに何の憚りがあろうか。蔑みたい者は勝手に蔑ませておけばよい!」


茂三が全てを言い終わらないうちに俺は声を張り上げていた。その剣幕に、その場にいた者すべてが驚きの表情を浮かべていたが、誰よりも早く俺の言葉に反応したのは木下と呼ばれた武士だった。


「流石は殿様のお子じゃ!殿様も百姓出の拙者を嘲る同輩を叱責されておられたが、その際も同じことを申されておられた。この木下藤吉郎秀吉、茶筅丸様のご見識に感服いたしました!!」


そう言うが早いかその場に片膝をつき頭を下げて見せた。その姿に後ろに控えていた優し気な武士と強面の武士も追従し同じように膝をついて頭を下げた為に茂三は何も言えなくなった。

その後はすんなりと話は纏まり、奪われた肉の対価を駒形屋が払って謝罪し今度は正当な対価を支払う事で変わらず革を店に卸すよう話をまとめた。そして、俺が求める食用肉は直接生駒屋敷に持ち込み屋敷で対価を払う事となった。

しかし、このことが発端となり俺は己の未熟さを痛感する事になる…


◇木下小一郎秀長


「小一郎、将右衛門殿、あれが殿様が嬉しそうに“たわけ”と申されておられる茶筅丸様じゃ。まこと、たわけたお方じゃのぉ。わしゃ大いに気に入ったぞ!」


鎧や馬具について話をするために訪れた駒形屋からの帰りの道中、兄は随分と機嫌が良かった。

それと言うのも、織田の殿様の御子の一人である茶筅丸様に偶然お会いでき、そのお人柄を知る機会を得られたからだ。しかも、百姓上がりの兄に目をかけ武士に取り立ててくれた殿様と同じように身分で人を判断することなく、その者の有り様を見て判断される姿に殿様の姿を重ねていたようだ。

これまでお顔を拝する機会があった奇妙丸様と三七様は殿様の真面目な一面を色濃く受け継いでおられるようにお見受けしたが、もう一面のうつけと呼ばれた常識に囚われない物事の本質を見ようとされる気質は薄いように感じていた。そんなところに、“たわけ”と評される茶筅丸様にお目にかかり殿様に似た気質を感じて喜んでいるのだろう。

しかし、河原者に対して同じ人だと言い切ったのには驚かされた。河原者は山の民と同じ化外(統治の外にいる)の者。その者に統治者の一族である茶筅丸様が同じ人と口にするとは…そう感じた某の気持ちを代弁されるように将右衛門殿が声を上げた。


「何を言っておるか、河原者を同じ人などと世の中を知らぬ小僧の戯言じゃ!」


「確かに将右衛門殿の言う通りじゃ。武士《儂ら》の前であのような事を口にすればどの様な災いを招くか分かっておらぬ童の戯言かもしれん。だが、あの目の輝きは儂らが思い悩むことなど些事だと言わんばかりじゃった。もしかすると、儂らの想像を超えた“たわけ”た御子かもしれんぞ。これは面白きことになったのぉ、わっはっはっはっはっは…」


そう兄は拙者や将右衛門殿の懸念を笑い飛ばした。

そんな兄に、将右衛門殿は一層渋い表情を浮かべ面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「その様子では近いうちにもう一度あの小僧の下に出かけるつもりだな。やれやれ物好きな事だ」


「なんじゃ、将右衛門殿は気にならんのか。殿様の御子がどの様なお方なのか知りたいとは思わんきゃ?」


「そうは言っておらんが…川並衆を従える者として同じ川に居をもつ河原者に目を向ける小僧は…」


「なんじゃ、将右衛門殿はあのたわけ殿を畏れておるのか?これは愉快じゃ、川並衆を束ねる前野将右衛門が童を畏れるとは。わ~っはっはっはっは」


豪快に笑い声を上げる兄に苦虫を噛み潰したような渋面を浮かべる将右衛門殿。そんな二人のやり取りを聞きながら拙者もあの茶筅丸様の姿を今一度思い返した。


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― 新着の感想 ―
[一言] 河原者 : 河原は石や礫ばかりで何も作物が取れない。その河原と同様に何も作りださない(=役に立たない)芸人の事を指して河原者と呼んだ、と何かで目にしました。 いずれにしても被差別民であった事…
[一言] 続きが楽しみすぎまする
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