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第六十一話 大河内城攻城戦 その一

お盆の前に何とか更新できました。


◇伊勢国 霧山御所 北畠右近大夫将監具房


「そうか、次郎めは六角と織田に降ったか…あの愚か者が!」


そう吐き捨てると手に持っていた扇子を圧し折り怒りをあらわにされる父上に私は眉を顰めたものの何も言うことは出来なかった。ここで何か一言でも発しようものなら父の怒りが遠く離れた場所にいる次郎ではなく、目の前にいる私に向けられることは分かり切っていたからだ。

父上の叱責を恐れ何も言えないでいる北畠の当主としては情けない限りの私に代わり、苦渋を舐めながら“家”を遺すために六角と織田に降った次郎を擁護しようと口を開いたのは木造の叔父上だった。


「御隠居様。その物言いはあまりにも次郎様がお可哀そうにございます。次郎様はようやく長野家の実権を握られたばかり、そこへ六角と織田が押し寄せて来たのでござる。抗しきれず降られたとしても家を遺すためには致し方なき事にござりましょう。

しかも、我が方から送った軍が城を囲む六角軍の背後を固める織田の軍勢に打ち負かされてしまったとのこと。いくら次郎様が兵を鼓舞しようとも目の前で援軍として姿を現した北畠の軍勢が敗れる姿を目の当たりにしては兵どもが動かなかった事にござりましょう。如何ともし難き状況に追い込まれ、已むに已まれぬ仕儀であった事と思われまする。」


そう父上をなだめつつ六角と織田に降らざるを得ない状況に追い込まれての事と次郎を擁護しようとしたのだが、


「賢しき事を申すなぁ!次郎の要請に対して派遣した左少将の軍は織田の小倅に敗れ未だ領内には戻ってはおらぬ。今少し次郎が六角と織田を抑えてくれれば左少将の軍も戻ったというに、あやつが早々に降ってしまったせいで我らは手勢を欠いた状態で六角と織田に対峙せねばならなくなってしまったではないかぁ!!」


と感情に任せ声を荒げるばかりの父上に、叔父上はそれ以上何も言う事が出来ず口を閉じてしまわれた。そこへ木造の叔父上に代わり口を開いたのは波瀬蔵人具祐だった。


「御隠居様の御怒りはごもっともにござりまするが、今は北畠領に踏み込んで来た六角と織田の軍を如何に退けるかにござりましょう。左少将様の軍が未だ戻らず十分な兵の数が揃えられぬ状況にござりまする。敵と正面切って打ち掛るのではなく夜陰に乗じ奇襲を掛けるというのは如何でござりましょうか?」


蔵人の進言に父上は少しだけ機嫌を直すも首を横に振り、


「領内に踏み込んで来た敵が、乱取りを行う盗っ人まがいの輩であれば、左少将が戻るまでの時を稼ぐために奇襲を掛けるのも良い手かもしれぬが、六角と織田は乱取りを一切許さず兵に隊列を組ませ粛々と領内に入って来ておるとのこと。その様な軍に奇襲を掛けても容易く撃退される事となり兵を減らすだけとなろう。得策とは言えぬな。」


「されば父上は如何に六角と織田の軍に応じようとお考えなのですか。」


蔵人の献策を退けた父上に私は思わず声を上げてしまった。そんな私を見て父上はつまらなそうな表情を浮かべられると、


「右近大夫将監。貴様は体ばかりでかくなり頭に血が通っておらぬと見える。少しは己の頭で考えたらどうだ。は~ぁ、もうよい!蔵人、安濃津城から退いて来ている左少将に使いを出せ、『兵を大河内城に向かわせよ!』と。」


「はっ!では。」


「そうよ。大河内城に籠城しそこで六角と織田を迎え撃つ!」


そう告げた父上の顔は剣の稽古をしている時の様な獰猛で猛々しい表情を浮かべられていた。その父上の表情に蔵人は奮い立つように大きな声で返事をすると脱兎の如く駆け出していった。

蔵人を見送り再び父上へと視線を戻すと、父上もまた私の方を見ていた。


「右近大夫将監。その方は大河内城に参陣せずこの後は霧山城へ居を移すが良い。

具政。お主は木造城に戻らず都の公方様に和議の仲裁をお願いしに参るのじゃ。

大河内城は堅城ではあるが、絶対に落城せぬとは言えぬ。儂が大河内城にて六角と織田の軍を引き付けている間に、公方様から織田へ北畠と和議を結ぶよう仲裁をお願い致すのじゃ。仮に大河内城にて儂が討ち死にした時には、公方様の仲裁を待たず織田に降伏し右近大夫将監と共に北畠の名を遺すよう尽力せよ。」


「あ、兄上…」


いつも強気な父上が、六角と織田の軍に対し己の死後にまで言及するとは思いもよらず、木造の叔父上も驚き言葉を失った。そんな私たちの様子を見て父上は小さくお笑いになられ、


「右近大夫将監は儂に似ず武の才はあまりないが、人と人とを繋ぐ才は儂の上を行く。伊勢の国司として武威を示さねばならぬ北畠家の当主としては些か物足りぬと感じておったが、織田に降る仕儀となった折には儂よりもその方の才がこの北畠を遺すには有用やもしれぬな。」


そう告げられた父上はひどく穏やかなお顔をされたが、それも一瞬の事で、直ぐにいつもの猛々しい表情に戻られると、すっくと立ちあがられた。


「ふっ。ではその方達も人事を尽くせ、儂は北畠の武威を六角と織田の者たちに見せつけてくれようぞ!」


そう言われると小姓共を引き連れ足音を踏み鳴らし広間から出て行かれた。その後ろ姿に私と木造の叔父上は何も声を掛けることなく唯々見送る事しか出来なかった…。



◇伊勢国 マムシ谷・大河内城 北畠権中納言具教


「御隠居様、御入城にございます!」


「御隠居様!?」


大河内城の城主・大河内左少将具良が長野次郎の要請により安濃津城への援軍に向かったものの、織田の軍によって退却を余儀なくされたとの報は城主不在の大河内城にも届いていた。

そんな中、突然に儂が兵を率いて大河内城にやって来た事で城内は巣を突かれた蜂の様に右往左往していたが、入城を知らせる小姓の声に、左少将から城の留守を任されていた岸江又三郎良勝は儂の姿を見て慌てて進み出てきた。


「又三郎か。左少将に代わり城代の役目ご苦労!お主も存じておろうが、長野への援軍に向かった左少将が六角と織田の軍に敗れ、それを目の当たりにした長野次郎ら長野家の者たちは早々に降伏をしおった。早晩、六角と織田の軍がこちらに向かってくる筈じゃ。

敵は長野家の兵も加え三万を超す、対して我が北畠は援軍に派遣した一万は未だ戻らず、徴した兵数も一万を欠く。甚だ遺憾ではあるが、手前の阿坂城に詰める大宮含忍斎・大之丞影連親子と共に儂が大河内城に入り領内に入りし六角と織田の軍に籠城戦を行う事とした。間もなく左少将も戻ってくるであろうが北畠家の浮沈にかかわる大事じゃ、左様心得よ!」


矢継ぎ早に今北畠家が直面している状況と今後の方針を伝えると又三郎は儂が大河内城での籠城の指揮を取ると聞いて興奮したのか顔を紅潮させた。


「御隠居様が直々に大河内城での差配をしていただけるのでござりまするか!」


「六角と織田を相手に右近大夫将監が出るまでもない。隠居たる儂で十分よ、安濃津城から南下してくる六角と織田の軍を大宮含忍斎が守る阿坂城とこの大河内城にて阻む所存じゃ、城詰めの者たちにはその事を確と伝えよ!」


「はっ!!」


煽る様にそう檄を飛ばす儂の言葉に呼応し又三郎は大きな声で返事を返すと、儂の言葉を他の者たちに伝えんとその場を下がり、駆け出していった。

その後ろ姿を見て儂は、たとえ倍する兵で六角と織田が攻め込んで来ようとも、又三郎をはじめとした北畠の忠義篤き家中の者たちとならば大河内城を落とされる前に公方様が仲裁に入っていただけると意を強くした。

しかしその数日の後、僅か数日で阿坂城を落とし大河内城の前に姿を現した六角と織田の軍を目の当たりにして、己の思慮が如何に甘いものだったのかを思い知らされることとなるのだった。


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