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第五十七話 安濃津城攻城戦 その三

「ようやった三介!見事であった!!どうじゃ山城守、次郎左衛門尉、お主らが抱いた危惧は晴れたであろう。」


鈴鹿川を挟んでの織田勢と長野勢との戦いは織田勢の快勝で幕を閉じた。

その後、俺は兵に休息を取らせるようにと織田家の将たちに伝えつつ、長野勢が敗れ敗走した事で今にも陣を動かそうとしている六角家の本陣を権六と右衛門尉それに小一郎を伴い訪ねた。

六角家本陣は初戦となった鈴鹿川での戦いを目の当たりにし、『次は我ら六角家が武威を示す時!』と逸っている様子が見て取れたが、俺が織田の将を引き連れて姿を現したことで怪訝な表情を浮かべたものの、直ぐに三七郎兄上と承禎入道をはじめとした六角家の兵を率いる諸将を集め俺たちを出迎えると、開口一番三七郎兄上が此度の戦いについて大声で褒め称え、観音寺城での評定で危惧を訴えた進藤山城守と目賀田次郎左衛門尉に声を掛けた。そんな三七郎兄上に対し進藤山城守と目賀田次郎左衛門尉は逡巡することなく頭を下げた。


「はっ!初陣であるという事だけで三介様を侮った己の不明を恥じてござりまする。三介様、過日の儂の物言いにさぞご不快であられたでござりましょう。お許し下さりませ。」


「山城守殿と同じく、織田勢のお力を見誤っており申した。お許しいただきたく…」


山城守と次郎左衛門尉に合わせるように評定の際に騒いだ六角家の家臣たちは二人に倣い頭を下げた。俺はその行動をしっかりと見極めたうえで、


「頭をお上げください。某が初陣であったことは事実にござりますれば、初陣を済ませておらぬ者が自軍だけで長野勢に当たると申せば危惧を抱くは当然の事。気には致してはおりませぬ。この後は力を合わせ南伊勢の攻略に当たっていただけるのであればそれで十分にござります。

 それに某などは織田勢を率いているとは申しても、所詮は飾りにございます。称えられるは織田の各将の働きにござりましょう。」


「流石は三介殿。ご自分の事よりも織田の将を称えるとは、いや軍の将とは斯くあるべきであるな。織田家のお歴々、此度の働き承禎感服しましたぞ!」


俺の返答に即座に反応したのは承禎入道で、その言葉が呼び水となり本陣に集まった六角家の者たちの口から次々と織田の諸将を称える言葉が飛び出し、本陣に融和の空気が醸成されていった。

自分の発した言葉によって生み出された様を満更でもない顔で見ていた承禎入道は、更にこれまで俺との間で内々に進めていた事をこの場で公にした。


「加賀守、此度の戦ではお主の娘子と縁を持った木下小一郎殿も三介殿の鉄砲隊を指揮し戦の緒戦で長野勢に大打撃を与え、その後に続く攻勢に寄与したとか。良い婿殿を持って良かったのぉ。」


「はっ!まこと浅井から離縁されたお藤には過ぎたる縁ではござりますが、三介様が目を掛けておられる御方と結ばれることとなり、某も安堵いたしております。」


承禎入道の言葉に満面の笑みで返す加賀守はその視線を俺の後ろに控える小一郎に向けると、当の小一郎は承禎入道からのお褒めの言葉と共に手放しで喜ぶ加賀守の笑顔を見て照れたように顔を紅潮させ、深々と頭を下げ一礼をもって承禎入道と加賀守の言葉に対する返礼とした。

承禎入道がこの件についてここまで言及し喜びを露わにしたのには理由があった。元々、加賀守の娘子・お藤は承禎入道の養女として浅井新九郎の下に嫁ぎ、浅井と六角の縁を強めようとしたのだが、六角の紐付きになることを嫌った浅井家によって離縁されることとなった。その後に起こった野良田の戦いで、軍を率いた新九郎に勝てていればまだ良かったのだが、乾坤一擲の大勝負と意気込んだ新九郎によって六角家は敗れることとなり、その後も実子の右衛門督の心無い物言いよってお藤と加賀守の面目をつぶしてしまっていた。

今回、小一郎とお藤の婚儀が整いお藤は小一郎の正妻として嫁ぐことで、お藤と加賀守の面目が立つこととなり、承禎入道の心に刺の様に引っかかっていたモノが曲がりなりにも払拭されたことになった訳だ。

もちろんお藤と浅井との関りは六角家の者にとっては周知の事であり、父・上総介に敗れ国を追われていれば『仕方のないこと』として済まされてしまっていた事だったかもしれない。しかし、織田家に臣従し養子を受け入れたとはいえ南近江に返り咲いた六角家(承禎入道)にとってお藤の件は何とかしなければならない懸案事項として重く圧し掛かっていた。

だが、六角家が南近江の大大名から凋落して行く一つの原因となった事柄というだけでなく、右衛門督が係わったことで六角家の家臣たちでは手の出しようが無い物となっていた。

それが六角家が臣従した織田家の家臣に嫁ぐという形で一応の解決を見る事となり、目の前にぶら下がっていた厄介事が消えホッと胸を撫で下ろしたというのが本音の様だった。


「さて、三介ばかりに名を成さしめたままでは六角の名折れとなろう。全軍をもって長野勢を追おうと思うがどうか?」


「「「「「「「「「「応!!」」」」」」」」」」


加賀守に対して六角家家臣から次々と祝いの言葉が掛けられ戦勝に沸いた六角家本陣に、敗走した長野勢を追撃するという三七郎兄上の声が響くと、それに呼応するように六角家の諸将から力強い声があがり、今にも駆け出しそうな雰囲気が充満した。

長野勢は織田の軍に敗れ敗走し安濃津城に籠城するだろうことは分かって勝ち戦に逸っているのだろうが、このままにしておくと少々困ったことを引き起こしそうだと感じ俺は声を上げた。


「三七郎兄上、少々差し出口を挟むことをお許し下さいませ。」


「如何したのだ三介。申したき事があるならば申すが良い。」


「はっ、安濃津城への進軍についてなのですが長野家の領地での乱取りはお控えいただけませんでしょうか。」


『乱取りを控える』という俺の言葉に、それまで逸っていた六角家の者たちは不満の表情を浮かべ俺を睨みつけて来た。

乱取りとは兵士による略奪行為で、乱取りを行う事は徴兵された兵士の懐を潤させることになり、戦国時代には乱取りが目的で戦を起こす事もあった。

世に“義将”と名高い上杉謙信だが、関東管領山内上杉家の領地を奪還し関東に秩序を取り戻すという謳い文句を掲げて何度となく関東征伐(北条氏との戦)を行ったが冬の時期の食糧を確保のために兵を起こし兵たちに乱取りを許していたという一面もあったとされている。

乱取りは勝ち戦の将兵にとって役得・旨味とも言っていいかもしれない。それを控えろと言われらたこの時代の者ならば不満を持つのは当たりだ。しかし、これを許すことは日ノ本を統一しようとする者にとっては百害あって一利なし。不満を持たれ様が許す事など出来なかった。


「我らは南伊勢を攻略し、我らが治める地にするために兵を挙げたのでござります。戦の後に自らの領地となる地に乱取りを行うなど、己の足を食う蛸と同じような物にござります。」


戦の後、領地となる地で乱取りを行う様な愚か者は蛸と同じだと言われて、それでも乱取りをと主張する者は流石に現れなかった。が、この事が如何に重要な事か理解している者は少数だった。


「蛸か…では如何したら良いと考えておるのだ?」


三七郎兄上も乱取りする者を“蛸”と称されて幾分気分を害してしまったようだが、それでも俺が何の理由もなく不興を買う様な言葉を口にすることは無いと考えてくれたのだろう、乱取りをせずにどの様にして安濃津城に向かわせるつもりか問い掛けてきた。そんな三七郎兄上に俺は堂々と胸を張り、


「然らば、全軍に隊列を組ませ堂々と長野家の領内を安濃津城へ向けて進軍されるが宜しかろうと存じまする。父上もご上洛の際には乱取りを許さず、隊列を組み堂々と入京されたとお聞きしております。その整然とした織田勢の姿に都雀たちも、尾張の田舎者との思いを改めたと聞き及んでおります。その父上のご上洛に倣い、三七郎兄上も“天下の雄たる六角家ここに在り”と長野家や長野家に組する南伊勢の者たちに知らしめるが宜しいかと。」


俺の言葉に三七郎兄上だけでなく、それまで苦虫を噛み潰したような渋面を浮かべていた六角家の諸将たちも「“天下の雄たる六角家ここに在り”と南伊勢の者たちに知らしめる」という言葉に顔を紅潮させ興奮した様な顔つきへと変わっていった。そんな六角家の諸将たちの顔を見回した承禎入道は、目頭を緩ませ大声を張り上げた。


「三介殿の言、真に快活!真に愉快!!皆の者、乱取りなどという愚かな事などせず、“天下の雄”として堂々と安濃津城へ進軍致さん。参るぞぉ!」


「「「「「「「「「「応ぉ!!」」」」」」」」」」


承禎入道の檄に六角家の諸将は一斉に呼応し、意気揚々と本陣を後にした。



◇安濃津城:長野次郎具藤


「なっ!?六角と織田の軍は乱取りなどで時を費やすことなく真っ直ぐにこの城に向かっているというのかぁ。」


関家との境にある鈴鹿川で我が領地に攻め入ろうとしていた六角と織田の軍に相対した儂ら長野勢は、緒戦において鈴鹿川の対岸に陣を敷いた織田の軍と戦いになったのだが、織田勢の弓と火縄によって我が軍の先鋒の足が止められると次いで差し向けられた長槍足軽によって打ち崩され、我らの側面を騎馬隊に突かれて安濃津城に後退を余儀なくされた。

そんな儂の下に安濃津城に戻り一息つく間もなく、六角と織田の動きを見張らせていた物見からもたらされた知らせに、儂は驚きの余り声を上げておった。


「はっ!物見の知らせによれば、六角・織田の軍勢は隊列を組み、まるで勝ち戦の凱旋でもするように威風堂々と領内を進軍してくる模様にござりまする。」


「ば、馬鹿な。勝ち戦を意識するのなら城に至るまでの街道に点在する村々に乱取りを行うのではないのか?一体何を考えておるのだ?」


共に物見からの報告を聞いた細野壱岐守も信じられないと言うように首を横に振り、分部興三左衛門は六角と織田の意図が読めないと顔を顰めていた。


「な、何か聞いておらぬのか?乱取りを恐れ六角や織田の許へ駆け込んだ村の者もおるであろう。」


首を捻る二人をしり目に雲林院慶四郎が物見の知らせを持ってきた使い番に問い質した。慶四郎の問いに使い番は少し困った表情を浮かべたものの、慶四郎に「何か聞いておるのなら包み隠さず話せ!」と一喝され慌てて、


「はっはい。六角と織田の下に“制札”(乱取りを行わない様に求める許可状で、多くの場合は村々で軍に対し金や米を差し出すなどし、その見返りに手に入れていた)を求めに動いた村もあったそうにござりまする。しかし、村の者が赴くと六角家の者から「この後、領地となる村々に乱取りを行おうとする者は己の足を食う蛸と同じ。天下の雄たる六角家にその様な愚か者はおらぬから安心いたせ。」と笑いながら返されたそうにござりまする。」


その言葉に儂だけでなく興三左衛門も慶四郎も、剛勇で名を馳せる壱岐守までも顔を青く染めた。

此度の六角と織田の動きはこの秋に取り入れを行った米などを奪うために行われた戦ではなく、南伊勢を己の領地とするための物なのだという事がはっきりしたからだ。


「この事、霧山の御所様にお伝えし、援軍の要請を言上するのだ!急げぇ!!」


儂の下知に使い番の者は弾かれたようにその場から駆け出し、それを見送る儂に慶四郎が声を上げた。


「殿、北畠の御所様に援軍をお願いするのでござりまするか?」


「それしか手はあるまい。このまま城に籠っておっても長野家だけでは六角と織田の軍門に降るは必定じゃ。」


「確かに今のまま六角と織田の軍に城を攻められては籠城しましてもいずれは城を明け渡さねばならぬでしょう。しかし、我らが城に籠っている間に北畠の御所様は援軍を出して下さるでしょうか?」


慶四郎の問いに北畠家にあまり良い感情を持っていない壱岐守と興三左衛門も猜疑の目で儂の答えを待った。儂は三人の目を覗き込むようにしながら、


「来なずば長野家の次は北畠の番となろう。六角と織田はこの南伊勢すべてを取りに来ているのじゃから…」


そう告げた俺の言葉に三人は驚愕の表情を浮かべ硬直するのだった。




前回のあとがきに対する感想を多くの方からいただきました。

ありがとうございます。

参考にさせていただき、今後は増えていくであろう合戦の描写を色んな手法で楽しく書けたらと思います。


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― 新着の感想 ―
[一言] 実はノッブの上洛戦って制札無い村と京を除いて物凄いレベルのハイパー乱取り祭☆をやってんだよね〜(この事もあったせいか三好三人衆とその同盟というか仲の良い本願寺を始めとした畿内の反織田と泥沼の…
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