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第五十四話 安濃津城攻城戦 その一

少し短いです。


「三七郎兄上、承禎様。織田三介信顕、柴田権六勝家殿と佐久間右衛門尉信盛殿と共に南伊勢攻略の軍・八千を率い参陣いたしました。」


「うむ。三介良く参った!権六、右衛門尉もご苦労。」


「「「はっ!」」」


岐阜城で権六と右衛門尉と合流した俺は八千の兵を率い、南近江に入り六角家の居城・観音寺城へ入ると、その足で三七郎兄上、承禎入道に挨拶に向かった。

三七郎兄上と承禎入道は既に鎧を身に纏い出陣の準備を整え大広間で俺たちの到着を待っていたようだ。

 大広間には今回の南伊勢攻略の軍に参加する蒲生左兵衛大夫をはじめとした六角家の家臣たちが鎧を身に纏い、ずらりと並んで俺たちを待ち構えていた。

そんな六角家家臣団の中を俺は権六と右衛門尉を従え大広間の中ほどまで入ると、上座に座る三七郎兄上と対座する位置に腰を下ろし、参陣の挨拶を口にすると三七郎兄上は俺だけでなく今回の戦に参陣した権六と右衛門尉にも労いの言葉を掛けた。その姿を承禎入道はもちろん大広場に居並ぶ家臣の者たちも満更でもないといった表情を浮かべていて、三七郎兄上が六角家の家臣たちの心も掌握していることが窺えた。


「三介らが着陣した事でもあるし早速軍議を始める。新左衛門尉!」


「はっ!」


三七郎兄上の呼び掛けに応じて進み出たのは、眼光鋭く痩身で黒い鎧を身に纏った男だった。男は先ず三七郎兄上と承禎入道に一礼した後、俺たちの方に顔を向けると、


「甲賀の三雲城をお預かりいたしておりまする、三雲新左衛門尉成持にござりまする。お見知りおきくださりませ。」


と告げて来た。三雲成持と言えば甲賀忍者の頭領で、上洛戦の折に承禎入道と右衛門督義治が観音寺城から落ち延びたのは成持の父・定持の居城・三雲城だったはず。その後、滝川彦右衛門の説得に応じ承禎入道と父・定持を説き伏せたのは蒲生左兵衛大夫と成持だったと聞いていた。

どうやら承禎入道が織田家に臣従したことで、三雲家でも定持から成持への代替わりが行われ、甲賀忍者の頭領の座も継承されたようだ。

三七郎兄上にとっては蒲生左兵衛大夫・滝川彦右衛門と並び頼りになる重臣の様に見えた。


「新左衛門尉、南伊勢の動向について調べはついておるか?」


「はっ! 御屋形様《三七郎様》の下知に従い甲賀の者を彼の地に送り調べさせましたところ、長野次郎具藤殿は長野家の御息女・鈴殿を娶り長野家を掌握しつつあるとの事。

されど、分家である細野・分部・雲林院との足並みが揃わず織田家への恭順か、抗戦かでもめている様子にござります。特に細野壱岐守藤敦は剛勇で知られる剛の者にて『織田など恐れるに足りず、その織田に膝を屈した六角なんぞ何ほどの者ぞ!』と息巻いておるとか。

そんな壱岐守を分部興三左衛門光嘉が諫め、雲林院慶四郎祐基は他の者たちに知られぬように織田家に繋ぎを取ろうと画策している様子にて、実を申しますと某の手の者に、慶四郎の方からその事を託して参りまして…」


そう言うと、懐から一通の書状を出して三七郎兄上に差し出して来た。

新左衛門尉が差し出した書状を受け取ると三七郎兄上は素早く目を通した後、傍らで控えている承禎入道へと差し出した。そんな三七郎兄上に対して承禎入道は一瞬困ったような表情を浮かべるも直ぐに何事もなかったかのように表情を整えて三七郎兄上から書状を受け取り一読した後で俺に読むようにと差し出した。俺は素早く動き承禎入道から書状を受け取ると確かに新左衛門尉の申した通り、雲林院慶四郎から織田家並びに六角家への恭順と、戦になった場合は内応(裏切る)するとの申し出が書かれていた。

俺が書状に目を通したことを確認した三七郎兄上は、


「新左衛門尉、よくやった!これならば長野家も容易く下す事が出来るであろう。」


と新左衛門尉を褒め称えた。そんな三七郎兄上に俺は意見の具申を願い出た。


「三七郎兄上。兄上の申された通り新左衛門尉殿の御働き目覚ましい物があると某も存じます。であればこそ、その御働きが実になるよう図らねばと考えまする。某の考えをお聞きいただけませぬか?」


「先ほども申した通りこの場は軍議である。何か申したき事があれば遠慮は要らぬ、申すが良い。」


「はっ! 然らば、雲林院の内応は長野家が安濃津城に籠城し、北畠家の援軍を討ち追い返した後で、織田・六角家に降るよう説得させるという形でお願いしたい…」


「待たれよ!それでは長野と無策で合戦に及ぶ事になるではないか。それでは我らの兵にも損耗が出る。それよりも、合戦に際して雲林院に内応させれば容易く長野を討ち滅ぼせ、我が兵の損耗も抑えられるのではないか。」


そう発言したのは蒲生左兵衛大夫や三雲新左衛門尉などの六角家重臣が座る位置に座っていた男だった。

その男の発言は大広間に居並ぶ六角家の者たちの賛同を得たようで、少なくない者たちが発言に同意するように頷いていた。

その様子に、この発言の主は何者だ?と思っていると、俺の後方に座っていた権六が小さな声で、


「あの者は六角家の六宿老が一人、進藤山城守賢盛殿にござります。」


と耳打ちしてくれた。そんな権六の耳打ちを邪魔するように、山城守の隣に座る男も声を上げる。


「山城守殿の申される通りにござる。三介様は上総介様から南伊勢攻略を申し付けられた際の軍議において、主力は六角家で三介様が率いられる織田勢は六角家の後詰を勤めると申されたとか。その申し出を邪推すれば織田勢を温存し六角家を矢面に立たせようとしていると見えまするぞ。」


その言葉に大広間は騒然となったが、


「静まれ!六角の旗の下に集う者がこの程度の事でざわつくではない!!」


騒ぐ六角家家中の者たちを一喝したのは、蒲生左兵衛大夫や三雲新左衛門よりも年配の年の頃で云えば承禎入道と同じくらいに見える一人の老将だった。すかさず権六が、


「先に山城守殿に同調したのが目賀田次郎左衛門尉貞政殿。騒ぐ者らを一喝したのは平井加賀守定武殿にござります。」


と告げた。権六の言葉に俺は騒ぐ六角家の者たちを一喝した平井加賀守に視線を向けると、俺の視線に気が付いたのか加賀守も俺に視線を合わせ俺にだけ感じ取れるように僅かに目元を緩めた後、直ぐに表情に力を籠めると再び鋭い視線を騒ぐ者たちへと向けた。

加賀守の鋭い視線に、騒いでいた六角家の者たちは恥じ入るように委縮し、同格である山城守や次郎左衛門尉も目を伏せた。その様子に、六角家の中でも加賀守は皆に一目置かれる者なのだと感じさせた。と、そこに上座から声が掛った。


「加賀守、その位で矛を治めよ。山城守、次郎左衛門尉も三介様が言い終わらぬうちに言葉を遮り非を唱えるは礼を失するのではないのか?」


「はっ。承禎様がそう申されるのであれば。」


「「…申し訳ござりませぬ。」」


承禎入道が場を収めに掛かり、加賀守は承禎入道の言葉に即座に矛を収めたが、山城守と次郎左衛門尉は渋々従うと言った様子だった。


「某の言葉足らずのせいで場を乱してしまい申し訳ござりませぬ。山城守殿らの御懸念は兵を率いる者としては当然の事。ですが此度は敢えて雲林院の内応は籠城の後にお願いをいたします。これは戦の後の事を考えた上でのことにござります。そこで、長野家との初戦では先陣を我ら織田勢にお任せいただけるようお願い申し上げます。」


そう告げて頭を下げる俺に三七郎兄上は困り顔を浮かべられ、承禎入道と平井加賀守は俺の申し出に驚きつつお手並み拝見という様な期待感を湛えた眼差しを向けた。一方、山城守や次郎左衛門尉など先ほど騒ぎ出した六角家の者たちは、俺の申し出に鼻で笑う様な皮肉めいた顔を見せた。



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