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第四十八話 一人に職人との別れ その二


「それは考え違いというものでございます、茶筅様!」


突然に鍛冶場の外から投げ掛けられた言葉に、声の主へと視線を向けた。


「…与左衛門殿、某の考え違いとは如何なる事にございます。」


声の主は清兵衛と共に俺が新しい火器の作製を依頼したもう一人の職人、福島与左衛門だった。与左衛門は一人ではなく、その後ろには虎之助と同様に体は大きくなり幼さが消え青年へと成長しかけている市松が控えていた。

市松は俺の視線に気づくと、目の前に立つ父・与左衛門に分らぬように小さく挨拶をするように頭を下げた。その仕草から、尾張を離れている間にガキ大将から随分と成長しているのだなと感じさせた。が、今は与左衛門が放った言葉の真意を聞かねばと、与左衛門を注視した。


「言葉の通りにござる!今、茶筅様は虎之助に清兵衛が死んだのは、茶筅様が清兵衛に任せた仕事の危うさをもっと知らしておくべきだと申されておられましたが、茶筅様に言われるまでもなく儂も清兵衛も茶筅様に依頼された火器の作製には危険が伴う事を重々知っておりました。

儂と清兵衛は茶筅様の依頼で既に火縄銃の改良を任されております。その際に、火薬にまつわるものの危険性は身を以て体験しておるのですから。その事もあって茶筅様は儂と清兵衛に此度の新たな火器を作る事を任せてくれた。その信頼に応えるのは職人の務めにございます。」


「されど、既に出来ている火縄銃の改良と、これまで日ノ本には無い新たな火器とではその作製過程での危険度は大きく違ったのではありませぬか。」


「確かに茶筅様の仰る通り、完成品の現物がある火縄銃の改良とこれまで日ノ本にはなかった火器を産み出すという此度の仕事では作製過程での危険度は違いまする。が、儂と清兵衛はその事も分かった上で此度の仕事をお受けしたのです。そんな儂や清兵衛に茶筅様が此度の仕事の危険性をもっと告げておけばと言われるのは、儂らの事を信じておられないと告げることと同じでござります。」


与左衛門の言葉に俺は戦国の世と俺の中に残っていた令和の頃の価値観の違いに気付かされて頭を殴られたような気がした。

令和の時代は人権が重視され、仕事を振った者の責任“使用者責任”が問われる人に優しい時代となっていた。

その考え方でいえば、仕事を振った俺には清兵衛の死に責任が伴うと思っていた。

しかし、戦国の世ではそんな考えは皆無。

戦に兵として駆り出される農民の生死・負傷について一々大名や武将が責任を感じ、死傷兵の保障のことまで考える事など少ない。

兵に駆り出された農民も、それが当たり前と捉えていて一旦兵として戦場に出れば上手く立ち回り、勝ち戦ならば少しでも恩賞を得ようと果敢に戦い、負け戦と察すれば早々に逃走を図る事は当たり前。

大名や武将は如何に自分の兵たちに自軍が優勢だと思われることが重要な役割となり、兵を鼓舞する大きな声やその容貌などが重視され、戦場に響き渡る“声”を持つことが良い武将の条件とされた。

そんな時代の価値観は農民や武士だけでなく、商人や職人にも共有されよりシビアに捉えられていた。

 農民や武士と違い商人と職人は土地に縛られることなく、商人なら“利”を職人なら“腕”を頼りに生きていた。

そんな職人に対し、仕事を振られそれを受けた以上は何があってもそれは職人自身の責任であり、仕事を依頼した者が職人の失態について責任を感じるという事は、仕事を依頼した職人の“腕”を信じていなかったと告げていると受け取られてしまったようだ。

 通常なら、俺の様な職人の腕を信じていない様な発言をする者がいれば職人にそっぽを向かれ、仕事を依頼しても御座成りに対応し、いい加減な仕事でお茶を濁されるようになる。それをわざわざ俺の考え違いを指摘してくれるのは与左衛門が俺を自分と清兵衛の雇い主として認め、自分たちの雇い主として一廉の者に成長して欲しいと思ってくれているからだと感じた。


「与左衛門殿。良く指摘してくれた!そうだな、清兵衛は某の依頼を果たすため尽力してくれたのだな。その腕をこの後も頼りとしていたのだが残念だ。」


と、清兵衛の尽力を称えその死を悼む言葉に留めた。そんな俺に与左衛門は満足したのか口角を少し上げ微かに頷いて見せた。

与左衛門から何とか及第点を貰いホッとしつつも、それが表情に出ないようにと注意をしつつ虎之助へと顔を向けた。


「虎之助。お主の父・清兵衛は熱田でも名の知れた鍛冶職人であった。その父の代わりに某から依頼を得るには相応の腕前とならねばならない。その気概があると言うのだな!」


虎之助が先ほど発した言葉に対し、少し威圧するような硬い口調で問うと虎之助は正面から見つめる俺の視線から一瞬だけ視線を逸らしたものの直ぐに再び視線を合わせて俺を正面に見据えると、


「勿論!未だお父…清兵衛の腕前に並ぶとはお世辞にも申せませぬが、幼き頃よりお父の傍らで仕事を見てまいりました。茶筅様が三河に行かれてからお戻りになられた時には市松と二人、与左衛門殿や父と同じように茶筅様から仕事を任せて頂ける様になろうと精進してきました。二言はございませぬ!!」


「虎…虎之助の申す通りにございます。お役目のため三河に旅立たれた茶筅様を見て、二人で精進しお戻りになられた際にはお力になれるようにと励んでおりました。今すぐに親父や清兵衛殿のようにとは行きませぬが、我らの思いに偽りございませぬ!」


虎之助に続き与左衛門の後ろに控えていた市松も一歩踏み出し声を上げた。そんな市松に与左衛門が苦い顔をしながらも、口角が上がっているところをみると満更でもなさそうだった。


「あい分かった!お前たちの心意気有難く思う。一日も早くそれぞれの父を超える様腕を磨くが良い。正左衛門!」


虎之助と市松の心意気を汲み二人に声を掛けつつ、それまで一人蚊帳の外に居た正左衛門に声を掛けた。


「正左衛門は虎之助の伯父であったな。生業は何をしておる?」


「は、はい!私は美濃の斎藤家が治めますご領地にて清兵衛殿と同じく鍛冶を生業としておりました。同じ生業という縁で私の姉が清兵衛殿の元に嫁ぎましてございます。」


俺の質問に答える正左衛門に俺は大きく頷くと再度問い掛けた。


「ほ~ぉ、美濃国で鍛冶をな。美濃国には名の知れた鍛冶師が多いと聞く、その美濃で鍛冶を生業としておるのならばその方も腕には自信があるのだろう。そんな正左衛門に訊ねたい。清兵衛殿の嫡男である虎之助の腕前は如何ほどの物とみる。」


正左衛門に投げ掛けた問いに虎之助は驚きの表情を浮かべ、正左衛門が何と答えるのかを固唾を飲んだ。そんな虎之助の様子に気付いていないのか正左衛門は暫し黙考した後、


「されば、清兵衛殿の教えの賜物かもしれませぬが年の割には精進を重ねておるように見受けられまする。ですが、漸く見習いに毛が生えた程度と言った所でございましょうか。」


と、一人前には程遠い状態だと言い切った。その言葉に虎之助は肩を落とし悔しそうに歯を噛み締めていた。だが、俺は正左衛門が見栄を張ることなく正直に虎之助の力量を俺に告げたことを好ましく感じた。


「で、あるか。時に正左衛門、お主は美濃にて己の鍛冶場を構えて仕事をしておるのか?」


「…いえ。残念ながら未だ父の下で兄と共に腕を振るっておるところにござります。そろそろ独り立ちをと考えておるのですが、手元不如意にて思いに任せず。情けなき事にござります。」


俺の問い掛けに肩を落とし下を向く正左衛門。そんな正左衛門に俺は思い切った提案を持ち掛けた。


「そうか。では、虎之助の面倒を見つつ一人前の鍛冶師として育て上げる事を見返りに清兵衛殿の鍛冶場で一旗揚げる気はあるか?」


「なっ!?」


「茶筅様!?」


俺の提案に正左衛門はもちろん虎之助も驚き声を上げた。


「清兵衛殿が亡くなられ主を失った鍛冶場をこのままにしておく訳にはゆかぬ。かと言ってまだ未熟な虎之助では清兵衛殿が残した鍛冶場を潰すことになるのは火を見るより明らか。であれば、独り立ちを考えておると言う正左衛門にこの鍛冶場を任せるとともに虎之助を一人前の職人に育ててもらえば、清兵衛殿の鍛冶場は残り虎之助も父・清兵衛殿と共に汗を流した鍛冶場で精進を重ねる事が出来るであろう。そして、虎之助が一人前となった時には某が新たに鍛冶場を世話をすることと致し、名実ともに某の鍛冶師として取り立てようと思うがどうだ?」


「蓋し名案!それならば、清兵衛の鍛冶場は残り虎之助も望み通り茶筅様にお仕えする職人となることが出来るというもの。ですが、虎之助だけを取り立てると言うのは…」


俺が口にした案に真っ先に賛同の意を示したのは与左衛門だったが、その言葉には市松の事も忘れるなとの意も込められていた。俺はそんな与左衛門に苦笑し、


「勿論、与左衛門殿が許して下さるならば市松が一人前と認められた時には市松も虎之助と同じように取り立てる所存にござります。」


「『パン!』流石は茶筅様だ、俺たちの様な職人を取り立てようなどと申される御方はおいそれといるもんじゃねぇ。どうだい正左衛門殿もそうは思わねぇか?ここは一つ茶筅様のお言葉に甘えて見ちゃどうだい!」


俺の言葉を聞いた与左衛門は柏手を打つと、事の成り行きに目を白黒させている正左衛門に決断を促し、正左衛門は与左衛門に促されるまま俺の提案に乗せられていた。



「ところで、与左衛門殿は何用で此方においでになられたのでございます?」


清兵衛の死去に伴う虎之助の行く末と清兵衛の鍛冶場の扱い、更に虎之助と市松を一人前の職人となったあかつきには俺の家臣として取り立てることが決まったところで、タイミングよく鍛冶場に姿を現した与左衛門と市松に何か用があって鍛冶場に来たのかと訊ねると、与左衛門はニヤリと笑い視線を俺から外し背後に控えていた小一郎へと移した。


「茶筅様。まことに勝手ながら、茶筅様が三河へ発つ前に依頼をした新たなる火器を確認なされるとお伺いしましたので、先に与左衛門殿の元へ使いを走らせましてござりまする。」


皆の視線が自分に向けられたのを感じ、小一郎はその場に畏まり俺の考えを先読みして与左衛門へ知らせを走らせたと告げた。史実では兄・秀吉を支え秀吉を天下人へと押し上げた人物は流石に出来ると感心した。


「なるほど、小一郎殿の手配りでしたか。ですが、清兵衛殿が亡くなられていては某が依頼した火器はまだ作製の途中でござりましょう。虎之助と正左衛門殿の話を纏めるためだけに与左衛門殿をお呼びしてしまったようで…」


小一郎の働きは褒めつつも、与左衛門にご足労をお掛けしてしまったことを詫びると、与左衛門は怪訝な顔を浮かべた。


「茶筅様。ご依頼のあった火器ならば既に出来ておりますぞ。」


「はぁ?」


「ですから、二年前に清兵衛と儂に依頼された新たなる火器は既に完成しており、茶筅様に見ていただこうと運んできております。」


与左衛門はそう言うと、鍛冶場の外を指し示した。俺は慌てて鍛冶場から飛び出した。


今回、職人の一人を死なせることにしたのは感想欄に花火を作ったことのある方から花火は大変危険である事。作成の途中で破裂し死傷者が出る事のあると指摘をしていただいたことと、史実で加藤清正の父が清正が幼い頃に亡くなっていたためです。

清兵衛の活躍を期待していてくれた方には申し訳ありません。


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― 新着の感想 ―
[一言] 第四十八話 一人に職人との別れ その二 サブタイおかしくないですか?
[良い点] 聊か周りが茶筅をほめそやす展開が多いのが気になるところだったが、逆に、失敗してたしなめられることもある点がよい。 今回の清正父の死もそうですね。 [一言] ただ、清正の武将フラグが折れてる…
[気になる点] 不用意でなく不如意じゃないと意味が通じないような?
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