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第四十七話 一人の職人との別れ その一


三河から戻った俺はその足で岐阜城に登城し父から労いの言葉を掛けられると、その席で織田家に身を寄せている九鬼孫次郎嘉隆を紹介された。

九鬼嘉隆は志摩での水軍同士の勢力争いに敗れ、尾張と伊勢の境から伊勢の国人たちを調略していた滝川彦右衛門一益を頼り織田家に臣従し、水軍としての能力を買われ俺が岡崎に行く前に父にお願いをした南蛮船の建造を託され、見事にその役目を果たし南蛮船の進水式を済ませた。

その南蛮船には父・織田信長によって『尾張』という船名が付けられ、俺は父から加藤清兵衛や福島与左衛門に製作を依頼しておいた火器を『尾張』に搭載し、嘉隆率いる九鬼水軍による南蛮船『尾張』の習熟訓練を見届ける様に命じられた。

 父の命を受けた俺は嘉隆と共にその場から下がり、先ずは母と徳姫が待つ生駒屋敷へと急いだ。

生駒屋敷には俺と三河へ同道した竹中半兵衛、寛太、五右衛門、前田利久それと小野和泉守政次の他に、徳川次郎三郎信康に嫁いだ冬姫の供奉として佐久間信盛に同道してきた柴田権六と木下小一郎、蜂須賀小六郎の三人、さらに九鬼嘉隆も俺と共に生駒屋敷の門をくぐっていた。

大人数で屋敷の門に立つ俺たちの姿に当主の八右衛門殿は呆れた様な顔をしていたが、母と徳姫は二年ぶりに帰ってきた俺を満面の笑みで迎えてくれた。

その日は三河での質の役目を果たし戻った俺の無事の帰還を祝し、生駒屋敷にて内々で宴席が設けられた。

内々の宴席に押しかける形となった権六たちは、初めは母を前にして恐縮していたようだったが、酒が進むうちにいつもの調子を取り戻して、冬姫の供奉として信盛と共に岡崎城に姿を現した経緯を話し始めた。

 

 権六と藤吉郎は上洛での対六角戦の戦功により南近江で佐久間信盛と共に守りを固める役目を与えられていた。

しかし、滝川一益が甲賀に逃れた六角承禎と三雲成持、蒲生賢秀に調略を掛け口説き落とすことに成功し、六角承禎以下三雲、蒲生ともに織田の下に臣従する事となったために遊び駒となってしまった。

そこで父は藤吉郎を堺の代官に抜擢し、南近江に置いていた佐久間信盛と権六は一旦織田の本領へと帰国させ、信盛は彦七郎伯父上の与力に、権六は俺が軍を率いて動く際の与力として使う事と決め、その動きの目くらましの為に冬姫の供奉とした。

供奉の役目を終えたのちは、信盛は蟹江の彦七郎伯父上の下へと向かい、権六は俺の下にという事らしい。

一方、木下小一郎と蜂須賀小六郎は、代官として堺に赴くこととなった藤吉郎から離れ権六と共に俺の下につく事を希望したらしい。

 二人が言うには、何かにつけて俺の事を敵視する前野将右衛門とそんな将右衛門を庇う藤吉郎に思う所があり、堺の代官に抜擢された藤吉郎には将右衛門の他にも父・信長から家臣が与えられることになったことから一旦、藤吉郎の下から離れて気持ちと頭の整理をしようと思ったようだ。

藤吉郎の元を離れ悄然としている小一郎と小六郎の様子に目を止めた権六が、


「尾張に戻った後三河での質の役目を終えられた茶筅様の下に就く事になっているのだが、儂に手を貸してくれぬか?」


と、声を掛けたらしい。

史実でもそうだったようだが、権六は面倒見の良い親爺気質の強い所があり、賤ケ岳の戦いで対峙し命を奪われた秀吉にさえ“おやじ様”と呼ばれていたくらいのお人好し。

墨俣築城以来、苦労を共にしてきた藤吉郎の弟である小一郎と近臣の小六郎を権六は放って置く事が出来なかったのだろう。

もっとも、小一郎と小六郎の事を権六に知らせたのは藤吉郎本人で、将右衛門と小一郎と小六郎の間に蟠りが産まれ、その蟠りが日に日に大きくなっていく様子を忸怩たる思いで見ていた藤吉郎に、小一郎から気持ちと頭の整理をつけるため少しの間、藤吉郎の下を離れたいと申し出があったその日の夜、藤吉郎は権六の所に駆け込み、訳を話して小一郎と小六郎を権六の手もとに置いてもらえないかと頼み込んだらしい。

 藤吉郎の堺代官就任に祝いの言葉を掛けようとしていた権六は、今にも泣きそうな顔で駆け込んできた藤吉郎から話を聞くや、一も二もなく小一郎と小六郎を自分の元に預かることを了承し、藤吉郎の目の前で小一郎たちの元に翌日話があるから自分の所に来るようにと使いの者を走らせて、藤吉郎を安堵させるという気遣いを見せたらしい。

翌日、権六からの使者に小一郎と小六郎は屋敷に赴くと、二人が来るのを待っていた権六から、六角承禎並びに三雲・蒲生家が織田家に臣従した事により、南近江の守りの任を解かれ尾張に戻り、間もなく質の役目を終えて尾張に戻る俺が、願証寺の抑えの為に動く際の与力を命じられている事を告げられ、二人も共にどうかと勧誘すると、これまでも藤吉郎と共に権六の下で動いて来たこともあり小一郎と小六郎はすんなりと権六の誘いを受けたようだ。その後は、父の意を受け信盛と共に供奉として岡崎城に。そして、岐阜から尾張の生駒屋敷へと移動に次ぐ移動を重ね今に至る、と言う事だった。

まぁ、酒に酔い話が脱線に次ぐ脱線を繰り返しながらもなんとか聞き出したところによると、なのだが…

取り合えず、権六と小一郎それに小六郎は当分の間俺と行動を共にするという事の様だ。

しかし、酒宴の席でぐるりと見廻して改めて俺の周りには何と有能な者が集ったのかと感慨深いものがあった。

一軍の将として軍の指揮を任せられる柴田権六勝家に軍師・竹中半兵衛重治、内政官として実績のある前田蔵人利久と小野和泉守政次に、諜報から兵糧の管理まで何でも卒無く熟す木下小一郎長秀と蜂須賀小六郎正勝。

更にまだ諸国漫遊から戻って来ていないが、侍大将として戦闘指揮官及び切り込み隊長を任せることの出来る前田慶次郎利益に奥村助右衛門永福。ここに、熱田で新たな火器の開発に取り組んでくれている加藤清兵衛親子に福島与左衛門親子をはじめとする職人衆に、俺たちが作った南蛮船の模型から本物を建造し、織田家の強力な力となるであろう水軍衆を纏める九鬼嘉隆まで。多士済々の顔ぶれとは正にこの事だと唸る思いだった。

しかし、この時の俺はその事を単純に喜ぶだけで、それがどれ程の責を伴うのかまだ分かっていなかった…。


 翌日、九鬼嘉隆と別れ一路熱田へと向かった。

熱田へはいつものメンバー(半兵衛と寛太に五右衛門)に加え、与力の権六に小一郎と小六郎も一緒について来た。

俺が熱田に向かうと言うと、これまでの経緯から小一郎はすぐにピンと来たようだが、俺と熱田の職人との関りはあまり知らない権六と小六郎は新たな火器の確認をするためと言って熱田に向かう俺に興味津々の様だった。

 しかし、いつものように加藤清兵衛の鍛冶場を訪ねたのだが、常なら赤く熱せられた鉄を討ち鍛える鎚の音が全くせず静まり返っていた。

そんな鍛冶場の様子に、首を傾げながら扉に手を掛けると中からすすり泣く様な声が漏れてきた。

これは何事かあったのかと勢いよく扉を開けると、俺の目に飛び込んできたのは位牌を胸に抱きすすり泣くのは、まだ幼さが残るものの体は二年前に比べると随分と大きくなった虎之助と、そんな虎之助の肩に手を置き悲しげな表情を浮かべながらも励まそうとしている一人の男がいた。


「虎之助!如何したのだ?」


扉を勢いよく開けて鍛冶場の中に入って来た俺に、虎之助は突然鍛冶場に乗り込んで来た人物に驚いたようで俺の方を凝視したが、すぐに鍛冶場に入って来たのが俺だと分かると大粒の涙を溢しながら位牌を抱えたまま俺に駆け寄り、


「茶筅様~ぁ。お父が、お父がぁ…」


と叫び俺に抱きついて来た。そんな虎之助に俺は面食らい如何したら良いのか分からず、涙にくれる虎之助を抱きしめて背中を擦っていると、


「…もしかして、織田の茶筅丸様でござりまするか?」


と、先ほどまで虎之助に寄り添っていた男が声を掛けて来た。

俺に問い掛け近づいてくるその男に、小一郎と小六郎が素早く反応し、俺と男の間に入り声を上げた。


「確かに此方の御方は織田家の茶筅丸様に相違ない。が、それを問うそこもとは何者でござる。」


警戒感を全身から漂わせ誰何する小一郎に、男は身じろぎして慌てて二・三歩後ろに下がり距離を取るとその場に膝をつき、


「は、はい。私は虎之助の伯父で加藤正左衛門と申します。義兄・清兵衛が不慮の事故に遭い亡くなったため、虎之助と共に葬式を済ませ今後の身の振り方について話をしようとしていたところでござります。」


と答えた。が、俺は正左衛門が発した「清兵衛が不慮の事故に遭い亡くなった」という言葉に凍り付いた。

不慮の事故?清兵衛は主に刀を扱う鍛冶師で通常の鍛冶仕事であれば不慮の事故などは起きないもの。考えられるとすれば俺が清兵衛と与左衛門にお願いをした新たな火器の製造の過程で何かあったのではないのか…。

もしそうなら、虎之助から清兵衛を奪ったのは俺の指示が発端で…そんな思いに至り俺の胸で涙を流している虎之助へ視線を下げると、丁度俺を見上げてくる虎之助と視線が重なった。

しかし、虎之助の目は悲しみに染まっていたものの俺を恨んでいる様なことはなく、俺と目が合った虎之助は腕で涙を拭うと、


「茶筅様。お父は死ぬ間際、オラに『茶筅様から頂いた仕事を全うする事が出来ず申し訳ありませぬ』って謝ってただ。オラからも謝るだぁ、折角お父の腕を見込んで仕事を申し付けてくれたのに、その完成を見届けることなくこの世を去ってしまったお父を許してください。その代わりオラがお父の分も茶筅様の為に働きます!」


清兵衛が残した最後の言葉を俺に伝え、清兵衛の代わりに俺のために働くと口にした。そんな虎之助の言葉に、俺は自分の涙腺が崩壊するのを押し留めることが出来なかった。


「すまぬ虎之助!清兵衛に託した仕事は危険を伴うもの。その事を某が清兵衛にしっかりと伝えておれば清兵衛は死なずに済んだやもしれぬ。この後の織田家にとって大きな力となる物と依頼をした。しかし、まだ日ノ本には無き物を作る清兵衛たち職人の身をもっと案じておれば…」


そう後悔の言葉を吐露し、悔し涙が流れ落ちた。そんな俺の姿を見た虎之助の目から一度は拭った涙が再び溢れ出し、清兵衛の位牌を強く抱きしめながら嗚咽が零れた。と、


「それは考え違いというものでございます、茶筅様!」


突然、鍛冶場の外から怒気を含んだ声が投げかけられた。


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