第四十六話 尾張(?)への帰還…
お待たせしました。
「茶筅! 三河での質の役目、大儀であった!!」
岡崎城で二年、質としての役目を終えて徳川次郎三郎信康に輿入れした冬姫と入れ替わる様に俺は岡崎を後にした。
尾張への帰路では冬姫の供奉を率いた佐久間信盛などと当たり障りのないことを話ながら過ごし、三河から尾張に入り清洲をすぎた辺りで行列から離れて母や徳姫が待つ生駒屋敷へ向かおうとすると、佐久間信盛から織田家の居城・岐阜城まで来るようにと父から申し付けられていると告げられ、有無を言わさずそのまま岐阜城へと向かう(連行)こととなった。
岐阜城に到着すると、休息を取る暇も与えられず大広間へと召し出されることとなったのだが、岐阜城に詰める者たちから『父に会う前に旅装を解き、身綺麗にされますよう!』などと言われたものの俺は無視し、埃も落とさず旅装のままで大広間に向かい広間のど真ん中で上座に向かって正対するように座り父が現れるのを待った。
俺が大広間に腰を下ろすと、まるでそれを何処からか見ていたかのように平素と変わらない大きな足音を響かせ父が大広間へと入ってきて俺の真正面に腰を落とすと、開口一番大声を張り上げて俺に労いの言葉を掛けて来た。
そんな父の姿に、上洛しても父は何も変わらないなぁと内心でほくそ笑みながらも、久しぶりに尾張に戻ったというのに母や徳姫との対面も許さず岐阜城に呼び出し、しかも休息も取らせずに大広間に召し出した父に、厭味の一つも言わなければ腹の虫がおさまらないと、
「はっ!ありがとうござりまする。しかし、一時の休息も与えず召し出されるとは思いもしませんでした。何か急を要する事でもござりましたか。」
返した俺を見て、父は意地の悪い笑みを浮かべた。
「分かるか!その通りよ、少々厄介な事になって来ておるのでな。三河から戻ったばかりではあるが貴様には働いてもらわねばならぬと呼び出したのよ。」
俺の嫌味など見事なまでに無視し仕事があると告げる父に、流石に即座に返事を返すことは出来なかった。
三七郎兄上から岡崎から戻った後、南近江を治めるため三七郎兄上の与力となった滝川彦右衛門一益に代わり願証寺の抑えとして織田彦七郎信興伯父上に合力する事になるのではと聞いていたが、その話を岡崎から帰ってその労をねぎらう間もなく告げられるのかと思い、なんと人使いの荒いことかと苦虫を噛み締めたもののそれを表情に出さないように努めながら、
「…願証寺が蠢いておりますか?」
と訊ねると父は悪~い顔でニヤリと頬を歪めた。
「三七郎から聞いておったな。確かに、願証寺の坊主共が煩いことを言っておることは事実だ。しかし、今はまだ騒ぐだけで実害は無いに等しい。越前を虎視眈々と狙っておる加賀の一向宗が越前に攻め入り、新九郎を通して朝倉左衛門督から救援の要請が儂の所に伝わり、儂が飛騨から加賀へ攻め込むまでは願証寺も動かぬであろう。まだ時はあるのだ、岡崎から戻ったばかりの茶筅に彦七郎を助る為、蟹江に行けと言うほど儂も鬼ではないわ。彦七郎の下には佐久間右衛門尉をつけると決めた。もっとも、茶筅に関係が無い訳ではないがな。
だが、貴様を呼び出したのは別の話があっての事よ。」
父がそう言うと控えていた小姓の一人が小走りに大広間を出ていった。その姿を横目で見ながら、先ほどの父の言葉を反芻する。
この時期、彦七郎伯父上は蟹江よりも伊勢寄りの木曽川の畔に築いた小木江城に居た筈で、蟹江城は滝川彦右衛門の城だったはず。
彦右衛門が三七郎兄上の与力となり戦力に不安があるとはいえ、彦七郎伯父上を小木江城から蟹江城へと動いたという事は、父は俺には「まだ時はある」と言ったものの彦七郎伯父上を願証寺のほど近くに在る小木江城に置いておくのは危険と判断しているという事だろう。
史実では、父の敵に回った朝倉と浅井の動きに合わせて願証寺による長島一向一揆が起こされ小木江城に居た彦七郎伯父上は城に籠城したものの自刃に追い込まれている。
しかし、朝倉への対応を浅井新九郎に一任(押し付けた)したことで、朝倉が義昭の求める上洛に応じなくとも父の面目が潰れる事はなく、史実の様に朝倉・浅井と敵対関係になっていないため今はまだ願証寺による長島一向一揆は起きていないが、加賀一向宗の動き次第では危険になると父は考えているのだろう。
その為、彦七郎伯父上の下に滝川彦右衛門の代わりとして佐久間右衛門尉を付けるのだろう。
佐久間信盛と言えば史実でも“退き佐久間”という渾名で呼ばれるほど撤退戦などで力を発揮し粘り強く戦う武将。
一向宗は『南無阿弥陀仏』と唱えながら死ぬ事を恐れず襲ってくるため、願証寺に対するならば退き佐久間が一番の適任と考えての事だろう。
そんな事を考えていると、父に負けず劣らずの大きな足音が大広間へと近づいてきた。その足音に廊下の方へ視線を向けると、先ほど大広間を出て行った小姓が大広間の外で片膝をつき畏まっている横を、大きな足音の主が姿を現した。
足音の主は、顔が黒く日に焼けていて髪の毛は潮風に曝されてきたせいかパーマが掛かっている様に捻じれていた。
男は大広間の前に来るとその場で立ち止まり、
「九鬼孫次郎嘉隆、お召しにより参上仕った!」
そう名乗りを上げると、大広間へと入ってきて俺の横に腰を下ろし父に対し平伏した。
「孫次郎。此処に居るのが話していた茶筅じゃ。」
平伏する九鬼嘉隆に父は扇子で指し示し俺の名を告げると、その途端九鬼嘉隆は顔を上げると隣に座る俺の顔をしげしげと見つめると、日焼けした顔に満面の笑みを浮かべた。
「おぉ!貴方様があの小さき南蛮船をお作りになられた茶筅丸様でござりましたか。あれは大したものですなぁ、実に良く出来ておりました。お陰で良き船を作る事ができましたぞ!!」
その言葉に、俺は父の方へと視線を動かすと、父はしたり顔を浮かべていた。
「茶筅。貴様が三河に行く前に儂に南蛮船を造るように言い置いていったであろう。
それで、丁度彦右衛門から推挙を受けていたこの九鬼孫次郎に貴様の南蛮船の模型を見せたのよ。「これを基に実際に海を渡ることの出来る船を作れ!」とな。そして、つい一月ほど前に孫次郎から船が出来たと知らせが入ったのよ!」
父のその言葉に俺は隣に控えている嘉隆を凝視すると、嘉隆は大きく力強く父の言葉を肯定するように頷いて見せた。
「殿の仰せの通りにござりまする。既に命名式と共に進水式を済ませて御座りまする。船名は『尾張』。これまでは船名の末尾には“丸”と付けておりましたが、殿から「これまで日ノ本には無かった船なのだから慣例に従う必要はない。日ノ本はこの後、南蛮などと伍して行くようになる。その為には此度造ったような船が多く要る様になるのだから、それに相応しい名を」と申されまして、『尾張』とお付けになられたのです。」
そう言って誇らしげに胸を張った。そんな嘉隆の言葉を受け父は、
「茶筅。貴様は是より生駒に戻り吉乃に挨拶を済ませたら即座に熱田に行き三河に赴く前に差配した新たなる火器とやらがどうなっているのか確認せよ。火器の準備が整い次第、『尾張』に乗せ戦船へと仕立てあげるのだ!
孫次郎は『尾張』の二番船の建造に着手し、火器の準備を整えた茶筅の指示に従い『尾張』に火器を乗せ、船を自在に操れるよう習熟に励め。
茶筅は『尾張』に火器を乗せた後、孫次郎と共に乗船し、孫次郎たち九鬼水軍の操船習熟を見届けよ!」
父の言葉に、俺と嘉隆は一斉に平伏し、
「はっ!これより尾張に戻り、新たな火器の状況を確認し『尾張』に搭載、孫次郎殿と共に操船習熟を成し遂げまする!」
「はっ!『尾張』二番船の建造に着手した後、茶筅丸様に従い船に火器を乗せ操船の習熟に粉骨砕身いたしまする!」
と、それぞれ大きな声で応えると示し合わせたかのようにその場から立ち上がると、父に対し一礼し、大広間を後にした。
そんな俺と嘉隆の背を見送る父は連れ立って大広間を去る俺たち二人に満足気な表情を浮かべていた。




