第四話 対面の褒美
兄弟の対面を果たした数日後、いつものように数人の供を連れて父が生駒屋敷にやって来た。
俺は母や屋敷の主である母の兄・生駒八右衛門と共に屋敷の玄関先で父を出迎えた。
常なら母と共に屋敷の奥へ立ち去る父をその場で見送るのだが、この日は何故か父から母と共に屋敷の奥へ同道するようにと申し付けられた。
いつもとは違う父の言葉に俺は首を捻りながらついて行く。
屋敷の奥には父のために用意された座敷があり、座敷に着くなり父は障子を全て開けさせて綺麗に手入れされた庭を満足そうに見ながら、まるで独り言のように話し始めた。
「茶筅、先日は大儀であった。貴様の一言で三七はまるで憑き物が落ちた様に快活になったと坂氏家から知らせがあった。よって貴様に褒美を取らそうと思うが何か欲しいものはあるか。」
なんと、先日の兄弟対面の折に三七を“兄様”と敬称を付けて俺が呼んだことで、三七の心に溜まっていた鬱屈が取り払われて明るくなったと知らせがあったと言って褒められ、褒美まで出すと言い出した父。そんな父の言葉に母は嬉しそうに微笑んだ。
「よかったですね、茶筅丸。御父上にお礼を申し上げなさい。」
「父上、お褒め頂きありがとうございます。」
俺は母の言葉に従い、元気に礼を言いながら頭を下げた。そんな俺たち母子の様子を、庭を見るような格好をしながら確認した父は満足そうに頷き柄にもなく照れていた。
「礼は良い、なんぞ望みは無いのか?早く言うてみよ!」
妻と子供の反応に照れたのを隠す様に、何が欲しいものは無いのかと再び問う父に、俺は父の後姿を見上げながら少し考える振りをしてから、
「父上、某は“鉄砲”と言うものをいただきとうございます。屋敷の者が盛んに、父上が鉄砲と言うものを集め、『これからの戦は鉄砲の数で決まる!』と申されていると話しておりました。某も父上が集めておられる鉄砲と言うものを扱ってみたいと思うのですが、八右衛門殿をはじめ屋敷の者たちは『危険だから駄目だ!』と言って見せてもくれないのです」
そう口を尖らせながら言うと、父は大笑いした。
「ぷっはっはっはっはっは!まだ三歳になったばかりの小僧が鉄砲を欲しいと言い出すとはさすがの儂も呆れたぞ。しかし、屋敷の者たちが言う事も尤もじゃ。鉄砲は三歳の童にはまだ早い。もう少し大きくなるまで辛抱をせよ。」
その言葉に俺は頬を膨らめると、父は一層大きな笑い声を上げた。
「わっはっはっはっは、何じゃその膨れっ面はぁ。分かった分かった、ではもう少し大きくなったら儂自ら直々に鉄砲の扱いを教えて進ぜよう。その代わり改めて貴様の願いを二つ聞いてやる、それで我慢いたせ。」
「殿ぉ、その様なお約束をしなくとも茶筅にはわたくしから言い聞かせておきます。」
父の言葉に焦り思わず口を挟んだ母。そんな母に父は笑顔を浮かべたまま、
「吉乃。茶筅に望みを申せと言うたは儂の方じゃ。その望みを辛抱させるのであればその辛抱に見合うものを与えてやらねば茶筅も納得いくまい。茶筅、構わぬ鉄砲以外の望みを言うがよい!」
と、母を宥めて俺に望みを言うように促した。俺はそんな父と母のやり取りを心の中でほくそ笑みながら、頬を膨らめたままで〝本命″の願いを口にした。
「鉄砲が駄目であれば、剣の稽古がいたしとうございます。それから、剣の稽古に向けて精をつけるために、獣肉を食すことと鶏の卵を食べることをお許しいただきとうございます!」
「「なっ!!」」
俺の願いを聞いて父と母は驚きの声を上げた。
この時代、肉食は天武天皇が出した『肉食禁止令の詔』が活きており、表立っては禁忌とされていた。更に鶏は時を告げる鳥として神聖視され肉だけでなく卵を食することも忌避されていた。それを許可してくれと言い出した俺に驚くのも無理はなく、母などは目を吊り上げ今にも声を張り上げんばかりに般若の形相を浮かべていた。しかし、
「あいわかった!茶筅の願い聞き遂げて進ぜよう。」
「と、殿!?」
俺の願いを許すと告げる父に、母は困惑の声を上げた。
「吉乃、良いではないか。肉食など儂も鷹狩りの後に楽しんで居る。流石に公衆の面前では憚られるが、屋敷の奥で人目を忍んでであれば構わぬ。昨今では比叡の生臭坊主共でさえ食しておると聞く。それに比べ茶筅は儂に断りを得ようとするだけ殊勝だと思わぬか?しかも、剣の稽古に向けて精をつけるためだと言いおったのだぞ。
茶筅。己が願い出たのだ、いずれどれ程の腕前になったか父が直々に手合わせをして進ぜるほどに、しっかりと精をつけて剣の稽古に励むがよい!」
父は笑顔で母を諭し、俺に肉食と剣の稽古を許可してくれた。
しかもその後、猪や鹿、雉といった鳥獣の肉を猟師たちに俺の下に届けるように指示を出しくれたおかげで、俺は肉を食う事が出来るようになり剣の稽古で酷使した体に必要なたんぱく質を摂取出来るようになった。
お陰で頑強な体を作る事が出来ただけでなく、母の命をも救い俺にとってかけがえのない臣友を得るきっかけとなるのだった。




