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第二十七話 山の民にお願い その一


「もう間もなくですぞ茶筅丸様!」


前を歩く蜂須賀小六郎正勝の励ましの言葉に俺は額の汗を拭いながら笑みを返すと、小六郎はむさい髭面を綻ばせ力強い足取りで再び進み始めた。

 

目的は、寛太たち河原者に獲った獣を卸してくれている山の民に会い、ある依頼をするためだった。


山の民は里に住む者たちとあまり関わりを持たず、独自の習俗を持ち、山の中で木の実や山菜、川魚に獣といった山の恵みを求めて狩猟生活を送る者たちだ。

前世、本で読んだところによると、元は縄文の時代から日本に住んでいた者たちが、大陸から渡って来た者たちの支配(大和朝廷?)を嫌い、山の中に生活の場を移した“蝦夷”に連なる者たちと説明されていた。

その真偽は横に置いておいて、俺はある目的を果たすために山の民に協力を得ようと多少の繋がりがある河原者たちに居場所を聞き出して向かっている最中だった。


 当初は寛太を通じて河原者たちに山の民の居場所を聞き出すつもりだったのだが、河原者を仕切る前野将右衛門長康との間で起こしたいざこざを覚えていた者が居たため、河原者からの協力が得られなかった。

仕方なく将右衛門が仕える木下藤吉郎秀吉に話をしようと思ったのだが、藤吉郎は荒子城の主となった前田又左衛門利家と昵懇の間柄。

利久たち前田蔵人家の者を家臣として召し抱えた俺に、あまり良い顔をしないのではないかと思い躊躇していると、利久を家臣として取り込み慶次郎と助右ヱ門の家族の面倒をみる様に手配を整えた俺に、厄介事を押し付けたとして謝罪と感謝を告げるために生駒屋敷を訪れた権六の耳に、俺が悩みを抱えていると屋敷の者が話したらしく、


「茶筅丸様、某にお任せ下され!」


顔を合わせるなり鼻息も荒く迫って来た権六の剣幕に押されて、頷くと脱兎の如く駆け出した権六はその日の内に藤吉郎に将右衛門それから小一郎を引き連れて生駒屋敷に戻って来た。


 生駒屋敷に来た藤吉郎は俺と顔を合わせるなりその場に膝をつくと床に額を擦り付け、


「大恩ある茶筅丸様に知らぬこととはいえ郎党の将右衛門が大変な無礼とご迷惑をお掛けした事、藤吉郎伏してお詫び申し上げます!」


と、大声で謝罪してきた。そんな藤吉郎に驚いていると、一緒に来た小一郎が将右衛門の肩を掴み強引に藤吉郎の隣に跪かせた。

よく見ると将右衛門の顔には幾つもの青あざが出来ていて、権六から話を聞いた藤吉郎と小一郎によって既に折檻された様だった。その様子に俺は慌てて土下座をしたまま顔を上げようとしない藤吉郎に声を掛けた。


「藤吉郎殿、頭をお上げください。小一郎殿も、将右衛門殿との諍いは某がまだ童であった頃の事、気にはしておりません。それに、父のご家臣である藤吉郎殿を土下座させたなどと知れては某が父から咎められることとなりまする。」


俺の言葉に、藤吉郎は慌てて頭を上げると、申し訳なさそうな表情を浮かべ小さな声で「申し訳ありませぬ…」と謝罪の言葉を繰り返した。

 俺は父の子ではあるが、父の家臣に対する命令権などは持っておらず、父の家臣に対し例え子であっても理不尽な命令をしたり、蔑むような事があれば父は容赦なく叱りつけた。

そんな父の事を知っている藤吉郎は、俺と顔を合わせるなり土下座をする姿を見れば咎められるのは俺だと気が付き慌てて頭を上げた。


「藤吉郎殿。先ほども申しましたが将右衛門殿との事は気にはしておりません。それよりも昵懇の間柄である又左衛門殿の手前、生駒屋敷に出向いてもよろしいのでございますか。」


そう問い掛ける俺に藤吉郎は首を大きく横に振り、


「何を申されます茶筅様!又左は茶筅様に感謝しておりますぞ。殿様の命とは言え実の兄を隠居させて荒子城から追い出すことになってしまったことを気に病んでおりましたが、茶筅様がご家臣にお召し抱え下されたと聞いて安堵しておりました。殿様の手前、茶筅様に謝辞をお伝えする訳にも行かず、茶筅様と縁のあるこの藤吉郎めに、折を見て又左衛門が感謝を申していたと伝えて欲しいと申しておりました。」


と、話してくれた。藤吉郎の言葉に俺はホッと息を吐き、笑みを浮かべた。


「藤吉郎殿、又左衛門殿の言葉をお伝えいただき感謝いたします。権六殿からも頼まれた事とは申せ、父の命で前田家の家督を継がれた又左衛門殿は蔵人や助右ヱ門を某が召し抱えると知ってご不快に思われているのではないかと案じておりました。お陰で胸の痞えが取れた思いにございます。」


俺のその言葉に藤吉郎は顔をクシャクシャにして満面の笑みを見せた。



「それで、なにやら将右衛門殿の力を欲しておられるとお聞きしたのですが、何事でございましょうか。」


俺と藤吉郎の笑顔でその場の空気が緩んだのを見計らい、小一郎が口火を切ると藤吉郎たちを連れて来た権六も興味津々とばかりに乗り出す様にして耳を傾けて来た。


「実は、河原者の伝手で山の民に引き合わせてもらいたいと思ったのです。しかし以前、将右衛門殿との間でいざこざを起こした某の事を知っているため河原者の力添えが得られず、将右衛門殿に河原者との仲を取り持っていただきたいと思ったのでございます。将右衛門殿お願いできませぬか。」


「‥‥‥。」


俺の申し出に対し、顔を青痣で腫らした将右衛門は口の中を切っていて口が上手く動かせないのか、はたまた協力するのが嫌なのか口を開かなかった。すると、将右衛門に代わり小一郎が口を開いた。


「茶筅丸様、そう言う事であれば将右衛門殿よりも蜂須賀小六郎正勝殿の方が適任でございます。小六殿も将右衛門殿と同じく川並衆を束ねておられるのですが、山の民と関わりの深い河原者は小六郎殿の方が良く知っておられます。暫しお待ちいただけますか、拙者が小六郎殿を呼んでまいります。」


そう言うが早いか履いて来たわらじを懐にねじ込むと、袴の裾を持ち土煙を上げて駆け出していった。そんな小一郎の姿に俺は呆気にとられたが、藤吉郎や将右衛門にとっても驚きの姿だったようで、口をポカンと開け小一郎の後姿を見送った後ポツリと、


「小一郎のあのような姿始めて見たわ…」


「藤吉郎もか!儂も、初めてじゃ…」


と、二人して溢していた。



「茶筅丸様には初めてお目にかかります。蜂須賀小六郎正勝にございます。八右衛門殿、随分とご無沙汰を致し申し訳ございませぬ。生駒家の方々のお噂は某の耳にも届いておりもうした。そんな皆様にお会いするには今少し功を上げてからと思っている間に随分と時を重ねてしまいました…」


小一郎が連れて来た男は権六と並んでも引けを取らないような強面の男だったが、その目は優しそうな眼をしていた。そして、生駒屋敷の玄関先に立つと一旦立ち止まり懐かしそうに周囲を見回してから出迎えた俺や八右衛門に対して深々と頭を下げた。

そんな蜂須賀小六郎に八右衛門は、相好を崩し懐かしそうに笑みを浮かべた。


「ほんに久しぶりじゃのぉ。一時は消息が途絶え何処で何をしているのかと案じておったが、墨俣への築城の折には藤吉郎殿の下で立派な働きを示したと耳にし、その功を手土産に屋敷を訪ねてくるのを待っておったのだぞ。お主の壮健なる姿を目にし嬉しい限りじゃ。」


そう返す八右衛門の言葉に、思わず顔を見上げると俺の視線に八右衛門は、


「茶筅丸、この蜂須賀小六郎と儂は幼き頃より共に遊んだ中なのだ。尾張の守護・斯波家が力を落とす中で小六郎の父君は美濃の斎藤道三様にお仕えし、小六郎も父君の後を継いで美濃斎藤家に仕えておったのだが、道三様が一色左京太夫義龍に討たれると美濃を離れて尾張に戻ったと聞いていたが、ようやく顔を見せおったのじゃ。」


と教えてくれた。そんな八右衛門に対し苦笑を浮かべる小六郎に俺は、


「小六郎殿、お初にお目にかかります、織田茶筅丸にございます。此度は少々厄介な事をお頼み致しますが何卒よしなに願いいたしまする。ささ、こんな所で立ち話という訳には参りませぬ。どうぞ中へ、藤吉郎殿も居られますゆえ…」


と、挨拶と共に屋敷の中に入るよう促した。


「来たか、小六どん!」


「藤吉郎、それにこれは権六様もおいでとは…将右衛門、何じゃその顔はぁ?!」


屋敷の奥に通された小六郎は部屋の中に座る藤吉郎と共にいる権六に会釈をし、その隣に控える将右衛門の顔を見て呆れ顔を浮かべた。


「将右衛門殿は兄者と権六様ともに大恩ある茶筅丸様に対して不躾な態度をとっていたことが分かり、某と兄者で折檻いたした。本来ならば、首を差し出さねばならぬ所、上洛を直前にして家中の乱れを晒すは木下家の恥と、折檻に留め申した。」


そんな小六郎に、小一郎が語気荒く告げる言葉に藤吉郎も苦り顔を浮かべ、当の将右衛門も申し訳なさそうに顔を伏せた。

その反応に小六郎は大きな溜息を吐き出すと、俺の方に向きを変えその場に片膝をつくと、


「茶筅丸様、八右衛門殿。輩が大変な無礼を働き申し訳ございませぬ。この小六郎、輩の分も茶筅丸様の御役にたてる様に努めまする。何なりとお申し付けくださいませ。」


そう言って頭を下げて来た。そんな小六郎に俺は軽く頷くと部屋に入るよう促した。


「小六郎殿。某が三河へ質に出されることはお聞き及びの事と思います。」


「はい、茶筅丸様が三河に向かわれる事、織田家家中でも口の葉に乗っている事にて某の耳にも入っております。なんでも、茶筅丸様ご自身がわざわざ三河まで赴き直談判にて話を纏められたとか。その話を聞いた冬姫様のご母堂様も涙を流して喜び、殿様に似て茶筅丸様も家族思いの御方であると織田家家中でも評判にございました。」


小六郎の言葉に今回の三河行きの件で織田の家中での俺の評価が上がっていることに苦笑しつつ、話を進める。


「実は三河に行く前に尾張にて幾つかやっておきたいことがあり、その一つの手助けをお願いしたいのです。」


「三河に向かわれる前にやっておきたい事と申されますと?」


「まだ父にも話していない事ゆえ詳細は話せぬのですが、山の民に力を貸してもらいたいことがあるのです。それで、山の民に伝手のある河原者に仲介をお願いしようと思ったのですが…」


「将右衛門とのことで河原者が二の足を踏んだと…」


俺の言葉を受け小六郎は顔を伏せている将右衛門を一睨みしたものの直ぐに顔を俺に向けるとニヤリと笑みを浮かべ、まるで藤吉郎のように大きな手振りで自分の胸をドンと叩いた。


「そういう事ならば、某の配下の中にも美濃の山に居を構える者と親しき者が居りまする。その者に山の民との繋ぎを取らせれば造作もなき事。お任せ下され!」


そう言って山の民に繋ぎを取ることを請け負ってくれた。

数日後、小六郎は配下の者を通じ山の民と繋ぎを取り、俺が山の民の下に向かう許可も取り付けた。

そして、俺たちは小六郎と共に繋ぎを取った配下の小者に案内をさせて、美濃の山の中に分け入っていた。

 山の民の元へ向かう面々は、繋ぎを取りつけてくれた小六郎とその配下の小者に、俺、寛太、それに何故か木下小一郎長秀に柴田権六勝家まで同道していた。

 権六は父の上洛に合わせ軍を指揮する将として随行する事が決まっていて、上洛に向けて率いる軍の準備に奔走していなければいけないはずなのだが、その事を問うと権六は小一郎と示し合わせた様にニッコリと笑みをうかべ、


「その事なれば、藤吉郎に任せておりますので大丈夫でござる。」


「兄者は殿様が率いる上洛軍において権六様の副将格に配されてございます。将右衛門も励んでおりますので、某らが数日離れようとも問題はございませぬ。」


と応えたため、その心意気を無下にする訳にも行かず同行を許さざるを得なかった。


総勢六名は鬱蒼と茂る草木を掻き分け山の民の居住地まであと少しという所まで辿り着いていた。

そんな俺たちの先頭を歩く小者の足元に風を切り裂く音と共に一本の矢が突き立った。


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