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第二十一話 徳姫の輿入れ話 その二

「茶筅、何用じゃ!」


母からの無茶振りを完遂するため、父のいる岐阜城に向かった俺と半兵衛は先触れに走った五右衛門の働きですんなりと岐阜城の広間に通された。しばし待ち人の登場を待っているといつもの様に足早に響く足音を響かせて広間に入って来た父は、入ってくるなり突然訪問した理由を問うてきた。

 父の詰問に対し、俺はこれから始まる問答に向けて腹に力を入れながらも、いつもと変わらぬ態度で応対した。


「はっ。徳姫の輿入れについて母から父にお伝えせよと言付かって参りました。」


「なにぃ?吉乃からだと…申せ!」


苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた父だったが、一応は話を聞いてくれる気があるようで俺は内心ホッとした。これが普通の大名であれば『儂の命に従えばよいのだ』と一喝されて終わりになるところだが、流石は“家族大好きパパさん”の父だなぁと妙な処で感心してしまった。


「はっ。望みを叶えてくれれば嫁いでも良いと徳姫が申しまして。その事を知った母上が、徳姫の望みを叶えてくれさえすれば此度のお話を進めても良いと申されました。」


「なにぃ?真か。……それで徳の望みとはなんだ。」


これまで徳姫の輿入れに頑強に反対してきた母が一転、徳姫の望みを叶えてもらえれば輿入れを認めると聞いて一瞬顔を綻ばせた父だったが、母の急な心変わりにこれは何かあると不安を感じ逡巡したようだが、それでも聞かないと話が進まないと考えたのだろう、徳姫が何を望んだのか訊ねて来た。


「生駒屋敷で行っている様な剣術の稽古と父や某と共に行っております鷹狩りを嫁ぎ先でも許してもらえるのなら嫁いでも良いと…」


「なぁぁぁ。それは…」


徳姫の望みを聞いた途端、驚きの余り腰を浮かし言葉を詰まらせる父。まぁ、当然の反応だろうと脇に控えていた半兵衛と共に小さく溜息を吐いた。

流石の父も、徳姫が剣術の稽古と鷹狩り(巻き狩り)が嫁ぎ先でもこれまで通り行えることを求めてくるとは思わなかったのだろう。

驚きのあまり言葉を失っていた父だったが、無理難題を吹っかけて来た母とそんな母の言葉を伝えて来た俺に怒りの感情が湧きあがったのか顔を赤く染め、いつもより甲高い声で喚いた。


「剣術の稽古に鷹狩りじゃとぉ!そのような事、嫁ぎ先で許す武家などおらぬわぁ!!それを分かっていながら吉乃めはぁ…。茶筅、そもそも貴様が屋敷で剣術の稽古などしていたから徳が感化されたのだぞぉ。如何するつもりだぁ!!」


癇癪を起した父に傍らに控えていた小姓たちは震え上がった。

父が激怒すると時にはその相手を殴りつけ足蹴にすることがあるからだ。そんな怯える小姓たちを余所に俺は平然と返した。


「剣の稽古を某にお許しになり免状まで出されたのは父上ではありませぬか。それに某が鷹狩りに付いて来ると駄々を捏ねる徳姫に、我慢するように話して聞かせている最中、某と徳姫の間に割って入り徳の笑顔に目じりを下げて止める某を無視し連れ出したのは父上ではありませんでしたか?」


「うぐっ。」


俺の一言に言葉を詰まらせる父。そんな父に更に畳みかけた。


「戦国の世に生きる女性にょしょうなれば剣術などは身につけていて当然でございましょう。ですから某も徳姫が共に剣術の稽古をしたいと言った時は止めなかったのです。ですが、鷹狩りや巻狩りとなると話は違います。それを徳姫が喜ぶからと連れ出したのは父上にございます。それを今になってとやかく言うのは筋違いにございます。」


「そ、それでは貴様は自分には非が無いと申すか!」


俺の言葉に父は“否”とは言えず、それでも自分一人が泥を被るのは嫌だったと見えて俺も共犯者ではないのかと問うてきた。流石にこの問いに首を振ることが出来ず、また岐阜城に来るまでの道中に考えていた事を実行するために父の言葉に乗った。


「いえ、徳姫でも扱えるように火縄銃を改良したのは某にございます。某も父上と同罪でございましょう。それで、一つ某に案があるのですが。」


そう言ってから父の反応を見るために一旦口を閉じると、父は忌々し気に顔を顰めるとそれまで俺の前で正対し、胡坐をかいていた足を俺の前に大きく投げ出し、後ろに倒れようとする体を支える様に背後の板の間に両の手をついて、思いっきりだらしない格好で俺を睨みつけると、続きを促す様に顎をしゃくった。

その父の仕草に俺は小さく頷き、


「父上にお願いしたいことは一つ。某が三河にゆく事をお許しください。某が徳姫の実兄として三河守様、竹千代殿と膝を交えて話をして参ります。」


「三河守と膝を交えてだと?」


「はい。徳姫の兄として、三河守様に全てをお話しした上で竹千代殿の正室として徳姫でも良いのか。否と申されるならば輿入れをしばしお待ちいただき冬姫殿が今少しお育ちになるまで待ってもらえるようにと話をして参ります。」


俺の答えを聞いて父は目を閉じ何か考えている様だったが小さな声で、


「三河守(家康)に直談判を徳姫の兄としてするか。“たわけ”と対面した時の三河守の驚く顔が目に浮かぶようだのぉ…」


と呟きほくそ笑むと、目を開けて俺を睨みつけて再度問い掛けて来た。


「三河守に会うというのは分かった。されど嫡子である竹千代にまで会おうとするのは如何なる所存だ。」


その問いに俺はこの日一番の気合いを目に込めて父の目を見据えて、


「無論、徳姫の良人おっとに足る者かどうかを見極め、相応しからざる時には…」


ニヤリと笑い答えた俺に父は頬を引き攣らせた。

 この後、父はしばし考え込んでいたが最終的には俺の提案を受け入れ俺と三河守・竹千代親子との対面を了承した。

勿論、まだ元服も済ませていない俺を正式な使者とする訳にはいかなかったため、正使には伯父の織田三郎五郎信広を立てて、三郎五郎伯父上に随行する副使という形で三河へと向かう事となった。


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