第十三話 火縄銃の改造、その二
前話(十二話)の続きになります。
「茶筅丸様。お呼びにより参上いたしました。」
父から火縄銃を頂いてから数日後、藤吉郎の弟・木下小一郎が生駒屋敷を訪ねて来た。だが、その表情は如何にも不服だと言わんばかりの仏頂面で、最初に会った時の人当たりの良い真面目君といったイメージからは外れていた。
「お越しいただき合いすみませぬ。此度、父・上総介様から火縄銃を一丁頂いたのです。それで、ない頭を捻りつらつらと考えますに、この火縄銃を今よりも扱い易く改良できないかと思い立ち、その為の職人を小一郎殿にご紹介いただけないものかと藤吉郎殿にお願いをしたのです。どうか某にお力添えいただけぬでしょうか。」
そう告げて頭を下げると、小一郎は慌てて俺に頭を上げるように声を上げた。
「頭をお上げください茶筅丸様!殿様の御子に私の様な百姓上がりが頭を下げさせたと世間に知れたら私は尾張には居られなくなってしまいます。」
小一郎の言葉に、なるほど三男坊とはいえ世間ではそう取られる事もあるのかと頭を上げると、先ほどまでの不服そうな表情は消え去り初めて会った時の人当たりの良い真面目な表情を浮かべた小一郎の顔があった。
「申し訳ございませぬ。兄より茶筅丸様のために尽力せよと申しつけられましたものの、火縄銃に手を入れるなど子供の戯言と高を括り茶筅丸様の為人を知ろうと不遜な態度を取らせていただきました。そんな私に茶筅丸様は私を呼んだ理由を話し、誠をお示しくださいました。不肖、木下小一郎長秀!茶筅丸様がお考えになられている火縄銃の改良が成るまで粉骨砕身お仕えさせていただきます。」
そう言って平伏する小一郎に俺は藤吉郎といいこの兄弟はなかなかに興味深い面白い人物たちだと改めて思った。
「それは助かります。良しなにお願いいたします。早速ですが、小一郎殿が知っておられる職人の中に此度の某の話に乗ってくれそうな酔狂な者はおりますか?出来れば鍛冶職人と指物職人に当てがあると助かるのですが。」
「はっ!兄からそれとなく話は伺っておりましたので、それとなく当たっておきましてございます。直ぐに御案内出来ますが如何なされますか?」
正に〝打てば響く″とはこの事。出来る男は違うと感心しながら俺は立ち上がり、
「では案内をお願いします。寛太、五右衛門、共について参れ!」
そう告げて、小一郎の案内で職人の下へと向かった。向かった先は熱田の街にある職人達が多く住む街の一角にあるとある刀鍛冶の家だったのだが、中からは子供の鳴く声が外まで響き渡っていた。
「清兵衛!清兵衛はおるかぁ!!」
着くなり小一郎は家主の刀鍛冶を大声で呼ぶと、直ぐに奥の方から大きな声で返事があったのだが、
「少しお待ち下されぇ!これ、虎之助いい加減に泣き止んでくれぬかぁ。伊都ぉ~、お客様が来たのだ、虎之助を頼むぅ~」
何か取り込み中だったようで、奥からは子供の泣き声と共にバタバタと物音が聞こえて来ていた。
しばらくして、ようやく子供の泣き声が治まった頃、少し恥ずかしそうにしながら一人の男が奥から出て来た。
「小一郎様、お待たせを致しました。」
「なんの、取り込み中に済まなかった。茶筅丸様、この者はここ熱田で刀鍛冶を営んでおります加藤清兵衛でございます。清兵衛、こちらにおられるお方は織田の殿様の御三男・茶筅丸様じゃ。」
小一郎は俺と清兵衛にそれぞれを紹介した。俺は直ぐに清兵衛に、
「茶筅丸にございます。此度は厄介をお掛けする、宜しく頼みます。」
と軽く頭を下げつつ挨拶をすると、清兵衛は目を大きく見開いてその場に跪き、
「こ、これはご丁寧なご挨拶、熱田で刀鍛冶を営んでおります加藤清兵衛にございます。」
と平伏してしまった。それを見た小一郎は苦笑して、
「清兵衛。それでは話が出来ぬではないか、面を上げよ。茶筅丸様が困っておられるぞ。」
と言ってくれたおかげで清兵衛は顔を上げ話が出来るようになった。俺は清兵衛に訪ねた理由を告げると、それまで委縮していたのが嘘の様に前のめりで話に食い付いて来た。
「それは面白い!是非遣らせていただきとうございます。それから指物職人ではございませぬが木を扱う職人で話に乗って来そうな者に心当たりがあります。」
と木材を扱う職人を紹介すると言ってきてくれた。俺は一も二もなくその話に乗ることにし、清兵衛の案内でもう一人の職人の下に向かった。
「与左衛門!与左衛門はおらんかぁ!!」
着いた先は桶屋らしく、家の周りには大小様々な大きさの桶が並べられ、清兵衛の呼び掛けに対し、桶屋の母屋からは子供の声が響いて来た。
「お父ぉ、虎のお父が呼んでおるぞぉ!」
「市松、分かっておる。清兵衛、何か用…なんじゃ小一郎も一緒か。なんじゃ二人して?」
そう言って顔を出した与左衛門の言葉に俺は違和感を感じた。
「小一郎っていくら元は百姓でも今では織田家の足軽大将である兄・藤吉郎を支える者を呼び捨ては…」
そう小さく呟く俺に小一郎殿は苦笑した。
「茶筅丸様、こちらの与左衛門殿の奥方は私の叔母なのですよ。与左衛門殿、実は茶筅丸様から仕事を任せられる職人をと求められ、清兵衛殿を紹介したところ、鍛冶職人だけでなく木材を扱える職人もいないかと問われ、清兵衛殿が与左衛門殿はどうかとお連れしたのです。」
小一郎の説明に与左衛門は俺の方へと視線を動かし、ジロジロと俺の顔を何か探る様に見廻してから幼児ならばひきつけを起こしそうな凶悪な笑みを浮かべた。
「あんたが生駒屋敷の“たわけ殿”か?なるほど何処となく“うつけ”と呼ばれた頃の殿様に雰囲気が似ておるわ。それで、清兵衛と儂に一体何をさせようと言うのじゃ。」
その与左衛門の言葉に小一郎は困ったような表情を浮かべたが、俺は父が傾き『うつけ』と呼ばれていた若い頃の雰囲気に似ていると言われて嬉しくなった。
「父の若き頃に雰囲気が似ていますか?それは嬉しいことを言って下さる。そんなお方に仕事を頼めるとは喜ばしい。実は、父から火縄銃をいただいたのですが、非力な某では満足に撃つことが出来ず悔しいので火縄銃を非力な某でも扱えるように改良したいと思いまして、お二方にお力を借りしたいとお訪ね致しました。」
そう語った俺の言葉を聞いた与左衛門は何を驚いたのか目を大きく見開き、小一郎の方を見て相好を崩し大きな笑い声を上げた。
「ぶっはっはっはっは!うつけ殿と雰囲気が似ていると言われて喜ばれるとは流石はたわけ殿じゃ。小一郎、このお方は一廉の大将になるぞ!儂がそう太鼓判を押していたと藤吉郎に話すが良い。さて、たわけ殿。火縄銃を改良したいとの事でござるが、その草案はおありかな?儂も清兵衛も一端の職人だ、遣れと言われれば大抵のことはやって見せるが、如何したいのか草案が無ければいくら儂らの腕が良くても形にはならん。儂らは職人であって創案者ではないのでな。」
そう言うと、『さぁ、俺たちを使って見せろ!』と言うように挑みかかるような目を向けてきた。
俺はその目の奥に期待の色が浮かんでいる事に気付き、大の大人が小僧の戯言を真剣に聞こうとしてくれている事が嬉しかった。
「この火縄銃は銃把と台木(銃床)を持って構えます。このままでは体から離れた状態で構えることになり腕の力だけで火縄銃の重さに耐え保持しなければなりません。そこで、銃把を肩に当たるくらいの長さまで伸ばし、今の構えた体勢のままの状態で、肩・銃把・台木の三点で火縄銃を持つように改良していただきたいのです。如何です与左衛門殿、出来ますか?」
「はっ、出来ますか?ときやがった。やってやろうじゃねぇかぁ!その代わり調整には付き合ってもらうぜ!!」
嬉しそうに笑いながら返す与左衛門。と、清兵衛も身を乗り出してきた。
「与左衛門だけに仕事を振るおつもりか?わざわざ儂の家にまで押しかけて置いて与左衛門を紹介してお払い箱は勘弁して欲しいものだが。」
そう言って俺を睨みつける清兵衛に俺は笑みを浮かべて答えた。
「もちろん清兵衛殿にもお願いしたいことがあります。と言っても、与左衛門殿の仕事の出来次第なのですが…実は、火縄銃の筒先に槍の穂先の様な武具を取り付けたいと考えているのです。火縄銃の銃把を延長すれば筒先に刃物を装備することで短槍の様に使えるのではないかと思いまして。火縄銃を持つ足軽たちは同時に槍を持つことが出来ず、戦場では発砲後は後方に下がらせるしかなかったと思うのです。そうすることで高価な火縄銃を敵に奪われることを防ぐ事にもなるのですが、敵が迫った時に火縄銃を持った足軽は逃げるために重たい火縄銃を投げ捨ててしまう事も多いと聞きます。その様な事態を防ぐため、火縄銃の筒先に槍の穂先を付け、いざという時の武具として使えるようにしておきさえすれば、火縄銃を重いからと言って投げ捨てることなく、身を護るための武具として保持するようになると思うのです。どうでしょう、火縄銃の筒先に着ける着脱可能な槍の穂先の様な刃物は作れないでしょうか?」
俺の問い掛けを聞くと清兵衛はニヤリと笑い、
「なかなかに面白い事を考えられるのぉ。分かった、その仕事お受けいたそう!」
そう言って快く仕事として受けてくれた。
・・・この後、与左衛門と清兵衛は俺が満足する火縄銃の改良に成功するまで何十回とダメ出しを食らい、試行錯誤を繰り返した。その経験から俺の要求には応えなければならないと言う条件反射が身についてしまい、火縄銃の改良以降も事あるごとに俺が要求した武具や火器を手掛けることになった。
その関係は俺が北畠家に養子に入ってからも変わらず、俺のお抱え職人として伊勢の国に帯同し、後世では『北畠中将の三匠』と称されることとなるが、この時の二人はそんな事になるとは知る由もなかった。
◇木下小一郎
藤吉郎兄者より茶筅丸様のご要望にお応えせよと命じられ、茶筅丸様が紹介して欲しいと言った刀鍛冶の加藤清兵衛殿を紹介すると、茶筅丸様が清兵衛殿に依頼した仕事は、何と火縄銃の改良であった。
火縄銃はこのところ戦で使われるようになった最新の武具で、殿様(信長)はいたくご執心であったが実際に戦場で運用するには課題の多い武具であった。
そんな武具をまだ年端も行かぬ茶筅丸様が、自身でも扱えるように改良しようなどと考えておられるとは思いもせず、仮にそう欲していようとも火縄銃の改良など早々出来るものではないと思った。
しかし、茶筅丸様は火縄銃の改良に向けての明確な構想をお持ちだった。
そして、茶筅丸様から話を聞いた清兵衛殿は茶筅丸様の要望に応えられる職人仲間の元に連れて行くと、驚いたことにその職人は福島与左衛門殿だった。
与左衛門殿は叔母の夫で私や藤吉郎兄者の身内だった。
ただ腕は良いのだが職人気質が強く、気に入らない者の依頼は受けない人物だったため茶筅丸様の依頼を受けてくれるか分からず、茶筅丸様に対して無礼を働くのではないかと内心ひやひやしたのだが、蓋を開けてみれば茶筅丸様の話を聞いた与左衛門殿は大いにやる気を示し仕事を請け負ってくれた。
そんな与左衛門殿の姿を見ていた清兵衛殿も、茶筅丸様に自分の出来ることは無いかと言い出すとは思わなかった。
清兵衛殿は一見穏やかに見え、依頼をする者に対する当たりも柔らかいものの、その本質は与左衛門殿と変わらなかった。
私の知る限り腕は立つが癖の強い二人の職人の心を僅かな時間で掴んで見せた茶筅丸様に私は驚き、兄者が私にくれぐれも茶筅丸様の意に添うようにと申し付けた理由が分かった。否、この時点ではまだ分かった気がしていただけだった。
この後も、私は茶筅丸様の常人らしからぬ器量を見せつけられてゆくことになり、その度に織田茶筅丸様というお方に心を奪われてゆくことになる。
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