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第一話 不覚人だと…

第一話 不覚人だと…


 街を照らす街灯の光や夜空に瞬く星のような光源は一切感じられない暗闇に包まれていたら、人は不安や恐怖を感じるものだろう。

今、俺はそんな状況に置かれていた。しかも唐突に…。にも拘らず何故だか俺は不安も恐怖も感じられなかった。むしろ妙な懐かしさと温もりに全身を包み込まれているように感じて、此処に居れば安泰だと思うほどの安らぎを覚えていた。

心地よい感覚に浸りながら、ふと此処は何所だろう?と考えた瞬間、状況が一変した。


 体を包み込んでいた温もりが激しく動き出し、俺の体を一方向へと動かし始めたのだ。

俺の体はその流れに抗う事など出来ず、辿り着いた先で俺は頭から強烈に締め付けられた。その締め付けは頭から顔・胸・腹・腰と順を追って全身に広がった。締め付けは一定の力で絶え間なく行われるのではなく、収縮と弛緩を繰り返すことで俺の体を先に先にと押し出していった。

そして、頭への締め付けが無くなったと感じた瞬間、俺は安らぎをもたらす暗闇の世界から、仄暗い光の中へと放出された。

体を覆っていた締め付けが一気に緩んだことで俺は解放感と共に肺に空気を取り込み、


「オンギャァ、オンギャァ!」


吐き出した空気と共にまるで赤ん坊の泣き声の様な声が出てしまった。


「おめでとうございます!お方様、元気な男子おのこにございますよ。」


周りに人がいるのか騒ぐ人の声が俺の耳を刺激する、ただその声には喜びが滲んでいた為に不快だとは思わなかった。

安らぎの暗闇から喧騒渦巻く仄暗い光の世界に押し出されたことに戸惑っていたが、暖かい水に浸される感覚とその水の中で優しく体を撫でられる感触に気持ちが良くなり、猛烈な睡魔に襲われて意識を失ってしまった。



「『ドン!ドン!ドン!パッシーン!!』吉乃!」


「オンギャァ!オンギャァ!!」


地を揺らす振動と激しい音で強制的に起こされ、激しい音と共に降り注いできた強烈な光と、近づいて来た人の気配と響き渡る大音声に俺の鼓膜は刺激されて、何故か我慢が出来ずに抗議の言葉を口にしようとしたのだが、口から出たのは泣き声だった。


「三郎様!そのように大きな声を上げられては折角可愛い寝顔を見せていた和子が起きてしまわれたではありませぬか。」


大音声を上げた者を窘める女性の声がしたかと思うと、泣き声を上げる俺は柔らかい手で抱き上げられ、ご機嫌を取るように優しく背中を擦ってくれた。


「おぉ、これは済まぬことをした。いや、月の初めの坂氏のお豊に続き吉乃も男子を産んだと聞いて、つい嬉しくなって気が急いていたのだ、許せ。どれどれ俺の子はどのような面構えだぁ…」


大音声の主は俺を抱き上げた女性(たぶん母親だとおもう)の腕の中にいる俺を覗き込んできたのだろう、今も何故か物を見ることが出来ない目でも覗き込んできた声の主の影を感じとることが出来た。


「ほほ~ぉ、これは何とも気の強そうな面構えだな。それに随分と硬そうな髪の毛が生えておる。この髪の毛を束ねたら茶筅になりそうだなぁ。おぉ、そうだ、こやつの名は“茶筅”とするか、うわっはっはっはっは!」


俺を見て機嫌よく笑い声を上げる大音声の主だったが、俺はその笑い声よりも声の主が告げた“茶筅”という名に驚いた。


『“茶筅”!?なんてふざけた名前の付け方だよ。それじゃまるで織田信長のようじゃないか…いや待てよ。今、俺を抱いている母親をなんて呼んでいた?吉乃じゃなかったか?子供にふざけた名前を付ける父親に吉乃という母親の子供で茶筅とくれば間違いなく戦国の不覚人・織田信雄じゃないか!?

えぇ!そんな馬鹿な、夢だと言ってくれぇ~~~!』


何の因果か俺は戦国の不覚人・織田信雄になる予定の茶筅丸として生を受けたようだ…何故だぁぁぁぁぁ!!


お見苦しきところをお目にかけることとなってしまい申し訳ありません。改めまして、衝撃の生誕を果たした戦国の不覚人こと織田茶筅丸です。


父親との対面(俺はまだ目が開いていなかったけど)から数日が経ち、俺もようやく身に降りかかった衝撃の出来事から、落ち着きを取り戻しました。

まぁ、衝撃の生誕に泣き続け、泣き疲れて寝落ちしたおかげでちょっとスッキリしただけなんだけれど…。

それでもゆっくりと考えることが出来たことは僥倖と言えるのだろうとおもいます。《マル》


と、自分に語り掛けてしまっている自分に溜息が出てくる今日この頃。

明らかに現実逃避だという事は分かっているものの、赤子の俺は、『寝る』・『乳を飲む』・『排泄する』の間に『泣く』を挟み繰り返す事しか出来ない現状ではこうでもしないと自分が酷く惨めになってくるような気がしていたたまれない。とは言え、考える時間だけはタップリとあるので、取り敢えずはこの状況を冷静に考える必要がある俺にとってはその時間が確保できたことは有り難かった。

その時間を使いつらつらと考えるに、何故か俺は前世の記憶を持ったままで、戦国の世に転生(?)し、戦国の覇王・織田信長の子“茶筅丸”として生を受けたらしい。

残念ながら『らしい』と言葉を濁し断言できないのは、まだ俺には周囲を観察する能力が聴覚と臭覚それに触覚と味覚しかなく、こんな時に一番有用な感覚である視覚が未だその能力を発揮できていないからだ。

要するにまだ目を開いていない状況な訳。

そんな中で考えを巡らし、安心感に包まれていた暗闇の中から頭から全身に至る締め付けを経験する以前のことを思い出そうと試みた。

すると、頭の中に浮かんできたのは間もなく五十歳になろうかというおっさんの記憶だった。


 おっさんの俺は幼い頃は体が弱く、その事を心配した祖父の勧めで家の近くにあった剣術道場に通って体を鍛え、剣の腕を磨いた。

中学校に通うようになり、当時は部活動には入らなければならないものとされていた為、幼い頃から続けている剣の鍛錬が中学校でも出来ると喜んで剣道部に入ったのだが、そこで今まで続けてきた剣術道場と剣道とでは全く違う物なのだと知ることになった。

剣道部で振るのは軽い竹で出来た竹刀で、面・胴・小手と防具を付けて対峙し、防具を付けた決められた位置を打ち合うのに対し、剣術道場で振っていたのは木太刀(木の棒)で、防具を身につけること無く『横木』と呼ばれる台の上に束ねた木の枝を打ち続けるというものだった。

あまりの違いに顧問の先生に、俺が幼い頃から通う剣術道場との違いを話すと、先生は少し困ったような表情を浮かべて、


「君が通っている剣術道場は〝古流″と呼ばれるもので、世間一般で知られている剣道とは全く違う物なんだよ。」


と教えてくれた。

その言葉に驚き、剣術道場を営む師匠を問い質すと、通っていた剣術道場は“薬丸自顕流”という剣術の道場で、幕末に活躍した薩摩隼人が身につけていた剣術だと教えてくれた。

師匠は元々鹿児島出身で、幼い頃から薬丸自顕流を修行してきたが、就職で東京に出てきてからも個人的に木太刀を振るい鍛錬に励んでいたらしい。

そんな師匠の姿を目にした近所の人たちが師匠に剣術を習うようになり、手弁当で道場を建てたのだそうだ。その話を聞いて俺は一層剣の道に邁進することとなった。

そんな俺の事を剣道部顧問の先生も理解してくれて、週に三日は中学校の剣道部に顔を出し、それ以外の日は剣術道場での稽古を許可してくれた。

おかげで剣道部の仲間と共に大会に出場し一喜一憂すると言った人並みの青春も味わうことも出来、学校を卒業して社会人になってからも剣術道場に通い続け、師匠の長女と結婚して道場を継いだ。

 とはいえ剣術道場の経営だけで生計が立てられる訳もなく、しがない地方公務員を生業としていた。


時代劇などで薩摩の剣術といえば示現流というのが常識だったのだが、示現流は薩摩藩の上級武士が身につける格式ある剣術で、時代劇などで描かれる幕末に活躍した西郷吉之助(隆盛)や大久保正助(利通)などの下級武士が身につけていた剣術は、薬丸自顕流だという事が徐々に知られるようになり、国営放送の大河時代劇などに師匠と共に剣術指導のお手伝いに駆り出されるようになって、業界では少しだけ知られるようになっていった。

勿論、地方公務員がアルバイトなど他の職で金銭を稼ぐことは御法度。大河時代劇のお手伝いはボランティアで、金銭の授受は一切無かったため、妻からは「そんな一銭にならないことを…」と苦笑されていた。

もっとも、父親である師匠と共に出かける俺を見る目は何所か嬉しそうだったから、意外と養父親孝行になっていたのかもしれない。

そんな大河時代劇へのお手伝いは養父が亡くなってからも幕末が取り上げられるたびにお声がかかり、俺は喜んで依頼を果たした。

実は大河時代劇は俺にとって幼いころから日曜日の夜に家族で一緒に見る大事な思い出だった。

特に、中学生の頃に見た『太平記』が一番好きで、中でも当時若い男子を虜にしていた国民的美少女アイドル・後藤田久美が演じた『北畠顕家』に惚れてしまった。

美少女アイドルが男性を演じるという事で大きな話題となったが、その凛々しい立ち居振る舞いと陸奥国(福島県から青森県にかけての太平洋側地域)を治める鎮守府大将軍として、朝廷に反旗を翻した足利尊氏(室町幕府初代将軍)を一度は九州へと追い落としたものの、西国の武士を纏め再度攻め上っていた尊氏軍に敗れた若き武将の姿に憧憬の念を抱いた。

そんな人物を教えてくれた大河時代劇に、俺が身につけた剣術で恩返しが出来ることは金銭には代えがたい喜びだった。


そんな俺が何の因果か憧憬の念を抱いた北畠顕家から連なる伊勢の国司・北畠家を潰した織田茶筅丸に生まれ変わるとは…。

暗澹たる思いに沈んでしまっても仕方のない事だと思う。

だが、ここまで思いを巡らせてある事に気付いた。

『俺が織田茶筅丸なら、上手く立ち回って北畠家を残し憧れの北畠顕家に思いを返す事が出来るのではないか?』と。


織田信雄が北畠家に養子に入った時、北畠家の実権は養祖父に当たる北畠具教が握っていたはず。

織田信長に大軍を持って屈服させられた具教は、新当流を学び一流の剣士としても名を馳せていた人物。そんな人物からしてみたら、数を頼りに屈服させられて公卿の家というプライドを傷つけられ、後に不覚人とまで呼ばれた信雄を無理やり押し付けられたら反感を持つなと言う方が無理というもの。

産まれの貴賤はどうにもならないにしても、大軍を擁する国力だけでなく剣士として力量と北畠家を繁栄させられるだけの器量を示す事が出来れば、養祖父・具教も北畠家の者たちも納得して俺を受け入れ、織田の天下の下についてくれるかもしれない?

 この考えに辿りつき俺は今生に生を受けた目的を見出した。

『不覚人を返上してみせる!』と。




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― 新着の感想 ―
[良い点] よくある転生時代劇だが、今後に期待。織田信雄を題材にした作品はなかったので楽しみ。 [一言] 時代劇というと皆さん時代考証とかかなり細かく口出しする読者が多い様だが、できればなろう小説なの…
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