15話「危うく私でしたわ」
ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!
私は今、完全勝利を収めて颯爽と去ったところですわ!
ピンハネ嬢は色々と疑いを掛けられた挙句、人間とは思えない醜態を衆目に晒して無様に気絶!
キャロルはその聖女ぶりを如何なく発揮し、人々の印象に残った事でしょう!
そして!私は!
革命家の如き意味深な台詞を並べ立て!ピンハネ嬢という『もう1つの悪』から聖女候補達を守るダークヒーローとなり!そして!私を捕らえようとしていた兵士達を全員爆発でふっ飛ばした後、優雅に撤退!
これが完全勝利と言わずして何を完全勝利と言いますの!?
これぞ完全勝利!ですわーッ!おほほほほほほほほ!
ということで、路地裏に居たチェスタの空間鞄にお邪魔して、私はその場から無事に離れることができましたわ。
聖女投票の結果については、後でエルゼマリンのギルドか何かから聞けばよくってよ。
……まあ、ゴーレムは上手く動いていたようですから、心配はありませんわね。キャロルの当選は確実でしてよ。
ああ、最後の大爆発。あれ、ゴーレムにやらせたんですの。
あの時、兵士達は硝子の部屋の中、私だけをじっと見つめていましたわ。ですから、背後への警戒はおろそかになっていたんですの。
そこに、如何にも野次馬らしい民間人がやってきていたって、兵士達は一々それを止めやしませんわ。
……その野次馬がまさかゴーレムで、更にその腹に大量の火薬を抱えていて、16時直前に一斉に自爆する、なんて、思わないですものね。
ということで、ゴーレム達の活躍によって見事、兵士達は吹っ飛び、そして、守護の魔法がガッチガチに掛けてある硝子の部屋の中に居た私達は無事なままだった、というわけですのよ。
さて。
王都に借りている部屋へ向かうと、そこではキーブとジョヴァンとリューゲン様がぐったりしていて、お兄様が高笑いしてらっしゃるところでしたわ。
「ああ、ヴァイオリア。戻ったか」
「お兄様。彼らはどうしましたの?」
「いや、何。彼らにはゴーレムを半日動かし続けるのは中々堪える作業だったらしい。私はこの通り元気だがな!ふはははは!」
「ほんとにね……。なんでお兄ちゃんはそんなに元気なのよ……」
それはお兄様がお兄様だからですわ。それ以外の理由が必要ありまして?
「すまない、俺が魔法を使えていれば、皆の負担を減らせたんだが……ん」
ドランは1人元気に見張りをしていたらしいんですの。或いはゴーレムの組み換えくらいは手伝えたのかしら。まあとにかく今、お兄様の他に元気なのは彼とチェスタと私くらいなものなのですけれど……。
「……ヴァイオリア。すまないがこちらに近寄らないでくれ」
ドランはじりじり部屋の奥へと後ずさっていきますわね……。
「あ。もしかして私に毒、残っていまして?」
結構薄れたと思ったのですけれど、思えば狭い部屋の中で毒をぶちまけて、その場に6時間居たのですものね。ドレスや髪に毒が染み込んでしまっていてもおかしくなくってよ。
「俺の鼻がいいだけかもしれないが、少なくとも俺には効く」
「あら。なら私はシャワーをお借りしますわね。ドレスも勿体ないですけれど処分するということにしましょうか」
お気に入りのドレスですけれど、毒と血が染み込んでしまっていますから、処分していく方がいいでしょうね。まあ、仕方ありませんわ。
……ということで、まあ、少しゆっくりシャワータイムとさせて頂きますわ。今回は私も半日出ずっぱりでしたもの。流石にちょっぴり疲れましてよ!
さて。私がのんびりしている間に、王城ではきっとさぞかし大変な動きがあったのでしょうね。
兵士達が一気に吹っ飛ばされたのですから、その対応も忙しいでしょうし、聖女投票の集計も今行われているはずですし。
あ、それからピンハネ嬢の事情聴取にも忙しいですわね、きっと。彼女は『ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアと手を組んでいた』『ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアも王家も裏切った』というよく分からない私の証言をぶつけられていますもの。私をまたしても取り逃した王家としては、ここでピンハネ嬢から情報の端っこを引っ張り出したいところだと思いますわ。
問題は、彼女が正気に戻るまでどれぐらいかかるのか、というところですわねえ。間近でたっぷりと毒を吸い込んでいましたから……もしかすると、目が覚めてからもしばらくはあのままかもしれませんわね。監視役にあてられた兵士はお気の毒ですこと。
「ところでゴーレムの操作は上手くいきましたの?」
「勿論だとも!私がついていながら失敗するなど有り得ん!」
「そうでしたわね。お兄様が一緒にいらっしゃったのだもの。当然、成功していますわね」
私、硝子の部屋の中にいる間、あんまり投票所の様子を見ていられませんでしたの。見られることを意識しながら振舞うと、相手を見ている暇ってあんまりなくってよ。
だから、ゴーレムが上手く投票できていたかもよく分からなかったのですけれど……まあ、お兄様がいらっしゃったのだから、上手くいかないはずがありませんでしたわね。
「……ま、お嬢さん。ゴーレムの投票の方は上手くいったよ。その分、俺達はぐったりしてますが、ね」
「コントラウスはちょっと常識逸脱しすぎだって、こんなの……はあ、僕だって疲れたっていうのに」
「コントラウス君は本当に元気だねえ。僕なんか、ゴーレムが専門のはずなのに結構疲れちゃったよ」
まあ、お兄様ですから。当然ですわ。お兄様は全部の魔法がちょこっとずつ使える、という稀有な才能と同時に、とんでもない魔力もお持ちですもの。割と疲れ知らずのバーサーカーなのですわ。おほほほほ。
「して、ヴァイオリア。そちらは上手くいったのか。報告せよ」
「ええ、お兄様。こちらも上手くいきましたわよ。ただし、少し想定外な動きとなりましたけれど」
……ということで、私の方からも報告ですわ。
変更してしまった点はまあ……ピンハネ嬢に罪を被せたところと、それに伴って私がキャロルに好意的であるところを見せた、というくらいかしら。
……結構変わりましたわね!
「……そうか。革命家のような言動を……それを見た民衆は恐らく、内心では中々に面白く思ったのではないか?」
「かもしれませんわね。勿論、内心でそう思ったとしても、それを表に出せる者は居ないと思いますけれど」
何と言っても、『キャロルに投票すると王家から制裁される』というデマを信じてキャロルへの投票を迷うような軟弱者の集まりですもの。私が国の未来を憂える革命家のような言動をして、その言動がうっかり民衆の心を揺らしたとしても、何かの行動に出るような者は居ないでしょうね。
「もしかしたらお嬢さんに投票する命知らずも居るかもね」
「まさか」
「どーかしら。カッコよく立ち回って、傷を負いながらも悪い奴を懲らしめて、ついでに他の聖女候補達は助けてやって。一番人気の聖女候補にも優しかった!となれば、俺なら投票しちゃうけど」
……それは考えてませんでしたわ。ま、まあ、ゴーレム票がある以上、心配するようなことは無いと思いますけれど。
というか私、偽名で登録していますから『ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア』への投票は受け付けてませんのよねえ……。
……ええ。大丈夫だと思いますわ。うっかり私が当選するような、そんな馬鹿なことはきっとなくってよ!
そして、翌々日。
16時に聖女投票の結果が発表されることとなりましたわ。
投票所は爆発しましたから、王城前の広場で発表されることとなったのですけれど……。
当然、私が直接そこに行くわけにはいきませんから、チェスタに使いっ走りさせて、開票結果を見てきてもらっていますわ。
ああ、どうせ成功しているとはわかっていても、ドキドキしましてよ!
「お待たせ!結果だ!」
やがて、チェスタが宿に戻ってきたのを見て、私達は一斉にチェスタに群がりましたわ。
そして、チェスタが写してきた結果の紙を覗き込んで……。
「やりましたわー!やっぱりキャロルが一番ですわー!」
案の定、キャロルが得票数第一位で当選を果たしましたわ!やりましたわーッ!
「ああ、本当に望む結果が手に入りましたわ……!」
分かってはいたことですけれど、やっぱり結果がきちんと出ると安心しますわね。ああ、よかった。これで大聖堂は私のものですわね!
きっと、さぞかし王家の連中は悔しがっていることでしょうね!そして有力貴族共も!自分の言うことを聞く聖女を大聖堂のてっぺんに据えたかった皆様の悔しがる顔を間近に見られないのが本当に残念でしてよ!おほほほほほ!
……と、勝利の喜びに浸っていたところ。
「……ちょい。お嬢さん。ちょっとこれ見て」
「な、なんですの?」
ニヤニヤしたジョヴァンに手招きされて、もう一度結果の紙を見ることになりましたわ。
勿論、何度見ても結果は変わりませんわ。キャロルの得票数が第一位。そして当選したのはキャロル。次期聖女はキャロルで決定ですわ。ええ。
「これよ、これ。最後のとこ、見て」
最後のとこ?
……ええと、結果の最後、っていうと、まあ、総票数とか、無効票の数とかが書いてあるわけですけれど……。
「……あらっ?な、なんですのこの数字。チェスタ?あなた、書き間違えたんじゃなくって?」
「いーや?俺は間違えてねえよ」
チェスタもニヤニヤしてやがりますわ!腹立ちますわ!
で、でも……この数って……。
「……無効票の数が、とてつもなく多いな」
『無効票』が……とんでもなく、多いんですのよ……。
「ね、お嬢さん。もしこの無効票のほとんどが1人の名前を書いていたとしたら、2位になるじゃない?」
「な、なりますわねえ……」
「で、その票数に『ジャンヌ・ヴィヨーム』への票数を足したら……どうなる?」
……偽名で登録した私にも、票がそこそこ入っちゃってますのよ。適当に投票したんだと思いますけれど……ええ。何故か真ん中より上の成績ですわ。
そして、そこに無効票が全部足されたら……。
「……ま、まあ、あり得ないお話でしてよ。実際、キャロルが当選したわけですし」
「だよな。無効票は無効票だからね。ヴァイオリアの票じゃないけど。……でも、ま、とりあえずおめでと、ヴァイオリア」
「お、おめでとうって何なんですの!?キーブ!ちょっと!」
「ふはははは!これは実に愉快な結果だ!兄として誇りに思うぞ、ヴァイオリア!」
「お兄様まで!全くもう!」
……もし、無効票に書かれていたのが『ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア』だったなら、という、実に奇妙な仮定を置いて、更に、『ジャンヌ・ヴィヨーム』の票数に足す、というズルまでしますと……。
……確かに、私が得票最多、ということに、なります、のね……。
「っははははは!お前が聖女!お前が聖女って!絶対に似合わねー!」
「黙らっしゃいッ!そんなこと私が一番分かってますわッ!」
大笑いし始めたチェスタに張り手をかましてやりつつ、しかし、どうしてかこの結果、そんなに嫌いじゃありませんのよね……。
「……それだけ、民衆はこの国の現状を憂えているということだろう。お前は聖女というよりは革命家だが、そこに希望を託そうと考えた者が、これだけの数居たということだ」
そうですわね。……無効票になると分かっていても『ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア』に投票した者達は、きっと、王家への抗議のつもりだったのですわね。或いは、少々黒いおふざけか。……どちらにせよ、王家への反感が招いた結果には違いありませんわ。
ですから……これからの大聖堂は、この結果を踏まえて動かさなければなりませんわね。
キャロルがてっぺんに着く大聖堂はこれから、『民意』に守られ堂々と、反王家の立場を貫いていくことになりそうですわ!おほほほほほ!




