13話「裏切りって手を組んだ者同士で起きることですわね?」
ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!
私は今、聖女投票の投票所の硝子の部屋の中へ入って、扉を閉めたところですの。
つまり、これでもう兵士達は9時間の間、私に手出しできない、というわけですわね。
その間は私、他の聖女候補達と一緒にこの部屋の中に閉じ込められて、衆目に晒されつつ……まあ、要は見世物となる訳ですけれど。
でも、どうせこれだけ華やかな装いをしていても、民衆の目は私より『面白い』聖女候補達へ向くでしょうね。楽しみですわ!
硝子の部屋の扉を閉めた途端、硝子の部屋が守護の魔法に守られるのが分かりましたの。
時間制限と空間の制限がどちらも小さく設定されたものですから、その分強度はとんでもないものですわ。
おかげで兵士達は私を硝子越しに見ながら、全く手出しができない愉快な状態になってしまいましてよ。
「おのれ、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア!一体何のつもりだ!」
「あら。私、聖女候補として立候補してここに参りましたのよ?何か問題がありまして?」
「大罪人の貴様が聖女だと!?」
「別に、当選するなんて思ってなくってよ。ただ少し面白そうでしたから、物見遊山のついでに来ただけですわ」
私の言葉に、硝子越しの兵士達も周囲の聖女候補達も気色ばみましたわね。
……兵士は別として、聖女候補達としては『面白そうだったから物見遊山』なんて言い方でここに踏み入られては不愉快、という事なのでしょうね。まあ知ったこっちゃなくってよ!
兵士達がざわめきながら慌てふためいてあちこちへ連絡したり指示を仰いだりしている間、私はそっと、キャロルの様子を窺いましたわ。
……ああ、キャロルのことが心配でしたのよ。だって私抜きであの子、支度することになってしまったのですもの。
でも、心配は要りませんでしたわね。キャロルは地味なシスターの衣装を着ていながらも輝かんばかりの美貌を放っていましたの。お肌や髪の手入れを徹底させてきた甲斐がありましてよ。
……恰好は地味ですけれど、それが却って彼女を目立たせますわ。だって、周囲が全員、質素ながらできるだけ華やかに、なんて考えでドレスを選んでいる中で、1人だけ地味なシスターの恰好をしていたら、当然、その子だけ目立ちますもの。
ましてや……これから、キャロルがしっかり正気を保っていたのなら。
彼女は間違いなく、目立ちますわね!
兵士達がわたわたと慌てふためいていましたけれど、結局、投票所は閉鎖されることも無く無事に開かれることになりましたわ。
まあ、他の聖女候補達も居ますし、ここで投票を中止にすることなんてできませんわよねえ!おほほほほ!
キャロルも無事だったことですし、私はキャロルを当然のように無視して、ガラスの部屋の中央の椅子を優雅に陣取りましたわ。
他の聖女候補達はぽかんとしているか、はたまた私にビビって近づいてこないかのどちらかですわね。ええ。私にビビるような奴らは存分に部屋の隅っこに追いやられるといいですわ。
……そうして投票会場には人が入ってくるようになりましたわ。そして当然のように、ガラス張りの部屋の中央で微笑む私を見て、驚いたり首を傾げたりするのですわ。私達を眺めていく民衆を眺めているのも中々楽しいですわね。
投票していく人々を見ていると、やがて、見覚えのある人が通っていくのが見えましたわ。適度にこちらへ視線をやりつつもまっすぐ投票箱に投票用紙を入れに行く姿。間違いありませんわ。あれ、ゴーレムですわ。
でもゴーレムがゴーレムであるということに気づける人は居ないようですわね。まあ、それなりの数の人が順次流れていくところに1体2体ゴーレムが混ざっていても気づけないのは仕方ありませんわ。だって、リューゲル様のゴーレムづくりの腕はとても素晴らしいんですもの。
この分なら、ゴーレムに投票させる作戦は大成功、といったところかしら。この後のどこかでゴーレムがゴーレムだとバレたとしても、投票された用紙の中からゴーレムが出したものをはじく、なんてできるはずがありませんし、投票できてさえしまえばこっちのもんでしてよ。
あとは、うまくゴーレムを回して数千の投票をしていけるか、というところだけが不安ですわね……。まあ、そこはキーブとジョヴァンとお兄様、ついでに駆り出されたリューゲル様に期待しておきましょうか。
着々とゴーレムが投票していく姿を見つつ、私は外の様子をじっと見ていましたわ。
何を見計らっていたかって、時間ですわ。時間。
……人が一気に増える朝10時ごろを目標にして、この硝子の部屋の中に淫魔の毒を充満させる予定ですの。ゴーレムの挙動にもかかわってきますから、ある程度は時刻を決めておきましたの。
今、時刻は9時30分。もし人の入り方が良い具合なら、もうそろそろ毒をぶちまけてもいい時刻ですわね。
さあ、あとは人の様子を見て、人が一気に増えた瞬間を狙って動きますわよ。
硝子張りの部屋の中、聖女候補達は思い思いに過ごしていますわ。
硝子越しに投票者達に手を振る者もあれば、最初から一貫して硝子の壁の外のことは一切見えていないかのように振舞う者も居ますわ。
或いは、私にビビって相変わらず部屋の隅っこで震えている者も。
……あら。
私、懐かしい顔を見つけてしまいましたわ。そういえば彼女、立候補してましたわねえ……。最初は何の冗談かと思いましたし、投票当日までにリタイアするんじゃないかとも思っていたのですけれど。
「お久しぶりですわね、アマヴィレ・レントさん?」
ピンハネ嬢が私から離れたところで震えていましたのよ。
「エルゼマリンのギルドでお会いして以来ですわね。……あら。どうしてそんな顔をなさるの?」
私が挨拶した途端、ピンハネ嬢は怯えたような顔を見せましたわね。どうせならもっと面の皮の厚さを発揮してほしかったところですけれど。
相手は私が復讐しに来たとでも思っているのかしら?自分が国に売った相手が、自分に復讐しに来たと?ええ、勿論大正解ですわ。ただしこいつはついでですけれどね!
「お元気そうで何よりですわ。あなた、エルゼマリンのギルドを辞められたんですってね?消息が分からなくて心配しておりましたのよ。今までどちらにいらっしゃったの?」
「え、あ……」
勿論こいつの足取りもある程度は掴めていますわ。どうやら王城に居たらしい、ということくらいはとっくに調べが付いていますの。そこで何をしていたのかはよく分かりませんけれど、大方、王族が平民の視点を政策に取り入れようとか言いだして雇い入れたに違いなくってよ。
「……さっきから酷く怯えてらっしゃるようですけれど。どうかなさったの?まさか、私が怖いのかしら?」
私が一歩近づけば、ピンハネ嬢は一歩後退しますわ。面白いですわ。
そのまま壁際まで追いやってしまえば、逃げ場が無くなったピンハネ嬢はいよいよ私から目を逸らすばかりとなりましてよ。
「おかしな話ですわね。私を王国の兵士に売った時はあんなに笑顔でいらっしゃったのに。また私と対面したら今度は怖いんですの?」
まあ怖いんでしょうね。そういう顔ですわ。
まさか仕返しに来るとは思っていなかった?どうにかして逃げる方法を探している?……そんなところでしょうけれど、どちらにせよ、甘いですわね。あまりにも世間と私を舐め腐っていましてよ。
「ほら。その口で『いい気味』だなんて宣ってらっしゃったのよね?あの時の小悪党のような威勢はどこへいってしまったの?」
「や、やだぁ!何言ってるんですかぁ?あ、あれはぁ!私は正しいことをしただけでぇ!あなたが悪い事したのがぁ、悪いんじゃないですかぁ!」
あら。威勢が復活しましたわね。追い詰められたネズミは猫をも噛む、と言いますけれど、そんなところかしら。まあ私、『猫』程度で収まっていてやるつもりはありませんけれど。
まあよくってよ。獲物は生きがいい方がいいに決まっていますわ。
「あらあら。そんなに吠えなくったって大丈夫よ。別に取って食おうだなんて思っちゃいませんわ。ただあなたとお喋りしてみたかっただけよ。ね。またあの時のようにお喋りしていただけませんこと?なんだか私が悪い事をしているようで心苦しいですわ」
「わ、悪いことしてるのは本当……ひっ」
私はピンハネ嬢へ手を伸ばすと、引き攣った笑みを浮かべながら身を竦ませた彼女の手を優しく取って、部屋の中央へと連れていきますわ。
「あちらのテーブルへ行きましょうか。久しぶりですもの。積もる話もありますものね。ゆっくりお喋りしましょう?」
ピンハネ嬢はいつの間にかガラスの向こうから視線が集まっていることに気づいてぎょっとしていましたけれど、私はそんな彼女を一切気に掛けず、彼女をテーブルの向かいの席に着かせましたわ。そんなに大きな声では話していませんから、きっと周囲には仲良くお喋りしているように見えるでしょうね。
……そして、にっこり笑顔で聞いてやりますのよ。
「……それで。今、あなた、どちらにお住まいになってらっしゃるのかしら?」
『お住まい』を。
それからしばらく、ピンハネ嬢と愉快なお喋りをしましたわ。
……とは言っても、彼女、ビビってばっかりでしたから、基本的には私が他愛のない話をもちかけて、彼女がぶるぶるしているのを楽しく眺めて、時々自然に脅しをかけてやって彼女の反応を見て楽しむ、というくらいですわね。
ピンハネ嬢としては『ここで住所を知られたら家を燃やされる』くらいに思っているのかもしれませんけれど、甘いですわ。知らされなくったって調べればすぐ燃やせますわ。燃やしますわ。
……でもそんなことをしていたらいつの間にか時間が経っていてよ。
「あらいけない。もう10時過ぎですわね」
私は慌てて硝子の外を確認しますわ。硝子壁の向こう側では、『聖女候補の檻の中に混じった大罪人』という珍しいものを安全に見物できる保証を得ている民衆が、物珍し気にこちらを見ていますわ。
その数を見て、私は今が頃合いだと悟りましたわよ。
「ではそろそろ時間ですので失礼しますわね」
「え」
唐突に話を切った私はピンハネ嬢に優雅に一礼してから席を立って、硝子の壁へと向かいましたわ。
当然、向こう側で安全に私を眺めていた連中はそれだけでビビりますわね。全く、おかしな人達。硝子壁と守護の魔法に遮られているからこそ私を無遠慮に眺めていたのでしょうに、壁にも魔法にも傷1つ付いていなくても、私が硝子壁の向こうへ意識を向けただけでこのビビりようですもの。
「皆さま、ごきげんよう!私はヴァイオリア・ニコ・フォルテシア。王子暗殺の濡れ衣を着せられて国に追われる、哀れな人間ですわ」
さあ。とんだ腑抜け共を前に、私はいよいよ、最高のショーを見せて差し上げますわ。
「始めに申し上げておきたいのですけれど、私がこの場に居るのは、聖女になって無意味なお飾りになるためじゃありませんわ。ただ、この場は私が皆さんに言葉をお伝えするのに丁度いいと思いましたの」
まず、さっさと自分の目的が聖女投票以外にあった、と主張しておきますわ。これでキャロルに疑いの目が行く可能性は減ったでしょう。
あとは、適当にそれっぽくでっち上げてやれば、私がここに居る理由を『愉快犯』と位置付けられますわね。
「この腐った王国にお住いの皆様方に置かれましては、今日の聖女投票を数少ない娯楽の1つとしてさぞかし楽しみにしてらっしゃったことと思いますわ」
前口上は貴族の嗜み。私、硝子の壁に遮られないくらいに朗々と声を張って、壁の向こうで見物を決め込んでいる愚民共へ挨拶してやりますのよ。
「この中には私の公開処刑の日のことを覚えてらっしゃる方も、何人かはいらっしゃるのではないかしら?あの時に私が申し上げましたこと、覚えておいでかしら?」
私が挨拶を続けていると、兵士達が硝子の部屋へ慌てて寄ってきて、私の演説を止めようとし始めますわね。でもまあ、止まってやりませんわよ。止められるもんなら守護の魔法を破ってごらんなさいな。
「この国はもうすぐ終わりますわ」
私は兵士を無視して、民衆共を煽ってやりますわ。
「王家は何をしているのかしら?私に無実の罪を着せた挙句取り逃がし、公開処刑も失敗して。最近では王国祭も中止になったそうじゃありませんか。農村は魔物の被害に荒れ果てて冬を越せるかも怪しい状況。町だって、悪党がのさばっているのを兵士達は止めきれない。貴族は民衆を顧みないどころか、悉く不祥事塗れ。こんな国のどこに価値があって?」
以前、処刑台の上で語ったような内容をもう一度語れば、硝子の壁の向こう側、民衆はどよめき、兵士はわめき、それでも私へは一切の危害を加えられませんのよ。
……民衆の食いつきが、予想以上にいいですわね。
こんな演説に聞き入ってしまう程、今の状況に鬱憤が溜まっているのでしょうけれど。そう考えると、いよいよこの国も終わり、というわけですわ。私の言葉通り、ね。
「『聖女』なんて称号には何の意味も無くってよ。大聖堂のてっぺんでお飾りになるだけの女に何の意味があるのかしら?例えばここに居る貴族の娘達は、聖女になって何をするつもりなのかしら。ただ飾られるためだけに集まってきたのでしょうね?民衆を救うためだというのなら、自らの財産を擲つくらいはしてくれるはずですもの」
さて。私の背後で聖女候補達がざわめきますわ。痛いところを突かれたと思っているのか、はたまた、『大罪人風情が意味の分からないことを言っている』とでも囁き交わしているのか。
……まあ、それはどうでもいいの。ただ1つ、確かなことがあるのなら。
「はい。私は、少しでも皆さんの力になりたくて聖女に立候補しました」
確かなことは1つ。
キャロルだけが私に堂々と立ち向かっていて、キャロルだけが私に堂々と立ち向かえる実績を持っている、ということだけですのよ。
「聖女は力を持っているわけではありません。しかし、聖女の仕事は飾られることでもないのではないでしょうか!」
キャロルの言葉は、強く硝子の部屋に響いて、硝子の向こう側に居る民衆にも届きましたわ。
「あら。ではあなたは何をするというのかしら?財を築いて民に分け与えますの?それとも、大罪人を捕らえて処刑するのかしら?」
私がキャロルとの対立を見せつけつつキャロルを煽れば、キャロルは私を強く見つめて、正しく正論を述べていきますわ。
「聖女の仕事は、聖女1人の力を揮うことではなくて、色々な人に助けてもらいながら、色々な人を助けられるように……人々の力を束ねることではありませんか?」
キャロルはいっそう声を張り上げて私に立ち向かい……その瞬間、硝子の部屋の中、誰よりも強く輝いていましたわ。
「私は、人々の願いを聞くために!聞いた願いを叶えられるよう、色々な人に助けを呼びかけるために!そのために聖女になります!」
キャロルの成長ぶりは嬉しいものですわね。言い切ったキャロルに対して、硝子の向こうから歓声と拍手が盛大に送られましたわ。
そこにはきっと、『ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア』という『悪』へ立ち向かった者への賛美も込められているのでしょうね。
それに倣って、私もキャロルへ、悠々と拍手をしてみせましたわ。キャロルは私にも、硝子の向こう側の人々の反応にも戸惑った様子を見せていましたけれど……。
私は、パン、と大きく手を打ちましたわ。それによって、硝子の壁の向こう側は水を打ったように静かになりましたの。よくできた民衆だこと。
「素晴らしいですわね。あなたの言っていることは正に理想的。とっても素敵でしてよ。あなたのような人こそが、聖女に相応しいのでしょうね」
私はキャロルに視線を注ぎ、硝子の壁の向こう側の民衆達にも同じように視線を注ぎながらそう言ってにっこり笑って……。
……ええ。ここで私、『でも、これを見てもまだ、彼女が聖女に相応しい者だと言えるかしら?』なんて言いながら、淫魔の毒をぶちまけてやる予定でしたのよ。
でも、そうはなりませんでしたわ。
「危ない!」
キャロルの声に振り向けば、丁度、私の台詞を遮るかのようにしてピンハネ嬢が突っ込んでくるところでしたの。
丁度、キャロルと民衆に視線をやっていた私の背後から。
その手に、聖銀のナイフを構えて。
……つまり、このピンハネ嬢は私を殺そうとしているのでしょうね。勿論、トーシロに殺されるようなヘマはしませんけれど。
それに、あのチャチなナイフの刃渡りなら私に密着しないと刺せませんわね。一歩分体をずらしてやれば余裕で躱せますし、その後すぐにタックルかまして体勢崩させて取り押さえることもできますわねえ。
……でも、それだけじゃもったいなくってよ。
折角、襲ってきてくれたんですもの。私、このピンハネ嬢にはたっぷりとお礼をして差し上げなければならないのですもの。
ですから私、ここで何か1つ……意趣返しくらいは、してやりたいところでしてよ。
ということで私、叫びましたわ!
「なっ……アマヴィレ・レント!あなた、裏切りましたわね!?」




