12話「存分に私を見つめればよくってよ」
ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!
私は今、ドラゴンを飛ばして王都へ向かっているところですわ!
徒歩も馬車も遅いですわ!やっぱりこれからの移動はドラゴンに限りますわねえ!
……ちなみにドラゴンは震えながら飛んでいますわ。私を背中に乗せて飛ぶのは恐れ多い、という感覚のようですわね。可愛らしくて結構なことですわ。
王都に到着したらすぐ、朝の町を闊歩して王都のギルドへ向かいましたわ。
朝一番のギルドはまだ人も少なくて、丁度いいですわね。
「ごきげんよう」
フルフェイス甲冑姿の私が入っていけば、暇そうにしていたギルド職員が『えっこの時刻でも人来るんですか!?』みたいな顔しながら受付業務に回ってくれましたわ。
「本日はどのようなご用件で」
「聖女候補として立候補したいのですけれど、手続きを済ませて頂けますこと?」
……職員は『えっこの時期に立候補する人居るんですか!?』みたいな顔しましたけれど、嫌とは言えない訳ですから、どんどん手続きを済ませていってくれますわね。
ちなみに名前は『ジャンヌ・ヴィヨーム』で通しましたわ。まあ、当日はフルフェイス甲冑ではなくドレス姿で行きますから私がヴァイオリア・ニコ・フォルテシアであることはすぐに露見しますけれど。とりあえず手続きまではしてもらわないと困りますからこれでよくってよ。
朝っぱらから仕事をさせられたギルド職員を労いつつ、これでひとまず王都での仕事は終わりましたわ。
後はドラン達が運ぶものを運んできてくれるのを待つだけですわね。
ということで私は適当に取った宿の部屋の中でのんびり過ごすことにしましたの。
「ねえ、チェスタ。当日のドレスはどちらの色がいいかしら」
「どっちでもいいんじゃねえの?」
「雑ですわねえ……」
ちなみにチェスタも一緒ですわ。何故って、今のところドラゴンに余裕綽々で乗れるのが彼だけだからですのよ。
チェスタは万一私がギルドでとっ捕まりそうになった時の為に、私が避難する為の空間鞄を持って待機していた、というわけですわね。
なので今、話し相手には困らなくってよ。まあ、チェスタが相手ですからあんまり気の利いた返しは期待できませんけれど。
「雑って言われてもよ、どっちも似合うって」
「あら。だったら聞き方を変えますわ。『どちらが悪役っぽいかしら?』」
「左の金刺繍の赤い奴」
「ならこちらにしましょうか。黒もいいかとは思いましたけれど、やっぱり赤の方が華やかですものね」
聖女候補達は聖女らしいドレス……つまり、慎ましやかで清楚なドレスを着ることが多いですわね。白だったり、灰色だったり。或いは薄い水色や薄い桃色。そんな色合いばっかり集まる中に真っ赤なドレスで入っていったらさぞかし目立つでしょうねえ。
「お前、赤似合うよなあ」
ドレスに合わせるアクセサリーや靴を選んでいたら、チェスタが唐突にそんなことをぼやきましたわ。
「目ン玉も赤いし」
「……まあ、瞳の色や髪の色に合わせて装いを選ぶのは当然のことではないかしら?」
「でもお前、茶色じゃなくて赤じゃん。やっぱり」
そうですわねえ。髪の栗色に合わせるよりは、瞳の赤色に合わせて装うことが多いかしら。
「あとお前、赤っぽい。中身が」
「中身?血と肉の色は誰しも赤ではないかしら?」
「いや、そういう中身じゃねえってば」
もしかしてチェスタの血は青かったりするのかしら?と思ったのですけれど、どうやら違ったようですわ。
「要は精神の話、ですのね」
チェスタもこういう話、するんですのねえ。薬中の癖して。
「精神……うん、まあ、そういうの。そういうの、お前、赤っぽいよな」
精神が赤い、と言われるとなんとも言えない気持ちになりますけれど……でも、そうね。赤と言えば、情熱や炎の色、と言われることが多いかしら。それに、血の色でもありますわね。どれも私にぴったりでしてよ。
「まあ、『赤っぽい』のは分かりますわよ。だって私、『赤っぽくあれ』と生きてきましたもの」
情熱も、炎も、血も。全て私らしいものですわ。或いは、私が情熱や炎や血に似ているのかしら。どちらが先かなんて分かりませんけれど、私、『赤』に自分から近づこうとしてこうなった自覚はありますのよ。
「へー。自分で自分の印象、作ったって?」
「ええ。だって人はある程度、自分で自分の色を決められるものじゃなくって?なら、自分の好きな色になりますわ」
「かもな。まあ、お前らしくていいと思うぜ。赤いの」
でしょうね。私、赤が似合う自覚はありますのよ。赤が好きで、赤が似合うようになった結果が今の私ですもの。もし私が青を好きだったなら、きっと私は今頃、青が似合う令嬢になっていたはずですわね。
「ところで俺って何色っぽい?何色が似合う?」
「緑ですわ。葉っぱの色ですわ」
「ひでえ」
唐突にチェスタがまた聞いてきましたから、適当に返しましたわ。
……でも案外、似合うかもしれませんわね。緑。派手な色味の金髪に飴色の瞳。そこに差し色で葉っぱの緑が入ったら、中々いいと思いますのよ。
ええ。似合うと思いますわ。緑。
……彼が望んでそうなったかは別として、彼には麻薬の緑が似合いますのよ。
だから、これでよかったんだと思いますわ。きっと。
そうして、翌日。つまり、投票前日の夜ですわね。
「ジョヴァンから連絡あったぜ。ゴーレムも運び終わったってさ。あとお前の兄貴も準備できたって言ってた」
「盛り上がって参りましたわねえ」
結局、ゴーレムは王都の投票所で投票させることにしましたの。
……安全策を取っていくなら、何かあっても誤魔化しやすいエルゼマリンの投票所で使うのが良いのですけれど、でもやっぱり、私が王都に来てしまうのですから、王都でゴーレムも動かしておいた方が全体として動きやすくなりますわ。
……それに、ゴーレム達を王都に集結させておくのは、悪い選択じゃあなくってよ。とれる策が増えますものね。
「いよいよだな」
「ええ。私、硝子張りの部屋の中で存分に美しく輝いてみせますわよ」
「はは。楽しみだなあ」
チェスタは今回、町に上手く紛れ込んでいく予定ですわ。彼の分の投票をした後、適当に投票所の中や周囲をぶらついていてもらいますの。最終的には空間鞄を使って私の避難経路になってもらう予定ですわ。
「……それにしても、わざわざ硝子の檻の中に自分から捕まりに行くって相当だよなあ」
「あら。そこが檻になるのか演説台になるのかは中に入っている者次第でしてよ」
……ええ。そうですわね。
私、聖女候補達と一緒に硝子の部屋に入る訳ですけれど……その部屋は、特定の時間になるまで決して開かない安全地帯であると同時に、特定の時間まで私を必ず閉じ込める檻にもなりますの。
指名手配中、大罪人のヴァイオリア・ニコ・フォルテシアがそこに入っていたら、当然、王家の兵士達が檻を取り囲むことになるでしょうね。
でも、それはそれで楽しい光景ですわね、きっと。
兵士の皆さんには聖女候補達の痴態をかぶりつきで眺める権利を与えてやってもよくってよ。冥土の土産に、ね。
そうして聖女投票当日。
私は朝から張り切って支度をしましたわ!
赤のドレスは大輪の薔薇のよう。胸元や裾に施された金糸の刺繍と裾からちらりと覗く黒絹のパニエが実に華やかですわね。お気に入りの一着ですわ。
これ、オーダーメイドではありませんけれど、ぴったり合うものを選びましたのよ。まあ、貴族の屋敷のクローゼットを数軒分漁れば、私にぴったりなドレスの数着くらいは見つかるものですわね。おほほほほ。
あとはアクセサリーね。
金にガーネットをあしらった髪飾りに、揃いの帯飾り。
そして最後に、私が裏社会に入った時にチェスタから貰った、大粒のルビーのネックレス。
……自分で言うのもアレですけれど、似合いますわ。鏡の中の私は、自信に満ち溢れて、迫力が凄いことになっていますわ。
「いいじゃん。お嬢様っぽい」
「お嬢様ですもの」
さて。ということで、聖女候補かどうかはともかく、令嬢らしさは人の数倍となった私は、意気揚々と投票所へ向かうことにしたのですわ。
皆、硝子越しに私を見てビックリすればよくってよ!
投票所に到着したら、もう聖女候補達は硝子の部屋の中に揃っていましたわ。ええ。私が最後になるように少し遅れてきましたもの。計算通りですわ。
「ごきげんよう」
私が投票所に入ると、全員の視線が釘付けになりましてよ。まあ、場違いな恰好といえばそうですわね。白や灰色や淡い色の中に、赤。色味からしても異質であることは間違いありませんわ。実際、私は異分子ですもの。これくらいでちょうどよくってよ。
「私で最後かしら?なら、もう扉を閉めてもよろしくて?」
「え、あ……」
係の兵士が茫然としているのを横目に、私はさっさと硝子の部屋の中へ入って……。
「馬鹿!そいつはフォルテシアの娘だ!捕らえろ!」
私の顔を知っていたらしい兵士の1人がそう叫んだ時には、もう遅い。
私は硝子の部屋の扉を、ガチャリ、と閉めたのですわ。




